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第70話 脱出 その5

『ジャガーノートオフラインまで80秒』 


 教会の屋根上から跳躍し、地面に着地した瞬間トレースギアがそうアナウンスを出した。

 残り時間は1分と少し。このままラノフェルさんを追って拘束した後に東のランディングポイントへ行く──

 問題なく行けばランディングポイントの途中でジャガーノートがオフラインになる位だろうけど油断はできない。

 廃坑で戦ったワルキューレと違い、相手は小国とは言えランキング1位のクランだ。彼らとの戦闘状態でジャガーノートが消えればそれは即、死を意味する。


 だが、1秒でも早くラノフェルの身柄を拘束しようと考えた悠吾の前に早速問題が立ちはだかってしまう。


「……何処に行った?」


 念のために身を低く構え、周囲の状況を確認するが、人影は全く見えない。

 何処かに隠れたんだろうか。あまり時間が経って居ないから、そんなに遠くに行っては居ないだろうけど、辺りには身を潜めることが出来る場所は沢山ある。

 茂みの中、木箱の影、家屋の中……

 暗視装置ノクトヴィジョンで周囲の状況が鮮明に判るとは言え、隠れてしまえば暗視装置ノクトヴィジョンに映る事はない。それらしき場所を一箇所づつ調べていくかと一瞬考えた悠吾だったが、その考えは即座に却下した。

 時間がかかりすぎる。そんなことやっていたら調べている間にジャガーノートがオフラインになってしまう。


「失敗したな……ジャガーノートの機能をチェックしておくべきだった」

 

 ジャガーノートに偵察ドローンや小梅さんのリーコンスキルのような周囲を索敵できる機能があったかもしれない。

 そう己に悔いながらも、このまま時間を無駄にするわけには行かないと、悠吾はディスプレイに表示されている様々な情報に目を通した。

 ガトリングガンのXM214に廃坑で使った超小型ミサイルシステムのEXACTO……

 と、廃坑での戦闘時には無かったとある文字が悠吾の目に映った。

 

『VSAT……システム……?』


 前回の戦闘では文字が黒く落ち、利用出来なかった装備の1つが今回使えるようになっている。

 そう言えばあの時からレベルが上がっていたから、アンロックされたのだろうか。VSATシステムって確か衛星を介した通信システムの事だ。

 この世界に通信衛星があるのかよくわからないけど、もしかすると衛星写真で周囲の状況とかが分かるのかもしれない。

 そう考えた悠吾は、訝しげな表情を浮かべつつVSATシステムの起動指令を出した。


『VSATシステム起動……衛星とアップリンク確認。周囲のプレイヤー位置を補足します』

「……おおっ!?」


 これは正に棚から牡丹餅とでも言うのだろうか。

 トレースギアから発せられたそのアナウンスと共に、喉から手がでるほど欲していた周囲のプレイヤーの位置がディスプレイ状に表示された。

 壁を透視しているような感覚で、家屋の中に青い影がぼんやりと浮かぶ。

 ……凄い。偵察ドローンやリーコンはトレースギアに大体の位置を表示するくらいだったけど、VSATシステムはリアルタイムで視覚に直接敵の位置を表示するのか。


 数にして4名程。問題なく行ける。

 そう思った悠吾は、すかさず右手のXM214を構え、もう一度跳躍した。

 ぐんと周囲の風景が歪み、4つの影が潜む家屋へと接近し、そのまま壁を突き破る──


「……ッ!!?」


 家屋の中に突如現れた黒い影。

 辺りに飛び散る壁面の残骸の中、まさか場所を特定されるとは思っていなかったのか、目を丸くしているプレイヤー達の表情が悠吾の目に飛び込んで来た。

 必要最低限とも言える3人の護衛。そしてその向こうに見えるのはクランマスター、ラノフェルの姿。


魔術師ワーロック!!」

 

