第69話 脱出 その4
チェーンソーのような凶悪な射撃音が通路に響き渡った。
誰を狙ったというわけではないが、もちろんラノフェルには当たらない様に周囲で銃口をこちらに向けるプレイヤー達を中心に──
「ぐあッ!」
悠吾の放つ5.56mmNATO弾はプレイヤー達の胴体を撃ちぬき、通路の壁にまるで蜂の巣の様な弾痕を残していく。
一秒間に100発もの弾丸を放つガトリングガン「XM214」に撃ちぬかれたプレイヤーは、その壁面と同じように身体に幾つもの銃傷を作り背後に吹き飛んでいった。
「反撃! 奴を近づけるなッ!」
プレイヤーの1人が叫ぶ。
そしてその声と同時に、残ったプレイヤーの銃口が火を噴き、悠吾の身体を幾つもの衝撃が襲った。
「ぐっ……!」
その衝撃に思わず悠吾は苦悶の表情を浮かべる。
ラウルのトップクラン達が放つ弾丸は、正確に悠吾の身体を捉え、確実にヘッドショットを狙ってくる。
だが、衝撃は感じるもののジャガーノートを纏った悠吾にダメージを与える事は出来なかった。
『外骨格耐久度99%。電磁装甲65%』
トレースギアのアナウンスと同時に、悠吾の目の前に投影されたディスプレイにジャガーノートの外骨格を覆う電磁装甲の残量が表示される。
ダメージは無い。ちょっとビックリしたけど、彼らの弾丸は電磁装甲を貫通していない。このまま行ける──
そう判断した悠吾は、目的であるラノフェルの拘束の為に彼らに向け地面を蹴りあげた。ばきんと地面がえぐれたと同時に背後のスラスターが火を吹き、悠吾の身体を黒い鉄の弾丸へと変貌させる。
即座に彼らの姿が目前に迫るが──
「わっ!!」
目前に迫ったベヒモスプレイヤー達の姿が背中に消え、今度は彼らの背後にあった壁面が迫る。
そして同時に、全身を襲う凄まじい衝撃──
ラノフェルの姿を捉え、突進した後につかもうとした悠吾だったが、ラノフェルの背後の壁を貫通し、壁向こうの部屋へと飛び込んでしまった。
もう少し力を弱めるべきだったかな。
まだジャガーノートの制御が上手くできていない。
「ラノフェルさん、今のうちに!」
プレイヤーの声が悠吾の耳に届いた。
このまま逃げるつもりだ。
だけど、そうはさせない。
暗視装置で浮かび上がった姿を追うように、悠吾は再度地面を蹴る。
スラスターが弾き飛ばす空気に舞い上げられた埃と壁の破片が辺りを覆った。
「また来たぞっ!」
「くッ! 魔術師!」
再度壁を貫き、低い姿勢のまま通路に飛び出した悠吾の赤く光る目の残像を見たプレイヤーとラノフェルが同時に叫んだ。
そして同時に見える、対戦車ロケットを構える魔術師の姿。
あれはRPG-7……いや、あれは、成形炸薬弾を2段重ねにして、より大きなダメージを与えるように設計されたタンデム弾頭のRPG-29かドイツのパンツァーファウスト3──
取り回しよりも攻撃に特化したあの弾頭は電磁装甲でガード出来ないかもしれない。
そう考え、悠吾が瞬時に身を逸らしたと同時にその弾道は悠吾の身体に向け放たれた。
「ううッ!」
ぱしゅんと後方噴射が見えたと同時に目前まで迫ったタンデム弾頭は──悠吾傍をかすめた。
正に間一髪だった。悠吾の脇をかすめたタンデム弾頭はそのまま悠吾の後方へ向かい、壁面を吹き飛ばした。
「あ、危ない……ッ!」
でも、かすめた弾頭に肝を冷やしてしまったけど、ダメージはゼロで済んだ。
背後からの爆発の衝撃を全身で受け、思わずつんのめってしまう悠吾だったが、画面に表示されている耐久度の残量に変動が無いことを確認し、もう一度ラノフェル達へと視線を戻した。
が──
「……あれっ?」
粉塵が舞い上がる通路の向こう、先ほどまで居たラノフェルのプレイヤー達の姿が無い。
辺りに居るのは光の粒になり、消え去る前のプレイヤー達の死体だけだった。
「逃げられた!?」
さっきの弾頭は最初から当てるつもりは無かったと言うことか。
失敗したと顔をしかめる悠吾だったが、即座に頭上に向け跳躍する。
このまま逃す訳にはいかない──
倍増した脚力と背中のスラスターで推力を得た悠吾の身体は黒い影となり、赤い光を連れながらまるで発泡スチロールを壊すかの如く簡単に天井を貫き、屋根上へと踊り出た。
「……居た!」
屋根上から見下ろす悠吾の目に映ったのは、教会を抜け出し、南へと下る幾人ものプレイヤーの姿。そしてその中に見えるラノフェルの姿──
そして作戦を練るまでもなく、彼らを追うために再度跳躍する悠吾。
だが、南へと逃げるラノフェル達が恐ろしい増援を呼んだ事など悠吾は知る由もなかった。
***
まるで巨大な地震が来たのではないかと錯覚してしまうほどの強烈な揺れが教会を襲う中、トラジオは眠るルシアナを背負い教会を脱出する為の行動に移っていた。
