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第85話 悠吾の戦い その3

 それは、共通の目的を掲げ、国家を股にかけた協力体制組織、「集合体アセンブリ」と名付けられた一大組織の誕生の瞬間だった。


 情報屋の面々からの賛同を得られた後、議題は具体的な部分へと掘り下げられていった。

 そしてその中で、各情報屋は解体されるというわけではなく、同じ目的を共有する1組織としてアセンブリに所属するという形に落ち着いた。表向きは個の組織として活動し、バックグラウンドで情報共有や協力体制を組むという組織である方が各々動きやすく、また組織の全体規模が掴みづらくなるためにユニオン連邦の妨害を受けづらくなるという利点が考えられた為だ。


 とてつもなく長くもあり、驚くほど短くもあった情報屋達との会議の場。

 情報屋達が外の空気を思い思いに堪能したその時には、降り続いていた雨は上がり、ラウルの空はまるで鮮やかな絵の具を広げたキャンパスのような美しい琥珀色に染まっていた。


「では、またな」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言ってテントを後にする情報屋達。

 会議は成功した。予想を越えて、少し怖いくなってしまうくらいに。


 だが、成功を喜び、ほっと胸をなでおろしたいルシアナと悠吾だったが、まだ緊張の糸を切らす事は出来ないでいた。

 ギフトマーケットのリーダー、アイゴリーが未だテントに硬い表情のまま残っていたからだ。


「……アイゴリーさん、何か気になる所が?」


 肘掛けに肩肘を付き、じっと悠吾の顔を見つめているアイゴリーに恐る恐る悠吾が語りかける。

 出来るならば今直ぐ僕のテントに戻って睡眠を貪りたい所ではあるけれど、見たところアイゴリーさんは何か引っかかる所がありそうな気配だ。今後の為にも、そのしこりは残しておくわけにはいかない。

 そして、悠吾のその心を読み取ったかのように、アイゴリーはその重い口をゆっくりと開いた。


「……ウチのパムが世話ンなったみたいだな。話は聞いたぜ。悠吾という小僧は、その貧弱な姿なりからは想像も出来ないくらい、図太くて大胆な奴だってな」

「え? パ、パムさんが?」


 予想だにしなかったアイゴリーの言葉に悠吾は面食らってしまった。

 アイゴリーさんに前回のパムさんとの交渉の件が伝わっているとは思っていたけど、そんな事を言っていたんですか。面と向かってそう言われると凄くむず痒いです。


「……パムの奴が言っていた事が理解できたぜ」

 

 そう言って、きゅうと眉をひそめるアイゴリー。

 その言葉と表情からアイゴリーが考えている事がぼんやりと悠吾には理解できた。

 アイゴリーさんは僕の「狙い」が解っている──?


「確かにうまい話だな。……ユニオンとの協定を『考えなおしちまう』ほどの」


 どこか冗談交じりにそう言い放ったアイゴリーの言葉に場の空気がぴんと張り詰めた。これまで冷静を装っていたルシアナも、その事実に動揺を隠せないようだった。


 最大規模を持つ情報屋、ギフトマーケットユニオン連邦と繋がっていたという事実に──


 だが、アイゴリーの言葉に悠吾は納得したような表情を浮かべた。


 やはりそうでしたか。

 パムさんから、ユニオンは上客だという話を聞いて、裏で繋がっているんじゃないかと思っていた。アイゴリーさんにとっても、ユニオン程の巨大なクライアントと親密な繋がりを持つことは依頼の安定的な供給に繋がるし、ユニオンにとっても、自国の依頼はもとより、最大の規模を持つギフトマーケットへ仕事を依頼する他国の動きすらも手に取るように判るからだ。


「……はい、実はその為にアイゴリーさんをこの場にお呼びしました」


 それが狙いなんです。

 隠そうともせず、そう言い放つ悠吾。


 どうしてもアイゴリーが首を縦にふってもらう必要があったのはそこだった。

 アイゴリーさんが僕の考え通りにユニオンと親密な関係にあり、その上で僕が考える「アセンブリ」に賛同しなかった場合、作戦は破綻し、ユニオンより先にキーアイテムを先に手に入れる可能性は限りなく低くなってしまう。

