表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/159

第89話 蒼龍の番の探索 その1

 上から見る風景と下から見る風景は当然の事ながら、全く違うわね。

 狩場シークポイント「蒼龍のつがい」の最下層を目指すべく、断崖絶壁に設けられた道無き道を進む小梅は先ほどまで居た吊り橋を見上げながらそう思った。

 これが狩場シークポイントではなくただの崖だったら、途中で道が閉ざされてしまう可能性が高いが、人一人がやっと通れるほどの細い道はまるで小梅達を誘っているかのように、ぽっかりと壁に開いた穴へと続いている。


「あれが入り口か」

「眺めが良い最高の狩場シークポイントだと思ったのに、結局じめじめした暗い穴の中にはいっちゃうわけね」


 溜息混じりにトラジオにそうぼやく小梅。


「油断するな、小梅。ここは高レベルの狩場シークポイントだ。油断すれば即、死に繋がるぞ」

「わかってるわよ」


 苦言を指すノイエに小梅は唇を尖らせた。


 自分でそう言う通り、ぐちぐちとぼやきながらも小梅は準備を怠ることは無かった。

 すでに周囲数メートル内の敵の動きを察知出来るスキル「リーコン」を発動し、合わせて前回廃坑での失敗を経験に、目だけではなく耳を武器に探索するため、新スキル「アンプリファイアLv1」を取得していた。

 アンプリファイアは聴覚能力をアップさせることが出来るアクティブスキルで、レベル1では10%というそれほど多くない数値だが、そのスキルの真の能力は「通常であれば聞こえることがない音を聞く事ができる」というもの──つまり、一定距離まで近づく事ができれば、通常聞こえる事がない装備が擦れる音や鼓動音まで聞き分ける事ができるスキルだった。

 だが、アンプリファイアはメリットだけではない。

 多くの音が聞こえるようになるために、より音に集中しなければその音の発生源を特定することが難しく、逆に惑わされる事があった。特に対プレイヤー戦では、相手にアンプリファイアスキルを発動している盗賊シーフが居た際に、わざと小さい音を発生させ相手を撹乱させるというテクニックがあり、探索時には有用なものの、対人戦では逆に自分の首を絞めてしまうことになりかねないスキルでもあった。


「アンプリファイアを取得したようだな小梅。按配はどうだ?」

「いい感じ。リーコンと合わせて周りの状況が手に取るようにわかるわ」

「耳は目よりも信用できるからな。対人戦では使い所に悩むスキルだが、地人じびと戦には持ってこいだ。いい選択だぞ小梅」

「でしょ?」


 ノイエの褒め言葉に鼻の穴をぷくりと広げ、気を良くする小梅。

 盗賊シーフのスキルは、致命的な一撃を与える「暗殺サイレントキル」に特化していく方向性と、周囲索敵や小隊パーティの能力アップといった「能力支援サポート」に特化していく方向性があるクラスだ。

 遊撃を得意とする小梅の性格から、暗殺サイレントキルの特化方向へ行くと思っていた為、今後の事を考えて能力支援サポートの特化方向へ進むべきだと提言しようと思っていたノイエだったが、いらぬ心配に終わってしまった。

 ひょっとして、これも悠吾くんのお陰だろうか。

 自慢気にする小梅を見てノイエはそうほくそ笑んでしまう。


「何が出るか判らんからな。慎重に行こう」

「了解です」


 念を押すトラジオの言葉に、こくりと頷くノイエと小梅。

 そして、小梅は小さく深呼吸をするとゆっくりと2人を先導するように、壁面にぽっかりと開いた入り口から、薄暗い闇の中へと足を踏み入れていった。


***


 探索を初めて直ぐに、この狩場シークポイントの名前が何故「蒼龍のつがい」という名前なのかが直ぐに判った。この場所は至る所で「ブルートパーズ」や「ラピスラズリ」などといった青紫色の宝石や鉱石が採取できる珍しい狩場シークポイントだったからだ。


「宝石が採取できるとは珍しい狩場シークポイントだな」

「確かに。こんな状況でなければアイテムポーチが一杯になるまで探索したいところですが」


 宝石は採取アイテムの中でも非常に高値で、裁縫師テーラーが生成できる様々なステータスアップ効果がある「アクセサリー」を生成する上で必至となるアイテムだった。

 宝石のまま店売した場合でもそこそこの金額で買い取ってくれるが、アクセサリーにした場合は物によっては一財産が築ける位の金貨で買い取ってくれる事もある。


 あちこちに点在する鉱石の採取ポイントを横目に、ノイエは後ろ髪を引かれる思いで奥へと足を進めていたが、先頭を歩く小梅にはそれは苦痛以外の何者でもなかった。


「……ちょっと位いいでしょ?」

「駄目だ。時間がない」

「……1個も?」


 懇願するようにちらりとノイエに視線を送る小梅に、トラジオは呆れたような苦笑いを浮かべた。

 悠吾と何を話したのか判らんが、少しは変わったかと思ったがやはり相変わらずだな。

 

「小梅、集中しろ。ここの地人じびとは手強いぞ」

「わ、わかってるわよ」


 ぴしゃりと注意するトラジオに、小梅は慌てて周囲警戒を再開する。

 この狩場シークポイントに入ってまだ10分も経ってないけど、まだ地人じびとと接触してない。ここまでいくつか採取ポイントがあったけど、想像するにそれのどれもが安価な鉱石しか採取できないポイントなんだろう。

