第84話 悠吾の戦い その2
「もうひとつの話、だと!? そもそも金が無いのに何故我々をここに呼んだ!?」
まさか、己に付与された「亡国者」の称号に同情して協力しろ、などと言うのではあるまいな。
黒部一味のリーダー、黒部の図太い声がテントの中に響き渡った。
そして、彼の声に誘引されるようにテントに広がってくのはざわめきと、疑心に満ちた空気。
事前にこの事をしらされていたルシアナだったが、苛立ちに包まれる情報屋の面々を前に、冷静を装いながらも内心、不安で潰されそうになってしまっていた。
情報屋にコンタクトする前、情報屋に渡せる資金はないと悠吾に伝えたルシアナ。
現在徴用が行えないノスタルジアでは固まった資金調達が不可能で、解放同盟軍の各メンバーの財布を頼るしか無い情けない状況。先日、私を助ける為に情報屋を使った悠吾君であれば、解放同盟軍にお金が無いことも、情報を買う為にどの位のお金が必要になるのかも解っているはず。世界規模の情報収集になれば、その額は天文学的になってもおかしくない。
だが、そう心配するルシアナに悠吾は、大丈夫です、と笑顔で答えた。
僕に作戦があります、と。
そして、悠吾が答えたその作戦とは──
「資金以外の物をご提供します」
黒部を中心に広がる苛立ちを気にもかけず、悠吾は凛と黒部を見据えながら一言そう言った。
「資金……以外の物?」
「はい。うまくそれを活用できれば、かなりのお金を産むことができる物です」
かなりの金を産む。
その言葉に、黒部をはじめ、情報屋の面々の眼の色が一瞬変わったのを悠吾は見逃さなかった。
彼らは、気持ち云々の前に、金で動く人たちだ。順番を間違ってしまえば、良い話でも首を縦に振ってはくれなくなってしまう。
直ぐに結論の話を口走りそうになってしまう悠吾だったが、それをぐっと押さえ、一冊の本をテーブルの上に乗せた。
「……何だそれは?」
「これは、ノスタルジアの生産チームが発見した、生産に関する相違点を元にまとめた新しい生産レシピです」
テーブルの上に乗せた本、レシピブックをぱらりと開き、全員に見せる悠吾。
この会の前にいくつかミトさんにまとめてもらうかと思ったけど、このレシピブックがすでに存在していた事は想定外の好材料だった。そして、交渉材料に使いたいという申し出に、ルシアナさんやノイエさん、ミトさんが快く承諾してくれたことも。
「現在僕達ノスタルジアでは、今この瞬間も、レシピに載っていない様々な生産を行っています。そして今着手しているのは、アーティファクトアイテムの量産体制です」
「な、なんだって!? アーティファクトアイテムの生産を!?」
思わずそう声を荒らげたのは、「百舌鳥」のリーダー、クイナだ。
クイナはカナリヤのリーダ、雨燕と同じく女性のリーダーで、ヴェルド共和国に所属するプレイヤーだ。長身で落ち着いた雰囲気の雨燕と対象的に、小柄でボーイッシュな雰囲気から、どこか幼さを感じる女性。
隣同士に座る雨燕とクイナに何処か姉妹のような空気すら感じてしまう。
「まだ結果はでていません。ですが、その結果の情報をお渡ししたいと考えています」
「成る程、確かに悠吾さんがおっしゃる通り、それは……金になりそうな情報ですね」
悪い話ではない。そう言って椅子の背もたれに背中を預け、ブリガンダインのリーダー、バルバスが笑みを浮かべた。
「こちらから提供出来るものはまだあります。2つ目は、調査隊の援助です」
「……援助? あんたらがか?」
国家が滅亡しているノスタルジアが人材の提供だと?
