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第77話 悠吾の思惑 その1

 悠吾の叫び声が通り抜けた後、解放同盟軍のキャンプを覆う森の木々達が葉擦れのざわめきを起こした。

 あの犬の事を知っているのは、僕が知っている限り美優さんだけだ。ということは、この女性は間違いなく、美優さん──


「ど、どうして美優さんが……ここに?」

「多分皆同じだとおもうんですが、戦場のフロンティアをプレイしていたらここに」

 

 そう言いながら、満面の笑みをこぼすルシアナ。

 昔の美優の面影が少し残っているその笑顔につい悠吾の鼓動は高鳴ってしまった。


「ルシアナが言っていた、ゲームにハマるきっかけになった人物というのは悠吾くんの事だったのか?」

「ええ、そうです」

「……えぇッ!?」


 ルシアナの返答に高鳴っていた悠吾の心臓は、飛び出たのかと思うほど跳ねてしまった。


 理解不能。理解不能です。

 だって美優さんとは全然話したことなかったし、高校を卒業してからは同窓会にも参加しなかったから、会ってもいない。


「高校の時に悠吾君がゲーム好きって話を聞いて、それで悠吾君を追っていろんなゲームに手をだしてたんですが……」

「お、おお、お、追ってって……嘘でしょう?」

「嘘じゃありません」


 狼狽する悠吾とは対照的に、笑顔を崩さないルシアナ。その表情が彼女の喜びを代弁し、その言葉に偽りがないということを物語っていた。

 そんなルシアナに唖然としつつも、頬が紅潮してしまう悠吾。

 美優さんってこんなニコニコする人だったっけ……もっと気が強くて活発な娘だってイメージがあったんだけど。

 ……あれ、それって小梅さんだっけ?


「この世界に強制的に連れて来られて嫌な事も色々ありましたけど……まさかここで悠吾くんと再会できるとは思わなかった」

「そそ、そうですね。僕もそう思います」


 現実世界でも相当可愛かった美優さんだけど、この世界の美優さんも相当綺麗だ。

 悠吾の最も苦手とする「綺麗な大人びた女性」にピッタリと当てはまるルシアナの姿に、悠吾の目は泳ぎ、何と話していいものか思案するものの、思考停止してしまった頭からは気の利いた言葉が放たれるわけもなく、ただふわふわとした静寂が悠吾を包み込んだ。

 

 気まずい静寂、頬を赤らめ笑顔のままのルシアナ──


「と、とりあえずラノフェルさんのテントへ急ぎましょうか」

「ハイ、参りましょう」


 なんとかひねり出した悠吾の言葉に、頷くルシアナ。

 そんな彼女から逃げ出すようにくるりと身をひねり、木々の向こうに見える迷彩柄のテントへ急ぎ足で向かう悠吾だったが、そんな彼の肩をぽんと叩く男の姿があった。

 今まで見たことが無い表情でにやついているノイエだ。


「……色々大変だぞ悠吾くん」

「なななな、ナニがですか!?」


 何の事をいっていらっしゃるんですかお兄さま。

 そう言いながら目を白黒させる悠吾をよそに、急ごうとルシアナと足早にテントへ向かうノイエ。


 その言葉に地面に打ち付けられた杭のようにその場に立ちすくんでしまった悠吾の脳裏浮かんだのは……鬼の形相の小梅だった。


***


 木々の間にぽつりと張られた迷彩柄のテントの前で入り口を守る2人のプレイヤーがちらりと悠吾達に視線を送った。

 森林地帯では逆に目立ってしまいそうな茶色のOCPパターンの迷彩服を着たプレイヤーと、タンカラーの戦闘服を着たプレイヤーだ。

 ラウルのプレイヤーは国から配給されている赤い迷彩服を着ているプレイヤーが多いが、解放同盟軍のプレイヤーは装備がバラバラで統一感が無い。

 国家からの物資配給が行われていないために装備は各プレイヤーの自前装備にせざるを得ないだからだ。


「ノイエさん、ルシアナさんお疲れ様です」


 入り口を守るプレイヤーは見慣れない悠吾の姿に警戒した視線を送っていたものの、ノイエとルシアナの姿に小さく頭を垂れた。


「ラノフェルと面会したいのだが」

「了解です」


 ノイエの言葉に入り口を守っていたプレイヤーは3人を中へと促すように、どうぞとテントの入り口の幕を上げた。

 幕が上がった入り口から薄暗いテントの中が見える。

 

