第73話 合流 その1
ノイエ達と別れて直ぐに突然鳴り響いた轟音と街を赤く染める炎に小梅は思わず身を竦めてしまった。
半ば当てずっぽうで向かっていた南方から聞こえた爆音──
「まさか……悠吾が……」
その光景に小梅は思わず苦い恐怖を感じてしまった。
ノイエの制止を振り切り悠吾を助けると駆け出した小梅は、トレースギアのMAPに表示されているであろう小隊メンバーの現在位置を記す青い点を頼りに悠吾の元へ向かおうとしていた。
しかし、MAPに表示されているのは先ほどまで一緒にいたノイエとトラジオの居場所を知らせる2つの青い点だけだった。悠吾の居場所を知らせる点はどこにも見当たらない。
なんで悠吾の居場所だけ表示されないわけ?
そう苛立ちをつのらせる小梅だったが、いくらトレースギアに苛立ちをぶつけても悠吾の居場所は表示されない。彼女は聞こえる戦闘音と直感を頼りに南に向け足を進めるしか無かった。
そして小梅を鼓膜を揺らした爆発音。
それは彼女の判断が当たっていたという事と、悠吾の身に何かが起きたと言う事を物語っていた。
『悠吾……悠吾! 聞こえる?』
『……小梅、どうした? 今の爆発は何だ!?』
小隊会話で悠吾に語りかける小梅だったが、返答を返したのはトラジオだった。
やっぱり小隊会話が届いてない。
MAPに表示されるはずの現在位置が表示されず、小隊会話も届いてない。でも、EMPの時みたいに小隊から強制的に排除されているわけじゃない。
──あのジャガーノートが何かしら影響している?
トラジオの問いかけが全く耳に届いていない小梅はそのままクリスヴェクターを構え小走りに爆発が起きた方向へ向かった。
舗装されていない道を進み、2ブロックほど行った先。
崩れ落ちた家屋と開けた場所に散らばる残骸が小梅の目に飛び込んできた。
「ヘリコプター……?」
辺りに散乱している破片の中、まだ原型をとどめているヘリコプターのローターシャフト部分──
二枚重ねになっているローターを見て、それが戦闘ヘリの「Ka-52ホーカム」だということが直ぐに分かった。
多分、悠吾が撃ち落としたヘリコプターに違いない。だけど、他に戦闘音は聞こえない。ということはつまり──悠吾が付近にいる可能性が高い。
物陰に隠れていた小梅は警戒を強め、ゆっくりとKa-52ホーカムの残骸へと足を踏み出した。小さい異変も逃さないように目を凝らして付近を見渡す小梅。
そして彼女の目に崩れ落ちた家屋にもたれかかる人影が映ったのはすぐだった。
「……悠吾!」
思わず小梅が駆け出す。
ぴくりとも動かない所から、ダメージを負っている可能性がある。
まさか死んでなんかいないでしょうね。
ふと湧き上がる嫌な予感を心の中に押し込み祈るような思いで小梅がその人影に駆け寄った。
「悠……」
見つけた、と安堵の表情を浮かべていた小梅の表情が一瞬で曇った。
そこに居たのは悠吾ではなく、見たことの無いブロンドヘアーの男。
悠吾みたいに中性的な顔立ちだけど、明らかに違う。
「そいつがラノフェルだ」
「……ッ!?」
突如背後から発せられた低い男の声に小梅は咄嗟に銃口を背後へ向ける。
そこに立っていたのは小梅が良く知る男だった。
「……クマジオ!」
「お前のその直情径行な性格はどうにかしたほうがいいぞ、小梅」
呆れた様な表情を浮かべるトラジオがそう漏らした。
そう言えばさっき小隊会話で何か言ってた気がする。
てか、なんでここにクマジオが──
「見ているこちらがハラハラしてしまうぞ」
「う、うるさい! なんであんたがここに来ンのよ!?」
「ノイエに頼まれた」
「……ノイエに?」
トラジオの言葉に小梅が眉を潜ませた。
……なんでトラジオに頼むのよ。心配なら自分で来ればいいのに。そんなにルシアナが大事なわけ?
