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第72話 脱出 その7

 悠吾が動く前に目の前に浮かぶロシア製戦闘ヘリコプター、Ka-52ホーカムの30mm機関砲が轟音を響かせた。

 Ka-52ホーカムには悠吾のジャガーノートと同じように、夜間戦闘用に温度探知システムが備わっている。それはつまり、闇にまぎれてこの場を離脱することは出来ないということ──


「くそっ!」


 すかさず悠吾は地面を蹴り上げ、大きく跳躍した。

 あの30mm機関砲は電磁装甲で防御できるかもしれないけど、ラノフェルさんに当たってしまう可能性が大きい。どうにかして建物に隠れながら東へ逃げる手段を考えないと──

 そう考える悠吾だったが、Ka-52ホーカムの猛攻は途切れる事無く襲い掛かる。


 30mm機関砲に続いて放たれたのはより恐ろしい20連装80mmロケット弾だった。

 まるで雨のように連続して放たれる80mmロケットが悠吾の付近の家屋を次々と吹き飛ばし、瓦礫に変えていく。


 耳を劈く炸裂音に飛び散る瓦礫。視界は砂塵に覆い尽くされ、自分が何処に向かっているかすら判らない。

 まるで地獄の中に迷い込んでしまったかのような強烈な攻撃の中、悠吾はただ逃げるしか無かった。


「隠れても無駄ですよ。あれにはこの小さな街を更地に出来るほどの火力がありますから」


 早く消し炭になりましょうよ。

 悠吾に抱きかかえられたままラノフェルが満面の笑みを浮かべる。

 

「ルシアナさんごとやるつもりですか」

「そうなっても構いません」

「ユニオンに彼女を渡すんじゃないんですか?」


 死んでしまったらユニオンとの交渉は無くなってしまう。だからこそルシアナさんを殺さず拘束していたのでしょう?

 しかし、続けて放たれたラノフェルの言葉は悠吾が想像したものではなかった。


「残念ながらユニオンからルシアナ様の生死は問われていません」

「……なんだって?」

「いや、むしろ死んでもらって大人しくなった方が何かとやりやすいですかね」


 ラノフェルの言葉に思わず悠吾は足を止めてしまった。

 生死を問われてないなら、何故──


「何故この街に彼女を……」

「貴方達、解放同盟軍の方々を誘き寄せるための餌ですよ」

「……ッ!!」


 そう言い放つラノフェルの声がKa-52ホーカムのローター音に霞んだ。

 家屋と遮蔽物の間を小刻みに曲がりながら進んでいたために一時的にKa-52ホーカムは悠吾達を見失ってしまっていたのか、ぐんと機首をあげ来た道を戻り始めたのが悠吾の目に映る。

 これは僕達を誘き寄せ、殲滅するためのラノフェルさんの罠だったというわけですか。そして僕達はまんまと引っ掛かった──


「何故貴方は僕達がこの街に来ることを知っていたんですか」

「簡単な事です。情報屋を活用したのは貴方達だけでは無かったと言う事です」

「情報屋が……!?」


 ラノフェルの言葉に悠吾は顔を覆うフェライト装甲の中できつく唇を噛み締める。

 悠吾は相手にも情報屋が関与していたという事よりもラノフェルが言った「情報屋を活用したのは貴方達だけでは無い」という言葉に心がざわめいてしまった。

 僕達がルシアナさん救出の為に、情報屋を活用ていると言う事がわかっていると言う事はもしかしてベヒモスに情報を売ったのは──


「ひょっとしてパムさんが……」


 疑心に駆られた悠吾だったが、続く言葉をぐっと喉奥に押し戻した。

 いや、違う。情報屋のメンバーはパムさんだけじゃない。いくら金で情報を売る情報屋とはいえ、自分のクライアントの情報を売る事はさすがにやらないはず。そんなことをすれば情報屋としての信用を落としてしまうことになるからだ。