どういう冗談だ、と言いたげに黒部が苦笑する。
「はい。今このキャンプに集まっているノスタルジアプレイヤーは、役100名ほどです。人数としてはそれほど多いというわけではありませんが、その中にはここに居ますルシアナ氏をはじめ、オーディンメンバーが数名居ます。オーディンレベルの優れた人材と、兵站をご提供します」
悠吾の言葉に、先ほどの苛立ちに満ちた表情から、明らかに変化が見られる情報屋の面々。
情報屋が情報を収集するにあたって必要なのは、人材と兵站だ。
人材は言うまでもなく、実際に各所で情報を集めるために必要になる。悠吾が依頼したルシアナの居場所の調査においてもアイゴリーの情報屋、ギフトマーケットは該当4カ所にエージェントを送りその足で実際に調査している。
情報収集に置いて、優れた人材は情報の正確性を決める重要な要素の1つだ。
そして、続く兵站はその情報収集の成功確率を上げるために必要なもう一つの重要要素にあたる。
情報屋のエージェント達が各所で安心して情報収集を行うために必要なものが、補給物資や後方支援、そして調査を円滑に行うための現地情報提供を行う兵站で、それが十分に整備されている情報屋は組織的な活動が可能になる。
業界内で一大規模を誇るギフトマーケットは人材はもとより、兵站がしっかりと整備されているために信頼性が高い情報を提供できる組織として成功していた。
「フム、オーディンクラスの人材提供は惹かれるが……だが、援助と言うことは、お前達ノスタルジアに調査情報が筒抜けになってしまうという事ではないのか?」
それは単純に、お前達が得をするという事ではないか。
何か裏があるのではないかと、変わらない怪訝な表情を見せる黒部。
その言葉に、テント内にざわめきが起きた。
確かにノスタルジアからの人材提供があるということは、各クライアントからの依頼内容と、調査結果が彼らにも渡る可能性があるということだ。クライアントへその事を話す必要はないとはいえ、情報が渡ってしまうことは事実──
だが、そんな彼らの疑心を感じてか、悠吾が静かに続けた。
「……最後に1つ。これは提供……というよりも提案したいことがあります。それが皆さんの疑問に対する答えになると思います」
「提案、ですか?」
黒部やバルバス、そしてダークホースのムカベとは違い、多少悠吾の提案内容に興味を示している雨燕がそう答える。
他の情報屋と違い、規模がそう大きくないカナリヤにとってノスタルジアの提案は魅力的に映っていた。
「はい。提案したいのは僕の中にあるひとつの構想です」
「何なのだ。もったいぶらずにさっさと言え」
「判りました…‥僕が考えているのは……」
ちらりとルシアナを一瞥する悠吾。
そして、ゆっくりと組んだ両手をテーブルの上に置き、低く芯の通った声で続く言葉を悠吾が口にした。
「皆さん情報屋をひとつにまとめた、新しい組織の立ち上げです」
***
悠吾の言葉に、テントの中にこれまでの紛糾が嘘のような静寂が立ち込めた。
この場に立ち会った誰もが悠吾が放った言葉の意味を理解できずにいたからだ。
「……すまんがもう一回言ってもらえるか」
「はい。皆さん情報屋をひとつに纏める組織を作りたいと思っています」
「……ッ! 馬鹿なッ!?」
東方諸侯連合に席を置く、黒部とムカベの2人の声に再度紛糾し始めるテーブル。
だが、そうなってしまうのは当然の事だった。
同業でもなく、ユニオンの様にこの世界を席巻する程の力も影響力もなく、ましてや滅亡した国家が情報屋をまとめる組織を作る──
無謀とも戯言とも取れるその言葉に、一同は怒りを通り越して、呆れ返ってしまった。
「ふざけた事を抜かすな。俺たちをまとめる組織をあんたらノスタルジアが作るというのか?」
「そうですムカベさん」
「何のために!?」
「この場にいる皆さんと、皆さんが所属する国家のプレイヤー達が生き残る為です」
突き抜けるように放たれた悠吾の言葉に再度静寂に包まれるテーブル。
その場の誰もが、未だ悠吾の狙いをはかりかねていた。
「……皆さんもご存知だとは思いますが、今ユニオン連邦はとあるアイテムを探しています。現実世界にもどる『鍵』となるアイテムです」
「その噂は聞く。実際に存在するアイテムなのかどうかわからないがな」
斬りつけるような視線を投げるバルバス。その目からは、悠吾の一挙手一投足からその真意を探ろうとする意思が感じられる。
「バルバスさんがおっしゃるとおりです。しかし、彼らはそのアイテムを手に入れる為に侵略を続け、邪魔となる敵対国家プレイヤー達を排除し続けています。それはつまり……彼らはそのアイテムが実際にあるという情報を掴んでいる可能性が有ると僕は考えています」
「成る程。確かにそう考える事も出来るな」
盲点だ、と言いたげに口を開いたのはアイゴリーだった。