「……何か言いたげだな、小梅」
「別に」
言いたいことはあるけど、あんたに言っても仕方が無いわ。
くるりと視線をトラジオからラノフェルに戻した小梅に、トラジオは小さくため息を漏らした。
「俺が言うべき言葉ではないかもしれんが、お前達兄妹はもっとしっかりと話せ」
「……どういう意味よ」
「お互い誤解を生まないようにもっと対話をしろという意味だ」
「……ッ!」
トラジオの言葉にぴくりと小梅の動きが止まった。
「お前にも言いたいことがあるようにノイエにも有るということだ」
「ノイエに?」
言いたいことがあるって、何があるっていうのよ。
あたしや悠吾の命よりも別の事を優先したノイエの言い分って何さ。
「そんな言い訳聞きたくないわ」
トラジオに口をはさむ隙を与えないように小梅がまくし立てる。
あの廃坑の時も、そして今回も。
あたし達の命より優先させる「義務」を正当化させる言い訳なんか聞きたくない。
「言い訳ではない。彼もお前と同じように悩んでいる」
「……! そんなワケ」
そんなわけ無い。
ノイエが悩んでるわけ無い。ノイエはひとりでなんでも出来る奴なんだ。そんなノイエが悩むわけないじゃん。
と、小梅が心の中でそう叫びながら、小さく唇を噛みしめたその時だった。
原型をとどめたままちりちりと燃えていたKa-52ホーカムの残骸の一部が大きく爆ぜ、新しい残骸を辺りにまき散らした。赤く照らされた黒煙がもうもうと夜空に舞い上がる。
「……音を頼りにベヒモスの連中が集まってくる。ぐずぐずしてはいられないな」
「そうね。愚痴は脱出してから……直接ノイエに言うわ」
釈然としないけど、と言いたげな表情を小梅が浮かべる。
直情的で我儘、見栄っ張りな性格だが、素直な部分もあるな。
赤い炎に照らされる小梅の横顔を見ながらトラジオは苦笑しつつ、そう思った。
「それで、悠吾の居場所は判っているのか小梅」
「……さっきまでは判んなかったけどさ、これ見て」
「……ほう」
トラジオは気を失ったままのラノフェルの身体を背負いながら、小梅が差し出したトレースギアに視線を落とした。
そこに映って居たのは、先程までトラジオのトレースギアにも映って居なかった悠吾の居場所を示す青い点──
「悠吾の居場所か。近くだな」
「さっきまで表示されてなかったのに」
「ふむ。推測するに悠吾のジャガーノートは外部からの干渉をシャットアウトする機能があるのではないだろうか」
「あたしもそれ考えてた。小隊会話が届いてなかったもんね」
EMPの影響じゃないとすれば、考えられるのはジャガーノートしか無い。
そう考えていた小梅だったが、トラジオもまた同じ考えに至っているようだった。
「……でもちょっと待って」
トレースギアの青い点を見つめながら、小梅の脳裏に重要な事が浮かぶ。
ジャガーノートのせいで小隊会話と現在位置の情報がシャットアウトされていたとするなら──
「今表示されてるってことは、悠吾は……」
「……ああ、多分悠吾は今生身の状態だ」
「……ッ!」
それって、この状況でジャガーノートの制限時間が来たってこと──?
さっと顔から血の気が引いた事が自分でも判った小梅は、トラジオに「早く行こう」と一瞥を投げると、くるりと踵を返しトレースギアに表示されている青い点の場所へと駆け出した。
***
悠吾の居場所を示す青い点はKa−52ホーカムの墜落地点から少し南に下った場所だった。
ポイントの位置からして地上から撃ち落としたのではなく、多分上空で戦った後に巻き添えを喰らい、一緒に墜落したんじゃないか。
小梅はそう思った。
「慌てるな小梅。青いマークが発光しているということは悠吾は死んでは居ない」
「……そうだけど、いつそうなるかわかんないじゃない」
先ほどまでくすぶっていた残り火は、回りの家屋や茂みを飲み込み巨大な炎へと姿を変えつつ有った。
その炎に襲われたら一巻の終わり。
それに──
「小梅、しゃがめ」
「……ッ!」
トラジオの声にびくりと身を竦ませながら小梅が茂みの中に身を潜ませる。
そうして、トラジオと小梅の目に映ったのは1台の車だった。
近代的なデザインではなく、土色で塗装された旧式のキャブオーバー型バンタイプの車両だ。
「あれって……バス?」
「いや、あれは……ロシア製の『ワズ452』という車両だ」
「……なんか可愛いデザインね」
トラジオの説明にぽつりと小梅が返す。
ワズ452はソ連時代からウリヤノフスク自動車工場で作られている車両で、50年間変わらないデザインで今でも「ワズ-3909」という名前で日本でも購入できる丸い目が特徴のバンだ。ロシアの厳しい自然と悪路を切り抜ける為に頑丈に作られている為に軍事利用する事も多い。
「クマジオ、あれ」
「ベヒモスの連中だな」
そして、案の定ワズ452から降りてきたのはベヒモスメンバーらしきプレイヤー達だった。
想定していたとおり、ベヒモスメンバーらしきプレイヤー達はこの墜落現場に集まってきている。そして奴らの目的は俺が背負う、彼らのリーダーラノフェルに違いない。
