第59話 インターバル その2
「……パムから返答が来た?」
キャンプの一角に設けられた一際大きいテントの中、トラジオが入り口から顔を覗かせている悠吾にそう答えた。
「はい、そうなんですが……」
パムさんから来ているのは重要かつ緊急的な情報。
それを早く伝えないとと思いながらも悠吾はそのテントの中の異様な光景に言葉を失ってしまった。
トラジオの他にテントの中に見えるのは幾人かのノスタルジアプレイヤーの姿。そしてその全員が近寄りがたい空気を放ちながらひとつのテーブルを囲み、分厚い本と睨み合いながら黙々と何かに集中している。
「……何よココ」
悠吾の後ろから続けてひょいと顔をテントの中につっこみながら小梅が感嘆の声を漏らした。
「ここは解放同盟軍の生産職プレイヤー達が集まり、様々なアイテムを生成している場所……らしい」
「え? アイテムの生成?」
トラジオの言葉に目を輝かせた小梅は、悠吾の脇を通りぬけテントの中へするりを身を滑り込ませると、テーブルを囲むプレイヤーの背後からひょいとプレイヤーの手元を覗きこんだ。
分厚い本はどうやらルルの工房であったような生産のリストで、プレイヤー達はトレースギアからそのリストに載っているアイテムを生成しているらしい。
全員無言で。
「……じろじろと見ないでもらえます?」
と、背後から小梅にじっと見られていたプレイヤーの1人が我慢ならないと顔を顰めながらそう吐き捨てた。
その言葉ににじみ出ているのは明らかな苛立ちだ。
「な、なによ。減るわけじゃないし、いいじゃない」
「集中が切れてしまいますので迷惑です」
どこか既視感のある敵意が篭った目でじろりと睨まれた小梅は申し訳無さよりもふつふつと怒りがこみ上げて来てしまった。
あー……そういえば学校にも居たわ。こういう奴。
「よせ小梅、彼らの邪魔をするな。彼らは解放同盟軍の重要なチームだ」
「チーム?」
こんな無愛想な奴らが重要なチーム?
トラジオが放った言葉に小梅は訝しげな表情を浮かべた。
「そうだ。彼らは解放同盟軍内の武器生産を担われた『工廠』と呼ばれる生産チームらしい」
小梅から視線を手元に戻し、再度作業に戻ったプレイヤーを見てトラジオはそういうと、彼らに聞いた内容をそのまま小梅と悠吾に説明し始めた。
彼らがここで黙々と生産に勤しんでいる理由──
彼ら「工廠」と呼ばれる生産チームは、解放同盟軍の土台を作るとても重要なチームなのだとトラジオはいう。
プロヴィンスを全て失い、国家として形をなさなくなったノスタルジア王国だったが、GMのルシアナと所属プレイヤー達は様々なデメリットを負うことになった。
その1つが「徴用システムの利用停止」だった。
徴用システムは強化フェーズ時に生産職プレイヤーが所属する国家にアイテムや兵器、武器などを納品することで対価となる報酬や経験値を得る事ができるシステムで、徴用によって集められたアイテム類は次の交戦フェーズで各クランに補給物資として均等に分配され、プレイヤーは1週間を戦う事になる。
その徴用システムが利用出来ないということは、いわば兵站の1つである戦闘力を維持させるための「物資の充足」ができなくなる事を意味していた。
つい先日悠吾がプロヴィンスを脱出する際に悩んだ「弾薬の確保」と同じく、「物資の充足」が出来ない事はルシアナや解放同盟軍の幹部たちにとって由々しき事態──
その事態を解決するためにルシアナが立ち上げたのが「工廠」と呼ばれるチームだった。
工廠は簡単に言えば、組織的なアイテム生成工場だ。各プレイヤーから上がってくる必要な物資リストにそって、素材を支給された生産職プレイヤーが一箇所でひたすら生産に勤しむ。
工廠に所属しているプレイヤーは最低限の援助を解放同盟軍から受ける事ができ、さらにその身の安全は保証される。
これは戦闘職、生産職共にメリットが大きい内容だった。
そしてさらに、集中的な生産は二次的な効果を産んだ。
それが先ほど悠吾達が目の当たりにした巨大なトレースギア型の機械を代表する「リストに無いアイテムの生成」だ。
