表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

絶頂退化シリーズ

中年独身フリーター男性が甲殻類と合体して宇宙人と戦う

作者: スナ惡

「くうっそ・・・暑いっシュ。」


男はしきりにタオルで首や胸元を拭っていた。コンビニの制服のシャツはヘソも見えんばかりにボタンが外されており、そこからは大変な密度の胸毛が出ている。


「おい、バイト!シャツのボタンは閉じろって何回言ってんだ!」


男はバイトと呼ばれて怒り出した。


「何様のつもりで『バイト』とか呼んでるんシュか!お前なんかに『バイト』呼ばわりされる筋合いはないっシュ!ボクのことは『コージさん』って呼ぶっシュw」

「何様って店長様だよ!お前、まだバイトの面接した店長の顔も覚えられねーのか!」


コージはしばらく視線をさまよわせると「ボクが雇われたのはオーナーさんでシュから」と言い訳をしている。


「とにかく、休憩時間終わってんだからとっとと店もどれ!」


慌しく店に戻っていく店長の後姿にコージは「今日のところは許しておいてやるっシュ!」と捨て台詞をはいた。


「・・・まあ、アイツはボクがいないと何も出来ないシュからね・・・でも、時間通りに店に戻って欲しいなら、そろそろちゃんとした時計を店に置けばいいんシュよ。」


店には針の時計しかない。コージは針の時計を読むのは苦手だった。


ベーシックインカムという言葉をご存知だろうか。国や自治体が住民の生活に必要な金額を保証する制度だ。これは働いて賃金を得ている人も、賃金を得ていない人も全員が定額を受け取るシステムで、このシステムによって企業の賃金の設定額の下限は取り払われた、企業が賃金によって雇用者の生活を保障する必要がなくなったのだ。日本国民はこのシステムによって全員、実質月額20万円程度の生活保障を受け取っている。それを実現したのが日本政府に高度な社会保障制度をもたらした異星からの来訪者である「テラン」達だった。多くの進んだ科学技術も世界にもたらされたが、何よりも劇的だったのは社会制度だった。テランの進言を受け入れた多くの国家は裕福になり、国民が生活のために働く必要がなくなったのだ。労働力人口は激減したが、かねてからの技術革新によりコンビニのレジのような単純な作業の大半は機械化されていたが、人間が持ち込むイレギュラーに全て機械で対応するのには無理があった。


コージがふと山のほうを見るとテランが立てた高さ1000メートルとも言われる鉱物掘削用のボーリング装置が遠くかすんでいる。最近、I町の装置がテロリストに破壊されたとニュースが流れたが、コージはニュースは見ない。


*******


バイト帰り。コージは愛車を運転していた。カーエアコンの冷風ですっかり汗が引いた頭髪は手入れされたアフロヘアに見えるが、実は天然パーマだ。コージはカーエアコンをつけたまま窓を開けた。車外から吹き込む強い風に胸毛がなびくのが好きなのだ。ルームミラーの角度を変えて胸毛を映す。相変わらず高密度で黒々としている胸毛は彼の自慢だった。


「わっ!」


後部座席に誰かいる。ルームミラーを動かしたタイミングで何か灰緑のモノが映りこんだ。


「わっ!アッ!アッ!アッーーーーー!」


思わずハンドル操作をミスって路肩をはみ出し、造成地に突っ込んでしまった。激しい地面の凹凸に揺さぶられる。賢明な読者諸君は気付いているかもしれないが、後部座席のカッパもこれには驚いた。


「バカ!ブレーキを踏め!」

「バカって言いましたね!ボクはバカって言われるのが一番嫌いなんでシュ!」

「いいから踏め!」

「ああっ!出るっ!出るっ!」


激しく跳ねながら車は止まった。


「あー!もう!お前のせいでウ○コ漏れちゃったじゃないっシュか!なんで後部座席にカッパが乗ってるんでシュか!」


カッパは車内に漂う匂いに気づいていた。このままだと匂いで死ぬ。返事はせずに無言で車外に転がり出たカッパは仲間を呼んだ。


*******


「どういうことでシュか!?説明してくださいっシュ!」


全裸のコージは半壊した体育館でふてくされている。


「そもそも、コンビニで後部座席に誰かのってたら気付くだろ・・・」

「気付きませんよ!失礼なカッパっシュね!?」


5人いるカッパは正確には「恐竜人類」の生き残りだが、そのうちの一人はくじ引きで負け、コージの汚染された衣類を洗浄する役目にあたっている。時折、えづく声が外から聞こえる。


