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第91話 命がけの駆け引き その1

「……君は誰だ?」


 前に出た悠吾を突き刺さるような視線で射抜きながら、冷めた声で烈空はそう囁いた。

 この場に招いているのはラウルのGMゲームマスターパームとベヒモスのクランマスターラノフェル、そしてルシアナの3人だけのはず。

 烈空のその圧倒的な威圧感に、つい立ちくらみがしてしまう悠吾だったが、立ってしまったバッターボックスから何もせずに降りる訳にはいかないと、なんとかその場に踏みとどまり、そして丁度烈空の正面になる純白の椅子に倒れこむように腰を降ろした。


「はじめまして。ノスタルジア王国に所属している悠吾と申します」

「……悠吾? ノスタルジアの?」


 その名前に何故か笑みを浮かべる烈空。

 烈空の表情は、意外な人物が来たという驚きとも、亡国者の称号を持つプレイヤーがわざわざ現れたという呆れとも悠吾には読み取れた。

 

「この場にノスタルジアのプレイヤーが自ら足を踏み込んで来るとはな。大した男と言うべきか、間抜けと言うべきか」

「重要な情報ですので、その情報を発見した僕自らお伝えしようと」

「成る程……続け給え」


 悠吾の返答に、小さく鼻で笑った烈空は左手を小さく掲げ、目の前の洋皿を下げるようにティーハウス「竜の巣ドラゴンス・ネスト」の給仕にサインを送った。

 そして、直ぐ様現れるプレイヤーではない、地人じびとと思わしき給仕。まるで機械のように手際良く洋皿を片付けていく給仕の姿がやけに無機質で悠吾は思わず背筋にぞくりと冷たい物を感じてしまう。


「どうした? 続けよ」

「……ッ! は、はい」


 椅子の肘掛けに肩肘を突いたポーズで悠吾を冷ややかに見つめる烈空の言葉に、我に返った悠吾は慌てて紡ぐ言葉と共に、気を引き締め直す。

 交渉を始める前からビビッたってしかたないだろ。それに相手はこの地人じびとと違って1人の人間だ。臆する事は無い。


「重要な情報というのは他でもない、ユニオン連邦が探している『現実世界に戻るためのキーアイテム』に繋がる手がかりについてなんです」

「……ほう」


 悠吾から放たれたその言葉を全く予想していなかった烈空は思わず驚きの色を滲ませた。

 だが、烈空が驚いたのはその手がかりにではなく、ユニオンがそのキーアイテムを探している事実を悠吾が知っている事にだった。


「何故ノスタルジアプレイヤーである君がその事を知っている?」

「……とある筋から」

「情報屋か」


 曖昧な答えを返す悠吾に、即座にそれを当ててみせる烈空。

 その言葉に悠吾はイエス、ノー、どちらとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 あの一言で烈空さんの脳裏に迷うこと無く情報屋の名前が浮かんだという事は、彼らユニオンが情報屋を深く活用しているという事だ。

 そして、勝機をつかむには先制攻撃が有効と考えた悠吾は、すかさず次の言葉を口にした。

 

「単刀直入に申し上げます。その情報と引き換えに、ユニオン連邦には計画しているラウルとの同盟締結の破棄、そしてノスタルジアGMゲームマスター、ルシアナの身柄の解放を承諾頂きたい」

「……なんだと?」


 悠吾の言葉に烈空の表情から笑顔が消え、張り詰めた怒りが滲みだす。

 なにかスキルを使われたんじゃないかと悠吾が思ってしまうほどの凄まじい威圧感。

 その空気と共に、悠吾だけではなく、この場に居合わせている全員の表情が固まった。


***


「……その情報と引き換えに、ラウルとの同盟破棄とルシアナ殿を身柄を解放しろ、だと?」

「はい」


 烈空のプレッシャーに臆すること無く、そう答える悠吾。

 だが、続けて放たれた烈空の言葉に、悠吾のメンタルは崩壊寸前まで追い込まれる事になった。


「図に乗るなよ小僧」

「……ッ!!」


 変わらない肘を突いたポーズのまま、どすの効いた低くそして冷たい声を放つ烈空。

 その声に悠吾の心臓がひとつどきりと跳ね、全身の毛が逆立ち、額からじっとりと嫌な汗が滴り落ちた。

 

「このティーハウスの外には『黒の旅団ブラックコート』の精鋭メンバー30名が控えている。プライベートルームの交戦禁止設定を解除して私が一声かければ──貴様達は一瞬で消えて無くなる事になる」

 

