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グングニルの青春  作者: 空丘伸也
第二章 京都編
5/8

4 作戦成功へのパーフェクトサクセス(?)

「まず、その実験て何の実験だよ」

「知るか…………。と言えれば楽なんだけどな。残念ながら知ってるよ」

「人体実験をしてるってことは、もちろん……非人道的な研究なんだな?」


春斗の雰囲気が変わった、まぁさっきのような和気藹々とした空気のまま話すような事ではないだろうな。

春斗の声の温度が急激に下がった事に日雀は一瞬だけこちらを見たが、すぐに視線を戻した。

意識は俺の話にあるようで、俺の次の言葉を待つかのようにそわそわとしている。素直になれない猫のようで少し萌える。


「あぁ、なんてったってこの『俺』を産み出した研究の二番煎じだからな。大元の研究が事実上凍結した今、あんな成功率の低い実験をこっそり続けてるのは日本じゃそこだけだそうだ」

「白牙を産んだ研究……。人間のリミッターを意図的に外して人間そのものを軍事兵器化するってやつだな?簡単に言えば」

「あぁ、まぁ最終的にはそうだ」

「その実験が、失敗……。で、実験体の人間があの写真にある姿に成り果てた、と」


その言葉を受けて、俺はトランプと同じポケットに入れておいた写真を取り出した。

既に一度見せたものではあるが。

研究所内部の監視カメラが最後に記録した映像から切り取ったその写真は、巨大な肉塊を背中とおぼしき所から写している。

全長5メートルはあるだろうか。

毛髪や皮膚などなく、筋肉や骨格が剥き出しになっていて、下半身はその巨大な上半身に取り込まれたかのように無くなっている。

大木のような両腕で自分の肉体を支えているようだ。

そして、膨張した頭部はバランスボールに近い大きさになっている。

顔までは分からないが、きっと人間と呼べる原型を留めていないだろう。


「しかし、写真だけでもキツいなこれ。出来れば僕、刀でこんなの切りたくないんだけど」

「というかこんな筋肉と骨の塊をお前の日本刀でどうにか出来んのかよ?」

「当たり前だろう、僕の日本刀は肉も骨も命も断てるんだから。ライフル弾だってお手の物さ。この前白牙のデザートイーグルで実証したろ?」

「まぁいくら強度が増してようと元は人間の肉体だからな……。切りたくないとかそんなつれないこと言わないで、すっぱりとやっちゃってくれや」

「そう、それだよ」

「それ?すっぱりって表現が気に入らないならもっちりでどうだ」

「違う、すっぱりでももっちりでもいい……訳ではないけども。その化け物って、元は人間なんだろ?で、お前に任務が知らされたのが2日前。てことは最低でも二日以上はこの化け物を放置してるんだよな」

「そうなるな」

「てことは、緊急の任務じゃあない。そもそも放置しておいても大丈夫。なら僕達がわざわざ京都まで出向かなくても、餓死なり寿命なりを待てば勝手にこの元人間の動く生ゴミは死ぬんじゃないのか?」


うむ、尤もな疑問だ。

ここまで来て今更それを言うかとも思ったがな、誰だよちゃんと詳しく説明しなかった奴は。

日雀も春斗の疑問の答えが気になるのか、チラチラと俺の顔を見てくる。

会話に参加したいなら参加すればいいのに、人見知りというかシャイというか。

春斗とは全くの初対面という訳でもないのだし、最も自分を出しちゃいなYO!

それよか、春斗にこの任務の意義そのものもを認めさせるには、もう少し付け加えなければならんようだな……めんどう。


「この研究……この実験が失敗して、研究所からの連絡が途絶えたのが一週間前なんだ」

「一週間、前……?最近といえば最近ではあるが……」

「運良く生き残った研究員が上に報告して、調査隊が派遣されたのがその翌日、その日の内に調査隊の全滅を確認」

「はぁん、まぁありがちだわな。よくある現場の人間と上との認識の違いで、また部下の命が散ったんだな――」

「それから二日前に至るまでの四日間、毎日機動部隊やお抱えの私兵が突入し、その全てが壊滅――。二日前の午前零時の失敗を以て、ようやく研究所に設計されていた三重の『永久閉鎖障壁(バリア)』を遠隔操作して研究所を密閉したんだ」

「す、全てって……。武装したプロが?おいおい、なかなかに厄介じゃねぇか。少なくとも普通の銃火器は一通り通用しないってことだろ?そういうことはもっと早く言ってくれよ」

