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第80話 生産職の2人 その1

 解放同盟軍の軍需工場とも言える、生産職プレイヤー達が集まる工房、「工廠」──

 以前に一度工廠を訪れた時に見た、武器を作る鍛冶屋ブラックスミスや兵器を作る機工士エンジニア、そして防具を生成できる裁縫師テーラー薬師ディスペンサーが黙々と生産に勤しむ、あの異様な光景を思い出し、悠吾はそのテントの中に足を踏み入れるのを躊躇してしまった。


「でも、僕と同じ生産職だし……」


 それに、生産職は温厚な性格の人が多いとトラジオさんも言っていた。

 好戦的で狡猾な生産職であるラノフェルの事も忘れ、悠吾は暗示をかけるように心でその言葉を繰り返し、工廠のテントの幕を開ける。


「……」


 先ほどまで悠吾が居た野戦テントの5、6個分ほどの巨大なテントの中、あの時見た光景と同じ、デスクの前でトレースギアとリストを見ながら黙々と生産に勤しむプレイヤー達の姿が悠吾の目に飛び込んできた。


 多分、温厚って言うよりも、僕と同じようにどちらかというとコミュニケーション能力が低い人達が多いんじゃないか。

 話しかけるなと背中で語っているプレイヤー達を見て、悠吾は自分の姿を見ているようで辟易としてしまった。


 時折聞こえるのは椅子のきしみ音と、プレイヤー達の咳払い、そして外の葉擦れの優しい声。

 

 ノイエが言っていたミトというプレイヤーを探す前に、すでにぐったりとした表情を浮かべ、工廠のテントの入り口で立ち尽くしてしまう悠吾。

 と、その時──


「貴方が……悠吾さん?」

「……ッ!」


 言葉を発する事が悪だと言わんばかりに、しんと静まり返ったテントの中、突如発せられた声に悠吾はびくりと身を竦めてしまった。

 

 悠吾すぐとなり、そこに立っていたのは小柄な女性だった。

 まだ幼さが残っている女の子。

 戦闘職とは違い、迷彩効果や防御効果が必要無いために戦闘服ではなく、白いTシャツにグリーンのカーゴパンツを着た、健康的なショートボブヘアーの幼い少女だ。


「は、はい。悠吾です。貴女が……ミトさんですか?」


 恐る恐る問いかける悠吾。

 てっきり男性だと思っていた悠吾は面食らってしまっていた。そして、こんな幼い少女がそのプレイヤーだという事に。


 ノイエさんは鍛冶屋ブラックスミスに僕の武器を作るよう頼んだと言っていた。

 鍛冶屋ブラックスミスの生産レシピは良くわからないけど、機工士エンジニアの経験から推測するに、多分武器を作るにはそこそこのスキルレベルが必要になるはず。

 ということはこの幼い女の子は、高レベルの鍛冶屋ブラックスミスということになる。


「そうだよ。あたしがミト。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 にんまりと満面の笑顔を見せるミト。

 なんというか、純白とか、無垢とかそういう形容がぴったりと合う笑顔だ。ロリコンの気は全くないけど、つい抱きしめてしまいたくなる。

 ロリコンの気は全くないけど。


「ノイエさんに言われて武器を見繕ってみました」


 こっちに来て。

 ちょいちょいと手招きをするミトは、トレースギアを開くとアイテムポーチから幾つかアイテムを選択すると、きらきらと光の粒が集まり、直ぐ傍にあったデスクの上にアイテムが現れた。


「こ、これって……」


 そのアイテム達を見て思わず悠吾は息を呑んでしまった。

 まず目に付いたのは、一丁のアサルトライフル。光学照準器を取り付けることができるように銃の上部にピカティニー・レールが取り付けられた銃だ。


「これは、SCAR?」


 出された銃を前につい胸が高鳴ってしまう悠吾。

 SCARはベルギーの銃火器メーカー、FNハースタル社が開発したアサルトライフルで、米国軍が次期正式採用する予定の主力武器だ。角ばったデザインと折りたたみ可能なストックが特徴で、信頼性も高い。

 だけど……なんか少し違う気もするけど。


「いや、これはSCARじゃなくて、CZ-805だよ」

「CZ……805?」


 聞き覚えの無い名前に首を傾げてしまう悠吾。

 

「うん。チェコ共和国の次世代アサルトライフル。SCARとにてるけど」

「へぇ」

「SCARよりも反動が強いけど、攻撃力が高い銃です」


 そう言って、どうぞ、とミトはCZ-805を悠吾に渡した。

 これまで使ってきたMagpul PDRよりもずっしりと重量感がある銃だ。半透明の弾倉マガジンに見える明らかに大きい弾丸は多分、7.62mmNATO弾だろう。


 現実世界においては一概にそうとは言えないが、戦場のフロンティアの世界においては、小型の短機関銃サブマシンガンやMagpul PDRのような個人防衛火器(PDW)と比べてアサルトライフルは攻撃力が高いものが多い。

