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第78話 悠吾の思惑 その2

 ラノフェルとの面会は僅か数分間だったが、悠吾にとってそれは何時間もの長い時間に感じていた。

 身柄を拘束しているとはいえ、立場はまだ向こうのほうが有利な状況だ。ラノフェルさんへの返答を間違ってしまえばこれからの計画がすべて台無しになってしまう。


 その重圧感からやっと開放された悠吾は、テントの幕を潜った次の瞬間、淀んだ肺の中の空気をすべて吐き出し、キンと指すように冷たい空気をめいいっぱい吸った。


「やっぱり変わっていませんね」


 深い深呼吸をしながらぐったりと肩を落とす悠吾に、そっと傍らに立ったルシアナが肩をすくめながら囁いた。

 昔のままで安心しました。

 彼女の表情はそう語っている。


 ルシアナは悠吾の存在をノイエから聞いた時、腰が抜けたのかと思うほど驚き、そして彼に再会できる喜びで天にも登る心境だったが、一方で自分が美優だということを名乗らず、ノスタルジアのGMゲームマスターという存在のままで居た方が良いのではないかとも思っていた。

 学生時代はやりたい放題だった少年が丸くなったとは良く聞く話だが、逆もまた然り、大人になって再会して幻滅してしまったという話は少なくない。

 悠吾くんもひょっとして変わってしまったのではないか。

 ルシアナはどこかでそう危惧してしまっていた。


 だが、ルシアナの前に立つ悠吾は全く変わってなかった。

 一歩下がった場所で助け舟を出して周りを助ける、あの時の悠吾くんのまま──


「そうですか?」

「ええ。いつも周りの事ばかり考えて」

「そ、そんな。買いかぶりですよ」


 ルシアナの言葉に思わず悠吾は首をぶんぶんと取れてしまうのかという勢いで振った。

 だが、そんな姿も昔のままだとルシアナはくすくすと押し殺した笑いを浮かべる。


「僕はただ、助かりたいだけですから」

「悠吾くんと……皆がでしょ?」

「皆……と言うか、僕の両手が届く範囲です。この世界に連れて来られたプレイヤー全員を助ける事なんか無理ですから」


 ぽりぽりと頬を掻き、照れながらそう言う悠吾。

 でも僕の両手が届く範囲だったら力になりたいと思う。世界を救うとか、すべてのプレイヤーを救うとかそういうのは無理だけど。

 そんなのは僕の柄じゃないし、そんな事はもっと頭が良くて能力があって正義感に溢れた人がやるべきだ。


「……そうですね。私もそう思います」

「あ、でも、僕は1人では何も出来ない男ですから、皆さんの力を借りる必要がありますけどね」


 頼みますよ、と冗談っぽくいう悠吾にルシアナは笑顔で頷いた。

 私はノスタルジアのGMゲームマスターとしての職務を全うする。

 そして、悠吾くんの力になる。

 と、その時だった。


「……しかし、悠吾くん」


 2人の会話に割って入るように、刺のある声が投げかけられた。

 表情が硬く、得心が行かないという感情がにじみ出ているノイエだ。


「説明してくれないか。一体どういう事なのか」

「説明、ですか?」


 僕達の命を狙っていたラウルのプレイヤー達を何故助ける必要があるのか──

 ノイエはラウルプレイヤーも助けると言った悠吾の言葉がどうしてもひっかかっていた。


 同盟関係にあり、これまで幾度と無く援助し合っていた間柄のはずだったラウルはいざ己の身に火の粉が降りかかった途端、手のひらを返して僕達をユニオンに売ろうとしている。

 そんな裏切り者達を助ける必要がどこにあるのか。


「ラノフェルさんに言った通りです。同じ被害者同士──」

「しかし奴らは僕達に弓を引いた。助けたとしてもまた裏切るのは火を見るよりも明らかじゃないか」


 悠吾の言葉を遮って、凛とした表情で言い放つノイエ。

 それは違うと直ぐ様反論の言葉を放ちかけた悠吾だったが……その言葉を喉の奥へと押し戻してしまった。

 ノイエの表情に見え隠れする複雑な心境が見て取れたからだ。


 ノイエさんは僕と違ってこれまで長い間ラウルのプレイヤー達とこの世界を過ごしてきている。ひょっとすると、ラウルプレイヤーの中には信頼を寄せていたプレイヤーもいたかもしれない。

