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第57話 交渉 その2

「……終わっていない、とはどういう意味でしょうか」


 おろおろと慌てふためく小梅と、すでに思考キャパシティの限界に達しているのかぼんやりと虚空を見つめるトラジオをよそに悠吾が静かにそう問いかけた。


「そのまんまの意味だ。兎に角座れよ」


 苛立ちを滲ませながらもどこか焦りの色を浮かべているようなパム。

 そんな彼に促されるように、悠吾は小梅達の脇をするりと抜けると先ほど座っていた椅子へと腰を降ろした。


 まるで深い海の中に足かせを付けられたまま放り込まれたような逃げ出すことの出来ない圧迫感。

 その圧迫感を拭い去るように悠吾は息を吐いた。パムにばれないように、小さく、ゆっくりと。

 ──交渉の本番はここからだ。


「……まぁ、なんだ。400は言いすぎた。そうだな、300で引き受けてやる」


 どうだ?

 そう言い放つパムだったが、悠吾は変わらない表情で答える。


「こちらが用意できるのは100です。ノイエさんに情報収集を行ってくれる方に心当たりがあるそうで……」

「……ッ」


 ぴくりとパムの頬が引きつったのが悠吾にはわかった。

 そして彼の心境を代弁しているかのごとく、かたかたとリズムを刻むパムの膝。

 ──いいぞ、流れはこっちに来ている。

 

「その彼は80でやってくれると言っているらしいんですが、僕が思うにどうも信憑性に乏しくて。それでノイエさんに無理を言って20枚をプラスしてもらったんです」  

 

 20枚を加える信頼性が貴方達情報屋にあると僕は思っています。

 悠吾はそう続ける。


「……150でどうだ」


 絞りだすようにパムが言う。


「いいえ、100です」


 じっとパムの瞳を見つめたまま悠吾が答える。

 ここが正念場。

 強引に押しすぎても駄目だし、引きすぎても駄目だ。


 どうしても折れない悠吾にパムは三本目の煙草に火を付け、ぎゅうと煙を口の中に含んだ。 

 小さくくすぶった焦りが動揺に変わり、パムの心を責め立てる。

 しばらく考えた後、火を付けたばかりの煙草を灰皿に押し付け、パムが続けた。


「……130。130でどうだ。これ以上は無理だ。俺の面子が立たねぇ」


 パムのその言葉に思わず悠吾の背後に立つ小梅とトラジオは顔を見合わせた。

 金貨130枚──

 最初に提示した金貨400枚が……3分の1になった。


「うーん……130……」


 パムの言葉に悠吾はわざとらしく考えこむ。

 ここが落としどころか。

 これ以上は彼のプライドが許さないだろう。

 

「……判りました。パムさんがそう言って頂けるのであれば、残りの金貨30枚は僕がなんとかしましょう」

「ほ、本当か」


 いつの間にか立場が逆転していることにも気がつかないままパムが安堵の表情を浮かべる。

 

「はい。もう一度ノイエさんに交渉してみます。ただ……」

「ただ、何だ?」

「いくつかお聞きしたいことがあるのですが良いですか?」


 悠吾の言葉にパムはつい身構えてしまった。

 情報を金で売る情報屋に質問だと? 

 その質問に対しても金を取ろうかと考えてしまったパムだったが、その言葉をぐっと飲み込んだ。

 

 この小僧は金貨30枚を追加で出すと言っている。

 ここはサービスで聞いてやるべきか。

 

「……答えられる範囲でなら」

「ありがとうございます。貴方が先ほど言っていた『情報屋の上客』についてお伺いしたいのですが」


 完全にイニシアチブを握った悠吾が情報を搾り取らんとパムにそう問いかける。

 その目は完全にこれから仕留めた獲物を食す、獣の目だった。


***


 ノイエに交渉をするふりをして一旦席を外した悠吾はカフェテリアの壁に背を預けながらテラスで待つパムとトラジオ、小梅の姿に視線を送っていた。

 失敗が許されない状況での強気の交渉は心臓に悪すぎる。

 だけど、ここまでくればもう後戻りは出来ない。ポーカーフェイスで突き進むだけだ。


 ──情報屋の上客。

 確かにこの交渉の前にパムさんはその言葉を口にしていた。

 上客と言う事は相手は情報屋と親密な関係にある国家と言う事だ。どこの国にも属さないと言いつつも、その国家と親密な関係にあるという事実は今後何かの武器になるかもしれない。