彼らの動きに注視しながらトラジオが心の中で小さく舌打ちした。
「あいつら……増えてきてない?」
「ああ。街の外から増援が来たんだろう」
このヘリといい、事前に準備していたのかもしれない。
重装備の連中だ。それに前衛後衛両方のクラスがバランス良く混ざった小隊。戦うことになれば非常に危険な状況に陥ってしまうだろう。
周囲を捜索しはじめたプレイヤー達を目で追いながら苦い恐怖の味を感じたトラジオだったが、運が彼らに味方した。
被害状況が酷いこの近辺ではなく、別の場所にラノフェルが居ると判断したのか、プレイヤー達はくるりと踵を返すと周囲を警戒しつつ、西の方角へ向かい始めた。
「……行ったわね」
「よし、動くぞ。反応は近い」
ラノフェルを背負っている為、トラジオはハンドガンを片手で構え周囲に気を配り、小梅はリーコンスキルを使いつつ、トレースギアから悠吾の位置を詳細に確認する──
ワズ452をその場に残し、ベヒモスメンバー達が闇の中に消えたのを確認してトラジオと小梅は今まで以上に細心の注意を払いながらそろりと茂みを出た。
『悠吾……聞こえる?』
小さく小隊会話で小梅が悠吾に問いかける。
トレースギアの青い点とあたしの現在位置はほぼ重なっている。問いかけで少しでも動きがあれば……
そう思った小梅だったが、周囲にはちりちりと燃え上がる炎の音が舞うばかりで悠吾の位置を特定できるものは何も無かった。
お互い背を合わせながら進む小梅とトラジオ。
そんな小梅の目に少しづつ青みがかってきている空が映った。炎の影響かと思ったが、明らかに少しづつトットラの街の輪郭が浮かび上がってきている。
熟夜が明ける──
それはつまり、タイムリミットが近づいている事を指していた。
「どこなのよ悠吾……」
生きてるなら返事しなさいよ。
次第に焦りが見える小梅。
そして、破壊された家屋の残骸を乗り越え、かろうじて原型をとどめている木とレンガで造られたハーフティンバーの家屋に足を踏み入れた時だった。
小梅の目に飛び込んできたのは見覚えのある銃。
悠吾が使っていたプルバック式アサルトライフル、Magpul PDRだ。
「クマジオ!」
背後のトラジオに声をかけ、すかさずかけ出す小梅。
そしてその銃の直ぐ傍に横たわる、瓦礫に溶け込んだグレーのUCP柄迷彩服を着た人影を小梅は見逃さなかった。
あれは、悠吾だ──
「見つけたか!?」
「うん! 居たッ!」
すかさず滑りこむように悠吾の傍らにしゃがみこんだ小梅は、瓦礫を押しのけ悠吾の身体を引きずり出す。
がらがらと音を立てながら現れる悠吾の姿。
完全に意識を失っているその悠吾の姿に小梅は息を呑む。
「クマジオ! 悠吾の意識が無いよッ!」
ぺたぺたと身体を触り、外傷がないか確認する小梅。
体力が減っていることから多分落下ダメージを受けたんだろう。戦闘服が損傷している所は無い。
だが、意識は無い。
「落ち着け小梅。瀕死ダメージを受けているが命に別状は無い」
小梅の傍に駆け寄ったトラジオがラノフェルをその場に降ろし、落ち着いた声でそう言う。
体力が自然回復すれば意識は戻るだろう。
だが、時間が惜しい──
「小梅、キュアレーションを持っているか?」
「キュアレーション? ……あるわ!」
あわててトレースギアのアイテムポーチからキュアレーションを取り出す小梅。
「よし、俺は脱出の為にワズ452を鹵獲してくる。お前は……キュアレーションで悠吾の体力を回復させてここで待機だ」
「わかったわ。あたしはこれを……」
そう言いかけてキュアレーションを片手に持ったまま小梅はぴたりと動きを止めた。
ちょっとまって。
キュアレーションってドリンクタイプの回復薬じゃん?
「……気絶してる悠吾にどーやって飲ますのさ?」
「車での脱出だ。銃撃を受ける可能性がある。口移しでもなんでも無理やり飲ませろ」
「なっ……!?」
周囲の敵影を確認しながら、さらっととんでもないことを言うトラジオに思わず小梅は目を丸くした。
「なな、何言ってんのあんた!?」
「……? 何がだ?」
何か変な事言ったか、とでも言いたげに眉間にしわを寄せるトラジオ。
「何がじゃないわよ! 口移しって、なんであたしがやんのよ! あんたがやんなさいよクマジオ!」
馬鹿じゃないの!?
暗闇で見えないものの、自分の頬が赤く火照ってしまっていることに気がついた小梅は慌ててそう吐き捨てる。
「ああ、口移し……む、俺がか……無理だな」
「無理……って……ちょっと! 馬鹿ッ!」
頼んだぞと言葉を残し、するりと半壊した家屋から滑りだしたトラジオを引き留めようと手をのばす小梅だったが、その小さい手は虚しく空を切った。
「く、くく、口移しって……」
アレの事だよね? どう考えても。
闇の中に消えたトラジオ。
残ったのは気まずい沈黙とキュアレーションを片手に呆然とする小梅。
どうにか悠吾の口の中にこのキュアレーションを入れる方法は無いかと考える小梅だったが──他に選択肢は思い浮かばなかった。