 そんな人達に裏切られた苦しみと悲しみは……僕には想像できない。1つ間違えば命を落としかねないこの状況だからこそ、それは大きく、深いんじゃないだろうか。


 ──もしかすると僕は軽率な言葉を口にしてしまったんじゃないか。


 一瞬そう考えてしまう悠吾。

 だが、一方でこの世界に強制的に連れて来られた被害者同士協力しあい、助けあうべきじゃないかという考えは間違いではないと悠吾はそう思っているのも事実だった。

 死を覚悟してまでも貫いたアジーのそれに似た信念──

 そして、その信念が悠吾の中に芽生えた疑念を押さえつけ、彼の言葉を後押しする。


「……それは違います、ノイエさん。彼らは裏切りたくて裏切った訳じゃないんです。この世界で信じる物がなくなり、そうせざるを得なくなってしまったんです」

「信じるもの……とは何だ?」

「僕達ノスタルジア王国です」


 眉間にくっきりと皺を寄せるノイエに悠吾は静かに続ける。


「彼らはノスタルジア王国というパートナーを亡くし、信じるものがなくなってしまったんです」

「……だから僕達を売ったと?」

「それは1つの結果でしかありません。そこに行き着く過程があったはずです。短絡的にその結論に至るはずはない。彼らに葛藤はあったはずなんです」

「葛藤だって!?」


 悠吾の言葉に思わず声を荒げるノイエ。

 彼らに僕達を裏切ってしまったという罪悪感があるならば、少なからず罪を償おうという考えに至るはずだ。

 だけど、彼らは問答無用で僕達を排除にかかった。


「彼らに葛藤はなかった。君よりも長く彼らと関係を持っているから良く分かる。ラウルは……僕達をただの物としてしか見てない。使えなくなったから捨てた。それだけの事だ」

「違いますよ、ノイエさん」

「何が違うというんだい?」

「だって……彼らは……国を無くしたノスタルジアプレイヤー達を迎え入れてくれたんでしょう?」

「……ッ!!」


 悠吾の言葉にノイエは思わず言葉をなくしてしまった。

 そして、裏切りに対する怒りと憎しみの中に消えかけていた記憶がふわりとノイエの中に浮かび上がった。


 確かに……確かにユニオンの侵攻ですべてのプロヴィンスを失ったその時、僕達ノスタルジアプレイヤーに手を差し伸べてくれたのはラウルのGMゲームマスターパームとラウルプレイヤー達だった。

 そして、彼らの援助でルシアナと合流し、解放同盟軍を組織出来た──


「もう一度信じてみましょう。ラウルのプレイヤー達はきっと判ってくれるはずです」

 