 実際にステータスを見ないとわからないけど、かなりの戦力強化だと思う。


「他には、アタッチメントの反動を抑えるフォアグリップに、光学照準器のホロサイト……」

「う、うわっ……」


 ひょいひょいとミトが放り投げるアタッチメント達を慌ててキャッチする悠吾。

 思わず手のひらから滑り落ちそうになるものの、身体全体でバランスを取り、上手く片手ですべてを受け取る。

 

「あとは自由にカスタマイズしていいよ。あ、欲しいものがあったら言って。大抵のものは作れるから」

「あ、ありがとうございます。というか凄いですね」

「凄い? 何が?」

「いや、こんな装備が作れるなんて」


 見た目は小さくて可愛いのに。

 その言葉は心の中で囁く。

 

「ん、まぁね。こう見えて鍛冶屋ブラックスミスのレベルはMAXの50まで行ってますから」

「……へ?」


 ミトが自慢気に放った言葉に悠吾は驚きを隠せなかった。

 レベルがMAXのという事は取得しているスキルもMAXという事だ。そして多分、トラジオさんが言っていた特化スキルの取得も済ませてると言う事。

 鍛冶屋ブラックスミスの特化系スキルって何があるんだろう。ちょっと興味がある。


「悠吾さんのそれ、匠クエストでゲットしたパッチでしょ?」


 気になってたんだけど、と漏らしながらミトがひょいと悠吾の肩を指さした。

 ミトの小さな指の先にあったのは、ベルファストの村でルルの生産クエストで取得した「ルルのパッチ」──

 

「そうですけど、どうしてこのパッチの事を知ってるんですか?」

「ん〜、貸して」

「あっ、ちょっ」


 一瞬眉をひそめるミトだったが、説明するのはめんどくさいと言いたげに、するりと手を伸ばすと悠吾が返答を返す暇もなく、そのパッチを剥ぎとった。

 そして、おもむろにトレースギアを開き、スキルメニューを開くミト。


 何かをやっているっぽいけど、何をしているのかわからない。

 悪いことをしているわけじゃなさそうだと判断した悠吾は、ミトの手元を覗き込み、それが終わるのを待った。


「良し、これでオッケー」

「……何をしたんですか?」


 時間にして僅か数分ほど。

 何をやったのかがすごく気になってしまった悠吾はぽつりとそう問いかけた。

 だが、ミトは何も語ることなく一度アイテムポーチの中に入れたルルのパッチを再度取り出したミトは元々貼り付けていた悠吾の肩にパッチを貼り直した。

 ぱっと見は何も変わっていないルルのパッチ。

 これまでと変わらず、ちょっとかっこ悪い。


「もしかして、と思ったんだ。悠吾さん達の小隊パーティにテーラも鍛冶屋ブラックスミスも居ないでしょ? だから、そのパッチ手に入れても強化してないんじゃないかって」

「パッチを……強化……」


 というかパッチって強化出来たんですね。

 ひょっとしてパッチだけじゃなくて、銃とか防具って強化できるんじゃないだろうか。これまであまり生産職のプレイヤーと接点が無かったから全然そういう発想が無かったけど。

 

「ありがとうございます、ミトさん。でも強化って何が変わったんですか?」

「見てみなよ」


 そう言いながらどこか悠吾の反応を楽しみにしているように含み笑いを浮かべるミト。

 なんなんだろう。

 ミトさんの表情から推測するに、しょうもないモノじゃ無さそうなきもするけど。


「えーと……」


 期待に胸をふくらませながらアイテムポーチから装備されたルルのパッチの説明画面を開く悠吾。

 あまり期待しすぎたら肩透かしを喰らっちゃうかもしれないからな。

 そう考える悠吾だったが、そこに追加されている能力に思わずぎょっとしてしまった。

 

「せ、生産レベルプラス1!?」

「凄いっしょ? プレイヤーの生産レベルが1上がるってことだよ」

「……ッ!!」


 続けて放たれたミトのその言葉に悠吾は軽く息を呑んでしまった。

 生産レベルが上がるって事は、今、兵器生成がレベル3だから4に、つまり「達人」クラスの兵器が生成出来るってことだ。達人クラスと言ったら、あのセントリーガンや攻撃型のドローン、そして機械兵器ビークルも生成できる。

 

「それが本当の匠のパッチ能力なんだよね。知らなくてデフォルトのまま装備しているプレイヤーもいるけどね」

「そうなんですか!? 全然知らなかった……機工士エンジニアの匠、ルルさんもそんな事いってませんでしたし」

「まぁ、あたしみたいな高レベルの裁縫師テーラーじゃないとパッチの強化は無理だけどね」

「え? 裁縫師テーラー?」


 ミトの言葉にきょとんとした表情を浮かべる悠吾。

 ミトさんのクラスは鍛冶屋ブラックスミスですよね? 高レベルの裁縫師テーラーってどういう意味だろう?


