第9話 素材を求めて その2
日は落ち、辺りを薄暗い闇が支配した。
この世界で悠吾が初めて経験する夜の世界。だが、それは現実世界とは違う独特の世界だった。
「この薄暗いのがひょっとしてこっちの世界の『夜』なんですか?」
思わず辺りを見渡しながら悠吾が呟いた。
明るい。この世界の夜は現実世界のそれとは明らかに違っていた。空は暗く落ち、星がきらめいているものの、ぼんやりとした光が地上に降り注ぎ、目を凝らさずとも辺りの状況が判るほど明るかった。
「戦場のフロンティアの世界の夜は2段階ある。野生動物や狩場の地人達が最も活発になる薄暗い夜、『若夜』と、現実世界と同じく闇に包まれた『熟夜』だ」
成る程、そしてこれは第1段階に当たる「若夜」という訳で、彼らの時間ということか。
「奴らが来るぞ。野生動物とは言え、これはゲームじゃない。気を抜くなよ悠吾、小梅」
「わかってるわよ」
悠吾が言葉を返す前に、小梅がため息混じりでそう吐き捨てると薄暗い闇の中にその身を溶かしていく様に気配を消した。
多分、あれも盗賊のスキルの1つだろう。盗賊には戦士や魔術師と違ってテクニカルなスキルが数多く有るとトラジオさんが言っていた。
時間があるときに、どんなスキルが使えるか小梅さんに聞いてみよう。
『悠吾、来たぞ』
狼の群れに出来るだけ気付かれないようにだろうか、トラジオが小隊会話で注意を促した。
この世界の夜が現実世界よりも明るいとはいえ、昼間と比べると明らかに視界が悪い。前方の薄暗い林の中からパキパキと小枝を踏みしめながらこちらに向かって歩いてくる獣の足音がする。
悠吾はゆっくりとMagpul PDRを構え、アイアンサイトを林の中へと向けた。
『小梅、準備は良いか』
『あいよ。狼は5匹。丁度あたしとそっちの間を歩いてる。まだ気づいてないね』
『確認した。殿の狼からやる。俺の発砲と同時にバックスタブで仕留めろ。その後小梅は先頭から。俺と悠吾は最後尾から順にやる』
身を低く、と悠吾にハンドサインを送りながらトラジオが言った。
先頭の狼からやってしまうと、2列目以降の狼が林の中に逃げてしまうおそれがある。最後尾の狼から仕留め、退路を断つ作戦だ。
トラジオの小隊会話で悠吾は瞬時に作戦を理解した。
──と、その時、一発乾いた発砲音が暗闇に響き渡る。
発砲したのはトラジオだ。
一瞬トラジオのHK416の銃口から吹き上がったマズルフラッシュで彼の姿と、前方を歩く5匹の狼の姿が浮かび上がった。
そして間をおかず、それに呼応するように前方の草むらの中に光った朱色の発火炎が小梅の姿を一瞬闇夜に映し出す。
『仕留めたわ』
小さいの声が悠吾とトラジオの耳に届く。そして、その声に続いて、幾つか発砲音が聞こえた。
トラジオの作戦通り小梅が先頭の狼に向け発砲した音だ。
その音に驚いた狼達が慌てふためいているのが悠吾の目に映る。
狼達は何が起きたのか判っていない。混乱し、蜘蛛の子を散らすように生き残った3匹が逃げ惑う。
──逃がさない。
その中の1匹に照準を合わせた悠吾がトリガーを引いた。
ドスンとハンドガンよりも強いリコイルが肩に伝わり視界が一瞬振れた。
『……やった』
撃った弾が吸い込まれるように狼に命中したのが悠吾自身にも判った。
パシンという着弾音とともに、狼の頭上に表示されたゲージが一瞬でゼロになったからだ。
1匹仕留めたことに安心せず、悠吾はすかさず次の狼にアイアンサイトを合わせる。別の狼がトラジオのHK416の餌食になったのが悠吾に見えた。
『最後の1匹だ』
『……行けます』
身の危険を感じ、全力で走りだした狼に照準をピタリと合わせたまま悠吾が囁いた。
そのまま、狼の動きを予測し、狼の前方に照準をあわせて悠吾はもう一度トリガーを引く。素早い動きの敵に着弾するように射撃位置をずらした偏差射撃だ。
狙い通り、悠吾が放った弾は狼の脳天を捉えた。
「キャンッ……!」
狼の叫び声が闇に轟くと同時に、狼はキラキラと光る塵に帰し、硝煙の匂いに導かれた静寂が辺りを支配した。
静かな平原。
虫たちが静かに囁く歌声以外に何も音は聞こえない。離れた前方に居る小梅の鼓動と呼吸音が悠吾には聞こえた気がした。
『……クリア』
小梅の警戒した声が小隊会話を通じ、悠吾の鼓膜を震わす。
取り逃がしは無い。全部仕留めた。
『とりあえず終了だな。戻ってきて良いぞ、小梅』
『あいよ』
念のため、周囲に狼が居ないか、そしてユニオンのプレイヤーや地人が居ないかもう一度トレースギアで周囲を確認しながらトラジオが言った。
「……やはり良い腕だな悠吾。偏差射撃まで難なくこなすとは」
「い、いえ、多少FPSの経験が有るだけですよ」
くすぐったそうに悠吾が答えた。
