第62話 作戦開始 その1
このままここに放置して他のベヒモスメンバーに見つかったらすごく面倒だ。
気絶している2人のプレイヤーを見下ろしながらそう思った悠吾達は、とりあえず気絶させたプレイヤー達を抱え上げ、丘の上にぽつんと佇んでいる放棄された廃屋の影に運ぶ事にした。
丁度教会から死角になっているし、草が覆い茂っているここだったらバレることはないでしょ。
それに──
「あ、小梅さん、セントリーガンの設置の前にちょっと彼らに尋問したいのですが」
「え? 尋問?」
気絶してるこいつらにどーやって尋問すんのさ。
首をかしげる小梅に悠吾はそうですと言わんばかりに頷くと、気絶しているプレイヤーのポケットをあさりはじめた。
「あ、何か情報がないか調べるって事ね」
「はい。何か役立つ情報があれば……」
そう考えポケットを一つ一つ調べていく悠吾だったが、情報どころかポケットにはゴミクズ1つ入っていなかった。
なんとも綺麗なポケット。
特にポケット内には何も無いとすれば──
「失礼します〜」
そういって悠吾は片方の男の左手をひょいとつまみ上げ、トレースギアにメニュー表示の指示を出した。
アイテムボックスの中に入っているものだったら何か手がかりがあるかも。
そう思った悠吾だったが、またしても肩透かしを喰らってしまった。
「……何も表示されないわね」
「やっぱり声紋認識で所持者の声にしか反応しないみたいですね」
当然といえば当然か。他の人の声で反応してたらとんでもない事になっちゃうもんな。
「今手に入る情報って言ったら……こっちがレベル17の戦士で、こっちがレベル15の魔術師って事くらいね」
「死体運びをさせられていた事から考えて、彼らがクランの主力だとは考えにくいですね。たぶんクランでも下の方だと考えた方いいかもしれません」
「と言うことは、少なくとも、他のメンバーはレベル17以上って事?」
「多分……」
レベルが上がったとは言え、僕がレベル15、小梅さんが14。トラジオさんは35で、ノイエさんは……いくつだったっけ。
まぁ、とにかく、クラン【ベヒモス】はノイエさんは別にして僕達が普通に戦ったら苦戦するどころか簡単に返り討ちにあってしまう可能性が高いクランだということが判った。判った所でどうしようもないけど。
「……これ以上は何も情報は手に入りそうに無いですね」
そう言って悠吾は男の腕からトレースギアを外すと、丘の上からそれを放り投げ捨てる。
オレンジ色の光が弧を描きながら、男のトレースギアが街の暗闇の中に消えていった。
「……なにしてんの悠吾?」
「トレースギアには現在位置を小隊内に知らせる機能がありますからね。情報撹乱の為に」
「なるほど。あんた頭いいわね」
そういって小梅も悠吾を真似るように、もうひとりの男のトレースギアを別の方向へと投げ捨てた。
「よし、周囲に反応なし。さっさとセントリーガン設置して戻るわよ、悠吾」
「了解です」
すっかり時間を食ってしまった。早くしないとすぐに熟夜が開けて朝になってしまう。
そう思った悠吾はMagpul PDRを構えつつ、トレースギアから設置するセントリーガンを確認した。
事前にノイエさんから預かった3台のセントリーガン──
カメラの三脚の上に銃が付いたような形のセントリーガンは機工士のスキル「兵器生成」のLv4から生成できる。今、僕の兵器生成レベルは3だから生成することが出来ないけれどセントリーガンにはいくつか種類があるらしい。
以前にトラジオさんが使った短機関銃タイプが最初に生成できるセントリーガンで、他にはアサルトライフルタイプに軽機関銃タイプ、派生タイプとして、廃坑でトラジオさんが使ったグレネードを射出する物に、火炎放射器タイプの物などなど……
そして、今回貰ったセントリーガンは軽機関銃タイプだ。
軽機関銃タイプであれば薄い壁であれば貫通出来る為に、陽動と威嚇射撃としては持ってこいの兵器だろう。
