第60話 トットラの街へ
本当に僕の考えは正解と言えるものなんだろうか。
説明しますと言ったものの、ノイエ達とその先にみえる幾人ものノスタルジアプレイヤー達の姿がちらついてしまった悠吾は、得も知れぬ不安に苛まれてしまった。
上手く行けばノスタルジアとラウル、両方にとって良い結果が待っている。だけど、そこに至るまでに犠牲が出る可能性だってあるし、もし失敗すれば待っているのは全員の「死」だ。
「……悠吾?」
何かを感じた小梅が小さく囁いた。
そしてどこか不安げに眉を潜めている小梅の姿。
そんな小梅の表情を見て、彼女が言った言葉が悠吾の脳裏に浮かんだ。
あんたに大丈夫と言われると安心する──
こんな小胆な僕だけど、頼りにしてくれている人が居る。
いや、小梅さんだけじゃない。多分、ノイエさんも少なからず僕に意見を求めているような気がする。
僕の考えは100点の答えじゃないかもしれない。
だけど、遠くにかすかにみえる希望の光をたぐり寄せる事ができる「細い糸」の可能性は……ある。
「……悠吾、俺達は仲間だ。お前1人で責任を抱える必要はない」
「トラジオさん」
俺たちにも背負わせるぐらいのつもりでも構わんぞ。
思い悩みながら、ぴんと張り詰めた空気を放つ悠吾ににやりと冗談気味にトラジオが笑みを浮かべた。
「そう……ですね」
ここまで来た僕達は、言わば運命共同体というわけですもんね。
現実世界では声にして聞くことがあまり無い、仲間という言葉にむず痒さを感じながらも、悠吾は湧き上がる力を感じた。
「僕の考えは幾つもあるうちの1つの案だと思って下さい。これは僕だけで決定できるレベルの問題じゃないですから皆さんの意見も是非聞かせて欲しいです」
「そうだね。トラジオさんの言うとおり僕達も悠吾くん1人に責任を押し付けるつもりはさらさら無い」
だから聞かせてくれ。君の策を。
ノイエの言葉に、悠吾は静かに深呼吸をしてゆっくりと、しかしはっきりと芯の通った声で続けた。
「単刀直入に言います。これから向かうトットラの街でルシアナさんの救出と同時に……ベヒモスのクランマスターを拘束します」
***
「えーっと……もう一回言ってくれる?」
今とんでもない事言わなかった、あんた。
悠吾が放った言葉に小梅は耳を疑ってしまった。
「はい。ベヒモスのクランマスターを拘束します」
「……ッ!」
けろりとした表情で悠吾が再度同じことを言い放つ。
……やっぱり聞き間違いじゃなかったのね。
はっきりと言い放つ悠吾に目を丸くした小梅だったが、同じくトラジオとノイエ、そして風太もまた同じく驚きを隠せないようだった。
ルシアナ1人を救出するだけでもかなり危険が伴う作戦なのだが、それに合わせて今回の騒動の首謀者であるベヒモスのクランマスター、ラノフェルを倒さずに拘束するだなんて──
「意図が見えない。ベヒモスのクランマスターを誘拐してやめさせるように説得するとでもいうのか?」
無謀とも取れる策にノイエが得心のいかないような表情を見せた。
「いえ、違います。目的はもっと別の所にあります」
「どんな目的なのだ」
間髪いれずトラジオが聞き返す。
「目的はひとつです。訪れる交戦フェーズで開始されるユニオン連邦によるラウルへの侵攻を防ぐ事です」
「それとベヒモスのクランマスターの拘束がどう繋がるんです?」
風太がさらに問う。
最終目的はユニオンのラウルへの侵攻阻止。
そして、そこに至る手段の1つが──ベヒモスのクランマスターの拘束。
そう自分の中でもう一度整理した悠吾は静かに続けた。
「ベヒモスのクランマスターはルシアナさんをユニオン連邦に引き渡すと言ってましたよね?」
「そうだが……まさか……」
「そのまさかです。……ルシアナさんをユニオンに引き渡すための場に僕が同席するためにベヒモスのクランマスターの身柄を拘束します」
しんしんと静まり返るテントの中に悠吾の決意に満ちた声が響いた。
テントの外で吹き抜ける風に揺れ、かすれる木々の音だけが悠吾の言葉の余韻を優しく撫でる。
「……同席……って、あんたが?」
「はい」
「ユニオンとラウルの会合の場に行くということか?」
「そうです」
「ちょっとまってくれ……同席して何をするつもりだ……いや、やることは1つしかないが……」
ノイエが思わず頭を抱えてしまった。
それは誰もが考えつく方法であり、誰も考えなかった方法だった。
選択肢としてまず最初に消去された手段、ユニオンとの対話による解決──
「ユニオンの代表に交渉するんです。次回の交戦フェーズで行うラウル市公国への侵攻を中止するように」
「どうやって!?」
思わず小梅が声を荒らげた。
そんなの無理に決まってるじゃない。ユニオンの侵攻を止められないからラウルは奴らの傘下に入ろうとしているんでしょ?
