プル・ザ・トリガー101 (1) ──「実演だ。撃て」
東京都中央区、警視庁特殊部隊庁舎。
午後四時。
「人の命は、平等ではない」
初めに俺は、そう切り出した。
俺の前に整列した屈強な六人の男が、より一層表情を引き締め、俺の言動に注目する。
紺色のアサルトスーツに防弾着を着け、その上に、弾薬や応急処置キットなどが入った各種ポーチを装着した黒色のタクティカルベストを身に覆っている。
「我々にとって大切な人命を保護するため、命を天秤に掛け、別の人命を奪わなければならない時がある。
警察官による、犯人の殺害だ。
もちろんそれは、警察官職務執行法を遵守した上での最終手段であることは言うまでもない」
警察官職務執行法において警察官の武器使用は制限されており、下記に該当する状況以外では、武器で危害を与えることは禁じられている。
刑法、正当防衛、緊急避難に該当する場合。
あるいは、死刑、無期懲役、三年以上の懲役または禁錮に相当する重大な犯罪を犯した者が、警察官の職務執行に抵抗あるいは逃亡を試み、それを阻止する手段として他にないと判断された場合。
「俺がこれから教示するのは、武器使用による犯人の殺害が事案解決に不可避とされる状況下において、迅速に、犯人の人体の機能を『破壊する』為の方法だ」
おもむろに俺は、ズボンのポケットに入れていたS&W製のブルズアイナイフを取り出し、刃を静かに開いた。
六人の表情が一様に引きつり、緊張で空気が張り詰める。
「……もちろん、君たちが殺人を目的として入隊したわけではないことは重々承知している。
しかしながら、日本警察の最後の盾として巨悪に立ち向かう為には、君たち全員が既に習得している優れた逮捕術だけでは、致命的な不足がある。君たちの志と、我々が今後対峙することになる犯人の志には、決定的な相違がある。
それは、殺意だ」
俺はナイフの刃を、自分の眼前にかざす。
「我々は警察官としての良心で、可能である限り犯人への危害を最小限に逮捕したいと考える。
だが、相手は我々を単なる障害物と考え、あらゆる卑劣な手段で排除しようと試みてくる。
その無慈悲な殺意と真っ当に戦う為の方法を教える。
勝つためには、常に、敵の脅威であり続けなければならない。敵よりも強靭に戦うことが出来なければ、大切な人命を守ることは不可能だ」
俺は、背後を振り返った。
広々とした地下射撃場。奥行きは百メートルに達する。
射座には、俺が率いる第四小隊のチームメイト、古淵、半田、宮潟、柚岐谷が並んでいる。
俺はナイフを畳んでポケットにしまい、代わりにペンを握る。
「警察官の武器とは、銃だ。言わずもがな、銃は戦争の形態を大きく変えた地球上で最も恐ろしい発明品だ。火薬の力を使い、絶大な殺傷力をもって遠く離れた敵を殺せる、魔法の道具だ。
銃は現在に至るまで、いかに効率よく標的を殺傷するかを追求し、目覚ましい進化を遂げてきた」
ホワイトボードに簡単に銃の絵を描きながら、説明を続ける。
「竹筒に火薬と小石を詰めて発射するだけのシンプルなものから始まった銃器は、今では用途別に最適な能力を発揮できるよう、多岐にわたる種類が様々なメカニズムをもって開発されている。
威力は低いが最も携帯性に優れる『ピストル』。
ピストルの弾を自動連射できる軽量機関銃『サブマシンガン』。
ピストルより威力が高い大型の弾を使用する現代戦の主力『ライフル』。
近距離限定で甚大なダメージを与えることができる『ショットガン』
ライフル弾を嵐のように連射し敵を面で制圧できる『マシンガン』。
車両や建物を爆発弾で攻撃できる『ランチャー』。
そこからさらに、性能によってカテゴリは細分化されている。
例えばライフルの場合、こういった具合だ。
反動制御の容易な小口径弾を用い、自動連射機能を備えているものは『アサルトライフル』。