豊富な資金と資源があるわけではなかったため、工廠に所属するプレイヤー達は生産を行っていく上でより少ない素材で多くのアイテムを生み出せないかという試行錯誤の繰り返しを行っていた。
その過程の中で偶然生み出されたのがそのリストに無いアイテムの生成だった。
「……なるほどね。と言うことは、あたし達もここで物資の補給が出来るって事?」
「ああ。とりあえず悠吾と小梅の銃もカスタマイズしておいたぞ」
「え、本当ですか?」
悠吾がぽつりとトレースギアを開くトラジオにそう問いかけた。
そういえば救出作戦の会議が始まる前にトラジオさんが武器を貸してくれと言っていた。Magpul PDRの使用感を知りたいのかなと思ってたけど、そういうことだったのか。
「クマジオ、ずっとここに居たわけ?」
「この先どちらにしろ戦闘は避けられんからな。銃のカスタマイズと調整に時間を費やしていた」
確かにトラジオさんのHK416が見た目から変わっている。
以前購入した光学照準器、ホログラフィーレンズにレーザーを当てて照準を投影するホログラフィックサイトはそのままだが、そのホログラフィックサイトの後ろに倍率を上げるブースターサイトが取り付けられ、銃身の下部、ハンドガード部分のレールには反動を抑える為の三角形のアングルグリップが取り付けられている。
さらに、銃口には可能な限り的に発見されない事が重要な救出作戦を想定してか、細長いサプレッサーも見える。
完全に潜入仕様の銃だ。
「それで、パムからの答えは?」
「え、ああ……」
完全に忘れてた。
トラジオの言葉に悠吾は慌ててトレースギアからメッセージボックスを開いた。
「これを見て下さい」
悠吾の元に届いていたパムからのメッセージ。
そこに書かれていたのは────想像以上の正確な情報だった。
「これは……」
「ええ、居場所が判明しました。ルシアナさんが幽閉されているのは『トットラ』という街です」
そう言って悠吾は続けてメッセージに添付されていた画像を開いた。
かなり遠方から撮影されたのか、ピントがあっておらずだいぶぼやけているものの長髪のブロンドヘアの女性だということが判る。
「俺はGMには会ったことがないのだが、この女性がルシアナなのか?」
「はい。ノイエさんに確認しました。確かに彼女がルシアナさんです」
悠吾はそう言うとその画像をタップして横にスワイプし、次の画像を開いた。
証明書と書かれた一枚の画像──
これは情報屋のブランドによって守られた、信用に値する確実な情報だという証明書だ。
そしてこの証明書が語っている。
ルシアナは確実にトットラの街に拘束されている、と。
「ふむ。と言う事は、4カ所に同時攻撃をする必要は無くなったわけだな」
「はい。でもあまり楽観視は出来ないですが」
「……何かあったのか?」
トラジオの問いに悠吾が無言で頷く。
「救出作戦を実行するメンバー選定で解放同盟軍の上層部とノイエさんに一悶着ありまして」
「そうなのか?」
「ま、国のトップの命よりも自分の命の方が大事ってわけ」
当然といえば当然だけどさ。
そう吐き捨てる小梅の言葉を聞きながら、悠吾はトラジオに肩をすくめて見せた。
「……うむ。しかし状況は最悪というわけでも無さそうだな」
目的地は一箇所。先ほどの写真を見る限り、ルシアナが拘束されている場所も少し調べればおおかた特定できるだろう。
「いよいよ作戦実行というわけだな」
そういうトラジオに悠吾と小梅は静かにひとつ、こくりと頷いた。
***
悠吾達が例の会議が行われていたテントに到着した時にはすでに会議に参加していた幹部達は居なくなり、テントの中はぴんと張り詰めたような異様な空気が支配していた。
その空気を放っているのは「工廠」から上がってきたアイテムをチェックしているノイエだ。
「ノイエさん、どうしたんですか?」
「ああ悠吾くん待っていたよ。実はあれから事態は急変してしまって」
ノイエのメインウエポンなのだろうか、悠吾のMagpul PDRやトラジオのHK416よりも一回りほど大きな銃器、軽機関銃の「M249 SPW」を組み立てながらノイエがそう言った。
