第63話 作戦開始 その2
静寂に包まれたトットラの街に、軽機関銃の重い射撃音が木霊した。
西の丘に敵をおびき寄せるために、セントリーガンに装填した弾丸には飛んで行く間発光する効果がある「曳光弾」を混ぜているために、まるでレーザーが西の丘から発射されているようにもみえる。
その3箇所から発射された弾丸は、教会の壁に着弾し粉塵を巻き上げた。
多分壁面を貫通している。この射撃で中のプレイヤーを何人か倒してくれれば御の字なんだけど。
「……敵が動くぞ」
教会内が慌ただしく動きだした映像が偵察ドローンから送られてくる。
流石に正面から出るのは危険と判断したのか、ベヒモスのメンバー達は潜入口に決めたあの裏口から音も無く四散していく。
手慣れた動き。さすが高レベルのクランだ。
「……ラノフェルという男は居るのか」
「この映像だけでは判らないけど、奴らは餌にかかった。陽動だとバレる前に……頼みますトラジオさん、悠吾くん」
セントリーガンは一定間隔で教会に射撃を加えるように設定しているが、残弾がなくなるまで10分ほどだろう。
ベヒモスのプレイヤー達との戦闘になれば陽動だとばれるのはもっと早くなるかもしれない。教会から西の丘までの距離を計算するともって30分。その時間内でルシアナを救出し、ラノフェルを拘束する必要がある。
「気をつけなさいよ、あんた達」
「え?」
ぽつりとそう囁いたのは小梅だった。
ちらりと悠吾に送る小梅の視線には憂色が浮かんでいる。
「……大丈夫です、任せて下さい」
笑顔で悠吾はそう答えた。
教会内に残っているプレイヤーは居るだろうけど、不意打ちとも取れる潜入、それに偵察ドローンでの援護。状況は悪くないと思う。
──それに万が一の時のジャガーノートもある。
「脱出経路、頼みます」
「任せてくれ」
必ず確保する。
そう答えるノイエの言葉に安心したように悠吾は静かに頷くと、Magpul PDRのコッキングレバーを下げ、トラジオと共に静かに闇の中へと消えていった。
***
前方をトラジオが警戒し、後方を悠吾が警戒する。
小梅のスキル「サイレンス」が発動し、悠吾達の足音は小さくなり、かつ西側から放たれているセントリーガンの射撃音にかき消されていたが、万が一の事を考え周囲警戒を怠ること無く教会へと足を進めた。
最後にみた偵察ドローンの映像では裏口から出たベヒモスメンバーは左へと向かっていた。開けている南側よりも、建物が比較的多い北側を経由して側面から西の丘を攻めるつもりなのだろう。
そう判断した悠吾とトラジオはセントリーガンが放つ弾丸が降り注ぐ中、教会の右側から教会へと接近していった。
『ノイエ、教会に到着した。セントリーガンの射撃ポイントを少し北側へずらしてくれ』
『了解した』
陽動で設置したセントリーガンの弾丸にやられるなんて笑い話にもならんからな。
弾丸の着弾で削れた教会壁面の残骸を頭にかぶりながらトラジオはそう思った。
『トラジオさん、着弾地点がずれましたね』
『うむ、行くぞ』
着弾音が北側へずれた事を確認した悠吾達は再度行動を開始する。
壁添に正面ではなく、裏口へ。潜んでいる敵を警戒しつつも足早に──
緊張と恐怖、そして何処か興奮したような高揚感で高鳴った鼓動と、早くなった呼吸音が自分でも判る。シューティングポジションを取るために頬に付けたMagpul PDRのストックがひんやりと心地良い。
『……クリアだ。潜入を開始する』
潜入時に敵と鉢合わせする可能性もある。
そう考えたトラジオは警戒しつつ右手で消音器を装備したHk416を構えつつ、左手でゆっくりと裏口の扉を開く。
北の方向で、ベヒモスのプレイヤーだろうか、誰かの叫び声が聞こえた。
