3 楽園への脚としゃーない会議
五月上旬の土曜日、朝九時頃。
俺と日雀は、東京駅の新幹線乗り場にて春斗を待っていた。
しかし、凄いな東京駅っていうのは。
駅の中一通り見て回るだけで丸一日潰せそうなほど色んな店がある。
贅沢言わなければ生活に必要な物は全てこの駅の中で賄えそうだ、そんな気はさらさらないけど。
新幹線が来るまでまだ30分近くある。
春斗もあと少しで着くというし、乗り遅れることはまずないだろう。
それにしても、通行人の視線をやけに感じるな……。
原因はもちろん俺の隣で突っ立っている女だろう、俺じゃないんだろうね、明らかに視線の先は隣だもんね。
肝心の日雀は本に目を落としていて全く気にも留めていないようだ。
というか、留める訳にはいかない。
これだけ大勢の人間がいれば、ほんの僅かであれ、日雀の殺人衝動が暴走する可能性が上がるのだから。
少しでも意識を彼らから逸らす為に、日頃はあまりしないという読書を一心不乱に続けている。
……ただ、読んでる本が俺の貸したラノベで、しかもカバーもかけずに読んでいるから隣にいて心臓に冷や汗をかく思いだ。
クールビューティーな雰囲気の美少女が東京駅構内で立ったまま黙々とラノベを読んでいたらそりゃ視線も浴びるわな。
しかもこいつの服装がまた……ドンピシャなんだよな。
上は青と黒のストライプシャツに、下は黒のショートパンツ。しかもタイツなし。極めつけには黒のパンプス。
日雀の透き通るような白色の、ほっそりとしていて儚ささえ感じかねない、だけれど決して不健康でない絶妙な調和のとれた美脚が惜しげもなく晒されている。
こいつ脚だけなら世界狙えるんじゃないだろうか、こんな下らん仕事辞めてプロデュースした方が儲かるかもしれん。
……あれ、待てよ。
確かアレの長さはあれぐらいだから……この格好じゃあ……無理だよな。
ここでうんうん唸っていてもしょうがない、聞いてみるか。
読書をしてる人に話しかけるのは趣味じゃないんだが、どうせ文字を目で追ってるだけだろう。日雀はこういうジャンルには興味ないし。
「あの、日雀さん?」
「ひゃい!?あ、えっ、何か……用?」
おぅ……この反応を見るからに結構自分のWORLDに籠ってましたな。
声だけじゃなくて身体も過敏に反応したせいで通りすがりの人がほとんど一斉にこっち見たじゃないか。
もしかしてラノベが面白かったかな?パロディネタ多めで分からんとばかり思ってたけど。
まぁそれはいい、あくまで今は。
「いや、用って訳じゃないんだけど……。日雀って、今日もRPG持ってきてんの?」
「そりゃあ、もちろん。いつでも切れるようにしておくのが切り札な訳だしね。切れるというならナイフもしっかりあるから、二、三本だけど」
「……いやいや、今回そんな脚をババンと露出して、上着も着てないのにどうやって隠し持ってんだよあのデカブツを」
RPG―7。言わずと知れた対戦車ロケットであり、日雀がいざというときの切り札として外出するときは常に携帯していると常々聞いてはいた。
が、弾道を別個にしたところで本体の長さは1メートル弱ぐらいである筈だ。
身長が2メートル以上あるという都市伝説の八尺様ならまだしも。
150センチ中頃のごく一般的な背丈の日雀では、今まさにホットパンツから露になっている眩しい太ももまで使わなければとてもじゃないがアレは隠せまい。
「それはね……女の秘密。女は秘密を着飾って美しくなるのよ?」
「お前が着飾ってんのは秘密じゃなくて武器だろ。お前の服の内側には四次ポケでも付いてるのか?」
「四次元ポケットをそんな風に略すなんて初耳なんだけど……。いいじゃない、大丈夫よ心配しなくても。落としたりしないし使う時にもたついたりしないし」
「いや、その辺は信頼してるけどな。単純に好奇心から聞いただけで」
「信頼……。うん、ありがと」
「あ、あぁ…………?」
いや、そんなしみじみと喜んだ顔されましても。
信頼されていることが嬉しいのは分かるが早く答えを教えて欲しいんですよ。
そもそも切り札とかいうなら糸とかの方がよっぽど暗器として優秀だろうに。
熟練の技と頭脳を必要とするが、その分使いこなせばかなりの殺傷力を秘めるとってときの武器になるし。
そうでなくとも、わざわざ外出する度に10キロ近い重さの、しかも携帯型とはいえ対人でなく対戦車用の兵器を持ち歩くのはどうだろう。
いざという時に自分の動きを制限しかねないという点では本末転倒とも言える。
まぁ本人が大丈夫というなら大丈夫なのだ、日雀にしか分からない感覚もあるだろうし。
話題が切れると同時に、俺は目線を日雀の顔から下へと移行させた。
…………いい脚だな、頼めば写真撮らせてくれないだろうか。
拝めば触らせてくれるだろうか、頬擦りしたくて堪らなくなってきた。
普段からタイツだとかストッキングだとか履かないから見慣れてはいるが見飽きることは決してない。
見れば見るほど美しい……。
「ぁ、おーい。白牙ぁー、朱夏さーん」
遠くから俺の楽園タイムを邪魔する憎い声が聞こえてきた。
おのれ、何奴!