M249 SPWは瞬間火力に特化した魔術師が装備できる銃で、キャリングハンドルや車載するための取付銃架などが取り外され、持ち運びしやすいように軽量化されたM249の派生武器だ。
軽量化されてはいるものの従来通り最高で一分間に800発もの5.56mmNATO弾を発射でき、強烈な弾幕を作る事ができる分隊支援火器だ。
「急変、ですか」
「ああ。先行してトットラの街に向かわせた斥候からの連絡で、連中の動きが活発化しているらしい。明日中にルシアナを連れてラウルを出る可能性が高い」
明日中──
予定より半日以上早いじゃないですか。
「ひょっとして……向こうにこちらの動きが?」
「その可能性は否定できないね」
悠吾の言葉にノイエは眉をひそめながらそう答えた。
「解放同盟軍に参加しているメンバーの中にラウルとの内通者が居るのかもしれない、と?」
「あくまで可能性、だけどね」
メンバー全員の素性を調べている訳じゃないから、ラウルからのスパイが居てもおかしくはない。
ノイエはそう続けた。
「敵は外だけじゃないってわけですね」
「……皆さん、こっちに」
悠吾の言葉に答えるように、ノイエは悠吾達と、あわせて傍らで装備のチェックを行っていた風太を呼んだ。
「内通者が居る可能性が高い以上、作戦を口外せずに救出作戦は僕達だけで行く事にした」
「あ、あたし達だけ……って5人って事!?」
「いや違う」
声を荒げる小梅にノイエは静かに答える。
「そ、そうよね。いくらなんでも5人で行くなんて……」
「救出メンバーは僕と悠吾くんとトラジオさん、小梅の4人だ」
「……へ?」
あっさりとそう答えるノイエに小梅は言葉を失ってしまった。
「よ、4人なわけ!? なんで!?」
「まず理由のひとつは内部に潜む内通者を欺く為だ。風太を残し、熟夜前に僕達だけでトットラに向け出発する」
そう言ってノイエは例の巨大なトレースギアの電源を入れると、すぐさま現在位置とトットラの街の両方が見えるようにMAPの縮尺を合わせた。
「ジープを使えば丁度熟夜が開ける前に到着できるはずだ。そして闇に紛れトットラに潜入する。僕と小梅は街の北、悠吾くんとトラジオさんは街の南側から入る」
そして目指すはここ。
ノイエはMAPを街の全貌がわかる縮尺にズームさせ、丁度街の中央にある教会をタップした。
「教会?」
眉を潜めるトラジオにノイエが頷く。
「想定するに、教会内はベヒモスのプレイヤーが厳重に守っているはず。潜入するのは至難の技だろう」
「とすると……?」
「ブリーチングで一気に突入する」
ルシアナを人質に取られていて、かつ時間が無い状況を考えるとそれしか無い。
ノイエはそう言った。
「突入するにしても、教会内の状況を把握する必要がありますね」
「工廠で生成した偵察ドローンを活用する」
そう言ってノイエはテーブルの上に乗せられた小さな兵器を指さした。
悠吾が生成できるクアッドローター型のMAV「アウル」よりもかなり小型の……おもちゃのラジコンヘリコプターのような偵察ドローンだ。
「これって……」
「ブラックホーネットナノだ」
ブラックホーネットナノ……
ミリタリーオタクの気がある悠吾には聞いたことがある名前だった。
確か現実世界でイギリス軍が実戦投入している、携帯型情報端末で自由に遠隔操作ができる全長10cmほどの軍用偵察ドローンだ。
こんなちっこいのに、1台2000万円もするというぶったまげた開発費用で、すご〜く記憶に残ってます。
「この偵察ドローンで敵配置を確認し突入する。そして教会内に居る障害となるプレイヤーを全て排除し、ルシアナの身柄を確保した後……素早く脱出する」
「追手は?」
教会に強行突入しルシアナを助けるまでは判ったが、そうなれば確実にベヒモスの連中に追われる展開になるだろう。
奴らとしても渡す訳にはいかないルシアナの身柄を再度奪い返すために必死で追いかけてくるはず。
「……ここからは、私が説明します」