 その先に待っているのは、ユニオンとの会合の重要なキーマンになるラノフェル。

 この面会の重要度を再認識した悠吾は、そのまま入り口をくぐる事を躊躇し、ぴたりと足を止めた。


「……悠吾くん?」


 ふと悠吾に声をかけるルシアナ。その声を聞き、すうと息を吸い込んだ悠吾は浮ついてしまった心を落ち着かせるように空気をゆっくりと吐き出した。

 まずは開幕戦といった所だ。しっかりと切り抜けないと。

 肺の中の空気をすべて吐き出した悠吾はちらりとノイエとルシアナに視線を送ると、小さく頷いた。


「行きましょう」


 その言葉にノイエを先頭にテントの中へ足を踏み入れる3人。

 そして、直ぐに悠吾の目に飛び込んできたのは、両手を背中で縛られ、猿轡さるぐつわをされたラノフェルの姿だった。悠吾の打ち込んだ睡眠弾の影響なのか、少し視点が定まっていないようにも見えるが、判断を誤ってしまえば首をかき斬られるかもしれないと思わせる凄みが見え隠れしている。


「……猿轡さるぐつわを外せ」


 ぽつりとノイエが入り口を守っていたプレイヤーに指示を出した。

 外した途端に自ら舌を噛み切り自害する可能性もあるが、このまま話す事はムリだろう。


「了解しました」 


 ノイエの指示に従い、ゆっくりと猿轡さるぐつわを外すプレイヤー。

 このキャンプに連行されて、ずっと猿轡さるぐつわをされたままだったラノフェルは、一息、新鮮な空気を吸い込むとその味を堪能するようにしばらく息を止め、ゆっくりと愛おしそうにそれを吐き出した。


「……ふふ、立場が逆転してしまいましたね。ルシアナ様」


 パイプ椅子の背もたれに背を預けながらラノフェルが弱々しく笑う。


「このような事は不本意なのですが」

「でしょうね。伝説的なオーディンのクランマスターでありながら、虫も殺せないと噂される貴女ですからね」

「この世界はゲームの世界ではありませんから」


 躊躇してしまうのが人間というものでしょう。

 くつくつと冷笑するラノフェルにルシアナが冷ややかに言い放つ。


 PC版の戦場のフロンティアと同じ野生動物モブを倒すにしても、地人じびとを倒すにしても、そしてプレイヤーを倒すにしてもこの世界はゲームと違って実際に引き金を引き、生々しく相手を倒さなくてはならない。

 むしろゲームと同じ感覚で引き金を引けてしまうほうが異常です。


「それで、私に何をするつもりです?」

「……トットラの街でお話した通りです」


 そう言ってラノフェルの前に出る悠吾。

 その姿にぴくりとラノフェルの頬が引きつったのがルシアナには判った。


「貴方は……」

「悠吾、と言います。貴方を拘束した理由はトットラの街でお話した通りです」

「トットラの街……ああ、確か……」


 悠吾の言葉にラノフェルはまだ痺れが残る記憶をたどり、悠吾の言葉を思い起こした。

 確か言っていたのは、ラウルがユニオンと行う会合に参加するという事と、もう一つの馬鹿げた話──


「……確かあの時貴方は『ラウルプレイヤー全員も助ける』と言っていたと記憶していますが?」

「はい」


 ラノフェルに即答する悠吾。


 そんな悠吾にラノフェルは湧き上がる冷笑を抑えることが出来なかった。

 ……聞き間違いではなかったのか。なんとも馬鹿げた話だ。


「ルシアナ様を誘拐し、貴方達ノスタルジアプレイヤーを殺そうとしていた私達を助けたいと、貴方はそうおっしゃるのですか?」

「その通りです」


 表情を変えること無く、再度ラノフェルに言い放つ悠吾。

 その言葉に逆にラノフェルが釈然としない表情を浮かべた。


「……何故です?」

「何故? 何故って……ラウルプレイヤーの皆さんも僕達と同じ、この世界に強制的に転生させられた『被害者』です。助けて当然でしょう?」

「……ッ」


 悠吾の言葉にラノフェルは耳を疑ってしまった。

 同盟国であるノスタルジアのGMゲームマスターを餌に自分達がこの世界で生き残る為に、ユニオン連邦の傘下に降ろうと画策していたにも関わらず、私達を助ける、と?


 この世界では人の行動を縛る法律も無ければ罰則も無い。むしろ争う事を良しとする世界システムだ。誰かを助ければ、明日その誰かに後ろから撃たれかねないこの世界で、皆が最初に捨てた「情心」を躊躇せず言い放つなんて。

 

「おめでたい人ですね貴方は」


 呆れたように言い放つラノフェル。

 だが、悠吾の傍らに立つノイエも似たような感想を抱いてしまっていた。

 ノスタルジアとオーディンという後ろ盾に守られていた過去をあっさりと忘れ、同盟解消の理由付けなるGMゲームマスターの誘拐をし、さらに自分達の命を狙っていたベヒモスやラウルの連中も救うなんてお人好しも良いところだ。