 しかし、準備していたと言わんばかりに悠吾の姿を見たラノフェルが即座に指示を出した。

 視界に映ったのは先程教会で攻撃力に特化したタンデム弾道を装着した対戦車ロケットを放った魔術師ワーロック

 その姿に背筋が凍りつき、言葉にならない恐怖が悠吾の心を逆撫でする──


「喰らえッッ! 化け物ッ!!」

 

 それは時間にして1秒程のわずかな時間だった。

 魔術師ワーロックの姿に、即座に悠吾がXM214の銃口を向けるが、それよりも早く魔術師ワーロックが成形炸薬弾を2段重ねにしたタンデム弾頭を発射した。

 凄まじい後方噴射バックブラストと発射音が狭い家屋の中に響くと、その弾頭は間を置かず悠吾の目前に迫る──


「……ッ!!」


 思わず両目を閉じる悠吾。

 そして次の瞬間、これまでに体験したことの無いほどの衝撃が全身を駆け巡ると、火薬のツンとした匂いと共に瞼の隙間から黒い破片が飛び散ったのがかすかに見えた。


「……ぐっ!! まだだっ!!」


 その衝撃で悠吾は意識が一瞬遠のき崩れ落ちてしまいそうになってしまったが、気力でなんとかその場に踏みとどまった。

 ラノフェルさんは目の前だ。こんな所で気を失っている暇は無い。


『警告。外骨格耐久度54%。電磁装甲チャージ中。システム再起動まであと5秒』


 ディスプレイに嫌でも目に映る赤いアラートが表示された。

 やっぱり想像していたとおりあの弾頭は電磁装甲を貫通した。もう一撃喰らってしまったら……終わりだ。


「効いているっ! もう一撃ですッ!」

「うぉおおぉッ!!」


 ラノフェルの声と同時に魔術師ワーロックの叫び声が轟く。

 リロードが完了するまでの間、魔術師ワーロックは足元から這い上がってくるこの「黒い悪魔」への恐怖に思わず声を挙げずには居られなかった。

 だが、それは漆黒の装甲で身を包む悠吾も同じだった。


「さ、させるかッ!!」


 それをもう一度喰らうわけにはいかない。

 悠吾も同じく叫びながら、今度はこちらの番だと言わんばかりに魔術師ワーロックの対戦車ロケットがリロードが完了する前にXM214の引き金を引いた。XM214が悪魔の呻き声のようなモーター音を挙げ、高速回転する6つの銃口から嵐の様な銃弾が雷鳴を轟かせながら放たれる──


「……がぁっ!!」


 芯に響く射撃音と、薬莢がまるで降り注ぐ雨の様に地面に落下する音の合間を縫い、プレイヤー達の断末魔が屋内に響き渡った。

 間一髪ラノフェルは身を伏せ難を逃れたが、護衛の3人のプレイヤー達はいくつもの弾痕を身体に穿たれはじけ飛んでしまう。


「一体……」


 一体何なんだこの黒い化け物は──

 最後の護衛達をいとも簡単に退けられ、焼けるようないらだちに苛まれてしまったラノフェルだったが、即座に彼のメインウエポンである短機関銃サブマシンガンのUMP45を構える。

 狙うは先ほど対戦車ロケットの攻撃で剥がれた装甲部分。

 アイアンサイトで狙いを定め引き金を引く。

 だが──


「……捉えたぞっ!」

「ぐっ!」


 ラノフェルが引き金を引く前に悠吾はUMP45を左手で弾き飛ばし、そのか細い首を右手で無造作に掴みあげると、勢い余ってそのまま握りつぶさないよう細心の注意を払いながらそのままラノフェルを地面に押し付けた。


