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第86話 与えられた時間

 悠吾が情報屋達との交渉に成功したその時と同時刻、狩場シークポイントの調査に向かう小隊パーティの1つ、ノイエのチームは目標とする狩場シークポイントへと到着していた。

 解放同盟軍のキャンプから西へ1時間ほど行った場所にある狩場シークポイント「蒼龍のつがい」──

 2つほど小高い丘を越えた先に突如として現れた、まるで大地を南北に切り裂いたかのように作られた渓谷がノイエ達が調査を行う場所だった。


「ん〜、いい眺めじゃのう」


 渓谷の南北を繋げる吊り橋の上、先ほどまでの雨が嘘のように晴れ渡った空を仰ぎ見る上機嫌の小梅が鼻歌まじりでそうひとりごちた。

 これまで行った場所といえば、廃坑や廃工場みたいな危険で薄暗い狩場シークポイントばっかだったから気分が良いわ。

 目の前に広がる澄み渡った空のように、心のもやもやが晴れていく小梅。

 だが、それも直ぐ終わりを告げてしまった。

 

『……あー、小梅?』


 小梅の上機嫌を強制的に終了させるかの如く、芯の通った声が小隊会話パーティチャットを通じて小梅の耳に届いた。その声の主は吊り橋の片側で探索の準備を進めているノイエだ。


『素晴らしい景色を堪能している所悪いが、楽しむのは交戦フェーズが終わってからにしろ、小梅』

『……わ、わかってるわよ』


 ちょっと眺めてただけじゃん。

 ノイエの言葉に、小梅は唇を尖らせながら見納めだと言わんばかりにもう一度空を仰ぎ、重い足取りでその場を後にした。


『入り口はわかったか?』

『もちろん。南側から降りれるトコがあった。最深部にいくには多分洞窟みたいな所を通る必要がありそうだけど』


 やることはちゃんとやってんだから。

 ノイエにそう返す小梅。


 小梅はなにも吊り橋の上でサボっていたわけではなかった。この狩場シークポイント「蒼龍のつがい」は珍しいタイプの狩場シークポイントで、最下層にたどり着くにはまず、そこに通じている通路の入り口を見つける必要があった。

 そして目がよく、探索能力に優れている小梅が渓谷を一望できる吊り橋でそれを探していた……というわけだった。


 入り口がわかれば、後はそこに向かうだけ。その位置をトレースギアでもう一度確認しながらノイエの元に戻る小梅だったが、その視界の端に、吊り橋の直ぐ脇で見たこともない機材をハンヴィーからおろしているノイエの姿が映った。

 小さいパラボラアンテナの様な機材だ。


「……それ、何?」

「工廠で生成された、中継機ルーターだ。小隊会話パーティチャットの通信可能範囲を広げる為の機材らしい」


 俺も初めてみたが。

 小梅にそう返したのは、同じくハンヴィーから装備をおろしているトラジオだった。

 トラジオはノイエと違い、銃火器と弾薬、回復アイテムに偵察ドローンなどの探索に必要になるであろうアイテムをまとめたラックを手にしている。


「中継機材? それがあれば遠くのメンバーとハナシが出来るってわけ?」

「そうだ。事前に近くを探索するチーム同士で中隊アライアンスを組んでいるからね。万が一の時にサポートし合う事ができるって寸法さ」


 機材の電源を入れ、トレースギアと中継機ルーターをリンクさせながらノイエがそう言う。

 探索中に遠く離れた仲間と連絡が取れるという事はかなり大きなメリットがあるわね。

 あの廃坑でのピンチを2度も経験している小梅は心底そう思った。 


 しかも活用できるのはピンチの時だけじゃない。

 例えば、その狩場シークポイントでどんな敵に遭遇してどんなアイテムがドロップしたのか。そして、今どの位のプレイヤーが探索をしているかなどリアルタイムの情報が伝達・蓄積出来るということ。今回の時間が勝負の調査にこれ以上うってつけの機材は無いと思う。


『ノイエだ。聞こえるか?』

『……感度良好です、ノイエさん』


 確認の為に、中隊アライアンスメンバーに小隊会話パーティチャットを送るノイエ。

 そして、その声にすぐさま反応したのは、近くの狩場シークポイントを調査する風太だった。

 

『状況はどうだ、風太』

『問題ありません。これから私達も探索を開始する所です』

『了解した。何かあったら直ぐ連絡しろ』


 交戦フェーズを乗り越える為の調査で命を落とすなんて笑い話にもならないからな。

 冗談半分でそう言うノイエに風太は「判りました」と小さく返した。


「ノイエ、これから潜る狩場シークポイントについて情報を確認したいのだが」

「そうですね」


 解放同盟軍のキャンプで行き先については聞いていたが、この「蒼龍の番」に関しての情報は何も持ち合わせていなかったトラジオ。

 起動した中継機ルーターを茂みの中へと運ぶノイエにトラジオがそう問いかけた。

 

「にしても、蒼龍のつがいって凄い仰々しい名前ね」

「安心しろ小梅。ここは仰々しい名前にピッタリの高レベル狩場シークポイントだ」

「……嘘でしょ?」


 どうせ名前負けした狩場シークポイントでしょ、と高をくくっていた小梅だったが、ノイエのその言葉に思わず耳を疑ってしまった。

 

「対象レベルは16。最深部は25オーバーの地人じびとが現れるらしい」

「にじゅ……」

 