トラジオの疑問にそう答えたのは風太だった。
ノイエに変わり、巨大なMAPの前に風太が立つ。
「悠吾さん達はルシアナ様救出後、ノイエさんと共に東へ脱出して下さい。可能であれば現地でジープなどの機械兵器が強奪できればベストなのですが……難しければ徒歩で」
「東に何があるわけ?」
「ヘリです」
風太が小梅にはっきりとそう答えると、MAP上のトットラの街の右側を静かにタップした。
「東へ2キロほど行った先のランディングポイントで僕が皆さんをピックアップします。軍用ヘリコプター『UH-1Y ヴェノム』が1機用意できましたので」
「軍用ヘリ……! もしかしてあの『工廠』の奴らは飛行兵器の生産が可能なレベルなのか」
風太の言葉に思わずトラジオが感嘆の声を上げた。
飛行兵器はかなりの高レベル機工士が生成できる機械兵器だ。それもレベルとは別に、飛行兵器に特化したスキルが必要のはず。
「ノスタルジアはトラジオさんも知っての通り、元々生産職が多く所属している国家でしたからね。……とは言え、高レベルの生産職プレイヤーを多く保護できてよかった」
彼らが解放同盟軍を足元から支える重要なプレイヤー達だ。
ノイエはそう言う。
高レベルの生産職プレイヤーを多く所属させる事は国家にとって非常に重要な要素のひとつだった。
重要なのは生産職の「特化スキル」だ。
戦場のフロンティアで用意されているクラスはレベルが50を越えた段階でクラス毎に用意された「特化」の道を進む事になる。
機工士であれば、ヘリコプターのような飛行兵器に特化した道と、装甲車のような地上兵器に特化した道、そして船舶のような艦船兵器に特化した道が用意されている。各特化に進んだ場合、別の特化に進むことは出来ない為、同じ職業でも様々なタイプでのプレイが楽しめるというシステムだった。
「続けます。UH-1Y ヴェノムにてトットラを離脱した後、ルシアナ様とともに我々はラウルのGMパーム様の元へ向かいます」
「……え?」
なぜルシアナさんをパームさんの元へ?
思わず悠吾は訝しげな表情を浮かべる。
「いまの解放同盟軍の戦力を考えて、僕達だけでユニオンと戦う事は不可能だ。来たるべきユニオンとの交戦フェーズに備える為にもう一度最後の交渉を行う」
可能性は低いかもしれないがゼロじゃない。ユニオンとの徹底抗戦を打診し、ラウルとの共同戦線を作る。
そう言うノイエに悠吾達は言葉を失ってしまった。
ルシアナさんを連れ去ったラウルのプレイヤー達に協力を打診するなんてどうかしている。
そんなの、何が待っているかは火を見るよりも明らかじゃないか──
「ノイエさん、それは……」
「悠吾くんの言いたいことは判るが他に方法が無いんだ。……それとも君に何か策があるのかい?」
どこか期待を込めてそう言うノイエに、悠吾はぱんと両手を合わせ、いつもの様に天を仰いだ。
この状況を打開する奇策。
その策は────無いわけじゃない。
悠吾のその姿を初めて見る風太は目を丸くして、何事ですかとノイエを見やったが彼はゆっくりと手で制した。
今は静かに。
悠吾の姿を見ながらノイエはそう小さく囁いた。
彼は奇策を持って、情報屋との交渉を成功させた。この状況で彼に重荷を背負わせるのは忍びないが……そうも言っていられない。
時間にして数分。固唾をのむ沈黙が辺りを支配した。
ノイエも風太も、そしてトラジオも小梅も、悠吾の口から発せられる次の言葉をただ、待つ。
「……確率は五分五分といった所ですが、策は有ります」
「本当か!?」
天に向けていた視線をゆっくりと戻し、ノイエの目を見据えながら悠吾がそう言った。
確率は低い策。
だけど、パームさんに交渉するよりはずっと可能性が高い。
「……前回と同じく、聞かない方が良いかな?」
成功させるために。
そう少し冗談っぽく言うノイエに悠吾は微笑みを浮かべ答える。
「いいえ、今回は皆さんの力が不可欠です。説明させていただきます」
そう言って静かに語りだした悠吾の作戦は、前回の情報屋の時とは比べ物にならない程のとんでもない物だった。




