ノアズ・アークの漂流 (3) ──「だったら、ここでもう一戦やるか?」
目が覚めた綾継、西生、加座の三人を助け降ろした小野寺は、無線に繋がったマイクのスイッチを押す。
だが、全くウンともスンとも言わない。電源が全く入らず、壊れてしまっているようだ。
「こっちの無線も駄目だ。死んでる」
憔悴した表情の西生が、首を横に振った。
加座は、画面が割れた自分のアイフォンを弄り回し、やがて諦めて拳でコンコンと液晶を叩いた。
「スマートフォンも点かない。ライトも。全部、壊れてる……」
その時、パキンッと何かを折る音がした。
見ると、綾継が黄色の光を放つサイリュームを持っている。
筒の内部に封入された化学薬品の反応によって発光するケミカルライトで、光量は弱いが電池要らずで数時間点灯する。
壁に設置されたボックス内に備え付けられていたものだ。
「電子機器が全部吹き飛んでる。多分、電磁パルスだ。テレポーターの陽子加速器が、暴走したのかもしれんぞ」
「……けどな、綾継。どんなに強力な電磁パルスでも、このノアズ・アークを丸ごと引っ繰り返すような物理的な力は無いんじゃないか」
「ああ……だが、考察は後にしよう。乗客が心配だ」
「そうだな……」
小野寺はライターをしまってサイリュームを受け取り、壁にカツンッと叩きつけた。中の薬液が混ざり、緑色に発光し始める。
「嫌な予感がする。……そう思わないか」
そう尋ねながらサイリュームをタクティカルベストに差した小野寺は、ホルスターからM586マグナムリボルバーを抜いて、シリンダーに装填された弾薬をチェックする。
「ふむ、そうだな……お前がUNOカードを十三枚揃えちまったまま、ゲームを切り上げたせいだろうな」
綾継はロッカーを開き、保管していた銃器を取り出す。
「だったら、ここでもう一戦やるか?」
綾継からKSGショットガンを受け取った小野寺は、皮肉をこめて不敵に笑う。
「……それで本当に平和になるなら、いくらでも付き合ってやるぞ」
にこりともせず、綾継はMP5Kサブマシンガンに9ミリパラベラム弾が二十五発詰まったマガジンをジャキッと差し込み、コッキングハンドルを引いて初弾を装填した。
二人の様子を見て、西生は臆病な顔つきになる。
「まさか……この事故は、テロだってのか……?」
小野寺はKSGショットガンのフォアエンドを引いて、やや曖昧に、頷いた。
「このテレポーターは、日本の素晴らしい英知を結集した、完璧な技術で作られている。何重にも施した安全機構により、事故など有り得ない。……外から、悪意をもって攻撃されない限りは。……そういう説明を、JTEC社から受けたもんだからね」
「そんなもの、真面目に信じているのか?」
「常に最悪の事態を想定しなけりゃ、この仕事はやってられない……お前も腹をくくれよ」
小野寺はロッカーから、M26MASSショットガンを取り出して、西生に差し出した。
西生は唾をゴクリと飲み込み、それを受け取った。
12ゲージショットシェルが五発セットされたマガジンを装着し、畳まれたボルトハンドルを起こして握り、ジャコンッと素早く前後させる。
銃器を装備した四人は、耳を澄ませる。
静寂。
百人近く乗り合わせているはずの乗客の声が、全く聞こえない。
小野寺は、上下逆になったドアノブに手を掛ける。
「……行くぞ」