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第88話 対峙

 まるで空に浮いているみたいだ。

 ユニオンとの会合場所に選ばれた、山頂のティーハウス「竜の巣ドラゴンス・ネスト」を仰ぎ見て悠吾はそう思った。

 遠く霞む雪化粧した山々と、目下に広がるルール唯一の平野地帯である「ルール平原」に見えるいくつかの小さな集落がまるでミニチュアのように感じてしまう現実世界でも見たことのないような絶景──

 だが、思わず溜息が漏れてしまうような美しい景色を悠吾とルシアナは当然の事ながら楽しむ余裕は皆無だった。


 悠吾達は軍用トラック、ガズ66を降りると、すぐ目の前にあった小さなトンネルに足を踏み入れた。それは自然に作られた洞窟とは違い、同じ間隔でトーチライトが壁に設けられ、一定以上の明るさを保たれていることからあきらかに人工的に作られたトンネル。

 そして数分程歩いた先、悠吾達の前に現れたのは、黄銅で装飾された豪華なエレベーターホールだった。


「……これに乗ってティーハウスに?」

「ああ。山頂まで続く道が無いからね。エレベーターで山頂まで上がるってわけさ」


 悠吾の言葉に、何故か自慢気にパームがそう答える。悠吾とルシアナと対照的に、リラックスした表情を見せるパーム。これから行う会合で、ユニオンの傘下に降り、平穏な日々を送れると心の中から信じきっている顔だ。

 だが、そんなパームとは対照的に、悠吾の危機感はさらに高まってしまった。

 これはつまり、エレベーターを押さえられれば、山頂から逃げる事は出来ないと言う事じゃないか。


「……きな臭いですね」


 小さくそう耳元で囁いたのはルシアナだった。


「ルシアナさんもそう思いましたか。やはり僕が想定していたとおり、ユニオンは僕達を生きて帰すつもりはさらさらないのかもしれませんね」

「私もそう思います」


 小さくそう言葉を交わす悠吾とルシアナ。

 狭くても道が続いているのであれば、何とかなるかもしれないけど、エレベーターとなれば話は変わってくる。山頂部分にあるエレベーターの入り口を押さえられる……もしくは単純にこのエレベーターを破壊されれば、僕とルシアナさんは、死ねばマイハウスに戻れるラウルやユニオンのプレイヤー達と違い、物理的に山頂に閉じ込められてしまうことになる。


 と、静かに眉を潜ませてしまう悠吾だったが、パームの直ぐ横で視線を送るラノフェルの姿が彼の目に映った。

 楽観的なパームとは違い、頭が切れるラノフェルは流石に違和感を覚えてしまったのか、幾ばくか硬い表情を浮かべている。


「でも大丈夫です。僕がなんとかしますから」

「……貴方が仲間で本当に良かった」

 

 悠吾のその言葉に、不意に柔らかい表情を浮かべるルシアナ。

 とその時、ルシアナのその声を遮るように、ホールにエレベーターの到着を告げる甲高いベルの音が鳴り響いた。


 そしてほのかに明るいエレベーターホールに広がる、まばゆい光。

 それは、エレベーター内に施された純金とそれに反射されたライトの光だった。このトンネルとホールだけではなく、綺羅びやかな装飾が施されたエレベーター。


 だが、ホールに放たれたのは光だけではなかった。

 現れたのは、黒い戦闘服に身を包み、アサルトライフルを構える数名のプレイヤーの姿──

 そのベルの音に導かれるように現れた数名のユニオンプレイヤーの姿に、ルシアナの表情に小さく影が落ちたのが悠吾にははっきりと判った。


***


「降りろ」


 まるで捕虜を扱う様な言い草でエレベーターに乗っていたユニオンプレイヤーは、ティーハウスへ到着したエレベーターから悠吾達を突き飛ばすように降ろした。

 悠吾が想定していたとおり、会合の場所であるティーハウスに案内されたのは、悠吾とルシアナ、そしてパームとラノフェルの4人。

 中立な場所とは名ばかりの、完全な敵地アウェイ──

 ユニオンのその対応に流石にパームも顔色を曇らせる。

 

