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第67話 脱出 その2

「彼らの後ろで眠っているルシアナ様に当てないで下さいよ皆さん」


 折角の交渉のカードが無くなってしまいますから。

 そう冷ややかに吐き捨てるラノフェルの言葉が銃声の間を縫って悠吾達の耳に届く。それほど広くは無い部屋に、幾つものアサルトライフルの射撃音が反響する中、悠吾とトラジオは伏せたまま、銃撃が止むその時を待つしか無かった。


 動くな。そのまま待て──

 トラジオがそう悠吾にハンドサインを送る。

 幾つも壁に穴が穿たれ、飛び散った壁面の残骸が悠吾達の頭上に降り注ぐ中、トラジオの姿が舞い上がった粉塵の向こうに消えたのは一瞬の間もかからなかった。

 僕とトラジオさんが隠れているのは暗くてよくわからないけど多分教会で使うガウンが入っている何の変哲もないタンスだろうか。

 ベヒモスメンバーが放っている完全被甲弾フルメタルジャケットは当然だけど勢いが衰えることもなく貫通して来ている。気休め程度の強度しか無いタンスは遮蔽物として全く機能していないけど……こうなってはもう動けない。

 ホントお願いします。当たらないで下さいっ……!


 頭上を弾丸がかすめる中、悠吾がそう天に祈り、息を潜めたのは時間にして1分程。

 だが、永遠に続くかと思ってしまうほどの長い1分は次の瞬間、突然ピタリと終焉を迎えた。

 

「……と、止まった?」


 耳の中で銃撃音の余韻が鐘の音のように響いている中、ふと悠吾が顔を上げた。

 トレースギアの機能が止まっているから周囲の状況が判らないし、耳がやられてしまっているから索敵に重要な「音」も聞こえない。

 辺りに立ち込める硝煙の臭いが悠吾の恐怖心を煽った。


 と、粉塵の向こうにうっすらと人影が悠吾の目に映った。

 銃撃が止んだ事で、既に伏せの状態からタンスに背を付けた状態に移り、いつでも撃てるようにHK416をシューティングポジションへと移しているトラジオの姿だ。


「トラジオさん……っ!」


 チャンスです。今のうちに反撃しましょう──

 押し殺すようにそう叫ぶ悠吾。

 だが、トラジオは小さく手で制すると悠吾と視線を合わせ、指を3つ立て、1本ずつ指を折りながらカウントダウンを始めた。

 

 タイミングを合わせて同時に撃つ。2方向から同時に攻撃を受ければ奴らも多少なりとも怯むはず。


 目でそう語るトラジオを見て悠吾は慌てて身を起こし、シューティングポジションに移った。

 十分外さない距離に引きつけてから、撃つ。

 だけどそれはこちらにも危険が及ぶという事だ。


 そして指がすべて折れ、トラジオの手がぎゅうと力強く握られたその時、悠吾とトラジオは同じタイミングでタンスの上から上半身を出し即座に引き金を引いた。


「チッ!」


 突然の反撃。幾人かが悠吾達の弾丸の前に倒れてしまう。

 トラジオの狙い通り2方向からの反撃でベヒモスメンバー達の足が止まる。

 このまま押し返せるかと思ったトラジオだったが、思惑通りに彼らを壊走させる事は出来なかった。


戦士ファイター! 前だッ!」


 ラノフェルの声が轟く。

 そして彼の声に呼び起こされるようにライオットシールドを装備したプレイヤーが先頭に立ち、盾を地面に立て防御体勢に移った。


「悠吾! 射線を交差させろっ!」

「……ッ!! 了解!」


 トラジオの声に即答する悠吾。


 ライオットシールドを装備したプレイヤーは盾を正面に向けている。ライオットシールドは防弾性に優れてはいるものの、それは正面からの銃撃に対して言えるもので、それほど大きくない盾で身体の全体をカバーすることは難しい。


 悠吾の左前方──つまりトラジオの正面に立つライオットシールドを装備したプレイヤーの脇腹が悠吾の視線に映った。

 お互い正面じゃなく、斜め前の相手にだったら──行ける。


 トラジオと悠吾は銃口を正面から斜めに移動したと同時に引き金をぎゅっと押し込んだ。

 まばゆい発射炎が2人の輪郭を闇の中に浮かび上がらせ、その銃口から発射された弾丸はライオットシールドを装備したプレイヤーの脇腹へと吸い込まれるように着弾する。


「ぐぅッ!」

「がッ!!」


 脇腹から全身を貫いた激痛に思わず2人のプレイヤーはのけぞるように地面に倒れこむと、頭上に表示された体力ゲージが空になり、彼らは光の粒に変化し霧散した。

 この状況下で冷静な判断力。

 思わずほくそ笑んでしまったラノフェルだったが、続けて変わらない口調でメンバーに指示を出した。


「撃てッ! 怯むなッ!!」


 ベヒモスメンバー達は引くどころか、出来るだけさらけ出す部位を少なくするために片膝を突き、再度猛烈な銃撃を放ち始める。

 そしてそれは先ほどと違い、確実に狙ってきている銃撃──


「クソッ! 悠吾伏せろッ!!」

「……ッ!!」

 

 咄嗟に叫ぶトラジオだったが、悠吾の反応が遅れてしまった。

 ベヒモスメンバー達の銃口から再度放たれた完全被甲弾フルメタルジャケットは悠吾が隠れるタンスを粉々に粉砕し、その中に入れてあった牧師ガウンをまき散らしながら──悠吾の上半身を捉えた。