 続けて放たれたその言葉に今度は言葉を失ってしまう小梅。

 確かクマジオがレベル36で、ノイエは32だったはず。レベル的には余裕だけど、探索となると話は変わってくる。


 レベル25オーバーの地人じびとが現れる狩場シークポイントと聞けば、それほど難易度は高くなさそうに聞こえてしまうが、そこに開発者の罠が仕掛けられていた。


 狩場シークポイントに現れる敵、地人じびと小隊パーティとして組む事ができるメンバーに制限があるプレイヤー側と違い、数多くの徒党を組んで現れるのが常だ。

 その数に上限はない、という。

 つまり、それは廃坑で多脚戦車パウークとともに現れた地人じびとのように、下手をすれば数十人規模の地人じびとが現れる事もあるということだった。

 例え高レベルプレイヤー出会ったとしても、ひと回り低いレベルの地人じびとが10人現れればあっという間にやられてしまうことも多々あるゲーム。それが戦場のフロンティアだった。


「そんな高レベル狩場シークポイントがラウルにあったなんて知らなかったわ」

「調査したわけじゃないからなんとも言えないけど……それが相違点なのかもしれないな」

「確かに」


 そのノイエの予想に納得する小梅。

 高レベルの狩場シークポイントは一般的にプロヴィンス内でも端などの辺境地に有るのが常。プロヴィンスのど真ん中にそんな高レベル狩場シークポイントがあるなんて、どっからどうみても相違点だわ。


「ちなみに、調査の途中で別の狩場シークポイントへ移動する可能性が有ることも覚えておいてくれ」

「移動? 何故だ?」


 装備のチェックをしながらそう問うトラジオ。

 中隊アライアンスを組んでいる他の小隊パーティからの援助依頼ならまだしも、途中で他の狩場シークポイントへ移動するメリットはないはず。


「情報によると、キャンプで行われていた情報屋との会合は成功したらしい」

「……おお、そうか」


 良かった、と安堵するトラジオ。

 そしてノイエのその言葉とともに、ノイエが言わんとしている理由がトラジオの頭にも浮かんだ。


「……成る程。情報屋から、狩場シークポイントの相違点に関する情報が届く可能性が高いというわけだな」

「そうです。そのリストに今から行く『蒼龍のつがい』が載って居なかった場合、僕達は直ぐにリストに載っている別の狩場シークポイントに移動します」

「……ちょっと待って。移動するって……他の中隊アライアンスメンバーはどーすんのさ?」

 

 ふと浮かんだその疑問を口にする小梅。

 今回の調査の大前提として犠牲者を出さずに調査を行うという命題があった。そのため、戦力バランスを考えた上で中隊アライアンス単位で探索する狩場シークポイントを決めている。大前提となる相互援助を行うためには、1つのチームが移動すれば他のチームも一緒に移動することになってしまう。

 

 その中隊アライアンスに割り当てられた狩場シークポイントのすべてがリストに載っていなければ問題はないが、例えば1チームだけそれに該当する場合、他のチームはそのまま調査を続行すべきか、それともともに移動すべきか判断に苦しむことになるんじゃないか。

 小梅はそう思っていた。


「その場合は……該当するチームだけで移動することにした」

「……ッ! 相互支援無しで探索するってわけ!?」


 冗談でしょ。

 信じられない、とおもわずぎょっとしてしまった小梅。だがその一方で、静かにノイエの言葉を聞いていたトラジオは納得したような表情を浮かべた。


 俺たちに与えられている時間は無い。

 情報屋との交渉が上手く行ったと言うことは、すでに悠吾達はユニオンとの会合の為に次の場所への移動準備をはじめている頃だろう。

 会合が始まるまでに、出来るだけ多くの調査を行い、そして情報を悠吾とルシアナに渡す必要がある。

 そうしなければ、ノスタルジアに未来は無いからだ。

 ──そしてその為には、多少の危険は覚悟する必要がある。


「……時間が惜しい。行こうかノイエ、小梅」


 そう言って弾倉マガジンを装填したHK416を構えるトラジオ。

 覚悟は決めていると、口にせずともその表情が語っている。


「言いたいことは判る、小梅。だが、トラジオさんが言うように時間が無いんだ」


 苦い表情を浮かべながら、小梅を見つめるノイエ。

 確実な安全を優先するか、情報を優先するか。今優先すべきは明日を乗り越える為の情報だ。

 

 だが、厳しい言葉を口にしつつも小梅にもそのことは薄々判っていた。

 そして、どこか観念したように空を見上げる小梅。

 すでに少しづつ陽は傾き、空は琥珀色にくすんできている。

 この世界はすぐに陽が完全に落ち、若夜になり、そして熟夜を越えて新しい朝を迎える。

 そして朝を向かえれば、遠い向こうで悠吾の戦いが始まる──

 

「……行こう、ノイエ、クマジオ。さっさと行って、ちゃっちゃと片付けよ?」


 愛銃であるクリスヴェクターに弾倉マガジンを装填しながら静かにそう囁く小梅。

 悠吾に絶対もどるって約束したし、悠吾もあたしに絶対もどるって約束したんだ。

 その為に、あたしはあたしの仕事をして、悠吾は悠吾の仕事をして、そして生き残る。

 それだけ。

 

 小梅の言葉に、ぴり、とノイエの空気がまるで紙縒りのように鋭く集中されていくのがはっきりと判った。


「良し、先導ポイントマンは小梅。殿しんがりは僕がやる」


 行きましょう。

 その言葉と同時に、ノイエの顔が伝説のオーディンメンバーの顔に豹変する。

 小梅には慣れた兄の姿であり、トラジオには初めて見る心強い仲間の姿──

 

 そして、小梅とトラジオはこくりと小さく頷き返すと、遥か下方に見える渓谷の狩場シークポイント、「蒼龍のつがい」の最深部を目指しゆっくりと崖を降り始めた。

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