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第61話 トットラの惨劇

 薄暗い月明かりの下、石造りの階段を足音を立てずにゆっくりと2つの人影が登っていった。

 先頭をゆく1人が茂みの中に身を潜ませ周囲の安全を確保すると、もう1人が前進み建物の影に身を滑らせ、周囲の安全を確認する──

 現実世界では戦闘経験などなかった悠吾と小梅だったが、ベルファストの村での訓練の賜物なのか、自然と相互にサポートしながらクリアリングを行いつつ、一定のスピードを保ったまま目的地へと足を進めていた。


『敵影なし』

『了解』


 トレースギアに反応は無し。

 実際の視覚と合わせてリーコンスキル、そして悠吾の偵察ドローンから送られてくる周囲の情報が映し出されたトレースギアを見ながら小梅がそう囁いた。

 トットラの街に到着してまだ10分程。トットラの街へ向かう車中でブリーフィングを行っていた悠吾達は到着して直ぐに作戦を開始していた。


 しかし、彼らが向かっているのは教会ではない。

 悠吾と小梅はトラジオ達と一旦別れ、向かっているのは街の西側、街を一望できる小高い丘の上だった。


『え〜と、設置するのは3つだっけ?』

『はい。街の西側にセントリーガンを3機、です』


 あまり近すぎず、遠すぎない間隔で3機。

 念を押すように悠吾はそう言った。


 解放同盟軍のキャンプでノイエはルシアナ救出の為の作戦として、まず内部を偵察ドローンで確認し、突入場所ブリーチングポイントを決めた後に突入するという作戦を考えていたが、目的の1つにベヒモスのクランマスター、ラノフェルの拘束が追加されたことで作戦の変更を行った。

 強硬突入ではなく、敵勢力を分断する陽動作戦だ。


 考えられた作戦はこうだ。まず、トットラの街の西側に設置した3機のセントリーガンの斉射によって教会内に居るプレイヤー達をおびき出した後、教会の東側から悠吾とトラジオが教会内に潜入する。

 そして出来るだけ接敵しないように教会内でルシアナを救出した後、教会内にラノフェルが居るようであればそのまま拘束し、外で脱出経路を確保しているノイエ達と合流した後東へ脱出する。

 もしラノフェルがメンバーと共に西側へ向かったのであれば、外に居るノイエと小梅が背後から彼らを襲いラノフェルを拘束した後、悠吾達と街の東側で合流し、東へ離脱する。

 強行突入よりも時間はかかってしまうが、ルシアナの救出とラノフェルの身柄を拘束するにはベストな作戦だった。


『設置したら直ぐ戻ってきてくれ。時間はあまり無い』

『判りましたノイエさん』


 この場居ないノイエから小隊会話パーティチャットが入る。

 目的地はこの階段を登った上。ここにセントリーガンを設置すれば、丁度教会に射線が通る。上手く西側から攻撃を受けていると彼らに思わせる必要がある為、セントリーガンの位置取りは重要なポイントだ。


『悠吾』


 と、木の影に潜み、周囲警戒を行っていた小梅がぽつりと悠吾の名を呼んだ。

 さっきとは明らかに違うどこか緊張したような声色。

 その声に悠吾は何かを察知した。

 

『敵ですか?』

『うん、11時の方向に2人。何かを運んでる』


 小梅の声に悠吾が左前方をじっと見つめた。

 薄暗い闇の向こう、少し視線を外すとぼんやりと人の輪郭がみえる。

 敵だ。多分ベヒモスのクランメンバー。

 この薄暗さであれに気がつくなんて、さすが小梅さんだ。


『悠吾くん、小梅、そいつらは倒すんじゃない』


 どうしても排除するのであれば、気絶させろ。

 ノイエはそう言った。


 確かにリスポンができる彼らを倒すのは得策じゃない。倒せば奴らはマイハウスに戻って僕らの事をクランマスター、ラノフェルに報告するはずだからだ。

 彼らには睡眠効果がある弾丸で眠っていただくか、CQC(近接格闘)で気絶してもらうかのどちらかが良いだろう。


『ううむ……』


 だが、どうするべきか悠吾は悩んだ。 

 睡眠効果がある麻酔弾は数発生成しているけどいざという時の為にとっておきたい。

 戦士ファイターには相手を一撃で気絶させる効果があるアクティブスキル「バッシュ」があると聞いたけど、トラジオさんは一緒に居ない。

 危険だけど小梅さんと2人で近づき強引に気絶してもらうしか無いのかなぁ。

 

『何悩んでんのよ。行くよ、悠吾』

『え、あ、はい』

 

 色々と考えていた悠吾をよそに、すでにどう処理するべきか判断したのか、小梅がゆっくりと動き出した。


『背後から近づいて同時にやるわよ。気絶のさせ方、判る?』

『ええと、首を絞める? ……ですか?』


 そのくらいしか想像できませんけど。

 