 それは悠吾の先制攻撃を無に帰す、シンプルで絶対的な暴力を後ろ盾にした脅迫とも取れる言葉だった。

 この場の主導権を握っているのは私だ──

 脅迫の裏に隠れる烈空のメッセージが悠吾の心を貫く。


 だが、それでも悠吾は目の前の強敵に必死の思いで食らいついた。


「そうしたければ……どうぞそうなさって下さい」

「……ッ!?」


 他のプレイヤーと違い、死ねば後が無くそして完全アウェイのこの状況でまさかそう返されるとは思っていなかった烈空は思わず息を呑んでしまった。

 そして烈空と同じく背後に立つパームやラノフェル、そしてルシアナも──


「ですが、その代わりにあなた達よりも先に僕らノスタルジアがその鍵を見つける事になります」

「なんだとッ……!?」


 毅然とした態度で烈空にそう言い放つ悠吾。

 そしてその言葉に烈空が初めてかすかに狼狽を漂わせた。


 先制攻撃を覆され、そしてさらにそこからイーブンへと持ち込んだ悠吾の言葉──

 だが、その言葉は裏付けも確証も無い、いわば悠吾のハッタリだった。 

 これがまず最初の賭けだ。立場も力も優っているのであれば、その暴力をちらつかせ相手を屈服させるのは当然の事。それに対抗するには……決死の覚悟で懐に飛び込むしか無い。

 恐怖を拭うように、頭の中でそう自答する悠吾。

 その恐怖で吐く息も震え、そしてカタカタと慄く膝を悠吾はぎゅうと押さえ込んだ。

 

 恐怖を押さえ込み、凛とした表情で烈空を見つめる悠吾と、悠吾を睨みつけたまま熟考する烈空。

 だが、悠吾には烈空の異変が判っていた。

 微かに動いている口元──

 

 今彼は誰かと小隊会話パーティチャットで話している。

 多分相手は──ユニオンのGMゲームマスタークラウストだ。


 そしてそのまま、どれくらいの時間が過ぎただろうか。

 単純に数えると、1分足らずの短い時だったが、悠吾には途方もなく長い苦痛の時に感じてしまっていた。


「……良いだろう」


 ぎい、と椅子のきしみ音とともに、これまで体勢を崩すことがなかった烈空が今度は両肘をテーブルに突き、前かがみの体勢で悠吾にそう小さく囁いた。


 一時の静寂に包まれるプライベートルーム。

 そして、悠吾と同じく、ルシアナ達も続けて放たれる烈空の言葉を固唾を呑んで見つめた。

 

「このまま話を聞こうじゃないか。君が言うその情報の詳細を聞いた後判断しよう」


 今の調子で続け給え。

 どこか挑発するようにそう続ける烈空の表情には微塵も笑顔は無い。

 言葉を間違えれば引き金を引く──

 そう言いたげな烈空の空気に一見追い詰められた様に感じてしまうルシアナ達だったが、悠吾は違った。


 有利な相手の戦場から、僕の戦場に引きずり込めた。次は同じ立場からの第2ラウンドだ。

 そう心の中で確信した悠吾の膝はもう震えては居なかった。


***


 じっと見つめる烈空の視線に怯える事無く、悠吾は次の言葉を自分のタイミングで語り始めた。


「この世界にPC版の『戦場のフロンティア』と違う部分……いわゆる『相違点』が数多く存在していると言う事はご存知でしょうか?」

「知っている。私達の見解として、相違点は先日実装された『拡張パック』の追加要素によるものだと考えている」

「……成る程」

 

 そう即答した烈空に悠吾はつい納得してしまった。 

 そう言えば、僕が購入したのもゲーム本体と拡張パックが同封されたタイプだった。拡張パックは発売されたばっかりだから、誰も知らなくて当然だし、それによって相違点が生まれたという考えは間違っていないのかもしれない。


「それで、その相違点がどうしたのだ?」

「今回の情報というのは、その相違点と関係しています。これは偶然だったのですが、とある狩場シークポイントで重要なピースになる相違点を発見したんです」


 悠吾の言葉に無言のままわずかに眉を動かす烈空。

 確実に僕の情報に興味を示している。


「それは旧ノスタルジアのプロヴィンスから脱出するためにとある狩場シークポイントを探索していた時でした。元々低レベルプレイヤー向けだったその場所に、突如として高レベルプレイヤー向けのレイドボスが現れたんです」

「……多脚戦車パウークか」


 ぽつりとひとりごちるようにそう答える烈空。


「はい、多脚戦車パウークです」

「報告は受けている。狩場シークポイント『沈んだ繁栄』に多脚戦車パウークが出たと」


 そして続けて放たれたその言葉に悠吾はごくりと息を飲み込んだ。

 やはり情報は上がっていたんですね。とすれば、あの残党狩りクラン、ワルキューレのクランマスターから何かしら僕達の情報が行っているかもしれない。 

 クランマスターの名前は何だったっけ。

 プライス? プリウス?