それに、そんな場に出向いちゃったら速攻殺されちゃうに決まってる。
「方法はあります。その為に……解放同盟軍のメンバーの方達に協力してもらいたいです」
「協力? 他のメンバーに?」
「はい。可能であれば、僕達がトットラでの作戦を展開すると同時に」
そう静かに言う悠吾にノイエは小首をかしげながら思案した。
僕達が救出作戦を実行すると同時に他メンバーに動いてもらう……
その理由は後で聞くとして、他のメンバーに別行動してもらうのは悪い話ではない。
内部に潜んでいる可能性があるラウルとの内通者とパームから送られてくるラウルのクラン。僕達がルシアナの救出作戦を実行するにあたって、彼らの目をどうにかして別の方向へ向ける必要がある。
悠吾くんへ協力する事がノスタルジアの再興と同時に彼らを欺く手段になるのであれば──
「ノイエさん、悠吾さんの話は悪い話ではありません。ルシアナ様救出の情報を撹乱させるには最適かもしれません」
「ああ、僕もそう思ってた。……悠吾くん、直ぐにメンバーを手配しよう」
「本当ですか!?」
快く返事を返すノイエに悠吾は思わず表情が緩んでしまった。
「ありがとうございます。でも、その解放同盟軍メンバーの協力は第2ステップです。あくまで第1ステップはルシアナさん救出と同時にベヒモスのクランマスターを拘束する事です」
そして何が何でも、交戦フェーズに突入する前にユニオンとの交渉の場を作る。
「しかし、奴らの傘下に降るわけでもなく、戦いによって奴らを退けるわけでもなく、交渉によって交戦フェーズを切り抜けるという考えは、逆に誰も考えなかった手段だな」
「……これまでのユニオンが行ってきた事例と今の解放同盟軍の状況を考えると、ラウル市公国がやろうとしている事も、ノイエさんがやろうとしている事もリスクが大きすぎます」
傘下に降る事と徹底抗戦する事、どちらもデメリットがあるのならば、そのどちらかに決める議論や争いをするのではなく全く新しいアプローチ方法を考える必要が有る。
それが交渉という第三の選択。
「ふむ、一理あるな。交渉がうまく行けば血を見ること無く交戦フェーズを切り抜ける事ができるかもしれん」
「……んで、その最初の一歩がクランマスターの拘束ってワケね」
はぁ、とより難易度が増した作戦に小梅がため息を漏らす。
そうなるとルシアナが拘束されているであろう教会に強行突入して救出する作戦を多少変更する必要があるって事よね。
「でも、あたしは悠吾の案に賛成するわ。なんか全員がハッピーになれる気がするもん」
「うむ、俺も賛成だ。上手く行けばラウル、ノスタルジアに取ってメリットがあるのならば確実に上手く行く方法を考えたい」
小梅とトラジオが相次いでそう言う。
だが、ノイエと風太は結論を出しあぐねていた。
交渉による事態の打開は不可能と思っていた。ノスタルジアのプレイヤーを排除する方向へとユニオンが動いていたからだ。
こちらに剣の切っ先を向けるのであれば、同じ剣を持って彼らを退ける──
方法はそれしか無いと思っていたノイエだったが、悠吾は対話によって彼らを退けると言った。
無謀と取れるその案だが……もし可能性があるのであれば賭けてみてもいいかもしれない。
「風太はどう思う?」
「……正直な所を申し上げますと」
そういって風太は冷ややかな視線を悠吾へと向けた。
徹底抗戦を掲げて集まった解放同盟軍だ。対話で戦いを避けるという考え方は彼らにとって戯言なのかもしれない。