「……本当よ」


日雀が、かなり冷気をまとった声でつぶやいた。

……あ、ヤバイかもしれん。

銃火器が通用しないかもしれない……ということはつまり、日雀の戦闘スタイルが通用しないということと同義になりうる。

刃物、鈍器、銃火器、重火器、そして体術を使い、敵を殺すことのみに特化した日雀の戦闘術は、あくまで対人用。

元は人間と言えども、あらゆる凶器が通用しない生命体相手には分が悪い……だろう。

今までそんな敵と戦ったことがないから確かなことは言えないが。

そして、分が悪い敵とは、すなわち嫌な敵であり。

嫌な敵と戦うことは、生存率が下がるリスクを孕んでいることを意味する。

そんな所に前説明なく連れていかれているとなれば、流石の日雀も怒るのも無理はない。

だけどももちろん、俺も全く考え無しに日雀を今回の任務に付き合わせた訳ではない。


「いいか春斗、そして日雀。俺が今回お前達を京都に誘ったのは、この任務が俺一人では手に負えないから――じゃない。むしろ、観光八割、任務二割ってぐらいの心構えで京都に行ける機会だったから、誘ったんだ」

「いや、だって話を聞く限りじゃあ、この化け物は一筋縄ではいかない気がするんだが……」

「まぁ最後まで聞け。あの化け物には一つ、決定的な弱点があるらしい。二日前に全滅した部隊の最後の一人が、連絡途絶する前に送った解析データによれば……。その化け物は視覚を有していない疑いがあるとのことなんだ」

「……絶好のカモだな、僕にとってはだけども」


そう、例え視覚が失われた代わりに聴覚などが発達していたとしたって、暗殺者を相手にするにはあまりにも大きなハンディキャップだ。

音を殺し、息を殺し、気配を殺し、最後には目標の命を殺す――。暗闇に生きる殺し屋にとって、本来盲目の敵というのは、並みの五体満足な人間より警戒すべき対象でもある。

視覚を補う為に鋭敏になった五感――四感は、時に視覚以上に察知能力に優れている事が多いからだ。

だけれど、それは自らの弱点を知り、補おうとする知性を有した人間の話。

知性と理性を失った、ただ闇雲に暴れまわるだけの化け物など、春斗にとっては切り刻み放題な動く肉に過ぎない。

わざわざ暗闇に潜むまでもなく、向こうが暗闇に溺れているのだから。

その上、春斗の相棒は日本刀だ。

写真で見る限り、この失敗作の両腕のリーチは4メートルといったところで、相当懐に踏み込まないと本体には傷がつけられなさそうだが、それぐらいは春斗にとって容易いだろう。

それに、その上。

春斗には、とっておきの技があるのだから――、今回のような場合にうってつけな奥義が。


「それと、日雀。お前にはこれを渡しておく」


俺は、今度はズボンのポケットをまさぐって用意してきたブツを探す。

今回の作戦の要であり、肝であり、狂わせされた実験体の人生に打つ楔であり、決定打であり、渾身の一発になる……というかなってほしいと思いを込めて作らせた特注の弾丸。

俺はそれを右手で握りこみ、興味津々といった感じの日雀の目の前で拳を開いた。


「…………?これは……、ライフル弾?それもこの前使ったラプアマグナム弾ね」

「そう、見た目は普通のそれなんだが、実はこれにはある種が潜んでてな」

「着弾したら爆発するとか?」

「いや、そんな派手なモンじゃない。これはある奥義と組み合わせることで非常に効果的な一撃になるのさ」


俺の肝心な要点をぼやかした説明に、春斗も日雀もきょとんとしている。

俺だってこの説明で全てを理解されたら度肝を抜かれてしまう。

今回度肝を抜くのは俺の役目なんだ、横取りされるわけにはいかない。


「今回の目標(ターゲット)は、視覚が暴走の過程において失われている。仮にその上聴覚まで奪えたとしたら、あとは袋叩し放題のサンドバッグと化す……そうだろ?」

「まぁ、それなら確かに私も音を遠慮しないで銃撃出来るけど……。そもそもこんなの渡されたって通じるかどうか……」


ぶつぶつ言いながら、日雀は俺の手からライフル弾をひったくる。


「通じるさ、闇雲に撃ってるだけじゃあ足止め出来るまでダメージが蓄積する前に、音で居場所がバレて粉砕されるだけだと思うけどな。抵抗出来ない状態で間断なく撃ち込めば、さしもの化け物だってひとたまりもないだろう」

「そういうデータが出てるのか?」

「いや、特に。だけどこの実験の成功例である俺だって蜂の巣にされりゃ死ぬ訳だし、失敗作なら尚更致命傷だろ」

「……なんか筋が通ってないけど筋金は入ってるみたいな理屈だな」

「それに、この弾丸に関しては貫通してもらっちゃあ寧ろ困るんだ。ちゃんとこいつの無駄に膨らんだ筋肉だか骨だかで頭ん中に残してもらわないとな」

「あえて貫通させない……?そりゃ撃ち抜くよりも難易度高いんじゃないのか」

「いや、銃弾が貫通する程度の肉体強度だったら、こいつはとっくのとうに処理されてるよ。と言っても対戦車ライフルなんざ持ち出せば話は別だろうけど。普通の狙撃用ライフルなら、普通の銃弾(貫通しない)対戦車ライフル(貫通する)の間を上手いこととれると思う……よ?」