「私を殺しても意味はないですよ。貴方達と違い、マイハウスに戻って終わりです」

「殺すつもりは無いです。貴方には一緒に来てもらいます」

「……なんだって?」


 苦悶の表情を浮かべつつ、ラノフェルは二の句を継ぐことを忘れてしまった。

 私を殺すつもりは無いとはどういう意味だ。


「貴方が予定しているユニオンとの会合に僕を同席させてもらいます」

「……?」


 悠吾の言葉の意図が読めないラノフェルは思わずきょとんとした表情を見せる。


「時間はそうありません。このまま貴方を拘束させて……」


 頂きます。そう言いかけた悠吾の言葉を切り裂くように、突如トレースギアの警告が響いた。  


『警戒。飛行型機械兵器ビークルが接近中』

「……へ!?」


 今度は悠吾が気の抜けた声を漏らしてしまった。

 警戒……? 機械兵器ビークル

 接近の警告って……今までそんな警告、発したこと無かったですよね?


 トレースギアの警告に、つい猜疑深い表情を浮かべてしまった悠吾だったが、次の瞬間言葉にならない圧迫感が悠吾を襲った。

 トラジオと出会った林と廃坑で味わった嫌な圧迫感。

 それはもう何度も経験した、凶悪な機械兵器ビークルが現れる時に感じる圧迫感だった。


「……ははっ、どうやら間に合ったようですね」

「どういう事です?」

「この時を待っていたと言う事ですよ」

 

 きゅうとラノフェルが冷酷な笑みを浮かべた。

 そして、その微笑みと同時に、悠吾の目に信じられない光景が飛び込んできた。


「なっ!?」


 ふと周囲に視線を送った悠吾の目に映ったのは、いつの間にかこちらに銃を向けているベヒモスメンバーの姿──

 だが、悠吾へ銃口を向けるそのプレイヤー達は、増援として来たプレイヤーではなく……先ほど悠吾がなぎ倒したプレイヤー達だった。


「ど、どういう事だっ!?」


 確かに彼らの体力はゼロになっていたはず。

 今起きた状況にわけも分からず悠吾は即座に身をひねり、人質だと言わんばかりに右手で掴んだラノフェルを彼らの前にさらけ出した。

 リスポン出来るラノフェル達にとってそれは脅しでもなんでもないと言う事は判っていても身体が勝手にそう動いてしまうほどに悠吾は動揺してしまっていた。


「僕の事をよく知らなかったみたいですね。僕はラウルで1番狡猾な薬師ディスペンサーですよ?」

薬師ディスペンサー……」

「彼らに使ったのは致死ダメージを受けた時、一度だけ体力が10%残る『アーティファクトアイテム』です」


 表情は見えないものの、ラノフェルが勝ち誇った様な表情を浮かべているのがその声色ですぐに分かった。

 つまり、一度だけ死を免れるアーティファクトアイテム──

 僕のジャガーノートと同じ、アーティファクトの名を持つレアアイテムと言う事ですか。

 

「皆、私もろとも彼を撃ちなさい。それで彼らの目論見は崩れます」

「……クソッ!!」


 ラノフェルの言葉に目の前のプレイヤー達の指に力が篭ったのが直ぐに分かった。

 電磁装甲のチャージは終わっているからダメージは受けないだろうけど、ラノフェルさんがやられてしまえば計画はそこで終わりになってしまう。


 そう考えた悠吾は彼らが引き金を引いた瞬間、ラノフェルの身体を守りながら全力で地面を蹴りあげた。

 彼らの銃撃を逃れるのは上しか無い。

 だけど、その上には──


「……ははっ、無理ですよ。もう貴方達は逃れる事は出来ません」


 屋根上に踊りでた悠吾の目に映った絶望。

 そこに居たのは凶悪な牙を持つ捕食者の姿。


 悠然とトットラの街の上空に舞っていたのは、トラジオと初めて出会ったあの林で見たロシアの攻撃ヘリコプター「Ka-52ホーカム」──

 薄白くなった夜空から放たれた一筋の冷たい風が空に浮かぶ捕食者の唸り声と共に、ひゅうとまるであざ笑うかのように悠吾の足元を吹き抜けていった。

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