風太の目を見て悠吾はそう思った。
しかし──
「私の意見としては、悠吾さんの案に賛同したいと考えています」
「……ッ!」
「へぇ、強硬派の君らしからぬ意見だな」
風太の意外な返答に、ノイエは思わず笑みを浮かべてしまった。
「私は何も血が見たいわけではありません。戦いが避けられる方法があるのであれば尽力させていただきます」
「……よし、決まった」
風太のその言葉を聞き、ノイエは決心したかのようにぽつりと呟いた。
「悠吾くん、皆の意見を聞く時間が無いために暫定的ではあるけれど、僕達解放同盟軍は君の案に賛同しよう」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、僕の考えも風太の意見そのままさ。僕達は徹底抗戦を謳っているが、血を見たい訳じゃない。血を見ずに奴らを退けることができるのであれば、それに越したことはない」
ノイエの笑顔に悠吾は、今たしかに歯車が動き出したような気がした。
賽は投げられた。
あとはひとつひとつ確実に駒を進めていくだけだ。
その一歩一歩が危険に満ちた茨の道だけど。
途方も無い長い道のりが脳裏に浮かんだ悠吾だったが、その道の先に見えているのは確実に光り輝く小さな希望だった。
***
トットラの街へ向かう車中でノイエが説明したルシアナ救出&ラノフェル拘束作戦はシンプルなものだった。
元々全員が単なるゲームプレイヤーであり、軍事作戦に精通していないということもあった為、組まれたのはごくごく単純な作戦。
闇に紛れ教会へ近づき、偵察ドローンにて内部の動きを調べた後にベストなポジションを選定し、突入する。
「小梅は盗賊のスキルを最大活用して周囲警戒と索敵、悠吾くんは兵器を使っての索敵のサポートと脱出のバックアップを」
そして4人の中で最もレベルが高く、経験豊富なトラジオさんと自分の2人が突入チームを組む。
ノイエが言うその作戦は理にかなったものだったが、割って入るように待って下さいと異を唱える声があった。
後部座席から前方に身を乗り出す悠吾だ。
「ノイエさんのクラスは魔術師ですよね。瞬間火力が高いノイエさんには脱出経路の確保をお願いしたいです」
不意を突く突入よりも、脱出の方が何倍も危険が増し戦闘が激しくなる。包囲される内部に魔術師を配置するよりも強力な火器で外から援護してもらうほうが脱出も容易になるはず。
悠吾はそう考えていた。
「……確かに脱出を考えると悠吾くんが言う方がいいけれど……君が突入チームに?」
悠吾くんは戦闘職ではなく、生産職のはず。
生産職の彼が前線に出て良いものなのか。
「教会内での戦闘行為は必要最低限に抑える必要があります。それにトラジオさんとは何度もコンビを組んでます」
ですよね、トラジオさん。
そう心の中でトラジオに問いかけたながら、ルームミラー越しに悠吾が答えた。
「うむ。これまで悠吾とは幾度と無く危機を乗り越えて来たからな。俺としても相棒を組むならば悠吾の方がやりやすいのだが」
「……そうですか」
そう言いながらノイエはハンドルを握りながら頭を抱えてしまった。
元々戦闘職の中でも魔術師は潜入やCQCには向いていないクラスだ。
圧倒的かつ強力な火器によって相手に手痛い打撃を与えること。それが魔術師の得意とすべきポジション。
悠吾くんの言うように、セオリー通りで言えば定点による制圧射撃と脱出援護が僕の役割ではある。
