バトルフィールド (3) ──「ニンゲンさん……無駄ですよ」
栗沢は続けて、三条だけに聞こえる小声で、自身の推測を簡潔に伝えた。
それを聞いた三条は眉をひそめ、ぱちぱちと瞬きして、「……なるほどね」と呟く。
「だが……良くて、成功率は三割だ」
五分五分ですらない作戦に命を預けるなど、通常の事案では考えられないことだ。特に、人質の命が掛かっているような事態では、誰もが九十パーセント以上の確率で成功すると評せるような完璧な作戦を立案してから、実行に移すのが常識だ。
「……なら、もっと上手い方法はありますか?」
その問いに、三条は沈黙する。
もし、素直に道を開ければ、これ以上の犠牲を払う必要はなくなるのだろうか。
いや、違う。
ここを通せば、ミイはさらに大勢の人間を殺す。
この搭乗ホールの外には、東京テレポーターに取り残された多数の民間人が居る。
そしてそこを出た先には、一千万人を越える人々が暮らす東京の街がある。
決して通してはならない。彼女をこの場所で、止めるのだ。
我々に、それ以外の選択肢は無い。
「さあて……どうっすか、ミイさん。か弱いか弱い人間ちゃんに、ここまで言われちゃう気持ちは。さっきから黙りっぱなしっすけど、どうしちゃったんです。トイレにでも行きたいんですか? それなら、そこの穴にすればいいと思います」
栗沢が挑発を続けて気を引いている間に、三条は一歩ずつ下がりながら、無線で銃器対策部隊に指示を飛ばした。
作戦の指示を受け、通路で銃を構えていた隊員の一部が、班長に率いられ迅速に動き出す。
ありとあらゆる悪口を投げかけられ、ミイの表情が憤怒に決壊しようとした所で、すぐ後ろに立っていた黒いローブを被った背の高い女が、彼女の肩に優しく手を置いて、耳打ちする。
囁かれたその言語は、この世界のどこの言葉でもなかった。
それを聞いたミイは、怒りの感情を少し解き、気色の悪い作り笑顔に戻った。
「……ニンゲンさぁん、わたしを怒らせて、気を逸らそうとしているんですね? お見通しですよ?」
栗沢は「ハハッ」と乾いた笑い声を上げて、左手の小指で鼻をほじり、薬指をペロリと舐めた。
「いやぁ、間違ってはないっすけども、全部、本心からの罵倒っすよ。ところで、貴女も私の鼻クソ舐めますか? 結構塩味が効いて美味いと評判っすよ」
「……ハナ……クソ?」
「あぁ、通じねーんですか。幼稚園児でも知ってる全日本人必修の最重要基礎単語なんすけどねぇ……」
「回りくどいことはやめませんか? きっと、さぞかし、面白いことを企んでいるんですね」
「そうっすねぇ。楽しんでくれると良いんすけど」
「ははぁ。そうですね、たとえば……」
ミイは、頭上を見上げた。
「────バクダンを落とすとか?」
ドーム天井のメンテナンス用ゴンドラから、四人の銃器対策部隊の隊員の手によって黒い缶が四個、投下された。
黒い缶は宙を回転しながら、彼女に目掛けて落下していく。
ミイは顔色ひとつ変えず、クスッと笑う。
黒い缶はそのままバリアーに当たり、ポヨンと一度跳ねて、空中で静止した。
「ニンゲンさん……無駄ですよ。わたしたちには、銃は効きませんし、バクダンも効きません。バクハツしても、破片はひとかけらも、届きません」
栗沢は、「しまった……!」と言って、左手で自分の両目を隠した。
ミイは得意げに、ようやく心の底から笑う。
「……悔しいですか?」
「まぁ、そうっすね……」
栗沢は両目を覆い続けながら、言う。
「……ミイさんが、またひとつ、全日本人必修・最重要基礎単語を知らないんだなぁ、と思いましてねぇ」
「はあ?」
「後学のために、教えてやりますよ。その単語は……
────────【スタングレネード】」
ゴンドラに乗った銃器対策部隊第五班班長、真壁灯郎警部は、真下に向けて構えたM870Pショットガンの引き金を絞った。
四人の銃撃が重なる。
発射された弾丸は、宙に浮いたスタングレネードに正確に着弾し、衝撃感知式信管を起爆させた。
視力を奪う激しい白い閃光と、聴力を破壊する爆発音が四個同時に炸裂。
凄まじい衝撃波が搭乗ホールを突き抜けた。
強烈な轟音の嵐の中に、ミイと十三人の部下の悲鳴が入り混じった。
栗沢は覆っていた左手を外し、閃光をまともに喰らって呻き苦しむミイに、KSGショットガンの狙いを正確に定める。
弾丸を防御していたあの赤いバリアーは今、綺麗に消え去っている。
……やっぱり、そうだ。
術者の意識が逸れると、【魔法】の効果も消えてしまう。
「全員、撃て──────!!!」
栗沢は無意識に涙を流しながら叫び、KSGショットガンを発砲した。