「悠吾くん、僕は──」


 その意見には賛同出来ない。

 苛立ちに思わず拳を握りしめ、そう言いかけたノイエだったが、それを制止させるようにルシアナがそっと手を添えた。

 今は悠吾くんに任せましょう。

 ルシアナが送る視線にはその言葉がにじみ出ている。


「……それで、ユニオンとの会合に同席してどうするつもりですか」

「ユニオンの侵攻を止めます」

「どうやって?」


 どうやってこの世界有数のプレイヤー数とプロヴィンスを抱えるユニオン連邦を止めるというのですか。

 そんな方法があるなら、僕も苦悩はしなかった。

 ラノフェルは心のなかでそう吐き捨てる。


「情報です」

「……情報?」

「はい。その情報は……この世界から現実世界に戻るためのヒントになりうる情報です」

「……なんだって!?」


 これまで冷静を装っていたラノフェルだったが、その言葉に思わず声を荒らげてしまう。

 だが、面食らってしまったのは、ラノフェルだけではなかった。

 悠吾の傍に立つノイエとルシアナにとってもその言葉は寝耳に水。

 いつの間にそんな情報を──


「悠吾くん、一体どういう事だ?」


 思わず真意を問うノイエ。

 だが、それも想定内と言わんばかりに、悠吾は小さく笑みをノイエに返すとそのまま続けた。


「これはまだ誰にも話していない事です。その情報を餌に……ラウル侵攻を止めます」


***


 現実世界に戻るためのヒント──

 その言葉はこの世界では想像を絶する力がある。それは誰もが知る事だった。


 その方法を見つける為にユニオンは他国へ侵攻を行い、探索を繰り返している。確かにその情報があれば、ユニオンは侵攻を止める可能性がある。

 だが──


「そう上手く行くのでしょうか。……いや、そもそもその情報に信憑性は?」


 ラノフェルは信じられないと言いたげな目を向ける。

 信憑性が無い情報をユニオンが鵜呑みにするわけはない。それに、組織的な活動を行っていないノスタルジアのプレイヤーが発見できるヒントなどすでにユニオンが入手している可能性がある。


「残念ながら、今この場でそれを証明出来るものはありません。ですが、ユニオンとの会合にはそれを準備し、挑むつもりです」


 これは一種の賭けに近いかもしれません。

 悠吾はそう続けた。

 

「……失敗すれば終わりという状況で、賭けですか」

「はい。ですが、彼らと戦う事になれば、待ち受けているのは間違いなく滅亡です」

「それは貴方達ノスタルジアプレイヤーだけに言える話だ。私達ラウルはユニオンの傘下に入り、滅亡することは無い」


 ゆえに、そんな危険な橋をわたらなくても良いんです。

 嘲笑しながら、ラノフェルがそう言う。


「ラノフェルさん、ここで貴方と議論をするつもりはありません。貴方は僕を同席させてくれればそれで大丈夫です。もし交渉に失敗した時には……」


 僕がここまで言っていいものなのかと少し迷ってしまう悠吾だったが、意を決したように続きの言葉を紡いた。


「貴方が計画していたとおり、ルシアナさんと……僕をそのままユニオンの連中に引き渡してください」

「……ッ!」


 悠吾の言葉にどこか覚悟していたと言いたげに苦笑するノイエ。

 交渉が失敗した場合、ラウルはユニオンの傘下に下る事になる。となれば、解放同盟軍は孤立したまま……ユニオン、ラウルと戦う事になってしまうだろう。

 考えたくない最悪の結末だ。


「……」


 意外な言葉を言い放った悠吾にラノフェルは即答出来なかった。

 ノスタルジアと共にユニオンと戦い、共倒れすることは避けなくてはならない結末。その為にはルシアナ様をユニオンへ引き渡す必要がある。

 だけど、彼がいう交渉が成功した場合、ユニオンの傘下に下ること無くこの交戦フェーズを切り抜ける事ができる。そして、交渉が失敗した場合でも、そのまま引き渡してしまえばラウルにリスクは無い。

 

「……いいでしょう」


 しばし思案したラノフェルはゆっくりとそう答えた。


「会合に出席するのは私とラウルGMゲームマスターパームとルシアナ様、そして貴方の4名です」

「……パームさんが?」

「やはりか」


 ラノフェルの口から放たれたその名前にルシアナとノイエの表情が瞬時に曇った。

 黒だとは思っていたが……やはりグルだったか。


「ご存知無かったのですか?」

「薄々そうではないかと思っていたが、な」


 あざ笑うラノフェルにノイエは冷静にそう返した。

 だけど、ここまで来たらどちらでも良い。奴が黒であろうと白であろうと、やることに変わりは無い。   

 

「……それで、会合はいつどこで?」 


 静かな水面に広がる波紋のように、ルシアナの言葉がテントの中に広がる。

 

「ユニオンとの会合は明後日。ラウルの北東に位置する中立国で行います」

「中立国……」


 そこが次の戦場。

 そして、負けることは許されない決戦の場所──


 ルシアナの声と同じく静かなせせらぎのようにラノフェルの口から放たれたその言葉を聞いた悠吾は、周囲に悟られないように小さく息を呑んだ。

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