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第76話 予想できなかった再会

第5章スタートです!


「悠吾くん」


 まるで地面の中に溶け込んでいくかのような深い睡眠を貪っていた悠吾は、小さく聞こえた自分の名にふと瞼を開いた。

 その声に呼び起こされ、ぼんやりと視界に映ったのは灰色の天井──


「……あれ」


 僕は何をしていたんだっけ。

 天井を見上げたまま惚けてしまう悠吾だったが、じんわりと滲んていた意識が次第に、ぎゅうと集約し、そしてしばしの間を置いてまるでスイッチが入ったかのようにこれまでの出来事がその脳裏に浮かびあがった。

 確かトットラの街を後にしてノイエさんと合流し、風太さんが操縦するヘリが到着して僕達は解放同盟軍のキャンプに戻ってきて──


「悠吾くん」

「……ッ!」


 再度呼ばれた名前にサラリーマンとしての性か、悠吾は慌てて身を起こす。

 テントの入り口から顔を覗かせているのは見覚えがある顔だった。ロングヘアーを後ろでまとめた中性的な男性──

 ノイエだ。


「……ノイエ……さん?」 

「すまないね、休んでいる所」

「あ、いえ。大丈夫です」


 そう言ってノイエの元に向かおうと急いで起き上がろうとする悠吾だったが、そんな彼を制止するようにノイエは小さく人差し指を口元へ運んだ。


「……静かに。まだ小梅達が眠っている」

「あ……」


 ノイエの言葉に悠吾は傍らへと視線を落とした。

 悠吾のすぐ近く、寝袋にくるまりすうすうと静かな寝息を立てている小梅の姿が悠吾の視界に映った。そして、その隣には腕を枕に同じく寝息を立てているトラジオの姿も──


 小梅達の姿を見て悠吾はこの野戦テントに来るまでの記憶がはっきりと蘇った。

 

 風太の操縦する『UH-1Y ヴェノム』がランディングポイントで悠吾達をピックアップし、戻った解放同盟軍のキャンプで悠吾達を待っていたのは彼らを賞賛する数多くの解放同盟軍メンバー達だった。

 自ら作戦に参加することを渋った幹部達の鮮やかな手のひら返しにノイエは半ば呆れながらも、悠吾達は解放同盟軍メンバー達の歓迎を受け入れ、そして救出作戦の成功を分かち合った。

 だが、悠吾達は続いて襲いかかった強敵に抵抗する事なく敗れ去る事になる。


 戦場のフロンティアの世界では必要ないとトラジオも言っていた疲労感から来る睡魔だ。

 以前、廃坑を抜けラクーナの街へ到着した悠吾の身に襲いかかった疲労感が、今度は小梅とトラジオにも襲いかかった。


「あれからどの位時間が?」

「2時間位だね。疲れは取れたかい?」

「ええ、すっかり。でも疲労の概念は無いはずなんですよね」


 テントの幕を上げるノイエの脇を抜け、野戦テントの外へ出た悠吾は小さく伸び、身体をほぐしながらそう問いかけた。


「多分だが、こうやって睡眠が必要になるのには条件があるんじゃないか?」

「確かに睡眠が必要になる条件がありそうですね。一定の戦闘数か、受けたダメージか……そんな所でしょうか」

「条件を調べる必要がありそうだね」


 重要なタイミングで睡眠が必要になるなんて事が起きないように。

 だが、そう言いながらも小梅達を起こさない様にゆっくりとテントの幕を降ろしながらノイエは小さくため息を突いた。

 今はそれどころじゃないけど。

 ノイエの表情からはその言葉が滲み出している。


「それで、ラノフェルさんは……」

「ああ、君を起こしたのはそれなんだ。これから拘束しているラノフェルに会うんだが……悠吾君に来て欲しいと思っていてね」

「もちろんです」


 僕が提案した作戦ですもんね。

 悠吾は深く頷いた。


 キャンプに到着した後、ラノフェルはトレースギアを外され、両手を縛り、猿轡 (さるぐつわ)をされた上で小さな野戦テントに入れられる事になった。

 リスポンが出来るラノフェルに取って、普通の拘束は意味を成さない。例え出口が無い部屋に拘束したとしても、自ら命を断てばマイハウスに戻ることができるからだ。

 