迸る殺意を隠そうともしないまま声の発信源を睨むと、そこには何と!
まさか!あろうことか!
「……春斗かよ、はぁ」
「え、何で溜め息つかれてんの僕。待たせた事に対しての謝罪の気持ちがどんどん薄れていくんですけど」
「何というか……薄っぺらいよなお前は。ぺらぺらだよ、英会話のお兄さんじゃないんだから」
「僕はむしろ英語は不得手な方なんだけど、あれ、もしかしてそんなに待たせた?まだ集合時間の5分前だろ?」
「5分……お前さえ来なければあと5分は天国にいられたのに……」
「早く来て怒られてるのか……。というか5分も天国にいたら帰ってこれなくなるぞ」
「天への扉は閉ざされた……」
「分かったよ、いやよく分からんけど。これからはもう少しギリギリに来てやるから……。あ、えっと、お早う朱夏さん」
「……おはよう、春斗君」
日雀はラノベを黒のクラッチポーチにしまいながら小さい声で挨拶をした。
クラッチポーチって最初プロレス技かと思ってたら日雀に大爆笑されたっけな。
多分クリンチと勘違いしてたな。
「それじゃあ、行くか」
「あ、おう。そうだな、もうじき新幹線も来る頃だろうしな、うん」
微妙にきまずい雰囲気を晴らす為に先頭を切って新幹線のホームに向かった。
……予想はしてたが、やはり春斗と日雀はまだ馴染めないな。
別に互いに嫌い合ってるとかじゃなくて、そもそもそういう感情が湧くほど関係が深くないから余計に話しにくいだろう。
春斗が日雀に悟られないように、俺にさりげなく目で合図してくる。
『助けてくれ』という哀願と『ほれ言わんこっちゃない』という非難が混ざりあった目だ。
まぁ今回の任務兼旅行計画において春斗が一番懸念してた問題だもんな……。
『朱夏さんとどう接すればいいのか分からない』とか『いまいちとっつきにくい人といきなり旅行は厳しい』と散々ごねてたし……。
だけどそれも時間の問題だ、今日中には日雀も俺に対してと同じぐらいには春斗に心を開くだろう。
元同業者と言えなくもないわけだし……な。
新幹線の個室に乗り込み、各々落ち着いた所で俺は話を切り出した。
「さてと、京都まで二時間あることだし、トランプでもするか」
「私ポーカーがいい」
「まぁまぁそう焦りなさんな。ポーカーでもブラックジャックでもバカラでもバカぬきも出来るよ、二時間あれば」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕まだ今後の予定をほとんど聞いてないんだけど。それと混ざってるよバカラとババ抜きが」
ライダースジャケットからまさにトランプを取り出そうとした所でストップがかかった。
何だよ、まだ『好きなところでストップと言って下さい』っていうマジシャン御用達のあの台詞言ってないぞ。
折角エレベーターとかやろうと思ってたのに。
「今後の予定?京都着いたら車で送ってもらって昼飯済ませて巨大生ゴミ処理して、旅館の温泉浸かって鼻歌を口ずさんで布団で寝る。それだけだよ」
「口ずさんだら鼻歌じゃないだろ……。その巨大生ゴミとやらについて詳しく聞いてないんだよこっちは」
「えー……。めんどくせぇな、とりあえずお前はそのニット帽脱げ」
「これはファッションの一部なんだよ、お前だって車内入ったのにレザー脱いでないじゃないか」
それを言われるとぐうの音も出ない。
