第81話 生産職の2人 その2
「ア、アーティファクトアイテムの……生産、ですか?」
「はい。可能かどうかの調査と、もし可能であれば生産を」
全く想定していなかった悠吾の言葉に、ミトはぎょっとして目を丸くしてしまった。
アーティファクトアイテムは実際に手に入れたことはないけど、何度か見たことがある。どれも使い方次第で戦況を有利に運ぶことができるけど、ドロップ率はコンマ以下というの超激レアアイテム。
手にする事すら難しいのに、それを生産だなんて──
「無理ですよそんなの。出来るなんて聞いたこと無いし」
「普通だったら出来ないと思うんです。ですが、現にミトさん達はリストに無い生産をリストにまとめていらっしゃいます。それはつまり、PC版の戦場のフロンティアでは生産が出来なかったアイテムをこの世界で生産したと言う事です」
だから、アーティファクトアイテムの生産も可能なのではないか。
そう言い放つ悠吾。
「う〜ん、確かに、可能性としてはゼロじゃないけど……」
飛躍した考えではあるけど、確かに悠吾さんの言っている事には一理ある。
心の中でそうつぶやき、小さく腕を組み考えるミト。
これまで戦場のフロンティアで培ってきた知識からすると、アーティファクトの生産は絶対に不可能だと思う。そもそもリストに載っていないアイテムは生産が出来ない。
だけど、この世界にはリストに載っていない生産が可能だった。それはあたし達も確認している。
その事から考えると、そのリストに無い生産のレシピの中にアーティファクトアイテムの生成があっても……不思議じゃない。
でも──
「可能性を探る事はできるけど、問題があるよ」
「問題、ですか?」
「そう。えーと、どこから説明するべきかな……」
ミトはうんうんと組んでいた両手の指を今度はこめかみに当て思案する。
そうしてしばしの間が2人の間を駆け抜けた後、ミトはゆっくりと丁寧に説明を始めた。
「あたし達が生産リストに無いアイテムを生成するにあたって最初にやったことがある。生産物だけじゃなくて、市販されているアイテムを含め、アイテムをまず『分解』したんだ」
「分解、ですか」
聞いたことが無い「分解」という言葉に首を傾げる悠吾。
だが、ミトは小さく頷き返しながらトレースギアからスキルメニューを開き、続ける。
「これもPC版には無かったスキルなんだけど、生産職が特化クラスへ移行して覚えるスキルに『分解』ってのが追加されていたんだ」
「へぇ……」
このスキルなんだけどね。
ミトのトレースギアを覗きこむ悠吾の目に映ったのは、彼女が言う、スキル「分解」という文字。
特化クラスを取得していないから本当にこの世界で追加された「相違点」かどうかはわからないけど、確かに分解スキルと言うものがある。
どんな効果があるモノかはわからないけど。
「そのスキルって……何なんですか?」
「単純に生産したアイテムや購入したアイテムを素材に分解するスキルだよ。弾薬を分解スキルで分解したら、『ガンパウダー』と『鉛玉』、『硝石』に分解されるって感じ」
簡単に説明するミトだったが、その説明で十分悠吾には理解できた。
成る程、その名の通り、素材が足りない時に店でアイテムを購入して分解すれば、生産に必要な素材が手に入るという感じに使えるスキルなんだな。
そして、そのミトの説明だけで分解スキルの活用方法がぽこんと脳裏に浮かんだ。
「理解できました。そのスキルでリストに無いアイテムを分解して……そのアイテムを構成する素材を調べた上で生産する?」
「そう。後は、既存のアイテムを分解してそこに何か別の素材を合わせたり。そうやってリストに無い生産を一つづつ試していったんだ。でも……分解スキルにも短所があってね」
話すより見た方が早いと思う。
小首を傾げる悠吾に、ミトはそう言って実際に分解スキルを使って弾薬を分解した。
スキルの発動と共に、右手に持たれた弾倉に装填された弾薬がキラキラと光の泡に消え、そしていくつかの素材アイテムが現れる。
──だが、ミトの右手に現れたその素材を見て、悠吾の表情が曇った。
「……少なくないですか……?」
足りない。
ミトの手のひらに載っている素材は、弾薬生成に必要な素材全てではなかった。
「判った? そう、分解で手に入る素材は……全部じゃないんだよね」