『うん。あたしが右のやつを先に昏倒させるから、もう1人を後ろから絞め落として』

『判りました』


 FPSゲームでは相手を気絶させるなんて事はやったことが無いけど、絞め落とす位なら出来そうだ。

 こくりと頷く悠吾にちらりと視線を送った小梅が地面を這うように身を屈めたまま歩速を早めた。盗賊シーフのスキル「サイレンスLv1」によって足音が小さくなっている2人はするするとプレイヤー達との距離を縮めていく。

 何かを抱えている2人はもうすぐ目の前。

 そして、右側のプレイヤーを射程範囲に捉えた小梅が即座に動いた。


 背後からプレイヤーの膝裏に蹴りを叩き込み、がくんと体勢が崩れた所にクリスヴェクターのストックを側頭部へ打ち込む。がちんという鈍い音と共に、硬いストックで頭部を殴られたプレイヤーは身をぐるりとひねりながら呻き声1つ上げること無く地面へ昏倒した。


「……ッ!?」

 

 もう1人のプレイヤーがぎょっとしたのが空気で判った。

 突然地面に倒れた相棒の身に何が起こったのかもう判っていない。


 今だ──

 そう思った悠吾は地面を蹴りあげ、背後からプレイヤーに飛びつくと素早く首元に腕を回した。突然の出来事に防御することも出来ず、がっちりと悠吾の腕がプレイヤーの首に巻き付く。

 背後からのチョークスリーパーだ。


「ぐ……ッ!」


 頸動脈を押さえられたプレイヤーは声にならない呻き声を上げた。

 このまま絞め落とす──

 前に押し倒そうと思った悠吾だったが、咄嗟に確実に絞め上げる為に胴体に両足をフックさせると背後へ重心をかけ引きずり倒した。

 チョークスリーパーから、脱出することがほぼ不可能と言われる胴体に両足を絡めたバックチョークに移行する。


 がっちりと極ったバックチョーク。みしみしとプレイヤーの首が悲鳴を上げる音が悠吾の耳にも届いた。

 時間にして僅か数秒──

  悠吾の腕を必死に引き剥がそうともがくプレイヤーだったが、首元にしっかりと巻き付いた悠吾の腕を引き剥がすことは出来なかった。

 そして直ぐに頚動脈洞反射が起き、プレイヤーの意識は闇の中に溶け出していく──

 

「……ぷはっ!」


 自分の腕を掴むプレイヤーの握力が無くなった事を確認した悠吾は、深い海の底から脱出したかのごとく、冷たい空気を一気に肺の中へと送りこんだ。


「小梅さん、やりましたよっ!」


 やった。

 作戦通りに殺すこと無くプレイヤーを無効化することができた。

 あまりに想像通りの結果に興奮してしまった悠吾だったが──


「悠吾……」

「……ッ!」


 そんな悠吾の声を小梅の小さい声が遮った。

 小さくも重い声。

 何かにおびえているような声に悠吾は思わず息を呑んでしまった。


「どど、どうしたんですか、小梅さん」

「これ」


 静かに何かに指をさす小梅。

 小梅が指したその先、そこにあったのはプレイヤーが運んでいた「荷物」──

 だが、それは「物」であり「物」ではなかった。


「うッ……!」


 それを見た悠吾は思わず顔を顰めてしまった。

 彼らが運んでいたのは……死体。それも年老いた老人の死体だった。


「小梅さん、この人達は……」

「……多分、地人じびと。この街に住んでいた地人じびと……だと思う」


 そう自分で言葉に出しながら、小梅は頭を殴られたような衝撃を受けてしまった。

 この人はプレイヤーじゃない。もしプレイヤーだったら、身体は消えてマイハウスに戻るはず。それに……プレイヤーが設定できるアバターに「老人」は無かったはず。

 と言うことは、ベヒモスのプレイヤー達はこの街に住む地人じびと達を殺している──


『どうした小梅、悠吾くん!? 何かあったのか?』

『……ノイエ、ベヒモスの連中はこの街に居る地人じびと達を殺しているわ』

『……なんだって?』


 ノイエの息を呑む声が悠吾達の耳に届く。

 だが、悠吾もまたノイエと同じ言葉を口に出しそうになってしまった。

 何故彼らは地人じびと達を殺す必要があるんだ。

 

『情報を隠蔽するため……この街に自分たちが居るという事を外に出さない為かもしれん』

『……多分ね』


 冷静に分析するトラジオに小梅が返した。

 確かに街に住む地人じびと達が居なくなればルシアナさんと共に潜伏しているという情報が漏洩する事は無くなるだろう。

 だけど……だけど、地人じびと達は只のNPCノンプレイヤーキャラクターじゃない。ちゃんと自我があって、僕達と同じようにこの世界で暮らす「人間」なんだ。それを──


『敵はそう言う奴らだということさ。皆、心してくれ。敵は容赦しない。プレイヤーだろうと地人じびとだろうと邪魔な存在には容赦せず引き金を引くだろう』


 ユニオンのプレイヤー達と同じように。

 そう言うノイエの言葉に悠吾と小梅は思わず顔を見合わせてしまった。


 ──この世界に順応しているプレイヤーも多い。

 

 いつかアジーが言ったその言葉が悠吾達の脳裏にふと浮かんだ。

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