 別のメンバーが情報収集に当たったと考えたほうが正解だろう。


「流石は情報屋というべきですよ。来るタイミングと人数……流石に戦術まではわかりませんでしたが、貴方達4人でくるとなれば自ずと戦術も絞られてくる」


 そして情報通りに現れた貴方達はこちらの罠にまんまとかかってくれた。

 そう言い放つラノフェルの言葉が引き寄せるように、悠吾の耳にKa-52ホーカムの足音が擦り寄ってくるのが判った。


「……罠であれ、なんであれ僕は貴方を連れてこの街を脱出してみせます」

「不可能です。呼んだ増援はあの1機だけじゃあありません。直ぐにこの街は私のクランメンバー達によって包囲されます」


 チェックメイト間近というわけですよ。

 ノイエの勝利宣言とも取れるその言葉を聞いた悠吾は──両手を合わせ天を仰いだ。


 ──考えろ。

 こんな状況でも覆せる何かがあるはずだ。

 ジャガーノートの残り時間はもう僅かだ。このままここでKa-52ホーカムの相手をすれば、ノイエさん達と合流する前にジャガーノートは消えてしまう。

 だけど、Ka-52ホーカムを無視して東へ離脱したとすればもちろんKa-52ホーカムと、他のベヒモスメンバー達が追ってくる事になる。運が良ければノイエさん達と合流できるかもしれないけど、ほぼ間違いなく途中でジャガーノートが消え、生身でKa-52ホーカムから逃げる事になる。

 途中で切れる事を覚悟で全力で東へ逃げるか、それともここでヘリと対峙するか──


「……判りました」


 結論に至った悠吾はゆっくりと合わせていた両手を降ろした。

 方法はひとつしか無い。

 ここでKa-52ホーカムを倒す。


「あの化け物と戦うつもりですか? フフ、せいぜい足掻いて下さい。最後に勝つのは私達です」

「そうはさせませんよ。僕達も……そして貴方達ラウルプレイヤーも全員助けて見せます」

「……私達も? ……一体どういう意味ですか?」

 

 思いもしなかった悠吾の言葉にラノフェルはどこか呆れた様な表情を浮かべた。

 貴方達を殺そうとしている私達を──助ける?

 その真意を問おうとしたラノフェルだったが、空気を破裂させた様な乾いた音とともに腹部に激痛を感じた。

 それが悠吾が握るハンドガンM9ベレッタから撃たれた弾丸によるものだと判ったのは直ぐだった。


「な、何を……」

「貴方には少し眠ってもらいます。今打ち込んだのは睡眠効果がある特殊弾です」


 冷静にそう言う悠吾だったが、がくんと減ったラノフェルの体力ゲージを見て肝を冷やしてしまった。

 そうだ、ラノフェルさんは生産職である薬師ディスペンサーだった。ハンドガンでも致命傷に成りかねないくらいの体力しか無かったのか。

 腹ただしさから、頭に撃っちゃおうかと思ったけどやめといて良かった。


『ジャガーノートオフラインまで後30秒』


 ラノフェルの瞳がとろんと落ち、その場に崩れ落ちた時と合わせて、悠吾のトレースギアが残り時間を告げた。

 あと30秒。……十分行ける時間だ。

 次第に大きくなりつつあるKa-52ホーカムの爆音を背に受け、悠吾はそう思った。


「いきますよ……ッ!」


 Ka-52ホーカムの80mmロケットによって半壊した目の前の建物の屋根上へ向け、悠吾が跳躍する。

 そして壊れかけた屋根上へ着地する瞬間、ぼんやりとディスプレイにトラジオと小梅達が居るであろう教会が映った。

 ラノフェルさんは増援を呼んで街を包囲すると言っていた。

 小梅さん達はうまく脱出出来ただろうか。


 ふとそんなことが悠吾の脳裏に浮かぶ。


 ずどんと両足に着地の衝撃が伝わり、ぐらりと屋根が崩れかけた瞬間、もう一度跳躍すべくジャガーノートの背に設けられた小型のスラスターが悠吾の身体を重力から解放する。

 再度宙を舞う悠吾の目に飛び込んできたのは、頭をこちらに向けるKa-52ホーカムの姿。


 一時的に悠吾を見失っていたKa-52ホーカムはすでに彼の姿を捉えていた。

 30mm機関砲が宙を舞う悠吾の身体を追い立て、別の建物へと着地する瞬間をねらい80mmロケットが斉射された。

 狙いすましたかような攻撃。着地した瞬間はジャガーノートの機動力を持っても躱すことは出来ない。

 咄嗟にそう判断した悠吾は機動力ではない別の防御行動に移った。


『EXACTO起動』

『EXACTOを起動しました。ターゲットをロックオンします』


 そう答えるトレースギアの声と共に、目前にせまる80mmロケットに赤いマーキングが光り、即座に悠吾の背から白い尾を引いた50口径の超小型ミサイルがぱしゅんと広がった。