現実世界と違い、FPSはゲームによって同じ銃でもその挙動は大きく変わる。
AというFPSゲームでは反動が小さく扱いやすいアサルトライフルでも、BというFPSゲームでは反動が大きく、扱いづらい、という事は多々あった。同じ銃でもゲームが違えば扱い方を変える必要があり、培った戦い方を多少帰る必要がある。
だが、そんなFPSゲームでも共通で使えるテクニックは沢山あった。例えば細かくトリガーを引く「タップ撃ち」や相手の動きを読んで射撃位置をずらす「偏差射撃」だ。
悠吾は基礎ともいえるそれらのテクニックをひたすら練習し、体に叩き込んでいた。そしてそれが今、活きている。
「お前を仲間に誘って正解だった」
「やめて下さい。なんだかムズムズしちゃうので」
どうも褒められるのは変な感じがする。褒められ慣れて無いからだろうか。
本気で照れる悠吾にトラジオは笑顔を零し、続けた。
「それで……ダークマターは2つドロップしたようだが……どうだ悠吾」
「あ……」
トラジオが左手を上げ、トレースギアを指さした。
どうだというのは、経験値はどのくらい入ったのか、という意味なのだろう。
悠吾は慌ててトレースギアのメニューを開き、ステータスを確認した。
ステータスの項目の中、「次のレベルアップまでに必要な経験値」という部分に表示された数値。
残念ながら全く変動が無い。
「……う〜ん、駄目ですね。全く経験値は入っていません」
「駄目だったか」
やはりこの世界はPC版の戦場のフロンティアと全く一緒というわけでも無いのか。
悠吾の返答にトラジオは肩を落とした。
PC版戦場のフロンティアの初期レベル上げの鉄板とも言える野生動物狩り。最低ランクの狩場に入れるようになるまで野生動物を狩るというのがパターンだったがそれがこの世界では無理らしい。
「不味い。ほんと不味いね」
弾薬の無駄ね、と戻ってきた小梅も吐き捨てるように言う。
確かにダークマターはドロップしたものの、弾薬の消費量が多い。小梅の言葉に悠吾も同じ感想を持った。
僕の射撃では運良く狼にヘッドショットすることが出来たけど、トラジオさんや小梅さんの射撃を見ていると、ヘッドショット以外では、少なくとも2〜3発打ち込む必要があるようだった。
経験値は雀の涙程しかもらえず、弾薬の消費量が多い。このまま野生動物を狩り続けたら直ぐに弾薬は底をついてしまう。そうしたらもう終わりだ。野生動物どころか、もしもの時、ユニオンのプレイヤーやユニオンの地人を退けることもできなくなる。
「このままここで野生動物を狩る事は解決には繋がらんか」
トラジオもまた悠吾と同じことを思ったようで、落胆した様子で言葉を漏らした。
「だけど、あたし達に出来ることはそうないわよ」
「そうですが……」
弾薬。
兎にも角にも、弾薬をどうにかしないと脱出どころか素材すら集められない。
そう思った悠吾は両手をあわせ、神妙な面持ちで天を仰いだ。
「……何やってんのよあんた」
急に天に祈りだして。悠吾のそのポーズに少し呆れたような表情を浮かべ、小梅が呟いた。
悠吾が熟考する時に見せる天を仰ぐあのポーズ。無意識で思考の世界に入った悠吾はそのポーズを取っていた。
「解決方法を考えてます」
「……まじめに考えてんの?」
悠吾のそのポーズに訝しげな表情を浮かべる小梅だったが、もうすでに小梅の声は悠吾には届いていないようだった。
弾薬を手に入れる手段は小梅さんが言うようにそう多くはない。一番ベストなのは街で購入する方法だろう。だけど、今の状況でそれが一番むずかしい。街に立ち入った途端、いや、近づく前にユニオンのプレイヤーか地人に見つかり蜂の巣にされてしまう。
次に生産。もし僕にそれが出来るのであれば、これが安全かつ確実な方法だけど、そのスキルを覚えるレベルに達する前に弾薬が尽きてしまう。数%の確率で、尽きる前にそのレベルまで行くかもしれないけど、さっきの戦闘で得た経験値量からしてほぼムリだろう。
となれば──
「トラジオさん」
「……何だ」
天を仰いだままのポーズで悠吾が小さく囁いた。
「ちなみに残りの素材、『石墨』と『なめし革』は何処で手に入るんですか?」
「……『石墨』はフィールドの鉱石源から採取できる。『なめし革』は……これはどうあがいても狩場に潜る必要がある。地人がドロップするアイテムだ」
『なめし革』は探索フェーズが終わり、プレイヤーが狩場から居なくなってから収集する予定だとトラジオは付け加えた。
「判りました」
そう言って悠吾がゆっくりと天に祈るポーズを解く。
方法は1つしか無い。安全かつ確実な方法だ。
「判ったって……何が?」
「事態を好転させる方法ですよ」
「……!」
その言葉に思わずトラジオと小梅が目を丸くした。
そして2人は続けて放たれた悠吾の言葉にさらに衝撃を受けることになる。