「あたしのクラスは元々鍛冶屋ブラックスミスなんだけど、サブで取得した裁縫師テーラーもレベルMAXまで言っちゃったんだよね」

「サブクラスも!?」

「うん。サブクラスはレベルアップに必要な経験値が上がって、育てるのがだいぶ大変になるんだけど……」

「す、凄い……」


 ミトの説明に舌を巻く悠吾。

 この子はいったいどれくらいプレイしているんだろう。幼い格好しているのに全くもって末恐ろしいプレイヤーだ。

 

「武器と防具、両方生産できる生産職って素敵じゃない?」


 えへへ、とミトが嬉しそうに笑う。

 その笑顔に呆れたような微笑みを返しながらも悠吾はどこか納得してしまった。

 多分だけど、ミトさんも僕と同じまったりプレイを楽しむ為に生産職を選んだんじゃないだろうか。

 マイペースでゲームを楽しんで、気がついたらMAXになってた……という話は耳にすることも多い。僕ももし機工士エンジニアのレベルがMAXになったら次のクラスに育てちゃうと思う。


「そうですね。判ります」

「あは、やっぱり判る人だったね悠吾さんは」


 うれしいです、ときゅっと身を竦めるミト。

 その仕草を見ていると、やっぱり見た目相応の年齢じゃないかと思ってしまう。

 18歳未満もプレイできたっけ? 戦場のフロンティアって。


「ところで、聞きましたよ。ルシアナを助けてくれて有難う」

「あ、いえ。とんでもない」

「あたしも行くってノイエさんに言ったんだけど、生産職は来るなって怒られちゃって」


 釈然としない表情を浮かべながら吐き捨ているようにミトがそう言った。


「ノイエさんが?」

「うん。人手が欲しいって言ってたのに」


 あたしだけ仲間はずれしてるんじゃないかって勘ぐっちゃった。

 ミトがそう続ける。


 だが、ノイエがそう言う理由が悠吾にはすぐに分かった。

 多分ミトさんは解放同盟軍の中でもかなり重要なポジションを担う生産職なんだと思う。高レベルの武器に防具、そして強化ができるプレイヤーはそうそう居ないのかもしれない。

 そんなプレイヤーを危険な場所に同行させるなんて馬鹿げている。もし彼女がやられることがあれば、それは解放同盟軍にとってかなりの痛手になってしまう。

 僕がノイエさんと同じ立場でも、多分同じ決断をしたと思う。


「あ、そう言えば悠吾さんって、ルシアナの高校時代の同級生だったんですか?」

「……ぶっ!」


 急にころりと話題を変え、そして放たれたミトの言葉に思わず悠吾は吹き出してしまった。

 その事、もう解放同盟軍の中に広まってしまっちゃってるんですか? ひょっとして。


「なんで知ってるんですか?」

「ルシアナが嬉しそうに話してくれたんだ。あの子とは長いから、色々判っちゃうんだよね〜……」

「……ッ!!」


 そう言ってニヤニヤと良からぬ笑みを浮かべるミト。その顔は女友達の恋話コイバナを楽しんでいる顔だ。

 思わず悠吾は引きつった笑みを浮かべてしまった。


「……っと、冗談はそれくらいにして……ノイエさんから悠吾さんがあたしたちに協力してくれるって話をきいたんだけど」

「あ、はい。……あ、えーとその前にちょっとお願いしたいことがあるんですが」

「……お願いしたいこと?」


 そんな事ノイエさん言ってたっけ。

 首を傾げるミトに悠吾はこくりと小さく頷く。


「ええ、2つあります。1つはとある生産リストをまとめてもらいたいと思っています」

「生産リスト? ……って?」

「もちろんトレースギアに載っているリストではありません。ノイエさんと風太さんに聞いたんですが、工廠では生産過程でリストに載っていないアイテムの生成に成功したらしいですよね」

「……ああ、あれか。うん成功してる。けど、もうあたし達で作ってるよ。リスト」

  

 これでしょ、とデスクの上に載っていた分厚いカタログのような物を手にするミト。

 もしかしたら、と思っていたけど、やっぱりもうまとめていたのか。

 ──でもそちらのほうが話が早い。


「さすがですねミトさん。もしよろしければ後で拝見させて頂いても良いですか?」

「大丈夫だよ。悠吾さん達はもう仲間だからね。自由に使ってもらってオッケーだよ」

「すごく助かります。そしてもう1つのお願いなんですが……」

 

 これを見て下さい。

 そう言って悠吾はミトにトレースギアの画面を見せる。


 もう1つはある意味「賭け」に近いものだ。

 それが可能であれば、今後解放同盟軍はかなり有利に戦況をコントロールすることが出来る。普通に考えるととてもむずかしい事だけど、生産リストに無いあの巨大なトレースギアを生成出来たり、今目の当たりにしたミトさんの生産力を見ると出来る可能性はかなりあるはず──


「……これって……」


 トレースギアを見たミトの表情が、ぴりとこわばったのが悠吾にも判った。

 ミトの目に映ったもの。

 それは拳を天に突き上げる、アーティファクトのマークが付いたアイテム──


「アーティファクト兵器の『ジャガーノート』です。ミトさんにお願いしたいのは……このアイテムの生産が可能かどうかという事の調査です」

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