「・・・本当にこいつなのか。」

「前回の・・・ゲだって大概でしたよ。」


カッパたちに何か悪口を言われていると感づいたコージは苛立ちを隠せない。


「なんでシュか!そうやってヒソヒソ話して!」

「ヒソヒソしてねーよ!」


しばらく、無言が続いた。外からは「おぉぇ!」っと言う声が聞こえてくる。


「我々は君に地球を救って欲しいんだ。」


カッパの一人が本題を切り出した。


「別にいいでシュけど、ボクは女性にモテるんで、あんまりヒマじゃないでシュよ!?」


カッパのうちの一人が怒りに震えているが、他の仲間が制止した。彼らは何ヶ月もの間コージを監視していたので彼の生活は十分に把握してるのだ。


「・・・きっと、そうなのだろう。きっとそうに違いない!その忙しい合間を縫って地球を救って欲しいのだ。」


コージは少しいい気分だった。


「まあいいっシュけど?」


外から再び「オエっ!」っと言う声が聞こえてくる。カッパたちは仲間の苦境を哀れみながらコージに怪光線を浴びせた。コージは意識を失ってその場に崩れた。


「こいつ、もう一回洗おう。」


全員が無言で頷いた。


*******


コージはこれまでの人生を走馬灯のように思い出していた。無能な勘違い野郎共に囲まれてそいつらの尻拭いをしながら生きてきた人生。しかし、女性にはとにかくモテた。コージを好きになるタイプの女性は全てオクテだったので、コージがリードしなくてはいけなかったが恥らって嫌がるそぶりを見せる女性たちの事を想い出しながら幸せな気分に浸っていた。