 

『ジャガーノートオフラインまで後20秒』


 トレースギアのアナウンスと共に悠吾の目前で激しい爆発が幾つも舞い上がる。まるで悠吾の目の前に見えない盾があるかのように広がった50口径の超小型ミサイルが、迫り来る80mmロケットを漏らさず撃ち落としていた。


 だが、Ka-52ホーカムの両小翼スタブウイングに装備されている20連装のロケットポッドが発射する80mmロケットは咆哮をあげつづけた。

 圧倒的な猛攻に次第に1発、更にもう1発と見えない盾をすり抜け、悠吾の脇に着弾し始める。

 そして──


『EXACTOオフライン』


 ついに見えない盾がその終わりを告げた。

 闇の中にもうもうと立ちこめる白煙を切り裂き、息を吹き返したかのように80mmロケットが悠吾の身体を襲う。

 だが──


「……今だっ!」


 爆風で吹き飛ばされそうになりながら、ぐっと両足で踏ん張っていた悠吾は80mmロケットが届く瞬間、もう一度屋根を蹴った。

 白煙と80mmロケットの残骸が舞い上がっている屋根上で、突如跳躍した悠吾に瞬間的にKa-52ホーカムは悠吾の姿を見失ってしまう。


 悠吾が狙っていたのはこの瞬間──

 放った50口径の超小型ミサイルは、自分の身体を80mmロケットから守るものではなく次の攻撃に移るための時間を作るためのものだった。


 空高く舞い上がった悠吾はそのまま眼下のKa-52ホーカムに向け落下を始める。背中のスラスターを逆噴射させ落下速度を上げた悠吾は赤く光る眼光を尾のように引き連れながら彗星のごとくKa-52ホーカムの機体を捉えた。


 Ka-52ホーカムのコクピットスクリーンの前方へ着地した衝撃で大きく傾くKa-52ホーカム。

 そして悠吾の目に映ったのは、何が起きたのか状況を把握できず、恐怖に歪むKa-52ホーカムのパイロットの姿だった。

 このままでも墜落する可能性は高い。だけど、一気に終わらせる。

 そう考えた悠吾は、すかさず左手を機体に突き刺し身体を固定した後にパイロットにガトリングガンXM214の銃口を向けた。


『ジャガーノートオフラインまで後10秒』


 トレースギアの声が悠吾の耳に届く。そしてその声と同時に悠吾はXM214の引き金を引いた。

 銃身がゆっくりと回転し始め、そして雷鳴の如き射撃音とともに秒間100発の弾丸がパイロットを襲う。

 雷鳴とともに、闇夜の空に赤く瞬くKa-52ホーカムの姿が浮かび上がった。


「……ッ!」


 パイロットは悲鳴すら上げる事が出来なかった。

 至近距離からのXM214の斉射──

 その斉射にパイロットは座席ごと吹き飛び、XM214の弾丸はKa-52ホーカムのボディを貫通し眼下の家屋の屋根を破壊した。


「仕留めた……ッ!」


 さらにがくんと機首が下がり、くるくると回転しながら落下を始めたKa-52ホーカム。

 まだ時間は数秒あるはず。あとは、脱出するだけ。

 そう思った悠吾だったが──


「……あれ?」


 左手に力を込め、固定するために突き刺した左手を抜き取ろうとするが、びくともしない。

 

「嘘でしょ!?」

 

 両足を踏ん張り、背を反らせながら全身の力を使って抜き取ろうとするが、むなしく空回りするアクチュエーターの歯ぎしりのような振動が身体に伝わってくるだけだ。

 ヤバイ。落ちる──

 機体に左手が刺さったまま、ぐるぐると回りながら近づいてくる地面を悠吾は蒼白の顔で見下ろすしかなかった。


『ダークマター残量ゼロ。ジャガーノートオフライン』


 数秒後、悠吾の耳にその言葉が届いた瞬間、悠吾の身体を凄まじい衝撃が襲った。

 そして、墜落したKa-52ホーカムの爆炎がトットラの街を赤く染め上げる──


 爆炎に吹き上げられ、すうと背中に冷たい風を感じた悠吾は呻き声を上げる暇もなく残骸の中へその意識とともに姿を消した。

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