「どちらにしろ行く必要があるなら、例の狩場に潜りましょう」
「……!? 何を言っている」
探索フェーズに敵陣の狩場に潜ると言うことか。
ユニオンのプレイヤーが潜っているであろう今の狩場に行くなど、自殺行為に近い。
「何言ってンのよ。今行けばユニオンのプレイヤーに見つかって攻撃を受けるだけでしょ。無駄に弾丸を消費するだけじゃん!」
トラジオの心境を代弁するように小梅が声を荒らげた。
「いえ、逆に狩場に潜る事が事態を好転させる事が出来るかもしれないんです」
「……どういう事だ悠吾」
詳しく説明しろ。
トラジオの言葉に悠吾は小さく頷くと、ひとつ息を飲み込み、続けた。
「いいですか、フィールドでダークマターを収集するために野生動物を狩るにしても、弾薬が必要になります。まず重要なのは弾薬の調達路を確保することです」
「知ってるわよそんな事」
それが一番むずかしいんでしょ。だからあたしはチャラ男に近づき強奪しようとした。
いつもの腕を組み、仁王立ちのポーズで小梅が吐き捨てる。
「街には行けないし、悠吾も弾薬生成のスキル覚えてない。だったら野生動物相手にレベル上げするのが先決じゃん。どう考えてもさ」
「だめです。もし仮に、僕のレベルが上がる前に弾丸が尽きてしまったら? レベル上げをしている時に、ユニオンのプレイヤーや地人に見つかってしまったらどうします?」
「う……それは……」
やられる事は無いと思うけど、心もとない弾薬がもっと無くなっちゃう。
心の中で悠吾にそう返しながら小梅が項垂れる。
「……だから、まずは何よりも弾丸の補充方法を確保するのが最優先なんです」
「それで、どこで調達するのだ?」
街も駄目、スキルでも駄目。最後に残された弾薬の調達手段。
胸を張って言える方法じゃないけど、生き延びるために必要な手段。
「さっき小梅さんはチャラ男達から弾薬と装備を強奪するつもりだった、と言っていましたよね」
「そうだけど……あ、まさか狩場でユニオンプレイヤーに対人戦を挑んで奪う、なんて言わないでしょうね」
「半分当っているけど、違います」
悠吾が小梅に即答する。
それも考えた。だけどリターンよりもリスクが大きすぎる。
「それは無謀な手段です。トラジオさん以上のレベルのプレイヤーが小隊を組んで探索をしている可能性もあります。それに、僕達ノスタルジアのプレイヤーがまだこのプロヴィンスに居るということはあまり知られない方が良いと思うんです」
残党兵がまだ居ると判れば、ユニオンはノスタルジアプレイヤーを狙った残党狩りを組織的に行う可能性がある。このプロヴィンスを奪い返される可能性があるからだ。
「とすると?」
「僕達は危険を犯さず、弾薬を奪うんです」
「どうやって!?」
わかんない、と苛立ちを募らせながら言う小梅に悠吾は少し落胆してしまった。
本当に小梅さんは単独でこのプロヴィンスを出るつもりだったのだろうか。出会ったのが僕達で本当によかったですね!
「簡単ですよ小梅さん。狩場に配置されている地人と戦い、負けて復活ポイントに戻ってしまったプレイヤーが落とした弾薬を奪うんです」
「え……?」
悠吾の言葉に、しばらく何を言っているのか判らないといった表情で小梅が固まった。
「ゲームマナー的に非難されてもおかしくないと思いますが、この状況ではそうも言ってられません。なにせ命が関わってますから」
自らの力を使わず、危険を犯さず、狩場に置き去りにされた弾薬を奪う。
ゲームであればマナーだの何だのと言われてしまうかもしれないけど、これはゲームじゃない。
──今この状況は紛れもない「現実」だ。
生き延びるためには体裁なんか気にしていられない。
「ええっと〜……」
そう呟きながら、顎に指を置き、思考を巡らせながら小梅が虚空を見つる。
「それって……ハイエナするって事?」
「……」
ハイエナって。
でも、まさにそれですね。廃坑に潜む地人に運悪く仕留められたプレイヤーの弾薬を僕らは頂戴する。
身も蓋もない言葉で形容した小梅に、悠吾は深く頷いた。
名前:悠吾
メインクラス:機工士
サブクラス:なし
称号:亡国者
LV:3
武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート(用途不明)
パッシブスキル:
生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)
アクティブスキル:
兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能
兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能