──囮に使うのは少しもったいない気もするけど。
『ノイエさん、設置完了しました』
『よし、直ぐ戻ってきてくれ。予定より少し時間が押している』
『了解です』
そう言いながら悠吾はトレースギアの起動を確認した後、一旦スタンバイモードへ移行させた後にM27リンクで繋がったむき出しの弾帯を薬室に装填した。
「……なんだか嫌な予感がするわ」
「嫌な……予感?」
悠吾と同じく、セントリーガンの起動チェックを行う小梅がそう囁いた。
「うん、ベヒモスの連中、明日ルシアナを街から連れていくんならさ……警戒するでしょ。ふつーだったら」
なのに、辺りに人の気配は無し。見張りも巡回しているプレイヤーも居ない。
「確かに、もう少し警戒しててもおかしくないですね」
「なんでこんなに静かなわけ? なんか、まるで街の中に入ってきてと言ってるみたいにさ」
「……何か罠を仕掛けている、と言う事でしょうか」
「かもしれない」
安直かもしんないけど。
小梅がそう言った。
「だけど、何か罠を仕掛けていたとしても、僕達4人が今すでにこの街に潜入していると言う事はわかって居ないはずです。潜入前の偵察をよりしっかり行いましょう。小さな異変も逃さない様に」
「そうね。石橋を叩いて壊さない程度に、ね」
警戒を重ねるに越したことは無い。やられたら終わりなあたし達であれば余計に──
そう言って小梅が小さく笑顔を浮かべた。
小さくかすれ、吹けばかき消えてしまいそうな笑顔。
それが精一杯の強がりだということが悠吾には判ったが、気がついていない素振りで小さく頷き返すと周囲警戒を行いつつ丘を後にした。
***
小梅が言っていた通りに、あまりにも静か過ぎるトットラの街に悠吾達は違和感を覚えてしまった。
丘を降り、ノイエ達と別れた教会付近まで近づくと、よりそれが強く感じられる。
人が居ない。プレイヤーも、地人も。
作戦では、西の丘にセントリーガンを設置した後、身を隠しながら教会付近の様子が判る少し離れたアイテムブティックを集合地点に設定した。
事前に話た作戦を思い起こしつつ悠吾達は周囲警戒しながら素早く広場を通過し、そのままアイテムブティックへと小走りで向かった。
『悠吾くん、小梅』
と、アイテムブティックの影で手をあげる人影が悠吾の目に映った。
ノイエだ。
『……おまたせ。設置は完了したわ』
『ノイエさん、状況はどうです?』
ノイエとトラジオの傍に滑りこんだ小梅と悠吾は身を屈め、視線を教会に向けた。
見たところ、教会の入り口は閉まったまま、辺りにプレイヤーらしき人影も無い。
『動きは無い。静かな物だ』
『偵察ドローンは?』
『悠吾くん達が設置している間、中を調べてきた』
これを見てくれ。
そう言ってノイエはトレースギアを開くと、教会内に潜ませている小型偵察ドローン、「ブラックホーネットナノ」へのリンクを再接続した。
ノイエのトレースギアからドローンの起動アナウンスが流れると、メニューが消え、ブラックホーネットナノの視界が映し出される。軍用機に採用されている熱線映像装置で映しだされた様なモノクロのサーモグラフィ画面。
教会内は暗く、明かりといえばベヒモスメンバーが着けているトレースギアの光位だったが、その模様は手に取るように判った。
『……やはり内部には結構プレイヤーが居ますね』
『まぁ、想定通りではあるけどね』
そう言ってノイエはブラックホーネットナノをトレースギアで操作し始めた。
ドローンを上昇させたのだろうか、映しだされる映像がぐんと広角気味になり、教会の全体が映し出された。
数で言えば5、6名ほど。多分ここ意外にも潜んでいるプレイヤーはいるだろう。
『侵入ポイントに使えそうな場所は有りましたか?』
『ああ。西側でのセントリーガンの斉射が始まった場合、プレイヤーが出て行くとすれば正面の入り口と……』
ノイエの声と共に、再度偵察ドローンが動く。
そして、丁度入り口から向かって会衆席を通り抜けた先、小さい部屋の向こうに小さな裏口のような物が映しだされた。