 ほんの僅かな可能性だとしても、ユニオンを追い詰める為に手を緩めることは出来ない。その小さな可能性がやがて大きな亀裂になり、そこからユニオンに食い破られる可能性があるからだ。


「ハッ、大した奴だよ、お前は」


 表情に微塵も動揺が見られない悠吾に、思わずアイゴリーの表情に笑顔が漏れだした。

 

「ウチの中でもユニオンに対する不信感は高まっていてな、そのせいでギフトマーケットを抜ける奴らも多くなっていた。まぁ、どうするべきか悩んでた……ってのが正直な所だ」

「でしょうね。人材が不足しているというパムさんの話からなんとなく想像していました」

 

 それはまぁ、今思いついた事なんですが。

 そう心の中で舌をぺろりと出す悠吾だったが、完全に信じ切っているアイゴリーはそんな悠吾に思わず戦いてしまった。

 冗談だろ。この小僧の頭はどんだけ計算しつくされていやがる。

 完全に悠吾のペースに持って行かれてしまうアイゴリー。


「……それで、ユニオンとの会合はいつなんだ?」

「明日、中立国で行います」

「ハッ……明日だと!?」


 またしても悠吾の言葉に面食らってしまうアイゴリー。

 今日の明日で時間の無い中、俺達を呼んでぎりぎりの交渉を行っていたというわけか。


「お前どんな神経してんだ。崩れるかも知れねぇ橋を時間ギリギリで渡るなんてどうかしてるぜ」

「ええ、僕もそう思います」


 呆れるアイゴリーに、笑顔で返す悠吾。

 だが、その両手が微かに震えている事をアイゴリーは見逃さなかった。


 自分達の運命を左右する交渉で緊張しない奴は居ない。この小僧もしかりだ。

 だが、使命感からくるものなのか、それとも天然の馬鹿なのか判らねぇがこの小僧は最後の最後までそれを隠し、そして今、俺にだけ自分の弱い部分を「わざと」見せてやがる。

 

 ──僕は貴方を恐れています、と。

 そうすることで、俺の威厳を保たせるために。

 

「……ククッ、気に入ったぜお前」


 そういってアイゴリーは懐から一枚の紙を取り出した。

 他の情報屋達が悠吾に渡した、例の証明書だ。


「会合の場所は?」

「ラウルとユニオン、両方が国境を接する中立国『ルール』です」

「ルール……山岳地帯のプロヴィンスひとつだけで構成された地人じびとが統治する国家か」


 ラウルにとっても、ユニオンにとっても安全な第三国。一見フェアな場所のような気がしたアイゴリーだったが、どこかきな臭さを感じてしまった。

 ルールは狩場シークポイントが存在しない戦略的価値が無い国家だ。その為に、所属するプレイヤーがおらず、GMゲームマスターが存在しないため地人じびとによる統治が行われている珍しい国家。

 プレイヤーに統治されていないということは、つまり、攻撃を受けることは無いということだが、逆にそれは自らの兵を持ち込むことも出来ると言う事。

 自らの力でここまで来た奴らだ。大人しく会議のテーブルに着くなんて事は考えにくいが──


「まぁ、うまくいくことを祈るぜ」


 アイゴリーに言えるのはそれだけだった。 

 それこそ情報屋を活用して、どういう策を弄してその会に奴らが臨むのか調べる事は出来そうだが、時間が全く無い。もう様々なパターンを想像して挑むしか方法は無いだろう。

 だが、そう言って席を立つアイゴリーに悠吾は大丈夫ですと言わんばかりに深く、頷いてみせた。


「時間が勝負です」

「……だな」


 それしか無い、と言葉少なく交わすアイゴリーと悠吾。


 時間はもう十分に有るわけじゃない。

 明日の会までの時間もそうだし、その後、ユニオンを出し抜く為に与えられる時間も。


 狩場シークポイントの相違点リストは交戦フェーズ終了後にユニオンに渡す事になるだろう。先に渡してしまえば、問答無用で侵攻されるおそれがあるために、交戦フェーズが終わってから渡すというのは当然の条件だ。