一つ一つ確かめるように、デスクの上に素材を置いていくミト。
デスクの上に置かれたのは「ガンパウダー」と「鉛玉」の2つだけ。必要な硝石と、あとはダークマターも無い。
「例えば、アイテムを生成するために必要な素材が4つあったとして、分解で手に入るのはそのうちの3つかもしれないし、もしかすると2かもしれない。そこに規則性は見られなかったから完全にランダムだとおもうんだけど」
「……成る程」
話の内容が完全に理解できた悠吾は低く唸ってしまった。
それはつまり、リストに無いアイテムを一度分解してしまったら、必要素材全てに分解されるわけじゃないから、再生成できなくなる可能性が高いと言う事か。
「もともとレシピがわかっているアイテムだったら問題ないけど、レシピに無いアイテムを生成するにはそこからが手探りになるし、作り直せなくなっちゃう可能性がある」
だけど、当てずっぽうでリストに無いものを生産するよりも幾分かましだけどね。
ミトはそう続けた。
「つまり……ジャガーノートが生成出来るかどうか調査するには、ジャガーノートを分解する必要があるというわけですね」
再生産できなくなるという危険性を伴わせたまま──
「そういう事。ぶっちゃけ……凄くもったいないと思う」
このアイテム1つで戦況を左右するほどの力があるアーティファクトアイテムを捨てるようなもんだもん。
そう締めくくるミトに悠吾は口をきつく閉じ、考えを巡らせた。
こういう方向に行くとは思っていなかった。
確かにミトさんが言うように、ジャガーノートが失われてしまう可能性を考えると凄くもったいない気もする。
いや、もったいないだけじゃない。
このジャガーノートはノスタルジアの未来を考えると失うわけには行かないアイテムだ。廃坑を脱出できたのもこのアイテムのお陰だし、ルシアナさん救出が成功したのもこのアイテムのお陰。ユニオンと戦う上で重要なキーになるアイテムになるだろう。
失うわけには行かない兵器。
だけど、運良く素材が判明して、量産が出来れば、戦力増加は今の比じゃないのも事実──
「御免なさい、ミトさん」
「ん?」
「一度ノイエさんや僕の小隊の皆に相談してみます。僕としては直ぐにでもお願いしたい所なのですが、このアイテムは今や僕の一存で決めるわけにも行かないくらいの存在になっちゃいましたから」
解放同盟軍にとって。
そういって肩をすくめる悠吾。だが、彼の中で答えは見えていた。
ノスタルジアの生き残りで解放同盟軍と、すでに世界の大半を集中におさめているユニオン連邦。その戦力の差は歴然だ。その差はすでにジャガーノート一体の力ではどうにもならない位かもしれない。
となれば、僕個人の痛手は置いといて、解放同盟軍のリスクは無いに等しい。
──だったら、賭けてみるべきだ。
「そうだね。そのほうがいいかも。悠吾さんの持ち物だといっても、今はノスタルジアの未来を左右するアイテムだもんね。でも、もし皆の了承が得られたなら、この『工廠』チームは全力でやらせてもらうよ?」
アーティファクトアイテムの生成なんて、戦場のフロンティアの歴史上だれも成し遂げてないものだもんね。生産職の血がさわいじゃう。
そう嬉しそうに語るミトに思わず悠吾も笑みが溢れてしまった。
こんな異常な世界で、最悪の状況に陥りながらも、心折れる事なく自分にできる事をやるって、簡単なように思えて凄く大変だと思う。
それを支えているのは単純にゼロから何かを産む生産が「好き」って感情なんだろうと思う。じゃないと続けられないはずだもん。
僕にとって好きな事ってなんなんだろう──
ミトの笑顔を見ながら、悠吾はふとそんな事を思った。
***
「成る程、ジャガーノートを、ね」
小隊会話で話していた通り、しばらくして工廠を訪れたノイエは、悠吾の説明に眉を潜めながらそうぽつりと漏らした。
「はい。僕としてはミトさん達にお願いしたいと考えています」
でも、一応ノイエさんにも話しておいたほうが良いかなと思って。
だが、そう続ける悠吾にノイエは「僕の意見なんか聞く必要ないのに」と言いたげに小さく肩をすくめた。
「僕としては悠吾くんの所持しているアイテムにどうこう口出しするつもりは無いし、その情報が工廠と解放同盟軍にもたらしてくれる利益を考えれば、有り難いけどねぇ……」
そういってどこか気まずそうに頭を掻きながらチラリと視線を送るノイエ。
