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第68話 脱出 その3

 まるで空中から獲物を狩る猛禽類の様に、窓の外から弾丸を放つ飛行ドローンはベヒモスメンバー達を薙ぎ払っていった。

 音から察するに、飛行ドローンが装備しているのは9mm口径のマシンピストルを改良した物だろうか。9mmだとしたらハンドガンと同じ弾薬だから、一発一発はそれほどのダメージは与えることが出来ないだろうけど、凄まじい射撃速度がそれを補っている──

 まるでレーザーのように発光する弾丸が連なっている飛行ドローンの射撃を目の当たりにした悠吾は思わず身をすくめてしまった。


「悠吾、制圧射撃を!」

「了解ですっ!」


 飛行ドローンの射撃を援護するように、トラジオと悠吾は即座に射撃を開始した。

 あるものは飛行ドローンの凄まじい射撃の前に吹き飛び、またあるものはトラジオと悠吾の弾丸の前に倒れる。

 先ほどライオットシールドを装備した小隊パーティの盾役を倒された為に、弾丸を防ぐすべが無いベヒモスのプレイヤー達はただ逃げ惑うしか無かった。

 

魔術師ワーロック! 飛行ドローンをやりなさいッ!」

「し、しかし、ラノフェルさんEMPがまだ……」


 苦し紛れの指示を出すラノフェルに魔術師ワーロックのプレイヤーが顔をひきつらせた。

 先ほど発動させたEMPによってベヒモスメンバー達もトレースギアの使用を封じられている為に飛行ドローンに対する有効な攻撃方法ではない銃による攻撃を行うしか無かった。

 ここに来て自ら放ったEMPが仇になるなんて。

 飛行ドローンが来るとは思ってもいなかったラノフェルは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。


「くっ、後退しますよ!」


 次々に倒れていくメンバーに、分が悪いと判断したラノフェルが後退の指示を下した。 

 多少メンバー達への被害は予想していたけど、ここまでの被害が出るとは。一旦引いて教会を包囲した後、増援を待って教会ごと潰してあげますよ。


「奴が逃げるぞ悠吾!」

「くそっ!」


 ベヒモスプレイヤー達に守られるようにして部屋から出て行くラノフェルの姿が悠吾の目に映る。

 逃すわけには行かない。だけど、このまま突っ込む事わけにもいかない。

 後退しつつも射撃を加えてくるベヒモスメンバー達に足が止まってしまう悠吾とトラジオ。

 と、その時──


「何だッ!?」


 ぽんという小さい発射音が悠吾の耳に届いたと思った次の瞬間、ぶわりと辺りに乳白色の煙が立ち込める。それが飛行ドローンから発射された煙幕だということに悠吾が気がついたのは、2発目の煙幕弾を発射する姿が視界の端に見えた時だ。


「煙幕!?」

「……良し、動くぞ悠吾!」


 突如部屋を覆った煙幕に怯んだのかベヒモスメンバーの射撃音が止み、彼らの姿が煙の向こうに消えた事を確認したトラジオが叫ぶ。

 

「了解です! でも……」


 ルシアナさんを外に連れて行くか、それともラノフェルを追いかけるか。

 悠吾は決めかねていた。


 飛行ドローンのお陰でラノフェルさんは下がった。だけど増援を呼び、体勢を立て直してまた攻撃に転じてくるかもしれない。

 トレースギアが使えず、ノイエさんとも合流できていない今、深追いするのは危険すぎる。

 ルシアナさんを連れて脱出する事を優先すべきかもしれないけど、ラノフェルさんを逃がす事はつまり勝ち目の無いユニオンとの戦いが始まると言う事になる──

 攻めるべきか守るべきか。

 八方ふさがりな状況で、解決の糸口を探しながら悠吾が二の足を踏んでいたその時だった。


『貴方はプレイヤーから小隊パーティの招待を受けています。承諾しますか?』

「……ッ!?」


 これまで沈黙を続けていたトレースギアが突然いつもの冷ややかな声を放った。

 これは小隊パーティの招待を受けている事を告げるアナウンス?

 

「トラジオさん! 今……!」

「ああ、俺のトレースギアからも聞こえた!」


 トラジオが即座に返す。

 ということは僕だけじゃなく、トラジオさんのトレースギアも復活しているということだ。小隊パーティに招待しているのは多分ノイエさんか小梅さんだろう。


 そして、小隊パーティに招待できると言うことは、EMP効果が切れたと言う事──


『……悠吾ッ!?』

『小梅さん!』


 復活したトレースギアに表示されていた「承諾」のボタンをタップした瞬間、悠吾の仮説を裏付けるかのように小梅の声が悠吾の耳に届いた。

 時間にして1時間も経ってないはずなのに、しばらく耳にしていない気がする小梅の声に悠吾は何処か懐かしさを感じてしまう。

 

『やった! トレースギアが復活したみたいよノイエ!!』 

『悠吾くん、トラジオさん、僕が送った飛行ドローンはもうすぐ弾切れになってしまう。今のうちにルシアナと脱出を……』

『待ってくださいノイエさん!』


 小梅に続き、脱出を促すノイエの言葉を悠吾が遮った。


『ラノフェルさんの拘束がまだ出来ていません! このまま彼を追います!』

『もう無理だ悠吾くん! ベヒモスの連中は教会を包囲しつつある』

 

 このままだと東への退路を絶たれてしまう。

 そう叫ぶノイエだったが、悠吾は引き下がる訳には行かなかった。

 このままラノフェルさんの身柄を確保せずに脱出するわけには行かない。


『……方法は、あります』

『なんだって?』


 思わずトラジオが眉をひそめながらそう返した。

 すでに部屋からラノフェルは姿を消している。追いかけるにも、護衛の連中の攻撃を受けながらになってしまうだろう。いま追いかければノイエが言うように、包囲されてしまうだけだ。