 奥に行けば行くほど、宝石が採取できるポイントが増え、そして高レベルの地人じびとが現れる──


 調査が完了したら、一箇所くらい掘っちゃおうかと邪な考えが小梅の脳裏を過ったその時だった。

 トレースギアに表示された3つの赤い点と、小梅の鼓膜を揺らす3つの足音──

 

『……ッ! 地人じびとッ! 2時の方向』

『了解』


 咄嗟に小隊会話パーティチャットで警告を放つ小梅。

 その瞬間、背後についていたノイエとトラジオが同時に動いた。

 丁度身体を隠せるくらいに突出した壁に背を着け、低い体勢のまま、前方2時の方向へ銃口を向ける。トラジオの銃HK416とノイエの銃M249 SPW、そして小梅のクリスヴェクターには、発砲音を抑える消音器サプレッサーが装着されている。

 消音器サプレッサーは与えるダメージは減ってしまうものの、発砲音と発射炎を抑える効果がある?周囲の敵対プレイヤーや地人じびとに対して、居場所を察知されること無く命の危険がぐっと下がるために解放同盟軍には必至装備になっていた。


『敵はレベル17の戦士ファイター2人に、18の魔術師ワーロック……結構強敵』

『セオリー通り、魔術師ワーロックから殺る。トラジオさん、狙えますか?』

『問題ない』


 うっすらと見える地人じびとの姿をHK416のマウント部分に装着された光学機器のホロサイトに捉えながら、静かにトラジオがそう答えた。

 そして、銃のセレクターレバーを「連射フルオート」から「単射セミオート」に切り替える。


『僕の制圧射撃で「怯み」効果を与えます。その隙にトラジオさんが』

『了解した』

『小梅はトラジオさんのバックアップを。仕留めた後は、残りの2人を頼む」

『了解』


 流れるように作戦を伝え終わり、ノイエは静かにM249 SPWのコッキングレバーを下げた。

 そして、こちらに向かってくる地人じびとの姿がはっきりと見えたその時、ノイエは躊躇無く引き金を引いた。


 消音器サプレッサーによって、音と発射炎マズルフラッシュが軽減されたM249 SPWの銃口から放たれた弾丸は、3人の地人じびと達の周囲に着弾した。

 えぐられた壁面から砂煙が舞い上がり、3人の地人じびとに一定時間行動に制限がかかる「怯み効果」が発生したのが見て取れる。

 そして、その瞬間をトラジオは逃さなかった。


『小梅、援護射撃を』

『あいよ』


 ぷしゅん、とトラジオのHK416の銃口から1発弾丸が発射されたと同時に、小梅に援護射撃を要請するトラジオ。

 狙い通り、トラジオが放った弾丸は真ん中の魔術師ワーロックの脳天を直撃したものの、体力はわずかに残ってしまった。


 消音器サプレッサーをつけているために、もしかすると一撃では倒せないかも知れない。

 そう考えたトラジオのバックアップ要請は見事に的中した。

 

 脳天を撃ちぬかれ、悲鳴を上げる暇もなく悶絶した魔術師ワーロックの身体に、続けざま小梅が放った弾丸が浴びせられた。トラジオのアサルトライフルと違い、中距離では集弾率が下がってしまう小梅のサブマシンガンだったが、魔術師ワーロックの残り僅かの体力を奪うには問題無かった。


『ダウン!』

『良し、敵はまだこちらに気づいて居ない。一気にやる!』 

 

 体力がゼロになり、キラキラと光のつぶに変わっていく魔術師ワーロックを確認したノイエは体勢を片足をついたしゃがみ状態から、うつ伏せへと移行すると、反動が強いライトマシンガンの集弾率を上げる為の二脚バイポッドで銃を固定し、即座に再度引き金を引いた。


 ノイエのM249 SPWの斉射と合わせて、単射セミオートから連射フルオートへ切り替えたトラジオのHK416の銃口が火を吹き、抑えられている小さな発射炎マズルフラッシュが壁を明るく照らした。


『……エネミー、ツーダウン』

『良し』


 ノイエ達の居場所がわからない為に、地人じびと達は当てずっぽうで銃を乱射してはいたが、手痛い反撃を受けること無く残り2人の地人じびとを処理出来たことにほっと胸をなでおろすトラジオ。

 

「周囲に敵影無し。地人じびとらしき音もしないわ」

「ファースト・コンタクトにしては上出来だな」


 二脚バイポッドをたたみ、銃を構えながらもトラジオと同じく、ノイエも安堵の表情を浮かべた。

 やはり小梅のスキルのお陰で相手より先に発見できたのが大きい。この程度であれば、ダメージを受けること無く調査が出来そうだ。


「あは、経験値うまっ」


 一瞬賞賛の言葉をもう一度贈ろうかと思ったノイエの耳に上機嫌の小梅の声が飛び込んだ。

 3人の高レベル地人じびとを倒して手に入れた経験値を見てほくそ笑んでいるんだろうか。

 ──褒めようとしたらすぐこれだ。

 

「小梅のレベルは……16だったか。この調査が終わる頃には、20位には行くんじゃないか?」

「マジで? よっしゃ、これで悠吾を追い越せるわね」


 へへん、と鼻歌まじりでクリスヴェクターの弾倉交換リローディングを行う小梅。

 調査に消極的になり全員の身に危険が及ぶよりはマシか。

 心の中でそう結論づけたノイエは、トラジオに小さく肩を竦ませて見せると、「どんどんいこう!」と意気込む小梅を先頭に、さらに奥へと足を進めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