 そしてそれはつまり、ユニオンを出し抜くためのアドバンテージは1週間に満たない時間になるという事──


 その1週間で情報屋の皆さんや解放同盟軍のメンバー達に協力してもらって、世界各地の狩場シークポイントを探索する。

 そして、1週間を過ぎれば、渡した情報を元にユニオンも動き出すだろう。邪魔者を排除する動きを強めながら。

 そうなれば、各狩場シークポイント内で争いが起きることは必至になる。


 勝負は明日以降の1週間だ──

 と、焦燥感にも似た苦い焦りが悠吾の喉奥から這い上がってきたその時だった。


「……悠吾くん?」


 思考の世界に飛び込んでしまっていた悠吾の耳を優しく撫でるように届いたのは、ルシアナの声だった。


「へ?」


 その声にぴんと我に返る悠吾。 

 どの位ぼんやりとしていたのか、テーブルにすでにアイゴリーの姿は無く、先ほどの情報屋達が放っていた熱気の余韻もすでに消え失せ、ひんやりとした空気が立ち込めてしまっている。


「しまった……アイゴリーさんはもうお帰りに?」

「はい。門衛のプレイヤーに外までご案内いたしました……悠吾くん、大丈夫ですか?」

「すいません、明日の事で頭がいっぱいになっちゃって……」


 回りの事がわからなくなるなんてこれまで一度も無かった。やっぱり疲れているんだろうか。

 後でアイゴリーさんに謝罪のメッセージを送っておこうと、失敗を悔いる悠吾。

 だが、そんな悠吾にルシアナは変わらぬ笑顔で答えた。


「悠吾くん、お疲れ様でした。貴方のお陰でノスタルジアの未来が明るくなってきています」

「ええっ!? そそ、そんな事ないですよ。僕はただ、皆さんの動きを調整しているだけですから。ノスタルジアの未来を作っているのは、今狩場シークポイントで調査を行っているメンバーの方々や、さきほどまでここにいらっしゃった情報屋の皆さん。……そしてルシアナさんですよ」


 だから、やめて下さい。

 そういって頬を火照らせながら、頭を掻く悠吾。

 これまでの落ち着いた振る舞いに敬愛の眼差しで見つめていたルシアナだったが、一転して慌てふためく悠吾のその姿に両手で口を抑えながら、くすくすと小さく肩を震わせてしまった。


「悠吾くんって、生産職よりもクランマスター……いえ、GMゲームマスターの方が向いているのかもしれませんね」

「え、えええッ!? 僕が……ですか!? 冗談はやめてくださいよ。僕が一番苦手なのは人の上に立つことなんですから」

「あはは、そうなんですか?」


 十分ついてくる人は居ると思いますよ。

 そう言うルシアナに、悠吾は無言で、只気まずそうに鼻の頭を掻くしかなかった。


「……僕は一歩引いて誰かをサポートする方が性に会ってるんです」


 皆を先導するなんて、心労とストレスで胃に穴があいちゃいますよ。

 謙遜ではなく、本心からそう訴える悠吾。

 だが、ルシアナにはそう言う悠吾の姿ですらどこか魅力的に映ってしまう。

 

「……でも悠吾くん、明日は最前線に出ないと、ですね」

「ええ、そうですね。明日が正念場です」


 そういう悠吾の表情が少し強張ったのがルシアナには判った。

 明日が勝負。

 明日を乗り切れば──望みが繋がる。


「大丈夫です。絶対に成功させます」


 ルシアナの表情にうっすらと憂いの色が見えた悠吾は、静かにはっきりと彼女にそう言い切った。

 それはルシアナにとって他の何よりも信頼できて、そして力強い言葉。

 その言葉にルシアナはどこか気恥ずかしそうに小さくこくりと頷いた。

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