「ハッ!」


薄暗い体育倉庫の台にがっちりと固定されている。


「何するんシュか!お前ら何モンっシュか!うわっ!カッパ!?初めて見た!キャー怖い!」


カッパたちは無言で作業を続けた。だんだん、自分たちが相手にしている人間がどんな連中か掴みかけているのだろう。


「この頭じゃ接続できないよな・・・」

「でも、大脳の不活性率は前回の奴とほぼ同等ですよ?」

「どっかにポート作らないとな。」


カッパの一人が問いかけた。


「この髪って定期的に切るか?」


コージはふんと鼻を鳴らした。


「ボクはお洒落っシュからね。年に2回は切りますよ。」

「じゃあ、胸毛は?」


コージは怒った。


「切るわけないじゃないっシュか!ボクのチャームポイントっシュ!」


カッパたちは無言で頷いた。


「この中に埋没させてカモフラージュしよう。」

「・・・わっ!・・・っちょ!くすぐったいっシュ!?アッ・・・アッ・・・」


カッパたちは焦りの表情を浮かべた。


「こいつまさかもう一度!?」


カッパの一人が再び怪光線を放った。コージは深い眠りにつきながらカッパたちの悲鳴を聞いていた。


*******


コージが再び全裸で目覚めた場所は半壊した体育館の真ん中だった。体育倉庫だったところからデッキブラシの音が聞こえてくる。


「あれ・・・何でシュか、ここ!?服は!?」


騒ぐ声を聞きつけてゴム手袋とゴム長靴を装備した5人のカッパたちがやってきた。


「服はもう乾いているぞ。」


コージは渡された服をひったくるように取り返すと服を着始めた。


「もうお前らのせいできょうは最低でシュ!1回漏らしたじゃないでシュか!」

「2回だよ!」


胸毛の露出を確認してコージはその場を立ち去ろうとした。


「まて、お前は地球を救うためにここに来たんじゃなかったのか・・・」

「あ、そうでした・・・ん?今オマエ、ボクのことを『オマエ』って言ったっシュよね!?」


カッパの一人が無言で胸毛に霧吹きで水をかける。


「こんなもんかな?」

「何してるんでシュか?」


カッパは顔を上げた。


「ここに『環境適応特化型自立兵装2型』の卵が乾燥状態でくっついてるんだが、どうにも小さすぎて目視できないんだ。」

「タマゴ?」


コージがそう言うや否や、合体が始まった。


「今回は人間風に言うと絶頂退化トリオップスとかになるのかな?」


カッパの一人がそういいながら見上げる。


「こいつも早いなぁ・・・」


半壊した体育館から体高200メートル超の巨人が飛び出した。


*******


「なんでシュか!これ!?」


カッパが下から叫ぶ。


「『何だこれ』はこっちの台詞だ!どれだけオマエの遺伝子は強いんだ!合体した相手はお前らが『カブトエビ』と呼んでいる生物だぞ!?」


コージは自分がとてつもなく高いところから地上を見下ろしているので変身したことは勘付いていたが、胸と頭を触って安堵した。髪も胸毛も一緒に巨大化している。


「良かった安心したシュ。胸毛がなくなったらモテなくなるシュ。」

「なんで無毛の甲殻類と合体して毛が生えるんだよ!」


カッパたちが太古に作った2型兵器は甲冑と大きな盾を持った姿だった。確かに甲冑も盾も持ってはいるがアフロヘアと胸毛が夕闇に映えてゆれている。


「2型兵器の遺伝情報に欠損があったのか?」

「あるいはあの人間の遺伝情報が勝ったのかもしれん。」


その模様は静止衛星軌道上からもうっすら観測されていた。


「ヒル副統括長!先日のテロのあった場所の近くで再び巨大生命体反応!」


統括長のアダーはあいにくの出張中だ。ヒルの悪い予感は当たったようだ。


「警備班に連絡、再建中の掘削基地を破壊させるな。」


そこまで指示すると、ヒルは天を仰いだ。原住民が地球と呼んでいる惑星アースはたいした軍備を持っていないと聞いていたのだ。最低限警備する程度の装備であのデカブツが倒せるとはとても思えない。


「・・・アダー統括長に報告書を送る準備をしろ。恐らくアレは止まらん。」


ヒルは冷静な男だった。そして、見ての通り部下を鼓舞するのは苦手だった。


*******


「・・・また『オマエ』って呼んだっシュね!?・・・あ、何か飛んできたっシュ!」


カッパが叫ぶ。


「敵だ!敵が来てるぞ!」


北から飛来した戦闘機らしき数機の機影に、夕焼けに染まった紺碧のボディーが軋んで振り返る。そして額の第3の目が開いた。


「おお!自動迎撃機構が生きてるぞ!」


カッパが歓声を上げた。コージは左手に持っている全身を隠さんばかりの大きな盾を掲げて身を守っているが盾からも全身からも飛来する敵影を打ち落とすべく高圧水流が噴き出している。1機が落ちた。


テランの警備隊は混乱していた。


「なんだアイツは!?聞いてないぞこんな強大な敵が惑星アースにいるなんて!」


そういっている間にもう一機落ちる。


「隊長!高圧水流です!射程は短いと思われます!」

「離脱!離脱!」


以下に強力とはいえ水鉄砲では限界がある。


「これちょっと離れると当たらなくなるシュ。」

「他にも武器はあるだろうが!その盾は武器だ!」


コージが改めて盾を見てみると、どうも銃身のようにも見える。


「こっちから玉が出るんシュか?」

「逆だ!逆だ!」


どうやら、縦長の盾の下側が銃口らしい。片膝をついてライフルのように構えてみる。額の眼球が怪しく輝いて、飛び去る敵の機影を捕捉した。


「これシュか?」


引き金を引いた瞬間、恐ろしい反動がコージの全身を突き抜けた。思わず目を閉じたが敵影は全て消えている。カッパは身震いしていた、昔見たときより威力が増している。下に向けて打っていたらこの土地の地形が変わっていたかもしれない。


「これ、なかなか使えまシュね。」


その後、件の再建中の採掘基地は狙撃によって破壊された。その報告を母星で受けたアダーは、その場に自分がいなかったことを正直嬉しく思っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