 懇願するように囁く悠吾。

 一見軟弱で気が弱い雰囲気の悠吾だったが、自信を持って言い放つ彼の言葉には不思議な力が内在しているように感じさせる力があった。

 何か魔法のような不思議な力──

 悠吾の言葉に、これまで遺恨の塊であったラウルに対してもう一度信じてみようかと考えてしまった自分にノイエはふと笑みが溢れてしまった。


「……ノイエさん?」

「判ったよ悠吾くん。ルシアナの救出も君の力によるものが大きかった。今回も君に賭けるよ」

「いえ、僕に賭けるんじゃなくて……」


 ノイエの言葉に、視線をルシアナに送りながら悠吾が続ける。


「皆で勝ち取るんです。さっきルシアナさんに言ったとおり、僕1人ではなにもできないんです。ルシアナさんやノイエさんの力が必要なんです」

「……そうだね。判った。皆で力を合わせて乗り切ろう」


 悠吾くんと一緒ならば乗りきれる気がする。

 半ば観念したと言いたげな表情を浮かべながら、ノイエはそう思った。


「ありがとうございます。でも時間は有るようで無いですからね。早速準備にかからないと」

「その前に悠吾くん、もう一つ質問がある。先ほど言っていた『現実世界に戻るためのヒント』の事なんだが」


 それも説明してくれないか。

 変わらない口調でノイエはそう続けた。

 ノイエの中に残ったもう一つの疑問。


 しかしそれはノイエだけの疑問ではなかった。


「私も疑問に思ったのですが……ひょっとして悠吾くんは、現実世界に戻るための情報をお持ちなんですか?」


 ノイエに続き、ルシアナがそう問いかけた。

 でも、そんな話は聞いたことが無い。ユニオン連邦がその現実世界に戻るためのアイテムを探しているという話は聞くけれど、成果が見えず本当にそれが有るかどうかもわからないとも聞く。

 

「ええと、どう説明すればよいか悩むのですが……結論から言いますと、持っていません」

「……? どういう事だ?」


 意味がわからない、とノイエが腕を組み訝しげな表情を作る。


「ですが、ヒントになる情報は持っています。おふたりは『相違点』についてご存じですか?」

「相違点?」

「はい。PC版の戦場のフロンティアとこの世界で異なる箇所の事です」


 悠吾の言葉に顔を見合わせるノイエとルシアナ。

 この世界とゲームとの違いについてはいくつか情報がルシアナの元にも入っていた。

 重要な部分で言えば、小隊会話パーティチャットの制限と、アイテムポーチに関する機能拡張。その他にも幾つか特に重要視しないものが報告されていた。


「知っています。解放同盟軍のメンバーから幾つか報告が上がっていますので」

「その相違点と現実世界に戻れる為のヒントに関連性が?」

「あくまで可能性です。それをこれから調べる必要があるのですが……たとえ可能性であったとしてもその情報は僕達を守る事になります」


 掴みどころの無い悠吾の言葉により首をかしげてしまうノイエ。

 

「申し訳ない、単刀直入に言ってもらえるかい?」

「あ、そうですね。ええと……要はですね」


 こほんとひとつ咳払いをはさみ、改めて悠吾が続ける。

 身振り手振りを加え、わかりやすく。


「まず、前提として現実世界に戻るためのアイテムはあるかもしれないし、無いかもしれない。それは誰にもわかりません。この世界にいるプレイヤーの誰しもが、です」


 悠吾の説明に頷くノイエとルシアナ。


「ですが、ユニオン連邦のプレイヤー達はそれが『有る』と信じています。ひょっとするとその存在を匂わせる何かが見つかったのかもしれません」

「……成る程。ユニオンが本格的に探索を開始したのは前回の交戦フェーズ終了後だから……一ヶ月近く探していることになるね。そこまでやるってことは、アイテムの断片的な情報か何かが見つかった可能性が高いということか」

「そうです。ですが、そのアイテムはまだ発見されていない。未だ彼らはこの世界に残ったまま侵攻を計画し、新たなプロヴィンスとそこに点在する狩場シークポイントを求めているからです」


 そこまで説明し、悠吾は人差し指を立てた。 

 ここからがユニオンを退ける為の僕の案です。

 そう付け加えて。


「ここで重要なのは、そのアイテムが有るか無いかではありません。ユニオンがそのアイテムが有ると信じ、そして1ヶ月間探索したにも関わらず、見つかっていないという事実です」

「星の数ほど有る狩場シークポイントだからね。そうそう見つからないとは思うが」


 広大な領土を持つユニオンならなおさらだ。

 ノイエが眉を潜めながらそう答える。

 

「そうです。ノイエさんがおっしゃるとおり、そのアイテムが眠っている可能性がある狩場シークポイントは実際星の数程あるんです」

「……うん」


 だが、それがユニオンを退ける事とどう繋がるんだ。

 

「ラウルへ逃れる時、僕は狩場シークポイントに関する相違点に気がついたんです」

狩場シークポイントに関する……相違点……ですか?」


 悠吾の説明を必死に追いかけながら、ルシアナがぽつりとそう切り返した。


「はい。僕らが脱出に使った狩場シークポイント『沈んだ繁栄』は元々PC版ではラウルへの脱出経路はない只の低レベルの狩場シークポイントだったんです。ノイエさんもごぞんじですよね?」