だけど、この失敗が許されない状況で彼らにまかせていいものなのか。
「それに僕にはいざというときの為の『とっておき』の兵器があります」
「とっておきの……兵器?」
「悠吾はね、アーティファクトを持ってんのよ」
「……ッ! アーティファクト!?」
小梅の言葉にノイエは眼球が飛び出るほどの衝撃を受け、思わず叫んでしまった。
「まさか!? オーディンのメンバーで持っていた奴がいたけど……ほんとに悠吾くんが?」
「ええと、はい。その~……偶然にも」
クジで引いてしまいまして。
運良く。
「あの廃坑を抜けれたのも悠吾のそのアーティファクトのお陰だったってわけ」
「……小梅が言っていた残党狩りクランを退けたっていうのがそれだったのか」
どうやら嘘じゃ無さそうだ。
どこか自分の事の様に自慢する小梅を見てノイエは妙に納得してしまった。
「万が一の場合はそのアーティファクトを起動して切り抜けます」
解放同盟軍のキャンプでそこそこのダークマターを補充出来た。
今起動すれば少なくとも2分程は動ける。万が一の事が起きても2分あれば教会をスクラップにすることだって出来る。
と思います、多分。
「……判った。僕と小梅で君達2人を最大限サポートする」
「ありがとうございます」
「……ただし、危険だと判断したら直ぐにそのアーティファクトを使用して……ルシアナを必ず救出する事」
厳しいようだけど、ルシアナを失ってしまえば悠吾くんの策云々の話ではなくなってしまう。
この作戦に失敗は許されない──
ノイエのその言葉に、押しつぶされそうな緊張感が車内を包み込んだ。
「でも、重く考える事は無い。成功する様にしっかりと作戦を練れば良いだけの話だ」
「いや、重く考えるなっていってもさぁ……」
もうすでに時遅しだよ、それ。
眉間に深く皺を寄せてぶつくさと小梅が吐き捨てる。
「む、そうか。すまない」
「それにさ、言うならもっとこう……あるでしょ? 言い方がさ」
成功させるイメージを持たせる為の言葉が。
……あたしには浮かばなけど。
「なんだ、『ガンガンいこうぜ』とかそういうのか?」
「……え? あ〜……」
駄目だこりゃ。
真剣な眼差しでそういうノイエに小梅は諦めるように肩を竦ませ、「もういいわ」と手をひらひらとなびかせた。
「ノイエ」
俺からも言わせてもらうぞ、と厳しい表情を浮かべながらトラジオが小梅に続ける。
ほら、流石にまじめにやれとクマジオも怒ってる。
そう思った小梅だったが──
「どちらかというと『命を大事に』の方がピッタリだと思うが」
「あ、そうですねトラジオさん」
「……へ?」
何言ってンのあんた達。
トラジオの提案に「では、『命を大事に』で行こう」と意気込みを込めて声を上げるノイエに小梅はどっと疲れがこみ上げてきてしまった。
「……命を大事に、ですね」
「なによ悠吾、あんたまで」
怪訝な表情を浮かべる小梅に悠吾は冗談っぽく笑顔を浮かべた。
なんだかこれから死んじゃうかもしれない戦いに行くとは思えない雰囲気だけど、なんだかすこしだけ緊張がほぐれた気がする。
満足気な表情を浮かべるノイエとトラジオ、そして怪訝な表情を浮かべながらも「それってどっかで聞いたことあるけどなんだったっけ」と、つい聞き返してしまう小梅の姿を見て「鈍キング」らしからぬ硬い表情を浮かべていた悠吾の表情がふとやわらかく崩れた。