連射能力よりも単発の狙撃能力に特化した『スナイパーライフル』。
装甲車両や超遠距離狙撃用で非常に威力の高い大型ライフルは『アンチマテリアル・ライフル』。
実際はより細かく分類できるが、省略しよう。
種類が極めて豊富、かつ、性能も個性的だが、最強のパラメーターを持つ完全な万能武器は存在しない。戦闘の状況によって適した銃器を使い分けなければ、戦いを制すことはできない」
俺は置いていたスポーツドリンクを少し飲んで、蓋を閉めた。
「しかし、最適な銃を持っていても、弾を当てなければ意味はない。より大きなダメージを与えられる部位に先手で撃ち込むことで、銃撃戦を優位に進められる。一撃で敵を沈められる場所は、ここだ」
俺は親指で、自分の眉間を指し示した。
「中枢神経の破壊。脳幹だ。ここを撃てば、敵を完全に停止させることができる。ただ頭を撃てば良いというわけではない。脳幹を確実に撃ち砕くんだ。
…………古淵、実演だ。撃て」
「ラジャー。小隊長どの」
軽い調子で答えた古淵は、左手で素早くホルスターからグロック社製のG17ピストルを抜いた。
俺は視線を、ホワイトボードの横に設置された大型モニターに移す。
モニターは二画面に分かれており、銃を片手で構える古淵を側面から捉えた映像と、五メートル先に設置されたターゲットのマネキンの様子を映している。
古淵が舌を上にペロリと出しながら、引き金を絞る。火薬の炸裂音が、三発。
同時に、マネキンの眉間と両目に弾痕が穿たれた。
「おい古淵、一発で良いと言っていたはずだが?」
「すまねぇ小隊長。ルーキーどもに見られてると思うと、ミスショットが怖くて指がブルっちまってなぁ」
「……しっかりしろ」
俺は咳払いをして調子を取り直すと、ペンで人体の輪郭を描いて、眉間の位置にクルクルと丸をつける。
「理想だけで言えば、ここを常に狙い撃つことが出来れば良いが、現実はそう上手くはいかないだろう。実際の敵は常に動き回り、反撃を仕掛けてくるんだからな。
もし頭を狙撃できない場合は、いかにしてそれ以外の有効部位へ数多くの銃弾を撃ち込めるかに命運は懸かっている。
頭部に次いで、狙うべきポイントはここだ」
人体の絵に、胸の二点と首の一点を結ぶ三角形を描く。
「上半身。この三角形の周辺を銃撃することが望ましい。的が大きい分、より多くの弾丸を撃ち込めるはずだ」
古淵が両手で銃をしっかりと保持し、反動を抑え込みながら標的に向かって速射を始めた。
マネキンの上半身に次々と弾丸が撃ち込まれ、細かい破片が飛び散り、虫食い穴のようになる。
「主要な臓器がギッシリ詰まったこの場所に弾を撃ち込めば、敵に甚大なダメージを与えられる。心臓に命中すれば、敵を倒したも同然だ。
しかし、注意しろ。アドレナリンの放出されている極度の興奮状態であったり、薬物接種により知覚が鈍化している場合、心臓を完全に破壊されたとしても、失血死するまで抵抗を試みてくるケースがある。最大で、おおよそ三十秒。人質に向かってマシンガンを猛連射したり、爆弾のスイッチを入れるには充分すぎる時間だ。
だから、心臓に弾丸をヒットさせても油断せず、二の矢で頭を撃ち抜くか、完全に死ぬまで全身に弾丸を撃ち込むのが望ましいと言えるだろう」
続いて俺は、人体の絵の上半身に黒い服を描いた。防弾チョッキだ。
「さて、敵が防弾装備を身に着けている場合は、どうするか?
むしろ、銃撃戦を仕掛けてくるような狡猾な敵は、防弾装備も調達している可能性は高い。
胴体への攻撃が無効化されてしまう場合、次に狙うポイントは、ここだ」
人体の腰と太腿に丸を記入したと同時に、古淵がその位置へ正確に射撃を実演した。
「腰の骨を弾丸で粉砕すれば、致命傷とは成り難いが、敵は転倒し歩行が困難になる。
太腿への銃撃も同様だ。敵は物理的に立てなくなると同時に、恐ろしい激痛に襲われる。
戦意を根こそぎ奪えるという寸法だ」