「……それで、その多脚戦車パウークとキーアイテムに何か関連性があると?」

「いえ、違います。関係性があるのは、僕達があの廃坑に潜った理由です。端的に申し上げますと、あのプロヴィンスから脱出できる裏道が廃坑にはあったんです」

「抜け道が!?」


 その情報は上がっていなかったのか、その言葉に烈空は驚嘆の声を漏らしてしまった。

 そして、刹那の間をはさみ、烈空は不敵な笑みをこぼす。

 

「……成る程、追っていたノスタルジアプレイヤー達が消えたと報告を受けたが、そういう事だったか」


 ほくそ笑む烈空のその表情に憂色を浮かべてしまう悠吾。

 これであの狩場シークポイントに多数のユニオンプレイヤーが送られるかもしれない。非常にセンシティブな情報で言うべきか悩んだけど、僕を信じさせ交渉を優位に運ぶ為には、ここで切るべきカードだ。


「はい、その通りです。そして烈空さんもそうだったように……あの廃坑に脱出経路があるとは誰も知らなかった。つまり、脱出経路は多脚戦車パウークと対を成す、もうひとつの『相違点』だったんです。そして、その2つの相違点を見て、僕はある仮定を導き出した」


 そう続ける悠吾に、話が見えてきたと言いたげに烈空はゆっくりと背もたれに身体を預けた。


「話が見えたぞ。相違点が確認できた狩場シークポイントを探索すれば──これまで発見されなかったアイテムが見つかる可能性が高いと、そういうわけだな」

「その通りです」

「確証はあるのか? 追加された障害とアイテムが関連しているという確実なデータがなければその情報に価値は無い」


 それが重要だ。

 そうまくし立てる烈空に悠吾はほんの僅かにほくそ笑んだ。

 

 やはりそう来たか。当然といえば当然だけど。

 でも確実に烈空さんは僕の餌に食いついている。このまま一気に運べるかもしれない。


「現在、ノスタルジアプレイヤーがラウルを中心にそのデータを集めています」

「……成る程、先ほど言っていた『ノスタルジアが先に見つける』と言っていた件か」


 合点がいったと呟く烈空に、悠吾は小さく頷く。


「こちらからご提供できるのは、その相違点とレアアイテムの関連性を示唆する数値データと、星の数ほどある狩場シークポイントから、相違点が見られた場所をピックアップしたリストです。それを烈空さんに──」

「……いやまて」


 と、烈空は悠吾のその言葉をぴたりと手で制した。

 そしてまたしても放たれた烈空の言葉に交渉の成功を確信していた悠吾の思惑は脆くも打ち砕かれてしまう事になった。


「その可能性が1%でもあるのならば……何も君達に頼る必要は無いな」

「……ッ!?」


 不意を突かれたような烈空の言葉に、悠吾はその意味を理解するまでにはしばらく時間を要してしまった。


「……どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ」


 頼る必要は無い。それはつまり……僕と交渉する必要は無いという事か。

 つい呆気に取られてしまう悠吾。

 そしてそんな彼に不敵な笑みを浮かべながら烈空は続ける。

 

「だが安心しろ。君が提示している通り──ラウルとの同盟は白紙に戻す」

「……ッ!!」

「な……ッ!? 烈空殿!?」


 烈空が放った意外な言葉に声を荒らげてしまったのはパームだった。

 話が違うではないか。ルシアナの身柄と引き換えにラウルの存続はユニオンの傘下の元に保証されると──


 だが、パームとラノフェルが顔面を蒼白させる一方で、ルシアナはどこか安堵の表情を浮かべていた。

 ラウルとの同盟が白紙になるということは、解放同盟軍とノスタルジアプレイヤーはラウル市公国を脱出する必要は無くなったということだ。どうなることかと思ったけど、これは交渉が上手く行ったということじゃないかしら。


 しかし、続けて放たれた烈空の言葉にルシアナの安堵の表情は一変した。


「……交戦禁止設定を解除だ」

「……ッッ!!??」


 表情1つ変えず、烈空はぽつりとそう囁いた。

 感情が感じられない、冷たいその声がプライベートルームに響き渡ると同時に、開け放たれた扉から雪崩れ込んだのは黒い戦闘服に身を包んだユニオンプレイヤー達。

 そして彼らに向けられた銃口にルシアナ達の表情に恐怖の影が色濃く現れた。

 交戦禁止の解除。それはつまり、自分達を処理するという意思表示──


「烈空さん、これは一体──」

「小僧。私がマスターから受けている任務は『生死問わず』ノスタルジアのGMゲームマスタールシアナ殿の身柄を引き取る事だ」


 絶体絶命の状況に逆に開き直ったとでも言いたげに、妙に落ち着いた空気で言葉を漏らす悠吾に、烈空は変わらない調子で淡々と語る。


「君の言葉がまことかどうかはその任務を完了させた後──ラウルを陥落させてからゆっくりと調べさせてもらうよ」


 烈空が静かに放ったその言葉に、開放されたプライベートルームの空気は一瞬で凍りついた。

 それはつまり、ラウルへの侵攻を開始するという宣戦布告の意味を持つ言葉。


「な、なんという事……ッ!!」


 無情に放たれた烈空の一言に、行き場を失ったパームの怒りは悠吾へと向けられた。

 状況は好転するどころか最悪の方向へ進んでしまったではないか。どう責任を取るつもりだ。

 

 しかし、絶望の色が濃く現れたパームとは裏腹に、椅子に座ったままの悠吾は波紋ひとつ浮かんでいない湖畔のように、静かにただ烈空を見つめていた。

 ただ静かに、微かな笑みをその口元に携えながら。

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