いかんせん春斗のファッションも雑誌で紹介できる程完成されているから無性に腹が立つ。
頭の白いニット帽から始まり、白のフードのついたアウター、ベージュのスラックス、白のスニーカー。
全体的に白を基調とした、爽やかな顔を含む見た目に合った着こなしだ。
悔しいがニット帽も嵌まっている。
「まぁいいや……。じゃあ手短に今回の任務について説明してやるよ。大体は一昨日に春斗に話した事と丸被りするだろうけどさ」
「『京都行ってちょちょいのちょいと、こいつ倒したら終わりって訳よ』としか言ってないからな、一昨日も。丸被りしたらその窓から放り出すぞ」
「……え?春斗くんもその説明しかされてないの?」
「……白牙よ、お前まさか四六時中一緒にいる朱夏さんにさえ説明してないのか?」
「だからしたって、京都行って巨大生ゴミをちょちょっと処理してあとはのんびり観光ってな」
「…………。つかぬことを伺いますが朱夏さん?今まで何の詳しい説明も求めずにここまで来たんですか……?」
「…………まぁ、はい」
「…………はぁぁぁぁ」
春斗が深く深く溜め息をついた。
そのまま深く吸って深呼吸を始めるのではないかという程の豪快な空気の吸いっぷりだった。
それだけ吐いてくれれば二酸化炭素も吐かれようがあるというものだ。
「……白牙君なら、そんな嫌な場所とか任務とかに私や春斗君を連れていったりはしないから、まぁいいかなって」
「さいですか……」
「ほら、春斗も少しは日雀の潔さを見習え。お前には雑念が多すぎる」
「白牙が雑過ぎるだけだろ!?」
心外な、俺は一日のスケジュールを全て伝えたではないか。温泉浸かるところまで詳細に。
しょうがない、どうにか要点だけ抽出して話をしてやるか。
「いいか、要点だけ言うとな……。先日、京都のとある場所の地下深くにある極秘研究所で、とある実験が失敗したんだ。その結果、実験体である人間が巨大化、凶暴化して暴走し始めた訳だ。で、研究所ごと爆破するっていう最終手段の前に、俺が派遣された。ついでにいうと、報酬とはまた別に、任務に成功したら経費諸々向こう持ちで丸一日京都観光していいって事になったのでした。めでたしめでたし」
「いや、どこもめでたくはねぇよ」
「分かったわ、白牙君」
「飲み込み早っ!?長年連れ添った夫婦じゃないんだから」
「夫婦じゃなくても一年連れ添った仲間だったらこれでいい筈なんだよ春斗少年。君はまだまだだね」
あと夫婦とか言うから日雀が顔赤くして窓の外見始めたじゃないか。
だが、これでようやく説明が終わった。
さてさて、トランプでも始めようかな。
俺がごく自然な流れでトランプの箱を取り出して蓋を開けようとしたところで、春斗の細長い指が俺の右手首をしっかりと掴んだ。
なんだ、脈拍でも測るのか?
「どうした、まだイカサマしてないぞ」
「まだってことはこれからする予定だったんだなこの野郎。そうじゃなくて、まだ僕の質疑応答のコーナーがまだじゃないか」
「え?マジで飲み込めなかったの?」
「そんな友達が九九を本気で覚えてなかったのを知った時みたいな反応するんじゃねぇ、質問があるだけだ」
「……聞くは一等の恥、聞かぬは一種の恥だぞ?」
「何等でもどの種類の恥でもいいから、質問をさせてくれよぉ!」
ついに懇願するような態度をとるようになった春斗に、流石にはぐらかし過ぎたかと思った。
反省はしませんがね。