 現在の状況から考えると、武器は多い方が良い。僕たちの身を守る為に。


 そう思った悠吾は大きく深呼吸をして、テラスへの重い一歩を踏み出した。


「……おまたせしました。先ほどの金貨30枚の件ですが、ノイエさんは出して頂けると」


 これで金貨130枚を用意出来そうです。

 そう言いながら席に着いた悠吾だったが、じっとその姿を見つめるパムの視線は明らかに先ほどと違う物だった


「やけにすんなりと出したもんだな」

「え、ええ。かなり渋っていましたが」


 しまった、時間を置きすぎたか。

 先ほどまでの憔悴した表情から一変し、明らな疑いの色が瞳に映っているパムを見て悠吾はそう思った。


「まぁいい、それでさっきの件だが……」

「言いにくいのであれば、僕の予想があっているかどうかだけ答えて頂けませんか?」

「……ッ!」


 首を縦か横に振るだけで大丈夫です。

 一瞬流れを持って行かれそうになった悠吾だったが、それを引き戻すかの如くパムにそう畳み掛ける。

 そんな悠吾に、背後に立つトラジオは薄ら寒さを感じてしまった。


 恐ろしい男だ──

 いつもの悠吾からは想像できないほど狡猾で周到な交渉術。どんな読み合いがあったのかは判らんが、結果的に金貨400枚と提示された費用は130枚になり、さらに悠吾は情報屋から情報を奪おうとしている。


「……クク、大した小僧だ」

「え?」


 観念したかのようにパムが背もたれに身体を預けながらそう漏らした。

 

「思考が鈍い奴かと舐めていた。まさか俺が逆に脅されるとはな」

「い、いえ、そんなつもりは」


 慌てて首を振る悠吾だったが、そんな彼の姿を見てパムはくつくつと押し殺した笑い声を上げた。


「……いいぜ、答えてやる。交渉で俺を負かしたお前への褒美だ」


 口角を釣り上げ、人懐っこい笑みを浮かべながらパムがそう言った。


「そんな負かしたなんて……」

「情報屋の上客っつーのはユニオン連邦だ」


 4本目の煙草に火を付けながら、ぽつりとパムはそう言った。

 あまりに唐突過ぎる答えに、思わず悠吾は固まってしまう。


「え……?」

「何呆けてんだ。情報屋の上客はユニオン連邦だっつってんだろ」


 だが、やっとお前の意表を突くことが出来たぜ。

 笑みを浮かべながらそう言うパムに、悠吾もまた、彼に釣られるように笑みを零した。

 やはり僕の想像通り、情報屋の上客とはユニオン連邦の事だったか。


「どんな情報を売っているかまでは言えねぇぞ」

 

 それを言えば沽券どころの話じゃなくなっちまう。

 そういうパムに悠吾はこくりと頷いた。

 どんな情報を売買しているかは必要無い。その事が判っただけで──かなりの収穫だ。


「ありがとうございます。後は……情報屋についてお聞きしたいのですが」

「俺達について?」


 続けて発せられた質問に、パムは目を丸くした。

 俺たちの何を知りたいっつーんだ。


「ええ、メンバーはどの位居るのでしょうか?」

「そう多くはねぇぜ。ざっと20名位だ」

「20名……! たった20名で情報を集めているのですか?」

「そうだ。まぁ、人材不足は否めないがな」


 ぷかりと紫煙を吐きながらパムが答える。

 情報屋はこのプロヴィンスだけじゃなく、世界中から情報を集めてそれをお金にして売っている組織のはず。それを20人でこなしているだなんて。

 パムさんの表情からそれがいかに大変かがよく分かる。


「成る程、良く判りました。ありがとうございます」

「……小僧、こっちからもひとつ質問していいか?」


 ポケットから財布を取り出そうとしていた悠吾にパムが小さくそう問いかけた。


「……何故お前はあそこまで大胆な態度が取れたンだ?」


 まるでこっちが「断ることが出来ない」事を知っていたかのように。

 お前が「縁が無かった」と言って席を立ったあの時、本当に終わらせる事だって出来た。


「え? 単純ですよ。ノイエさんが他に情報収集を行ってくれる組織に……」

「はぐらかすな。助ける相手はGMゲームマスターだろ? 失敗は許されねぇ作戦の根幹になる重要な情報をわけのわからん組織にノイエの奴が依頼するわけねぇだろ」


 ぎろりと悠吾を睨むパムの目に殺気が篭もる。

 俺を舐めるのも大概にしねぇと痛い目を見るぞ。

 そう語るパムの視線に言うべきか悩む悠吾だったが──


「……判りました。話しましょう」


 ポケットから取り出した財布をテーブルの上に置き、静かに悠吾が語り始める。


「最初にパムさんとメッセージをやりとりした時からうすうす感じていたんです」

「感じてた? 何を?」 

「パムさんが切羽詰まっているんじゃ無いかと」


 悠吾の言葉にパムの鼓動がどくんとひとつ脈打った。


「……俺は送ったメッセージにそんな事は書いてないが」

「ええ、書いていませんでした。ですが、貴方は詳細を聞くこと無く僕の話に飛びつきました。もし依頼が順当に来ているのであれば受けるか受けざるかをそこで判断するはずです。こうやって足を運んだのに受けることが出来ない依頼だったら時間の無駄になるからです」


