ハードライン (1) ──「『コード・レッド』発生! 行け! 行け!」
<こちらHQ。大阪テレポーターの現状を確認した。大阪では、テレポーターのリンクが断たれ、ノアズ・アークを東京に転送することができなかったそうだ。それ以外は、無事だ。
つまり……敵勢力は大阪テレポーターを通じて来たわけではない>
「……こちらS1。乗客や職員に紛れて入り込んだ可能性が残っている。施設の全ての監視カメラの映像を、洗ってほしい」
<こちらHQ。既に、大至急で取り組ませている。
永友……今、発砲の判断は現場の君に委ねられているが、警察官として可能な限り、抵抗勢力の情報収集に努め、時間を稼いでほしい。抵抗勢力の人数、目的、武装を特定するんだ。
さもなくば、発砲は却って危険を招く>
「こちら、S1。了解した……」
永友は、あくまで『親善大使』の顔をするミイを憎々しげに見上げる。
距離こそ近く、相手側には遮蔽物が無いから、射殺が前提となればこちらの方が有利。
しかし、逮捕するとなると、逆にこの位置関係では大いに不利だ。
彼らが立つノアズアークの船体の上には、この場所から登ることができない。
点検用通路を通って、このドームの天井まで上がり、そこからメンテナンス用のゴンドラを降ろす必要があり、それはあまりにも目立ちすぎる。
非殺傷弾やスタングレネードを使用し鎮圧するにしても、ミイと十三人の取り巻きを一斉に完全無力化させることは極めて難しい。
第一、彼らの持つ武器の正体が分からないのだ。腹に爆弾でも抱えられていたら、一貫の終わりだ。
……クソッ。
後方で、銃器対策部隊の隊員によって担架に乗せられた綾継が運ばれていった。
だが、失血の程度が酷すぎる。彼は、もう助からないだろう。
永友は、瞳から静かに涙をこぼす。そして、ミイを強く憎んだ。
「『コード・レッド』発生! 行け! 行け!」
警備室に駐在していた銃器対策部隊第五班班長の真壁灯郎警部は、班の隊員たちにリレーの要領で武器保管庫から出した銃器を手渡し、走らせる。
彼らの主力はお馴染みのMP5Fサブマシンガンではなく、より強力なシグサワー社製の新型サブマシンガン、MPX。
通常の拳銃弾より威力の高い357SIG弾を使用する銃で、簡易狙撃銃としても使用できるほどの命中精度を持ち、毎分八五〇発の連射速度のフルオートモードを装備。
真壁の隣に立つ副班長の黒旗慶次警部補が、MPXの収納されたストックを引き伸ばし、タクティカルベストのポーチから357SIG弾が二十八発詰まった半透明のマガジンを抜き取って差し込んだ。
機関部後端のT型チャージングレバーに指を掛けて思い切り引くと、ボルトが前後して初弾が薬室に装填される。
最後に真壁は、レミントン社製のM870Pショットガンを取った。
「……我らの罪を赦したまえ。我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。……アーメン」
ラバー・ビーンズバッグ弾を装填し、フォアエンドをジャキンッと前後させた。
<お知らせ致します! たった今、この東京テレポーターの搭乗ホール内にて、大規模な『火災』が発生いたしました! 大変危険ですので、構内のお客様は速やかにこの建物から退去してください! 職員の誘導の指示に従い、身の安全、家族の安全を第一に、落ち着いて行動してください! 繰り返します! この東京テレポーターの搭乗ホール内にて、大規模な『火災』が発生いたしました!>
手荷物カウンターで預けた物品をようやく引き取った篠巻拓弥は、顔を上げた。
「火災……?」
確かに、保安検査場の向こうで職員たちが並々ならぬ様子で駆け回っており、緊迫した雰囲気が漂っている。
一際騒がしい沢山の足音が接近してきたと思って見ると、反対側のロビーから、重武装の警察官が大挙して走ってきて、保安検査場を突破していった。
抱えているのは消火器などではなく、サブマシンガンやショットガンだ。
「……火災じゃないと思いますよ」
篠巻の真後ろに立った天城が、ポツリと言った。
「ネットの掲示板でちょっと見たんですけども、現場ですぐに消し止められる程度の不審火が見つかったり、爆弾のような不審物が見つかったとしても、避難勧告など出ないそうです。大ごとにしてしまうと、今のご時世、すぐ風評が立ってしまいますから。そうして『百パーセント無事故安全のテレポーター』という評判が、今日まで守られてきたわけですね」
「つまり……?」
「銃器が必要な危機なんて、一つしかありませんよ。テロリストの侵入です」
篠巻は、蒼白な顔になった。
「……早く逃げないと」
「そういうことです」
搭乗ホールに続々と、応援の銃器対策部隊が駆けつけてくる。
このドームの外周、円形の通路の窓を開き、そこからセフティを解除した銃を次々と構えた。どの角度からでも命令一つで発砲可能なように。
永友は、ミイにPM5ショットガンの照準を合わせ続けながら、怒鳴り声を上げた。
「無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ! お前らは包囲されている!」
永友の背後で、栗沢と三条の二人もショットガンを構え続ける。
身体のあちこちに照準器のレーザーを照射されたミイは、自分たちに銃を向ける警官たちをゆっくりと見渡し、あろうことか、クスッと笑った。
彼女の後ろに立つ者たちも、お互いの顔を見合わせながら、連鎖反応のように無邪気に笑い始めた。