『この裏口だろう。潜入するならここ、裏口が良いと思う』
『罠の可能性はある?』
まだ違和感を感じていた小梅がそう言う。
『罠? ……いや、可能性は低い。どうやら彼らは兵力を4分割しているらしい』
『4分割?』
『奴らは解放同盟軍が目星をつけた他の3つの街に囮としてメンバーを配置したらしい。攻める側も戦力分散を余儀なくされたが、彼らも同じだっようだ』
『成る程、だったら……』
抵抗は予想よりも弱いものになるかもしれないですね。
そう続ける悠吾だったが、傍らのトラジオの表情は固いままだった。
『悠吾、有利なのは依然として奴らだ。4分割しているとはいえ、この街に居る連中はベヒモスの中でも高レベルの精鋭部隊らしい』
『……やっぱり。悠吾、さっき気絶させたやつら』
『あ……』
そうだ。あの丘で死体を運んでいた2人のプレイヤーのレベルは17だった。
最低でも17。
予想は当たっていたってことですね。
『それも、この世界にかなり「順応」した奴らみたいだ。悠吾くん達からの報告にあった地人殺し……』
『何か情報が?』
『ああ……少なくとも「アイテムブティック」「ガンブティック」「アーマーブティック」の店主とその家族は殺されていた』
「なっ……!?」
ノイエの言葉に思わず肉声で声を上げてしまいそうになった小梅が咄嗟に両手で口を覆った。
やはりやつらはこの街に居る地人達を全員始末していた──
『……なんて奴らなの……』
『目的を達成する為に手段を選ばない。組織としては正解なのかもしれないけど……』
そう言ってちらりとノイエが教会から小梅の顔に視線を移す。
『人としては間違っていると僕は思う。たとえこの世界がゲームの世界だとしても、地人はこの世界で生きている人間だ』
『……そうですね』
僕もそう思います。
ノイエの言葉に深く頷く悠吾だったが、どこか試されているような気がしていた。
強制的に現実世界から転生させられたプレイヤーと、元々はゲーム内のNPCだった地人。
この世界ではその2つの境界線が曖昧になっている、
正にデカルトの命題「我思う、ゆえに我あり」だ。プレイヤーも地人も自分が人間だと証明出来るものは何もない。
証明出来るのは自我と……己の信念だけ。
そして僕は自分の信念は曲げない──
『ノイエ、そろそろ始めようか』
『そうですね。時間が無い』
トラジオの言葉にノイエがトレースギアを開く。
セントリーガンへの斉射命令を出せば、全ては動き出す。
『皆、覚悟はいいか? これから次の朝を迎えるために僕達は走る。走って……それを掴みとる』
芯に響くノイエの声。
その声に、全員が思わず息を呑む。
怖くないわけは無い。恐怖で腰が抜けそうだし、いつもどおり手は震えてる。
だけどやるしか無い。
そう思った悠吾だったが──
「……ッ」
そう決心した悠吾の手に冷たいものが触れた。
小さくてか細く──小刻みにふるえている手。
それが小梅の手だと判ったのは間を置いてからだった。
こちらを見る事なく、自分の手をきゅっと握る小梅の手。
その手は、「あたしもこんなにビビッてんだから気にすること無いよ」というメッセージと、「必死にビビッてんの隠してンのに、何あんたは堂々とさらけ出してるワケ?」というメッセージの両方を言い放っている様な気がした。
……気のせいかもしれないけど、実に小梅さんらしい。
思わず笑顔が溢れてしまった悠吾はその手を握り返すと、すうと空気を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す。
心の中に淀んだ恐怖と共に。
『……オーケーです。行きましょう』
悠吾がそう返すと、その声に引っ張られるようにトラジオと小梅が静かに頷いた。
心の準備は出来た。あとは作戦通りに動くだけだ。
3人から視線をゆっくりと教会へ戻し、睨みつけるように入り口を注視しながら──ノイエはセントリーガンへ射撃開始の命令を送った。