『周囲索敵を開始します』
トラジオの背にピタリとつけた悠吾がアイテムポーチから、周囲の動きをMAPに投影する飛行型偵察ドローンを展開した。
小型のクアッドローターが小さい唸り声を上げ、教会の中にふわりと浮かぶ。
『移動開始。最初はルシアナの身柄確保を行う』
『会衆席に入って逆の壁側に2階に続く階段がある。ルシアナはその先、2階の部屋だ』
潜入開始に合わせてすかさずノイエからの情報が届いた。
目指すは2階の部屋──
『了解した』
ゆっくりと動き出しながらトラジオが返す。
僕の偵察ドローンから敵影は確認出来ない。
全員西側に向かったのだろうか。
トレースギアのMAPを睨む悠吾を先導するように、低い姿勢のままトラジオが次の扉を開いた。
『潜入した』
小さく作った扉の隙間から中へ滑り込んだトラジオが続ける。
トラジオに続き、悠吾の目に映ったのは開けた空間──会衆席が設けられた教会堂だった。
天井の中央がくぼみ、一段高くしているためにより広くなっている折上天井と言われる形式の教会堂だ。
『会衆席に入った。敵は居ない』
周囲を警戒しながらゆっくりと教会の身廊を通りぬけ、逆側の小部屋を目指す。
時折着弾したセントリーガンの弾丸が壁を貫き会衆席の座席に穴を穿つものの、緊張の糸を切らす事なく一歩一歩確かめるように足を進める。
が──
『トラジオさん、敵影っ! 2時の方向です』
悠吾のトレースギアに表示された青い2つの点。
通常敵対しているプレイヤーであれば赤い点で表示されるが、ラウルは同盟関係にあるために友好関係にあるプレイヤーを表示する青色に光っているが、これは紛れもなく2人のプレイヤーが前方にいるという印だ。
『このままやり過ごす。撃つなよ悠吾』
会衆席の背後に身を隠し、トラジオがそう言った。
MAPに表示されている青い点は結構早い動きでこちらに来ている。そこから察するに、多分西側へ行ったプレイヤー達の増援なんだろう。
「……周囲警戒?」
「ああ、解放同盟軍の先鋒が街の中に居る可能性が高い。お前は正面、俺は裏口の警戒だ」
現れたベヒモスのクランメンバーらしきプレイヤーはそう言うと、今しがた悠吾達が入ってきた裏口から外へと足早に出て行った。
──危なかった。あとすこし遅かったら鉢合わせしていた。
2人のプレイヤーの背を目で追いかけながら悠吾は肝を冷やしてしまった。
『トラジオさん、悠吾くん、教会周囲が慌ただしくなってきた。脱出経路を確保するために僕達は移動する』
『了解です』
流石に攻撃が始まれば警戒を強める、か。
ルシアナさんとラノフェルさんの身柄を確保した後は最悪ジャガーノートを使った強行突破でも良いと思っていたけど、別の方法も考えておく必要がある。
『2階に上がるぞ悠吾、周囲警戒』
セントリーガンの射撃タイミングに合わせて動き出し、射撃が途切れた瞬間に身を屈め周囲警戒を行う──
現状できうる最良のクリアリングを行いながら、トラジオと悠吾は会衆席から奥に設けられた2階へ続く階段の扉を開いた。
セントリーガンの射撃で破壊されたのだろうか、階段の窓が割れガラスの破片だらけになっている。
サイレンススキルで足音が小さくなっているとはいえ……この階段を無音のまま上がるのは不可能だな。
『どうしましょうか』
『音を立てるのは避けたいが、グズグズしていられん』
すでにセントリーガンが射撃を開始して10分近く立っている。そろそろ最初に教会を飛び出したプレイヤーが西の丘に接近する頃だ。囮だと言う事がばれれば、直ぐ様西に向かったプレイヤー達が戻って来る。さらに教会内の警戒も強まるだろう。