「確か小梅が戦場のフロンティアを始めた頃に行った記憶がある。確かに低レベル用の狩場シークポイントだった」

「多分、ラウルへの脱出路はこの世界になって出来たものなんです。そしてもう一つ、あの狩場シークポイントには……凶悪なレイドボスが配置されていました」

「……ッ!?」


 思わず言葉を失ってしまうルシアナ。

 あのプロヴィンスでレイドボスが配置されるような狩場シークポイントは存在しないはず。戦場のフロンティアが始まってからずっとノスタルジアの領土だったプロヴィンスだから、間違いない。


「……成る程、すこし話が見えてきたよ。つまり……脱出経路のような『重要な物』が追加されている狩場シークポイントにはそれに見合った敵が追加配置されている可能性がある、と?」

「その通りです」


 こくりと深く頷く悠吾。

 確かに悠吾くんの考えには合点がいく点が有る。もし脱出経路が国家が滅亡してしまったプレイヤーに付与される「亡国者」の称号に対する支援の要素があるとするなら、逆に敵を弱くするか、排除する方向に行くだろう。

 だが、現実として弱体化するどころか、レイドボスクラスの敵が配置されていた。


「私にも理解できました。つまり……相違点が見られる狩場シークポイントを探索すれば、今まで手に入らなかったアイテムがドロップする可能性が高いというわけですね?」

「その通りです。これまで虱潰しに探索して、そして結果が出ていないユニオンにとってその情報は喉から手がでるほど欲しい情報のはずなんです」

「確証ではなく、可能性であっても、か」

「可能性でも十分に食いつくはずです。明後日の会合までにそれが証明出来れば尚更です」

「……成る程。トットラに向かう前に悠吾くんが『メンバーに動いてもらいたい』と言っていた事に合点がいったよ」


 あの時、すでにそこまで考えていたという事か。

 行き当たりばったりではなく、すべて計画された事だったことに気がついたノイエは思わず舌を巻いてしまった。


「はい。解放同盟軍の皆さんに周囲の狩場シークポイントの探索をお願いしたのはそういう理由がありました」

「出立したメンバーはもうすぐ戻ってくるはずだ。彼らが持ち帰った情報から、相違点が見られた箇所と、そこでドロップしたアイテムの関係性を分析するというわけだね」

「ええ。でも、サンプルになる箇所は多い方が良いので会合が始まるまで、探索は継続したいと考えています。そしてその情報と引き換えなら……ユニオンはラウルへの侵攻を遅らせるはずです」

「……遅らせる?」


 悠吾から放たれた言葉にノイエは小さく首を傾げた。

 中止ではなく……遅らせる?

 

「ええ。情報を渡したとしても彼らはラウルが持つプロヴィンスへの興味を失う事はないでしょう。逆に俄然攻めの姿勢で来るかもしれません。相違点が見られる狩場シークポイントを探すために」

「成る程、そうなるか。うん、そうだな。と言うことは……」

「……ユニオンを防ぐことができるのは今回の交戦フェーズだけ?」


 ノイエを代弁するようにルシアナがそう漏らす。

 