 でも、結局パムさんはラクーナの街に来る前に詳細を聞かなかった。

 つまりそれは、どんな仕事でも受けないといけないほどパムさんは追い詰められていた可能性が高い。


「ハッ、成る程な。確かにお前の言うとおり、俺は情報屋の中でも上手く行っていない方だ……だが、それだけであんだけの強気な態度が取れンのか?」

「その想定が僕の中で確証に変わったのは、詳細を聞いた上でパムさんが引き受けると言ってくれた時です」

「……どういう事だ?」

「貴方の上には組織のボスが居るはずですよね。たしか……アイゴリーさんでしたっけ」


 あの廃工場でパムが言った言葉を思い出しながら悠吾が続ける。


「ああ、そうだが」

「間接的とはいえ、ノスタルジアの復興と繋がるルシアナさん捜索の情報は情報屋に取って受けることができるかどうか不透明なものだったはずです。ですが、パムさんはボスに相談すること無く自分の判断で受けるという結論を出した」

「……ッ」


 悠吾の背後で彼らの会話を聞いていた小梅が静かに唸った。

 確かに悠吾の言うとおりだわ。

 ──あたしには全く気が付かなかったけど。


「多分、情報屋にノルマ設定でもあるのでしょうか。『ぼちぼちだが上客がいるから食いっぱぐれる事はない』と言っていた事から察するに、パムさんはどうしてもこの仕事を契約したかった」

「ハッ、あの短時間でそこまで把握されちまったってことか」


 そこまでの情報があれば十分かもしれん。だが、それは確定した情報じゃない。

 後が無い状況、そして初めての相手。

 俺でも少なからずブルっちまう状況にも関わらず、あの強気の発言──

 この小僧、ただもんじゃない。


「……言えるのはここまでです」


 そう言って悠吾は、財布から取り出した麻袋をパムに差し出しながら含みのある笑顔を浮かべた。

 ……まだ何か隠してるってわけか。


「ククッ……」

「……ッ!?」


 悠吾の話を鋭い目つきで見つめていたパムだったが、今だ切り札を隠し持っている雰囲気の悠吾の姿に、ダムが決壊するかの如く豪快に吹き出した。


「ガッハッハ!! 気に入ったぜ小僧。お前みたいな切れる奴は初めてだ」

「え、ええっ!?」


 そう言ってパムはテーブルの上に置かれた、金貨入った麻袋を掴みゆっくりと立ち上がった。

 だが、掴んだのは全てではない。

 

「パ、パムさん?」

「今回の依頼、お前が言う100枚で引き受けてやる」

「えっ!?」


 そう言ってパムは煙草を咥えたまま、口に作った隙間から煙を吐き出すとテーブルに置かれた麻袋のうち100枚分を財布の中に押し込んだ。

 

「前に会った時は『安くはできない』と言ったがな、お前だったらディスカウントしてやる」

「あ、ありがとうございます」


 まさかパムさんがそこまでしてくれるなんて。

 流石にここまでは想定できていなかったらしく、呆気にとられてしまっていた悠吾は慌てて頭を垂れた。


「情報は明日、若夜前までにお前に送る。『証明書』付きでな」


 証明書──

 その情報が情報屋のブランドで守られた確実な情報であるという印。


「……あぁ、最後にひとつ」


 財布を懐にしまいながらパムが何かを思い出したかのように、煙草を灰皿へと擦り付ける。

 

「さっきの話、なぜ俺にバラそうと思った?」

 

 さっきの話──僕の交渉のネタばらしの事か。


「……単純です。僕がパムさんに一杯食わせた事が証明できれば、パムさんは逆に味方になってくれそうな気がしたからです」


 笑顔でそう言う悠吾。

 その表情を見て、パムは目を丸くした。


「……プッ……ガッハッハ! マジでお前は大した奴だ」


 そこまで計算済みだったってわけか。

 豪快なパムの笑い声がテラスに響く。


 パムさんは交渉でこの世界を渡り歩いている人だ。そんな彼に僕の戦略を話す事は彼のプライドを傷つけるどころか、逆にラポールが築ける可能性が高かった。

 そしてやっぱりその予測は当たっていた。

 まさか金貨100枚で受けてくれるとは思わなかったけど。


「お前に交渉で負けた俺が言うのもなんだが……何かあったら俺を頼れ」


 力になってやる。

 パムはそう言った。


「ありがとうございます。心強いです」


 パムの言葉に悠吾は上辺だけの返答ではなく、心からそう思った。

 そして逆に、彼を助けたいとも──


「じゃぁな、悠吾」

「……ッ!」


 パムは悠吾を「小僧」ではなく名前で呼んだ。

 卑下する俗称ではなく、自分と対等であるという証明──それは彼なりの敬意を表した言葉だった。

 

 パムさんとは今後もいいお付き合いができる気がする。

 現実世界でこれまで無数の交渉の場を渡り歩き、培ってきた悠吾の経験が心の中でそう囁いた。

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