『ルシアナが2階のどの部屋に拘束されているかまでは判らん。一部屋一部屋しらみつぶしに当たるぞ』
そう言って階段の上を警戒しながら、トラジオはゆっくりとガラスを踏みしめ一段一段階段を登っていく。
教会の壁に遮られ、曇ったセントリーガンの射撃音の間を縫うように甲高いガラスの砕ける音が辺りに響く。
誰も居ませんように──
そう祈りつつ悠吾もトラジオの後を追い、階段を登り始めた。
しかし、よりによってなにもこんなトラップのように階段にガラスが散乱しなくてもいいじゃないか。
しかもこっちは東側だ。
射撃は西側から行っているから、丁度壁を貫通してガラスに当たった事になる。
運が悪いと言うべきだろうけど、あれだけの弾を撃ちまくれば、1発や2発はあたってしまうか──
「……いや待て」
ぱきぱきとガラスを踏みしめながら階段を登っていた悠吾がふと足を停めた。
『……どうした悠吾』
『ちょっと待って下さい』
そうだ、こちらは東側。そしてセントリーガンを設置した方向は西側。
西側から撃ち込まれた弾丸が教会内を貫通し、東側の窓を撃ち抜いたとしたなら……破片は外に飛び出すはず──
『トラジオさんッ! これは罠ですッ!!』
『な……!?』
と、悠吾が叫んだその時だった。
階段を登り切った2階部分からきらりと光る閃光がトラジオの背後を襲った。
それがプレイヤーが持つコンバットナイフだと気がついたのは、トラジオが携えたHK416のストックでその切っ先をガードした時だった。
「トラジオさんッ!」
「下がれ悠吾!」
トラジオの叫び声を聞き、階段を下りながら悠吾はトレースギアに視線を降ろした。
周囲に光る幾つもの青い点。
敵に囲まれている──
「はッ!」
悠吾の思考を吹き飛ばすようにベヒモスプレイヤーの声が響く。
トラジオにファーストアタックを阻止されたベヒモスプレイヤーだったが、すかさず次の攻撃を繰り出していた。
超接近でのCQC。接近戦の準備をしていなかったトラジオは完全に後手に回ってしまった。
ナイフの軌道を予想し、バックスウェーを繰り返し致命傷になりうる斬撃を交わす。
手首、脇腹、首元に鳩尾。
急所となるその場所を狙いすましてベヒモスのプレイヤーが次々と攻撃を繰り出す。
「くッ……!」
後退を続けていたトラジオの背に感じたのは冷たい階段の壁。壁に追い詰められてしまったトラジオにもう避ける為のスペースは無い。
「貰ったッ!」
闇夜に光る青白いナイフの閃光。
その状況に勝利を確信したベヒモスプレイヤーだったが──その慢心をトラジオが突いた。
壁を蹴りあげたトラジオは逆にベヒモスプレイヤーとの距離を縮め、ナイフの切っ先をもう一度HK416で防ぐとすぐさま銃を捨て、ホルスターからハンドガン、グロッグ26を取り出した。
先ほどまでの超接近はナイフに有利な間合い。
だが、急に距離をつめられ、ベヒモスプレイヤーが身を引いた事で生まれた空間がハンドガンに有利な間合いを産む。
そして間を置かず鳴り響く乾いた発砲音。
トラジオのグロッグ26の弾丸がベヒモスプレイヤーの眉間を撃ちぬくと、頭上に表示された体力ゲージの3分の2が消失した。
「ぐっ……」
着弾の衝撃と激痛でベヒモスプレイヤーが身をかがめる。
後一発撃てば倒せるが、このまま倒してこいつをマイハウスに戻らせるわけにもいかない。
そう判断したトラジオは、邪魔だと言わんばかりにその顔面を蹴りあげた。
ぐしゃりと何かが潰れた様な音を奏で、ベヒモスプレイヤーがその場に昏倒する。
「悠吾、上がって来い!」
「は、はい!」
トラジオの声にあわてて悠吾が返事を返す。
いったいどうしてかは判らないけれど、潜入作戦はバレていた。