 あの時、初めてトラジオと出会った林で受けたあの激痛が悠吾の身体を襲う。

 全身が痺れ、真っ赤に燃え上がった火箸を押し付けられた様な熱さが左肩を貫いた。


「ぐあっ!!」

「悠吾!」


 吹き飛ぶ様に悠吾が背後に倒れこむのがトラジオの目に飛び込んでくる。

 悠吾がやられた──

 銃弾が絶え間なく放たれている危険な状況だったが、意にも返さずトラジオは隠れていたタンスの裏から飛び出し、悠吾の元へ駆け込む。


「大丈夫か、悠吾!」

「うっ……」


 トラジオは銃弾が飛び交う中、撃たれた患部を確認した。

 撃たれたのは左肩。赤く腫れ上がって入るものの、致命傷ではない。


「……だ、大丈夫です!」


 傷口を抑えるトラジオに、意識が遠のいてしまっていた悠吾が慌てて返事を返した。

 トレースギアの機能が停止しているからかもしれないけど、あの時のようなアラートは聞こえないし、危険な感じはしない。手足は動くし、視界もはっきりしている。手痛いダメージを喰らってしまったけど、致命傷というわけじゃ無さそうだ。

 

 木製のタンスは遮蔽物として全く機能しないと思っていたけど、そうでもなかったかもしれない。不幸中の幸いとでも言うべきか、弾丸を防ぐ事は出来なかったけど弾丸の軌道を逸らすことは出来たみたいです。

 あのフルオートの射撃の中で、一発だけのダメージで済んだ事に悠吾は思わず胸を撫で下ろした。


「射撃中止ッ!」


 ラノフェルの冷ややかな言葉が銃声の隙間を縫って放たれた。

 1人を仕留め、もうひとりもその近くに向かった。どう足掻いてもひっくり返すことは出来ない状況──いわゆるチェックメイト。


「……そろそろ諦めたらどうです? 貴方達はこの世界で淘汰されるべき人達なのですよ?」


 余韻が残る部屋の中、勝ち誇ったようなラノフェルの声が響く。

 その姿は見えないけど、多分嘲笑するように笑みを浮かべている様な気がする。

 倒れた衝撃で手放してしまったMagpul PDRをたぐりよせながら悠吾はそう思った。


「……淘汰される、だと?」

 

 ラノフェルの言葉に、トラジオがそう返した。


「そうです。貴方達は現実世界に戻る資格が無い。そう判断されたんです」

「判断された? 誰に?」


 ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえる。不用意とも言える行動。

 だがそれは、1人や2人を犠牲にしてでも確実に仕留めるという彼の意思の現れでもあった。


「この世界にですよ」

「……この世界はある意味『試練』とでも言いたいのか。お前は」

「突然訳もわからない世界に閉じ込められ、殺し合いをさせられる。試練以外の何者でもないでしょう」


 確証はありませんけどね。

 そう返すラノフェルの言葉を静かに聞く悠吾だったが、納得どころか、苛立ちが募ってしまった。

 この世界に転生させられた事が誰かの作為的な物じゃないとしたら、神様が僕達を試しているとでも言うんですか。

 神様が僕達に現実世界に必要な人間かどうかこの世界で試していると?


 ──ふざけるな。

 そんなことあってたまるか。普通に仕事をして、普通に生活していただけなのに。


「諦めたくないです、トラジオさん」


 静かに悠吾が囁く。

 もし万が一試練だという話が本当だとしても……最後の最後まで足掻き抜く。


「……そうだな。俺も同じ意見だ、悠吾」


 状況は最悪。この距離で撃って出たとしても数名は倒せるだろうが、確実にやられてしまうだろう。

 だが、このまま指を加えてやられるのは御免だ。


 直ぐそこに数名の足音が聞こえる。砕けたタンスの隙間から、プレイヤーの足が見えた。

 一瞬トラジオは悠吾と目を合わせ、ひとつ頷き銃を握りしめる。

 そしてぐんと身をひねり、銃を向けようとしたその時──


 悠吾達の背後、眠るルシアナの傍らの窓ガラスが突如として粉々に吹き飛んだ。

 部屋の中に舞い散るガラスの破片。

 闇夜の中、そのガラスの破片はきらきらと光を反射した。

 それは、どこにも無いはずの光源。

 その光は──窓の外にふわりと浮かんでいる小さな飛行ドローンの下部に取り付けられた短機関銃サブマシンガンが放つ発射炎だった。


「……なッ!?」


 小さなファンが4つ胴体に取り付けられたような飛行ドローン。クアッドローターで浮かぶその兵器にラノフェル達は思わず目を丸くしてしまった。

 明らかな偵察型では無い、攻撃に特化した小型のドローン──


「火力をあの飛行ドローンに集中しろッ!」


 危険を察知したラノフェルが窓の外に浮かぶその飛行ドローンを指さすと、その声に反応したプレイヤー達が即座に銃口を飛行ドローンへと移した。

 確かあれは高レベルの飛行型兵器生成に特化した機工士エンジニアが生成できる兵器──

 

 そして、一瞬の間を置き、初めて見せるラノフェルの硬い表情をあざ笑うかのように、ベヒモスメンバーの銃口が火を噴く前にその飛行ドローンの下部に取り付けられた短機関銃サブマシンガンが猛烈な射撃を放ち始めた。 

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