だが、その表情は他の情報屋の面々と比べて幾許か曇っている。
「彼らはそのアイテムを手にするまで侵略と殺戮の手を緩めることは無いでしょう。例え相手が滅亡した国家に所属する『亡国者』の称号を持つプレイヤーだったとしても」
そしてそれは体験しています。
実際に亡国者の称号を持つ悠吾の口から放たれたその言葉は、場の空気を重くさせた。
確かに、ユニオンは容赦なくプレイヤーを排除している。
それは紛れもなく、その場に居る誰もが知る事実だった。
「……お前が言うその組織は……ユニオンに対抗するための物だと?」
静かにそう口ずさんだ雨燕に、悠吾は深く、そしてゆっくりと頷いた。
「その通りです。ユニオンが探すアイテムを使えば本当に現実世界に戻れるかどうかはわかりません。ですが、彼らよりも先にそのアイテムを入手することができれば……少なくとも無差別な虐殺を食い止めることはできます」
悠吾のその言葉に更に深い沈黙がテーブルを支配した。この場に来ている全員が、以前から同じ事を考えていたからだ。
如何にしてユニオンを止めるか──
前回の交戦フェーズでノスタルジアへ矛先が向いた為に、なんとか侵攻を退くことができた東方諸侯連合と、今回噂されているユニオンのラウル侵攻が現実になり、彼らが滅亡することでプロヴィンスの一部が繋がってしまうヴェルド共和国。
ユニオンへの対策は彼らの所属国家のGMだけではなく、彼らプレイヤーにとっても死活問題だった。
そして、その沈黙は悠吾が想定したとおりの反応でもあった。
東方の東方諸侯連合国の情報屋、そして北方のヴェルド共和国。この会にこの2つの国の情報屋が呼ばれたのは単に偶然ではなかった。
ユニオンと敵対する国家に所属するプレイヤーであれば、少なからずユニオンに対する危機感と焦燥感は持ち合わせているはず。それがあれば──会は上手く行く可能性が高い。
悠吾はそう考えていた。
「皆さんは少なからずユニオンの事を快く思っていないと思います。そして今、この場にいらっしゃる皆さんは、そういう意味で同じ敵と戦っている仲間と言っても過言じゃないでしょう。現実世界に戻れるにしても……戻れないにしても……ユニオンの愚行は止める必要があるんです。もし、皆さんの協力を得ることができたのであれば……彼らよりも先にそのアイテムを手にする作戦が実行できるんです」
この方法であれば、情報屋の彼らの心は動くはず──
心の中でそうひとりごちながら、悠吾がそう締めくくった。
最初に旨い話をちらつかせ、こちらに裏は無いことを表現した上で自分の考えを包み隠さず伝える。それは彼らを騙しているわけでも無ければ、嘘をついているわけでもない。彼らの力が必要だからこそ……この会を成功させる義務が僕にはあるんだ。
そしてしばし重い沈黙が続いた後、悠吾の考えを裏付けるように次第にざわめきが起き始めた。
「……いいぞ」
次第に大きくなるざわめきに、テーブルの下で小さくガッツポーズを作る悠吾。
ざわめきは同じ国家に所属するプレイヤー同士……競合同士のはずの情報屋がお互いに小さく会話を交わしている。
同じ国家に所属していれば、競合とは言え協力体勢にある組織も多いのではないかと考えていたけど、やっぱりそうだった。となれば、余計な心の障壁は取り除かれ、得が多い僕の案に賛同する可能性が増える。
それに──僕の話は、いち組織の損得よりも、もっと大きな……国家単位で話が動くかもしれない。
それは願ってもいない大きなチャンスだ。
「……ノスタルジアの申し出に賛同する」
「俺たちもだ」
「ッ!!」
静かなざわめきを切り裂き、そう言い放ったのは黒部と、それに引き連れられるように続けるムカベだ。
一番疑いの目を向けていた黒部が最初に賛同してくれたことに驚きを隠せない悠吾。だが一方で、納得できる要素はいくつかあった。
東方諸侯連合国は前回交戦フェーズでユニオンと戦った歴史がある。ノスタルジアを除き、ユニオンと戦う可能性が一番高いのは彼らだろう。それに、中立を謳う情報屋の中でも、黒部一味はユニオンへの情報提供を拒んでいる。
「ユニオンはいけ好かねぇ奴らだ。それに俺たちは現実世界に戻れるなんてこれっぽっちも思ってねぇからな。この世界からユニオンが消えてくれれば万々歳だ。故に黒部一味はノスタルジアに付くぜ」
「元々俺たちは弱小だからな。ノスタルジアの提案は魅力的だ。ダークホースもノスタルジアに付く」
「有り難うございます、黒部さん、ムカベさん」
フンと両手を組み、どしんと背もたれに体を預ける黒部とムカベ。
これが文字通りの証明だ、と言いたげに彼らが組織する情報屋「黒部一味」と「ダークホース」の名が刻まれた、情報提供時に渡す証明書をテーブルの上に乗せ、悠吾の元へと滑らせる。