「まるで敵地のド真ん中に来たような気分ですね」

「……この状況、貴方はどう考えます?」

 

 皮肉っぽくそう言った悠吾に、意外にもそう返したのはラノフェルだった。

 さっきの表情と言い、やはり多少危機感を募らせているんだろうか。

 

「さぁ、どうでしょうか。見た限り友好的な対応じゃないですからね。ルシアナさんを差し出したとしても、ラウルにとって良い方向には行かない気がしますが」

「……」


 静かに囁く悠吾の言葉に、ラノフェルは何も返さなかった。

 だが、その空気は明らかに昨日とは違っている。

 きっとラノフェルさんの頭の中に、リーフノットの惨劇の事がちらついているんだろう。

 悠吾はちらりとラノフェルを一瞥し、そう思った。


 ティーハウス竜の巣ドラゴンス・ネストのエレベーターホールを抜け、テーブルが幾つか設置されたホールを抜けた先、察するに「VIPルーム」とでも形容できるひときわ綺羅びやかな部屋へと悠吾達は案内された。

 高い天上を飾る、豪華なシャンデリア。そしてバロック調のテーブルに、その上に乗せられた色とりどりの料理達。

 食欲をそそられる香りが悠吾の鼻腔をくすぐったそのとき、背後の入り口がぱたんと静かに閉じられた。


「……あ」

 

 そして、入り口が閉じられると同時に感じた違和感──

 防音設備でも備わっているのだろうか、入り口の扉が閉められた途端、耳になにか圧迫感の様な違和感が襲い、部屋の外の音が遮断されたのが悠吾にもはっきりと判った。

 

「この部屋は許可されたプレイヤーだけが入れる、プライベートルームのようですね」

「プライベートルーム?」


 パームが放った聞きなれない単語に思わず聞き返してしまう悠吾。

 

「戦場のフロンティアで用意されている、『お金を支払う事で購入できる部屋』の事ですよ。購入者が入室可能プレイヤーの設定を自由に変更出来るため、主にクランメンバーの集合場所や会合に使われる事が多いんです」


 そして、その部屋での会話は外部に漏れる事はない。

 と、そう続けたパームの言葉に何かを危惧した悠吾は咄嗟にトレースギアを開いた。

 会話が漏れる事がないという事は、外部との連絡が取れなくなるということだろうか。もしこの部屋でユニオンプレイヤー達が襲ってきた場合、銃撃音も援助要請も外に出せないというのは、非常にまずい。

 だが──


「安心したまえ」

「……ッ!」


 と、しんと静まり返ったプライベートルームに悠吾の心配を吹き飛ばすように低く芯の通った声が響いた。

 声の主は、いつの間にそこに居たのか、料理が並べられたテーブルの向こう、美しい景色が一望できる窓辺に一脚だけ設置されたアームチェアに腰掛けていた黒い正装軍服に身を筒んだ男だった。

 