『待て悠吾、一体どうやってラノフェルを……』

『トラジオさん、ルシアナさんを連れてノイエさんと合流して下さい』


 未だ簡易ベッドの上で眠るルシアナへと視線を送りながら悠吾が言う。


『ノイエさん、トラジオさんと合流したら東へ』

『ちょ、ちょっとまってよ! あんたはどうすんのさ!?』


 小梅の言葉を聞きながら、ルシアナの傍から窓際へ移動して悠吾は眼下を見下ろした。

 外には幾人かのベヒモスメンバーらしきプレイヤーが居る。西側へ向かったであろうベヒモスメンバー達はまだ集合していないように見える。

 トラジオさんとノイエさんが居れば、脱出は出来るはず。

 

『……僕はラノフェルさんを追います』


 そう言って悠吾はトレースギアを起動した。

 そして、迷う事なく開いたのは、アイテムポーチ──


『悠吾、お前まさか……!』

『何、何なのよ!? 悠吾! クマジオッ!!』


 ちゃんと説明しなさいよ!

 怒号にも似た小梅の声が響く中、悠吾は拳を突き上げたマークがついたアーティファクトアイテムをタップした。


 そして悠吾の身体を襲うのは、あの時廃坑で使った時と同じ感覚──

 足元から這い上がるように光の粒が灰色の装甲に変化し、膝から腰、そして全身が薄灰色の磁性材料、フェライトに包まれる。


『転送完了、システムチェック……電磁装甲の起動を確認、システムオールクリア。ジャガーノート、オンライン』

『こ、これは……』


 初めて見たジャガーノートの姿にトラジオは思わず息を呑んでしまった。

 現実世界でも、PC版の戦場のフロンティア内でも見たことが無い兵器。全身を灰色の装甲で覆った悠吾の姿に畏怖の念すら感じてしまう。


『ジャガーノートで僕が捕まえます。皆さんはルシアナさんの保護と脱出に集中して下さい』

『ええッ!?』

『ジャガー……ノート!? まさかあの廃坑でユニオンのクランを退けた……!?』


 悠吾の言葉に小梅とノイエの驚嘆の声が響く。

 そして、ノイエが悠吾のその姿を捉えようと思ったのか、空中に浮かぶ飛行ドローンが悠吾の方向へボディを向けた。クアッドローターで巻き上げられた空気がぶわりと煙幕を押し上げ、ホワイトアウトした世界がブラックアウトした闇の世界へと戻っていく。

 まるで次の幕が開演した、とでも言いたげに──


『街の東、ランディングポイントで合流しましょう!』

『悠吾、待って……』


 小梅の声を遮ってジャガーノートの背中に設けられたスラスターが火を上げ、空気を歪める。

 

『ダークマター残量120。起動可能時間は120秒です。──操作をプレイヤーに移譲します』

 

 ずしりと装甲の重さが悠吾の両足にかかった。

 普通であれば、動くこともままならないほどの重さだろう。

 だけど、背後のスラスターとジャガーノートの動力を使えばその重さは……逆に武器になる。

 

 一瞬の間を起き、闇に覆われていた周囲の風景が明るい緑色に浮かび上がった。暗い場所で視界を確保するための装置、暗視装置ノクトヴィジョンだ。僅かな光を増幅させ、視界を得るパッシブ方式の微光暗視装置は可視光線の中間色である緑色で調整されたもので、肉眼と同等とはいかないものの、鮮明な視界を確保することが出来る。

 もしかして、と思っていたけど、暗視装置ノクトヴィジョンも標準装備されていたなんて。この状況でこれ以上の武器はない。


「トラジオさん、ルシアナさんを頼みます」

「……判った。ランディングポイントで会おう、悠吾」


 そう言ってトラジオは悠吾に信頼と憂慮の眼差しを送る。

 ラノフェルはお前に任せる。そして、絶対に死ぬな──


「はい、必ず」

  

 悠吾は小さく頷くと、地面を蹴りあげた。

 背中の小型スラスターとジャガーノートの油圧アクチュエーターによって倍増された脚力が悠吾の身体を重力から解放する。

 加速した悠吾の身体は部屋の壁をまるで紙細工のように簡単に貫通すると、ベヒモスメンバー達が逃げる通路へと粉塵を巻き上げながら飛び出した。


「なっ……!?」


 突然背後に現れた見たこともない黒い人影にベヒモスメンバー達は言葉を失ってしまった。闇の中に光る、ジャガーノートの赤い目が彼らに恐怖を植え付ける。

 そして悠吾の目前、暗視装置ノクトヴィジョンで浮かび上がったのはベヒモスメンバー達の引きつった表情と、その向こうにみえるラノフェルの姿。


 ──絶対に、逃がさない。


「せっ、制圧射撃ッ!!」


 プレイヤーの1人が恐怖に満ちた声で叫ぶ。

 だが恐怖に支配され動きが鈍るとおもいきや、ベヒモスの中でも高レベルの熟練プレイヤーだった彼らはその恐怖をコントロールし、即座に動いた。


 一斉に銃口が悠吾へと向き、ぴんと張り詰めた緊張が狭い通路を支配する。

 だが、銃を向けられている悠吾に恐れは無かった。

 あるのは、焦りと苛立ち──


 時間が無いんだ。僕の邪魔を……するなっ!


 心の中でそう叫んだ悠吾は、即座に1秒間に100発の5.56mmNATO弾を射出するガトリングガン「XM214」を呼び出すと、銃口を向けるプレイヤー達に向け躊躇せず引き金を引いた。

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