「そこまで言っといて確証はないのかよ!?」


あるわけがなかろう、戦ったことないのに。

言うなれば、俺の作戦は端から端まで希望的観測に基づいて組み立てられている。

失敗したところで、日雀には囮になってもらい、俺と春斗で音を立てずに攻撃して撹乱するという正攻法で戦えばいいだけだしね。

そっちの方がこんな回りくどいことするより確実で早そうな気がしてきたが、ここまで来てそんなことは言えない。

この弾丸――『鐘鳴器(カリルロン)』を作らせるのにも金がかかったんだし。


「それじゃあ、この俺が考えたこの化け物から聴覚を奪い、その間に決着をつける短期決戦に持ち込む作戦。仮にこれをオペレーション『鐘鳴器(カリルロン)』とするが、その概要について説明しよう」

「……カリルロン?教育番組で人気なマスコットみたいな名前ね」

「お前まだ厨二病治ってないのか?僕正直見てられないんだけど」


こ、こいつら……。好き勝手言いやがって揃いも揃って『黒死館』も呼んでないのかよ……。


「ふん、馬鹿に出来るも今の内だ。お前らもこの作戦の内容を聞けばすぐ魅了されるぞ。理路整然としていながら奇想天外で、混沌でありながら美麗な作戦にな!」

「あー分かった分かった。いいからさっさと話せ」

「いいか?まず先制攻撃として日雀が……」


…………。

………………。

…………………………。









「そうなればあとはフルオートでフルバーストのフルボッコという訳だ!どうだ凄いだろ、今後俺を鬼才の参謀と呼んでくれても構わない――」

「じゃあ私が持ってきたミニガンで敵を引き付けるから、その間に春斗君達が死角から攻撃する方向でいきましょう」

「それがいいね、朱夏さん。安心して、僕達が朱夏さんに危害が及ばないようにするから」

「ええ、任せたわよ」

「なんか急に仲良くなったよな!?しかも積極的に作戦考えてるし!?何俺の話を無かったことにしようとしてんの!?」

「……あのなぁ、白牙。誰がどう聞いたってそんな作戦上手くいかねぇよ。確かにこの前家に遊びにいった帰りがけにやった『実験』の意味は分かったけどさ……」

「そうだろ?伏線があっただろあそこに」

「いや、伏線っていうには露骨過ぎるだろ。只の前準備って言うんだよそういうのは」

「ぐぬぬ……。ひ、日雀!日雀はこの作戦どう思った?」


俺はあくびをしようとしていた日雀に怒りの矛先を向けた。

日雀は、俺に対する呆れやら憐れみやらの感情を隠そうともせずに生温かい声でもって感想を述べ始めた。


「どうもこうも……。白牙君、自分でどこかおかしいなって思わなかったの?」

「いや、全く。だっておかしくないもんよ」

「そりゃあ、ね?上手くいく確率が0って訳じゃないけど……。いくらなんでも全部都合よく考えすぎよ。まずこの『鐘鳴器(カリルロン)』だったっけ?これが頭に当たってしかも残るかどうかが運任せだっていうのに……」


その言葉に、思わず俺は立ち上がった。

急な俺の動きに日雀は一瞬驚いたように身を竦め、俺の顔をまじまじと見つめてきた。

その瞳が、小さく揺れている。

俺は、その瞳に吸いつけられるように日雀との距離を縮め、日雀の両手を俺の両手で包んだ。


「大丈夫、日雀なら出来る。この俺が保証するぜ」

「…………。春斗君、やっぱり作戦変更しましょう?」


頬を赤らめながら日雀は俺から目を逸らし、春斗に同意を求めた。

俺の手の中で日雀の小さくて温かい手がもぞもぞと動いていて、何だかくすぐったい。


「朱夏さん!?正気に戻りなよ!このままじゃ僕達、こいつの考えたアホらしい作戦を実行するハメになるよ?」

「いいじゃない、試してみたって。いざとなったら白牙君が守ってくれるよ」

「そうだ、日雀。やはりあの時お前を俺の仲間として迎えてよかったと、今一度ありがたく思うぞ」

「ふふ、ありがと。私も、白牙君みたいな人と一緒にここまでこれて嬉しいよ」

「だぁぁぁぁっ!!イチャイチャしてんじゃないよ!もう、了解した了解しましたとも。やりゃあいいんだろやりぁ」

「うむ、最初からそう言えばいいのだ。全く春斗は素直じゃないなぁ」

「……くそっ、帰りてぇ」


よし、これにて一件落着。

俺の華麗なる作戦の決行が決まった所で、俺は日雀の手を離しながらトランプを取り出した。

どれ、あと一時間あることだ。団結の意志を固める為に三人で遊ぶとしよう。


「そんじゃ、バカ抜きでもするか?」

「バカはお前だよ!」


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