「このプライベートルームは現在『交戦禁止』設定にしている。たとえ銃の引き金を引いても弾は出んし、爆薬を起動させても爆発は起きん」

「れ、烈空さん!?」


 冷たく淡々と放たれるその声に、思わず声を荒らげてしまったのはパームだ。そしてその背後に控えるラノフェルも思わず目を丸くしているのが見える。


「……彼は?」

「彼はユニオン連邦のトップクラン『黒の旅団ブラックコート』メンバーの1人です。オーディンと同等レベルのプレイヤー達が集まるクランという噂を聞きます」


 耳打ちする悠吾に小さく返すルシアナ。

 オーディン級の化け物クラン……そんな物がユニオンにあったんですか。どうりで破竹の勢いでプロヴィンスを増やすわけですね。

 ユニオンがノスタルジアを滅ぼすことができた片鱗を垣間見た気がした悠吾は、かるくめまいを覚えてしまった。


「ようこそ。パーム殿、ラノフェル殿」


 にい、と威圧するような笑みを浮かべ、烈空と呼ばれた男はアームチェアから立ち上がると、ゆっくりと料理が並べられたテーブルの前の椅子に腰を降ろした。

 その烈空の姿に、パーム達と同じようにどこか畏怖に似た感情を覚えてしまう悠吾。

 トレースギアで確認しなくても判る。

 変に威嚇しないためだろうか、ぴりっとした開襟型でネクタイを絞めたそのクラン名の通り黒い軍服に身を包んではいるものの、その目はナイフの様に鋭く、そして返答を間違ってしまえば即座に首をかき斬られる様な得も知れぬ殺気がにじみ出ている。

 

「どうだ、素晴らしいだろう? 最高の眺望とここの地人じびとが作る一級品の料理。このティーハウスは前々から欲しいと思っていたのだが」


 そう言って烈空は目の前のローストビーフに手慣れた手つきでナイフを通した。するりとバターの様に切られた柔らかいローストビーフが彼のフォークにその身を委ね、そしてその口の中へと運ばれていく。

 

「……欲しい、とはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ、ルシアナ殿。この最高のロケーションを手にするのが夢だったのだ」


 そう言って二切れ目を口にする烈空。

 

「意味を測りかねます」

「測らなくともよい。貴女は直ぐにこの世界を旅立つ事になるのだ」

「……ッ!!」


 顔色ひとつ変えず、まるで息をするかの如く烈空はそう言い放った。

 その言葉に表情から血の気が引いていくルシアナ。だが、悠吾がルシアナの憂虞を払拭させるかのごとく、そのか細い肩にそっと手を宛てがった。


「悠吾くん」

「大丈夫です、ルシアナさん」


 彼は今、この場所は交戦禁止に設定していると言った。それはつまり、まだ僕達を殺すつもりは無いと言う事。

 要は──事前に送った重要な情報に興味を示していると言うことだ。


「……フム、やはり美味であった」


 ルシアナとそして悠吾の姿に、あまり興味を示すこと無く、烈空はあっという間にローストビーフを平らげてしまった。

 亡国のGMゲームマスターなど竜の巣ドラゴンス・ネストのローストビーフ以下だ。

 テーブルナプキンで口を拭く烈空は無言でそう語っている。


「障害なくラウルとユニオンが同盟を結べたことにマスターはお喜びになるはずだ、パーム殿」


 テーブルを挟んで逆側の椅子を勧めながら、烈空は感情のこもっていない声でそう続けた。

 GMゲームマスターは、いちプレイヤーだとは言え、一国をまとめる最高権力者だ。GMゲームマスターの一存で友好関係が築かれ、そして敵対関係が生まれる。

 通常であれば、こういった場では敬われる事が多いGMゲームマスターだったが、烈空の対応は明らかにそれとは一線を画していた。

 それはつまり──ラウルの運命はこの烈空という男の如何にかかっていると言う事。

 冷静に事の成り行きを見ていた悠吾はそう判断した。


「それで、烈空さん。クラウストさんは……?」


 この場に居ないユニオンのGMゲームマスターの名を口にするパーム。 

 国家同士の会合であれば、GMゲームマスター同士で行う事が当然のはず。だが、この場にいるユニオンプレイヤーは、この烈空と、入り口付近に居る数名の護衛らしきユニオンプレイヤーだけだ。


「マスターはお忙しい身だ。……まぁ、ルシアナ殿の身柄を受け、同盟調印に移る前に私が話を聞こうではないか。──君が言う『重要な情報』という物を」


 ぎり、と突き刺さる様な視線を送る烈空。

 それは期待と威圧が含まれる、凍てつくような視線だった。


 そして、その視線を受け、どくんと高鳴る悠吾の鼓動。

 ついにその時が来た。

 勝負の時だ。


 ちらりと背後を見やったパームの視線を受け、そして一瞬きゅっと手を握りしめたルシアナの冷たくも柔らかい指の間隔を確かめながら、悠吾はすうとひとつ息を吸い込むと一歩前へと歩みだした。

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