「まぁ、俺達としては、権利を独占出来るわけだからな。このまま俺たちだけでやっても良いが」
沈黙を続けるブリガンダインと百舌鳥にカナリヤ、そしてギフトマーケットの面々を見渡し、そう吐き捨てる黒部。
だが、その言葉とは裏腹に悠吾にとっては他の情報屋にも賛同してもらわないと非常にまずかった。
特に一大勢力を持つ、ギフトマーケットのアイゴリーには──
「私から1つ質問があるが良いか?」
祈るような思いで場の成り行きを静観している悠吾に、バルバスが重い口を開き、そう投げかけた。
「なんでしょうか」
「内容は単純だ。ユニオン連邦よりも先にそのアイテムを探し当てるという君の策を教えてくれないか?」
話はそれからだろう。
そう続けるバルバス。ノスタルジアに付くことはユニオンからの依頼が受けづらくなることになる。悠吾の言う策が現実味のあるものなのか、それをまず吟味するのは当然といえば当然だった。
だが、やっと餌に食いついてくれたバルバスに小さくほくそ笑んでしまう悠吾。
重い歯車がやっと動いた様な感覚に襲われる。
「それが先ほどの相違点に関するものなのです」
「……と言うと?」
「簡単に説明しますと、相違点がある狩場ではそこでドロップするアイテム……もしくはその狩場自体に何かしら重要な改変が加えられていたんです」
悠吾の説明に息を呑む一同。
その言葉は正に彼らにとって寝耳に水だった。
「それは、つまり……」
「はい、相違点が見られる狩場に何かしら重要な『レアアイテム』が眠っている可能性が高いと言う事です」
「……成る程、話が見えましたよ」
そう言ってずい、と身を乗り出すバルバス。
「つまり、相違点が見られる狩場で探索を行うことで、キーアイテムが手に入る可能性が高い、と?」
「はい。現在解放同盟軍のメンバー達がその調査に当っています。しかし、その関連性に間違いはないと僕は考えています」
それはまだ確証のある話ではないが、可能性が極めて高い情報──
勝負に出る必要があると考えた悠吾はバルバスに対し、そう言い放った。
「ふむ……」
生産レシピに、人材と兵站の提供。そして、ユニオンに対向するための組織の立ち上げ。
その情報を整理しながら、バルバスはじっと悠吾の目を注視した。
これまでずっとこの男を監視して来たが、嘘偽りの兆しは全く見られなかった。よほどのポーカーフェイスなのかそれとも、馬鹿正直な男なのか。ルシアナを救出させた作戦を立案したという話から、前者の可能性が高いと思っていたが……これまでの話を聞いてはっきりと判った。
この男は今どき珍しい「ド」が付くほどの馬鹿正直な男だ──
そう考えたバルバスは、ふと視線を外すと雨燕とクイナに小さく……頷く。
そしてバルバスのそれが、会の動きを加速させた。
「……私達カナリヤもノスタルジアのそれに賛同しよう」
「あたしたち百舌鳥も。生産レシピに援助体勢、そしてキーアイテムの可能性。面白いじゃないか。ノスタルジアに付くよ」
口火を切ったのは雨燕。そしてクイナ。
そして──
「いいでしょう。私達ブリガンダインも賛同します。それに、ついでに……ですが」
懐からブリガンダインの証明書を取り出しながら、ふと思いついた様に続けるバルバス。
「今の話は、ヴェルドのGMに伝えておきますよ。彼がとても喜びそうな話題ですからね」
「……ッ!!」
しゅるりと証明書を悠吾に投げ渡しながら笑みを浮かべるバルバス。
その申し出に思わず見つめ合い、喜びに打ち震えそうになってしまう悠吾とルシアナだったが、それをぐっと押しとどめた。
それはつまり、ヴェルドとの共闘の可能性を示唆する言葉。
今回の交戦フェーズを乗り越えた先、そこに見える光がぐっと大きくなった気がする悠吾とルシアナ。
だが、続く言葉に悠吾はさらに身を震わせる事になった。
「そうだな。俺もウチのGMに伝えておくぜ。ユニオンとドンパチやるなら、仲間は多い方が良い」
「あ、有り難うございます!」
黒部の言葉にあっけに取られてしまう悠吾。
そうなったら良いな、とは思っていたけれど、まさかこんな展開になるなんて。
とらりとみやったルシアナの零れそうな笑顔に釣られて、つい表情が緩んでしまう悠吾。
しかし、一方で悠吾は心の底からまだ安心は出来なかった。
最後の1人、アイゴリーがまだ首を縦に振っていないからだ。
「……それで、ギフトマーケットさんはどうします?」
恐る恐る、しかし、心の中を読まれないように問いかける悠吾。
賛同を表明した一同の視線を受けながらも、アイゴリーはじっと目を閉じたまま沈黙を続ける。
そして、思わず唾を飲み込んでしまう重苦しい沈黙が続く中、アイゴリーがゆっくりと瞳を開いた。
「大した小僧だ」
そう小さく囁くアイゴリー。
巨漢のアイゴリーが、小さく肩を竦めて、笑顔を見せたのが印象的だった。