その視線の先、そこにいたのは不機嫌そうにそっぽを向いている小梅と、そんな小梅を呆れ顔で見ているトラジオだ。
丁度ノイエと同じテントに居た小梅はノイエに言われるがまま、無理やりに近い状況で工廠に連れて来られていた。
未だルシアナとのやり取りが彼女の頭を支配したままの状態で。
「……えーっと……ジャガーノートが無くなるって決まったわけじゃありませんし、そこから手に入る情報は今後役に立つと思うんですが……」
工廠のテントの中に充満する、工廠の生産職プレイヤー達が放つ重い沈黙が更に重くなったように感じる中、視線をふわふわと泳がせながらどこか言い訳のように弱々しく呟く悠吾。
なんとも説明しがたい空気だ。多分小梅さんも同じ重苦しさを感じているとは思うけど。さすがの僕も少し気まずいですもん。
と、鼻の頭をぽりぽりと掻きながら心の中で自答する悠吾だったが──
「俺もノイエと同じ意見だ。ジャガーノートに幾度と無く助けられたとは言え、それは悠吾の持ち物だ。悠吾の好きにすれば良いと思う」
「トラジオさん……!」
この問題とは別の場所で気まずさを感じていた悠吾に助け舟を出すように口を開いたのはトラジオだった。
にやりと笑みを浮かべるその表情は、全てを悟っていると言いたげだ。
さすがトラジオさんです。
「あ、ありがとうございます。えと、それで……小梅さんは……?」
どうでしょうか。
腫れ物に触るように恐る恐る問いかける悠吾。
だが、上の空で話を聞いていた小梅は、自分の名を呼ぶ悠吾の声にびくりと身を竦めるだけだった。
「な、何?」
突然見知らぬ場所に連れて来られた小動物のようにぱちぱちとまばたきを繰り返しながら辺りを見渡す小梅。
明らかに狼狽の色が伺える小梅に少なからず原因が自分にあると考える悠吾は罪悪感を感じてしまった。
「いや、その、僕のジャガーノートを……」
「……悠吾くん」
また説明を繰り返そうとする悠吾だったが、ふとノイエがそれを制した。
「小梅、僕達は悠吾くんの意見を尊重しようと考えているんだけど、小梅もそれで良いか?」
「え? えーと」
ノイエがピシャリと放つ言葉に、小梅は慌ててきょろきょろと辺りを見渡し、頭を捻った。
全然聞いてなかった。
重要な話だということは判っていたが、小梅はどうしても先ほどのテントでの出来事を拭い去ることが出来なかった。
そしてその事実が、余計に小梅の焦りを産んでいく。
完全に抜け落ちていた悠吾の説明を思い返せるわけもなく、小梅はその悠吾に助けを求めるような視線を送るものの──自らその視線を外してしまった。
「……う、うん、あたしもそれで良いわ。悠吾に任せる」
それで構わない。
苦し紛れの言い訳のようにそうまくし立てる小梅にノイエは呆れた様な表情を浮かべつつも、そういうことだと悠吾に肩を竦めてみせた。
後でしっかり言っておくよ。
ノイエはそうも言っているように悠吾には見えた。
「ん、と言うことは、アーティファクトをあたし達に預けてくれるって事でオッケ?」
ひと通り悠吾達の会話を聞いて、ミトがそうまとめる。
「ですね、ミトさん。お願いします」
「わかった。絶対良い結果が報告できるように頑張るから」
小さく腕を組み、鼻の穴をぷくりとふくらませて自信満々に言い放つミト。
「……頼みます、ミトさん」
そう言って悠吾はまるで我が子を預けるような少し後ろ髪を引かれる思いに苛まれながら、これまで幾度と無く助けてくれたジャガーノートをミトへと渡した。
工廠の技術力とミトさんのスキルなら、いい結果が待っている気がする。だから、また戻ってきて下さい。
ミトのアイテムポーチの中へ消えるジャガーノートを見て、悠吾はそう思った。
「よし、と」
少しセンチメンタルな気分になってしまった自分を奮い立たせるように、1人ごちる悠吾。
複雑な心境だけど、1つやるべきことは完了した。
あとは……ユニオンとの会合を成功させるための最後の作戦だ。
「ノイエさん、所で探索に向かっていた解放同盟軍のメンバーの皆さんからの情報はどうでしょう?」
「ああ、準備できているよ」
抜かり無いさ。
ノイエが報告書らしき数枚の紙を取り出しながらそう返した。
「結果は……?」
「まぁ、想定通りといったところだ。悠吾くんの予想通り、相違点が見られる狩場でレアアイテムのドロップが確認された」