この状況でラノフェルさんの拘束は諦めるしかない。2階のどこかの部屋に拘束されているルシアナさんを確保した後、直ぐ様ジャガーノートを使って──
そう考えた悠吾がトレースギアのメニューからアイテムポーチを開いたその時だった。
まるで爆音が放たれているヘッドホンを突然耳に当てられたかのように、頭の中を貫くような激しいノイズ音が悠吾達の耳を襲った。
「ぐあっ!!」
思わずトラジオも両耳を押さえ身をすくめてしまう。
そのノイズ音が鳴り響いたのは時間で言えば1、2秒という短い時間だったが、それが何なのかは直ぐに判った。
「……!? トラジオさん!」
明らかな異変。
悠吾の左手首に巻かれたトレースギアは電源が落ちたかのように沈黙していた。
「これは……」
トレースギアの機能が停止している? 一体どうやって──
思わずトラジオも得心がいかない様な表情を浮かべたその時だった。
「いやぁ、待っていましたよ」
「……ッ!!」
状況が飲み込めずに居たトラジオ達にとどめを指すように、会衆席に続く階段の下から冷たい声が悠吾達の耳に届いた。
聞こえたその声に無意識の内に反応した悠吾とトラジオは声の方へと銃口を向ける。
「もう逃げ場はありませんよ。解放同盟軍の方々」
「お前は……」
闇の中から現れた人影。
ブロンドヘアーに丸メガネをかけた温厚そうな顔立ちの男。
その姿を見てトラジオ達は直ぐに判った。
ノイエに教えてもらった特徴そのまま。こいつがクランベヒモスのクランマスター、ラノフェルだ。
「お前がラノフェルか」
「街を一望できる街の西側にセントリーガンを設置し、私達を陽動した上で、手薄になった教会内に潜入。囚われたルシアナ様を救出する……うん、なかなか良い作戦です」
「……ッ!?」
と、ラノフェルの言葉に呼ばれるように、階段の上からも数名プレイヤーらしき人影が現れた。アサルトライフルを構えた数名のプレイヤー。
進むことも退く事も出来ない状況。
どうすることも出来ず、トラジオと悠吾は銃口をラノフェルに向けたまま固まってしまった。
「……あ、無駄ですよ? 教会付近一帯でトレースギアは使用禁止にさせていただきました」
「何……?」
くつくつと卑下するような笑みをラノフェルが浮かべる。
トレースギアの使用を禁止……いま確かにラノフェルはそう言った。
あの凄まじいノイズ音とトレースギアの機能停止。
これは──
「……EMPか」
「はい。教会の天井に設置させていただいた磁場発生装置により、強力な電磁パルスを発生しトレースギアを強制的にシャットダウンさせていただきました」
ラノフェルの言葉に悠吾は思わず息を呑んでしまった。
トレースギアの強制的なシャットダウンが出来るなんて。
だけど、今の僕達にとってそれは……命綱を斬られたも同然だ。
トレースギアが使えないと言う事は、スキルの発現、アイテムの使用……そして外で待機しているノイエさん達と連絡が取れないと言う事だ。
「……貴方達を処理して私達のミッションは終了です」
勝ち誇った様にラノフェルが不敵な笑みを浮かべる。
まるで氷のような表情。
絶体絶命の状況。その先に待っているのは死──
ラノフェルの表情からそれを改めて察した悠吾だったが、恐怖よりも先に沸き上がってきたのは怒りだった。
冗談じゃない。
こんなことで死ぬなんて
僕は死なない。
絶対生き延びる──
「……このまま終わらせるつもりは無いぞ悠吾。最後まで足掻く。絶対に諦めん」
「……ッ!」
そういってトラジオは銃口をラノフェルに向けたまま、一瞬視線を悠吾へ送った。
トラジオさんも僕と同じ考えだった。
絶対切り抜けられる。
そう思った悠吾はトラジオよりも先に構えるMagpul PDRの引き金を力強く引いた。