「……にしても」


 ラノフェルが拘束されているテントへ向かう道、改めて解放同盟軍のキャンプを見渡しながら悠吾の中にふととある疑問が浮かんだ。


「人、増えました?」 

 

 慌ただしく動きまわっている解放同盟軍のメンバー達の姿を目で追いながら悠吾はふとそう思った。

 トットラの街から戻った時、気のせいかと思っていたけど明らかにプレイヤーの数が増えている。プレイヤーだけじゃない。かなりの数の野戦テントも張られている。以前は正に「キャンプ」という規模だったけど、今はもう野営地と言える程の規模になっている。


「ああ。ルシアナが解放同盟軍へ合流した事で今まで以上にノスタルジアプレイヤーが集まってきている」


 ルシアナの解放同盟軍への合流はノスタルジアプレイヤー達に希望を与えることができたとノイエは言う。

 オーディンのクランマスターであり、ノスタルジアのGMゲームマスターであるルシアナさんの影響力はやっぱり相当なものが有るんだなぁ。 


「そうなんですね。それで……彼らは何を?」

「ユニオンとの交渉は進めるが、同時に……最悪の事態に備えておく必要はあるだろう?」


 考えたくもないけど。

 怪訝な表情を浮かべながらノイエがそういう。

 今朝方、丁度トットラの街を脱出した時に強化フェーズは終わり、ついに交戦フェーズが始まってしまっている。これからユニオンとの交戦を避ける為の交渉を行うとは言え、最悪の事態は想定しておかないと行けないというわけか。


「工廠もフル稼働で生産を行っている。……そうだ、悠吾君も後で行ってみたらどうだ?」

「……僕が?」

「こんな状況とは言え、工廠はノスタルジアの高レベル生産職が集まっている。機工士エンジニアの悠吾君が得られる物も有るだろうし、それに小梅から聞いたが……」


 そう言ってノイエは悠吾の肩に貼られたパッチを指さす。

 お世辞にも良いデザインとはいえないハートマークのパッチ……機工士エンジニアの匠であるルルのクエストをクリアして貰った「ルルのパッチ」だ。


「君は機工士エンジニアの匠の生産クエストをクリアしたと聞いた。君の知識を是非僕達に貸して欲しい」

「えぇっ!? 僕はまだ低レベルの生産しか出来ませんよ!?」


 高レベルの先輩達に偉そうに指南するほど僕は優れた生産職ではありません。

 そう言って肩をすくめる悠吾だったが、それを謙遜だと勘違いしたのか、ノイエはにやりと笑みを浮かべると悠吾の背中を軽く叩いた。


機工士エンジニアの生産クエストは非常に難易度が高いと聞いた事がある。人気職じゃないということもあるかもしれないけど、クリアしたプレイヤーは数えるほどしか居ないとか」

「え!? そうなんですか!?」

「まぁ、無理にとは言わない」


 確かにあのクエストは難易度が高い、といえるクエストだった。与えられた何かを作るというものではなく、発想力が重要になるクエストだ。僕は運良くクリアすることが出来たけど。


「……いえ、色々とノイエさんには助けられていますからね。こんな僕の力で良ければ」

「ありがとう、助かるよ」


 もう一度ぽんと背中を叩いたノイエは先導するように足を進めた。

 密集していた野戦テントがまばらになり、そして木々の間に隠れるように設けられた迷彩柄のテントが悠吾の目に入る。

 テントの前に2人のプレイヤーが入り口を固めている事から、中に重要な何かが有ることは直ぐに判る。

 ──あれがラノフェルさんが拘束されているテントか。


「ところでノイエさん。そのユニオンですが……動きは有るんですか?」

「いや、無い」

「……無い? 全くですか?」


 ラウルが傘下に下る為の密会があるとはいえ、ラウルとの国境に動きがあってもおかしくない。むしろ、普通であればラウルとの交渉を有利に運ぶ為に、威嚇材料として各クランを国境に配置すると思うんですが。

  

「そうだ。だけど、誤報じゃない。グットニュースといえる情報が入ったんだ」

「グッドニュース……?」

「東の『東方諸侯連合国』とユニオンとの関係が悪化しているらしい。今回の交戦フェーズで一戦交える可能性があるようだ」

「東方……諸侯連合国?」


 聞きなれない名前に悠吾は首を傾げた。

 連合国ということは国の名前だろうけど、そんな国家あったっけ?