「……それは本当か!?」
思わず神妙な面持ちで声を荒らげたのはトラジオだ。
やはり悠吾の想像は間違っていなかったと言うことか。
「ええ。ただ……関連性を確証するためには数が足りない」
「調査出来た狩場の数が少なかったんですね」
「ルシアナ救出の為に動いてもらったメンバーも多いから、仕方がないんだけどね」
そう言ってノイエは渋い表情を浮かべてレポートを悠吾に渡す。
そこにまとめられていたのは、5箇所の狩場における調査結果だった。
5箇所のうち、相違点が見られたのは3箇所。そしてその3箇所のうち2箇所でPC版では見られなかったレアアイテムのドロップが確認されている。
単純に考えても少なすぎるサンプル。これだけでは、相違点とレアアイテムの関連性を実証するのは難しいだろう。
しかし、その報告は悠吾にとって次のステップへ進むに値する十分な報告だった。
「ありがとうございます。ユニオンとの会合は明後日です。あまり時間はありませんが、これから皆さんにお願いしたいことがあります」
「なんでも言ってくれ」
会合を成功させるためであれば、何でも協力する。
ノイエとトラジオ、そして小梅は皆同じ心境で悠吾を見つめる。
「まず、トラジオさんと小梅さん、ノイエさんには調査を引き続きお願いしたいです」
この関連性を確証させる為のデータの収集です。
だが、悠吾のその言葉にノイエだけは訝しげな空気を漂わせた。
僕達が調査に行くということはつまり──
「ルシアナと君のサポートは必要無いと言うことか?」
「そうです。会合には僕とルシアナさん、そしてラノフェルさんとパームさんの4人で行きます」
「……なッ!!」
ルシアナという名前に過敏に反応してしまう小梅だったが、それよりも、護衛無しで敵のまっただ中へ向かうという事に心臓がびくりと跳ねてしまった。
会合に悠吾達が現れた瞬間、撃たれてもおかしくないじゃない。
「護衛無しで大丈夫なのか?」
「はい。どちらにしても戦闘状態になってしまえば僕の作戦は失敗です。ですから、護衛よりも調査の方を優先してもらいたい」
不安気に言葉を投げかけるトラジオに悠吾は決意に満ちた表情でひとつ頷いた。
ルシアナさんには僕から説明しておきます。
そう続けながら。
その言葉にただならぬ決意を感じたトラジオは納得するしか道は無かった。
「そしてもう一つ、ノイエさんにお願いがあります。情報屋にコンタクトしてほしいんです」
「情報屋に?」
「はい。でも、パムさんが所属しているあの『情報屋』だけじゃないんです」
「どういう事だ悠吾?」
パムの情報屋以外に情報屋と呼べる組織があったのか。
初耳だと口ずさむトラジオに悠吾が淡々と続ける。
「彼らを模倣した情報を金で売る組織は沢山居ると思うんです。ほら、小梅さんにあの廃坑の情報を売った人とか……」
「……あ」
悠吾の言葉に小梅の頭の中に埋もれていた記憶がぽこんと浮かび上がった。
そういえば、廃坑の情報は情報屋から買ってた。
「あの『沈んだ繁栄』の情報はパムんトコじゃない、別の情報屋から買ったわ。そう言えば」
「そういった小規模の情報屋を含めて、と言う事かい?」
「はい。そういった方々です。ノイエさんにはパムさんの情報屋とそういった小さな情報屋の方々にコンタクトしてほしいんです」
「ふむ……判った。色々とパイプがあるからな。調べてみるよ」
それは簡単だと思う。
そう続けるノイエだったが、一方で悠吾の考えに理解できずにいるのも事実だった。
弱小の情報屋を集めて一体何の情報を買うつもりなのか。
それも、たった1日で──
「……しかし、一体何を依頼するんだ?」
眉間に皺を寄せながら、そう問いかけるノイエ。
ノスタルジアの今後を決める重要なターニングポイントになる会合だ。いつものように知らないまま行くわけには行かない。
「非常に重要な依頼なんです。会合の成功を左右する……とても重要な」
ぴりと緊張した面持ちで語る悠吾。
これから行う戦いは、力が物を言う戦いではなく、如何に相手を出し抜く事ができるカードを握るかが勝負。成功するか否かは、会合が始まる前に決まるんです。
そう語りながらも、今まで見せた事が無い硬い表情を浮かべる悠吾。
その評定にこれからの戦いの熾烈さが容易に想像できたノイエ達は思わず小さく息を呑んでしまった。