「次回の交戦フェーズでは間違いなく僕達とラウルを滅ぼしに来るでしょう。でも……」


 安心してくださいと言いたげに、笑みを浮かべながらルシアナに視線を送る悠吾。

 そして悠吾が次に口にするであろう言葉をノイエは判っていた。

 今回の交戦フェーズを切り抜ける事ができるということは、僕達に大きなアドバンテージが与えられると言う事──


 言葉にせずとも判ったと言いたげに頷くノイエを見て、悠吾ははっきりとそして力強く、続く言葉を口にした。


「僕達には1ヶ月間の猶予期間が与えられます。その1ヶ月間で僕達はラウルと共に戦力を整えて……次回の交戦フェーズで彼らと戦います。ノスタルジア王国の復興をかけて」


***


 動物達と太陽の息吹が混ざり、幾許かあたたかみを増したテラロッサの大地を駆け抜ける乾燥した風がふうと解放同盟軍のキャンプを駆け抜ける。

 そしてその風は、ティピー型の野戦テントで眠る小梅の頬をするりと撫で、彼女の意識をふと呼び起こした。


「……あれ?」


 いつの間に眠ってしまったのか記憶に無い小梅は、まだ眠り足りないと言いたげな重いまぶたをこすりながら辺りをきょろきょろと見渡す。

 野戦テントの幕が風に揺れ、ちらちらと陽の光が踊るように舞い込んでいる。

 と──


「あ、おはようございます、小梅さん」

「……ッ!」


 すぐ隣で放たれた声にびくりと身を竦ませてしまう小梅。

 そして、次第に意識がはっきりとしていくにつれ、傍らに座っているのが悠吾だということが判った。


「……おはよ。何してんのさ?」

「ちょっとスキルを色々と。昨日のトットラでの救出戦でレベルが上がっているようだったので」

「ふうん」


 隣でトレースギアの画面を操作している悠吾に生返事を返す小梅。

 風に揺れる葉擦れの合唱が微かに聞こえ、ゆったりとした時間が流れるテントの中、しばらくその姿をぼんやりと眺めていた小梅だったが、ふとこれからの作戦の事が頭によぎった。

   

「……あれ、そう言えばさ。ラノフェルはどうなったわけ?」

「大丈夫です。先ほど面会しまして、ユニオンとの会合に同行することになりました。明後日に中立国で行われるそうです」

「明後日、か」


 すぐその時がくるものだと考えていた小梅は、悠吾のその言葉に胸をなでおろした。

 ここんところ、切羽詰まった状況ばっかりだったから1日でも余裕があるとずいぶん気が楽になる。


「そう。時間が出来たならよかった」

「そうですね。でも小梅さんとトラジオさんにはお願いしたいことがあります」


 トレースギアのメニューを閉じながらそういう悠吾。

 

「お願いしたいこと?」

「ええ。僕が同行する会合を成功させる為に非常に重要な──」

「……悠吾くん?」 


 トラジオが起きる前にとりあえず小梅に話しておこうと思った悠吾だったが、そんな悠吾の言葉を優しい女性の声が遮った。

 聞き覚えの無い声にふとテントの入り口に視線を送る小梅。

 野戦テントの入り口、幕の隙間からひょいと顔をのぞかせていたのは、光輝く黄金の髪を小指でかきあげながら、どこか緊張の面持ちで愛くるしい視線を送っている女性だった。


「ルシアナさん?」


 野戦テントの入り口から顔をのぞかせていたのはこんなテントには似つかわしくないルシアナの姿だった。


「ご、御免なさい。悠吾くん、昨日からずっと働き詰めかなと思って、その、よかったら一緒にって……」

「あ……」


 視線を伏せながら、片手に持った小さなサンドイッチケースらしき物を覗かせるルシアナ。

 わざわざ僕の為に作ってくれたのだろうか。

 いやいやいや、きっと解放同盟軍の中で配給されているものに違いない。そんな、ねぇ。


 だが、女性にそんな誘いを受けたこともなかった悠吾はつい嬉しくなり、笑顔をこぼしてしまう。

 ──隣に鬼が控えていることも忘れて。


「……誰よアレ」

「……え?」


 ドスの聞いた恐ろしい声が悠吾の耳に届く。

 その声に即座に我に返った悠吾は伸ばしてしまっていた鼻の下を元に戻し、すぐ隣に居る小梅に視線を降ろした。

 

 そこにあったのは、じっとりと射殺すように悠吾を睨む小梅の瞳。


「……うひっ!」


 その視線にただならぬ物を感じてしまった悠吾は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

 悠吾には確かに見えた。

 その瞳の奥にちりちりとくすぶっている──すべてを焼き尽くす紅蓮の炎を。


「ル、ルル、ルシアナさんですよ、小梅さん。ほら、ノスタルジア王国のGMゲームマスターですよ。僕達の為にわざわざ食事を持ってきてくれたなんて、すごく光栄だなぁ!」


 小梅の瞳の奥に見えたそれが何なのかがわからないまま、あはは、と空回りする笑い声を上げながら、まくしたてる悠吾。

 だが、悠吾のその笑い声が小梅とルシアナによる「女の戦い」の開始を告げる合図となってしまった事に彼はまだ気づいていなかった。

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