「東方諸侯連合国は、ユニオン連邦と同じく、PC版の戦場のフロンティアには無かった国家だ。東の渓谷地域に存在していた小国家がユニオンに対抗するために作った共同体で10の小国家、合計30ものプロヴィンスで構成されている」

「30のプロヴィンス……って結構多い方ですよね」

「そうだね。でもプロヴィンスだけじゃない。東方諸侯連合国は現在ユニオンと対等に戦える軍隊クランを持つ国家の1つに名を連ねている」


 東方諸侯連合国が誕生したのは前回の交戦フェーズの直前だった。

 ユニオンの動きに危機感を抱いた東の小国家達が自らの身を守るために作った共同体──

 10もの国家で構成される一大共同体の誕生は一筋縄ではいかない前途多難な計画だったと想像に難くない。各国家のGMゲームマスターが主張する利益と、迫り来る交戦フェーズのカウントダウン──

 交戦フェーズを前に何とか共同体としてが機能し始めた東方諸侯連合国だが、ユニオン連邦の見解は楽観視するものだった。

 突貫で組まれ、結束が弱い共同体などすぐに空中分解するはず。

 だがそんなユニオンの見解を裏切り、交戦フェーズを前に突貫で組織された共同体は驚異的な結束力でユニオン連邦の前に立ちはだかった。


 渓谷という地の利を活かし、臨機応変に奇襲攻撃を加える遊撃戦でユニオン連邦のクランを苦しめる東方諸侯連合国は、そのまま1つのプロヴィンスも奪われること無く交戦フェーズを終わらせ、迫り来るユニオンのクラン達を退ける事に成功していた。

 

「ユニオンにひとつのプロヴィンスを与えることなく退けるなんて凄いですね」

「だが、ユニオンがひとつもプロヴィンスを落とせなかった事に理由があることは彼らも判っていた」

「理由、ですか?」

「ああ。ユニオンは東方諸侯連合国に対して組織的な攻撃が行えなかった。なぜだか判るかい?」


 ノイエの問いに悠吾は虚空に視線を送り、首をひねった。

 散発的な攻撃しか出来なかった。だからユニオンは東方諸侯連合国を落とすことができなかった。

 なぜ散発的な攻撃しか出来なかったのか──


「……彼らユニオンは、ノスタルジアとぶつかっていた?」

「その通り」


 悠吾の返答にノイエは静かに頷いた。

 成る程、ユニオン連邦は最初に落とすべき国家はノスタルジアだと判断し、そっちに全勢力を投入したという事か。

 そして、ノスタルジアの40ものプロヴィンスを落とし、滅亡させた。

 でも、どうしてユニオンはノスタルジアを標的にしたのだろうか? 伝説的なクラン、オーディンが居て40ものプロヴィンスを陥落させるために、まずは東方諸侯連合国を落とし力を着けてからノスタルジアに戦いを挑んでもおかしくないはず。

 まるでなにがなんでもノスタルジアを落とす必要が有ると言いたげな焦りが見える気がする。


「それで今回、前回侵攻が上手くいかなかった東方へユニオンは目を向けているというわけらしい」

「ユニオンが東に目を向けているのであれば、こちらに侵攻してこない可能性も?」

「あくまで可能性だけどね。でも、動きが見えないユニオンから察するに噂はいくらか信憑性がありそうな気配だ」


 だけど戦いの準備を怠り、噂に運命を任せるほど僕は楽天家じゃない。

 そう続けるノイエに悠吾はひとつ頷いて見せた。


「僕もノイエさんと同じ意見です。前回の東方諸侯連合国は10の国家に所属しているクランによる遊撃で退ける事ができたんでしょうけど、今僕たちの兵力は解放同盟軍のメンバーだけですからね。片手間で送られてきた兵力でさえ防ぎきる確証はありません」