『ノイエ、そちらへルシアナを連れて合流する』
『了解しました。教会の北側に居ます』
トラジオの声にノイエが即座に返答した。
だが、合流するとは言ったものの周りにはベヒモスの連中が犇めいている。普通にこの部屋を出て潜入した場所から出るのは愚の骨頂だ。
と、部屋の窓から眼下を見下ろすトラジオの目にベヒモスメンバー達の動きが見えた。
辺りで警戒していたプレイヤー達が一斉に同じ方向へ走り出す。
向かっているのは南か。察するにラノフェルが南に逃げ、それを追った悠吾を仕留める為に全員が動いたと言う事だろう。
今なら脱出出来る──
『奴らが動いた。脱出する』
『こちらからも確認できました。奴らは南に向かっていますね』
『悠吾がラノフェルを追っている。想像するに、ラノフェルが南へ逃走したのだろう』
『悠吾くんを援護する必要は?』
ノイエの声を聞きながらトラジオは部屋の扉をゆっくりと開くと、周囲を警戒する。
いったいどんな戦闘をしたのだろうか。壁一面に穿たれた弾丸の跡と、吹き飛んだ壁面。
『必要無いと思う。俺たちが考えるべきはルシアナの安全と東への脱出方法だろう』
『悠吾に小隊会話は届いてないわけ?』
小梅の声がトラジオとノイエの会話を遮った。
そう言えばあの時、ジャガーノートを纏った時を最後に悠吾からの応答は無い。あのアーティファクトは外部からの干渉をすべて遮断するのだろうか。
ルシアナを背負ったまま片手でハンドガンを構え、ゆっくりと半壊した通路を進むトラジオはそう思った。
『届いてはいないようだ。奴の姿も見えない』
『こちらからも黒い影が南へ向かったのが見えた。あれがジャガーノート?』
『ああ。俺も初めて見たが黒い外骨格で身体が覆われていた。ノイエが見た影は悠吾だろう』
そう言いながらベヒモスメンバーと接敵した階段までトラジオは進んだ。不気味な程静まり返った教会内。
悠吾の偵察ドローンも小梅のリーコンも無く、周囲の状況は全く判らん今はこのまま階段を降りて会衆席を通るのは危険かもしれない。
そう思ったトラジオは崩れ落ちた階段の壁面から上半身をのぞかせ、周囲を見渡す。深い闇に覆われているが、トレースギアの光が2つぼんやりと浮かんでいるのが微かに見えた。
ノイエと小梅か。
会衆席から行くよりも、ここから脱出したほうが安全かもしれない。
『外に出る。援護してくれ』
『了解した』
ノイエの返答にぽんと地面を蹴ったトラジオは宙に舞った。
それほど高くない場所だ。地面に落下してもダメージは受けないだろう。
暗闇の中、多少恐怖はあったもののずしんと全体重が両足にかかり足裏から感じる地面の衝撃にトラジオはふと安堵の表情を浮かべる。
想定通り、ダメージは無い。
トレースギアで体力を確認したトラジオは即座にハンドガンを片手で構え周囲を警戒した。
『ノイエ、こっちだ』
闇の向こうから近づいてくるトレースギアの明かりを確認したトラジオが場所がわかるようトレースギアを付けた左手を掲げぶんぶんと大きく振った。
彼らと同じように、トレースギアの光でこちらに気がつくはず。
そしてその思惑通り、2つのトレースギアがこちらに向け駆け出したのが判った。
が──
『……? クマジオ、あたし達まだ教会に着いてないよ?』
『……何?』
小梅の声にトラジオが掲げる左手をぴたりと停めた。
待て。
まだ小梅達が到着して居ないのであればあのトレースギアの光は──
「……!! 貴様ッ!!」
突如発せられたその声にトラジオは自分の心臓がどくんと跳ね上がったのが判った。
闇の中から現れたのは、ノイエ達ではないラウル特有の赤土テラロッサでの迷彩効果を高くする為の、赤い柄の戦闘服を着た2人のベヒモスプレイヤー達──
「くっ!」
即座にトラジオはハンドガンの引き金を引き、威嚇射撃を行った。
乾いた発泡音が数発、闇の中に木霊した。
『トラジオさん!?』
銃声が聞こえたのか、ノイエの慌てた声が小隊会話で届く。
『失敗した! 2人のプレイヤーと接敵した! 援護頼む!』
『判りました! 小梅、先に行けッ!』
『了解!』
小梅の声が聞こえると同時に、目前のプレイヤーの銃口から発射炎が噴き上がったのがトラジオの目に映った。
発光する曳光弾とはいかないものの発射された弾丸は黄色い光をまといトラジオを襲う。
この暗闇の中、こちらの姿を捕らえることは難しいだろうと思っていたトラジオだったが、次の瞬間、左大腿部を中心に熱いとも言える激痛が全身を駆け巡った。
それが目の前のベヒモスプレイヤーが放つ弾丸による物だと気がついたのは、続けざま左わき腹に激痛が走った時だった。