「それは多分ユニオンも承知のはず。交戦フェーズの後半から侵攻をはじめても十分間に合うと考えている可能性が高い」


 考えるにそれはラウルと予定している交渉の後。そう考えて間違いないだろう。

 ノイエは静かにそう締めくくった。 

 

「でもそれは凄くありがたいですね。しっかり準備ができる期間が増えた事になりますもんね」

「そうだね。だから今急ピッチで──」

「ノイエ」


 と、背後から女性の声がノイエの言葉を遮った。

 透き通った様な美しい声。

 その声に思わず悠吾は振り向いてしまった。


 そして悠吾の目に飛び込んできたのは両手を前で合わせ、高貴な空気を放つ美しい女性の姿だった。

 天高く登った陽の光にきらめく長いブロンドヘアーとその声色のイメージにピッタリ合う、透き通った雪のような肌。ぴったりと身体にフィットした白いカーゴパンツに白のロングコートが美しさをより強調している気がする。

 ボディラインが強調された女性の姿につい漏れ出してしまいそうになる溜息を必死に飲み込みながら悠吾はその場に立ちすくむしか無かった。



「ノイエ、彼が?」

「ああ、彼が悠吾君だ。ルシアナ」

「……ッ!!」


 そうじゃないかと薄々思っていたけど、この人がオーディンのクランマスターにしてノスタルジア王国のGMゲームマスター、ルシアナさん──

 あの教会で爆睡していた姿からは想像出来ないほど……なんというか、もの凄く気品にあふれている美しい人だ。



「貴女がルシアナ……さん」

「貴方の事はノイエから聞きました。自ら危険を侵して、私を助けに来てくれたと」


 そう言って小さく頭を垂れるルシアナ。

 

「いえ、そんな……!」


 こんな綺麗な人にお礼を言わるなんてなんか凄く罪悪感がある。

 現実世界でも経験ありませんもの。

 頭を上げて下さいと慌てる悠吾にノイエは傍らで思わず吹き出してしまった。


「代わって無いですね」

「……え?」


 頭を上げ、笑顔でそう続けるルシアナに呆けにとられた悠吾はすっとんきょうな声を漏らしてしまった。

 代わって無い……ってどういう意味ですか?

 と、ルシアナの笑顔が少し変化したのが悠吾にも判った。

 感謝とか憂いではなく……もっと感情的な何か──


「ぼぼ、僕、ルシアナさんと面識ありましたか?」

「ふふ、ありますよ、悠吾くん」


 国家のリーダーとしての顔から、どこか幼さを感じる女性の笑顔があふれだす。

 無邪気かつ気品を感じる笑顔。

 多分、こんな笑顔されたら勘違いしてしまう男は少なくないと思います。


「……会いたかった。貴方にどれほど会いたかったか」


 高鳴る鼓動を抑えるように、自分の胸に手を添え、ふうと息を整えルシアナが続けた。


美優みゆです」

「……へ?」

「覚えていません……でしょうか。私、貴方と高校で一緒だった美優みゆです」


 頬を紅潮させながら凛とした表情で見つめるルシアナに、悠吾は魂を抜かれたかのようにぽかんと口を開け、うつろな目で見つめ返すしかなかった。

 そしてその頭の中にこだましているのは、ルシアナの本名らしき美優みゆの2文字。

 高校が一緒だったって……あの美優みゆさんでしょうか。

 でもあの美優みゆさんがこんな場所に居るはずが無い。

 断じてあり得ない。


「……嘘でしょ?」

「嘘じゃありません。貴方は川で犬を助けた悠吾くんですよね」


 笑顔でそう続けるルシアナ。


 嘘じゃなかった。

 ルシアナさんは本当に……美優みゆさん?

 僕が憧れていた……美優みゆさん──


「……えええええぇえぇぇぇッ!?」


 後頭部をハンマーで殴られた様な衝撃が走った悠吾の叫び声が解放同盟軍のキャンプに響き渡る。

 その声は戦闘準備を急ぐ解放同盟軍メンバーがつい手を止めてしまうほど、狼狽に囚われた情けない男の叫び声だった。


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