第55話 誘い その2
「え、パームさんが……黒ですか?」
あの湖の畔を後にし、ケネディジープで解放同盟軍の拠点に向かう道中、悠吾がノイエにポツリとそう言った。
そして小首をかしげながら、悠吾はあのパームの姿を思い起こす。
ナルシーで腹黒~い感じはしましたけど。
「ほぼ間違い無いだろう。奴はルシアナを誘拐したベヒモスと繋がっている可能性が高い」
「……なんですって!?」
「あくまで可能性だ。だが、限りなく黒に近いグレーってとこだ」
声を荒らげた後部座席の小梅にノイエがルームミーラを見ながら返した。
「どうしてそう思ったんですか?」
「君達に判らないのは当然だ。パームの事を知らなければ奴の言葉と行動の節々に見えた『尻尾』に気づくことは出来ない」
パームさんの発言に特に引っかかった所は無かった。
やっぱり、顔見知りなノイエさんにしか判らない事なんだろうか。
「まずひとつ。ポーカーフェイスの奴の表情からは判断出来なかったが、奴は相当焦っていた」
「焦っていた?」
悠吾はちらりと小梅に視線を移したが、彼女も同じように「判んない」と首を横に振る。
「僕は奴にひとつ皮肉を入れた。『僕らと同じく貴方も焦っているんじゃないか』と」
「え、そんな事言ってたっけ?」
「ああ。パームは切れ者だ。普通であれば俺のその皮肉に気がつかない奴じゃない。だが奴は否定しなかった」
否定しなかったと言うことは、図星かもしくはその皮肉に気がつかないほど切羽詰まっていたと言うことだ。
ノイエは小梅にそう続ける。
「成る程……でも、どうしてそれが『黒』ということに繋がるんですか?」
「ふたつ目は君達には知り得ない情報だが、奴はこれまで僕達解放同盟軍への協力を頑なに拒否していた」
「拒否……?」
どうしてですか?
そう言って悠吾はルームミラーを通してノイエの顔を覗きこむ。
「推測するに、ノスタルジアが滅んだその時からパームはノスタルジアとの同盟を破棄し、ユニオンの傘下に降るつもりだったのかもしれない」
ラウルがノスタルジアと同じように滅亡への道を歩まないように。
「……だから、ユニオンに対して波風立たせるような真似はしたくなかったって事?」
「そういう事だ、小梅」
「……話が見えてきました。今まで協力を断ってきたのに、ここに来て突然の協力打診。それもラウルで指折りの強豪クラン」
「そうだ悠吾くん。奴は僕達解放同盟軍の中にスパイを送り込もうとしている」
やっぱり。
ノイエの言葉に悠吾は眉を潜めた。
パームさんが焦っているというのは、交戦フェーズを前に解放同盟軍の動きが活発化してきているからだろう。
ひょっとすると、ノイエさん達によってルシアナさんが救出されるかもしれない。
だから解放同盟軍の動向が判るように、協力を装ってその内部にスパイを……
「いや、スパイというよりも、破壊工作なのかもしれませんね」
「……鋭いね、悠吾くん。確かに僕達がどこまでルシアナの情報を掴んでいるかを調べるよりも、救出作戦を失敗するように破壊工作をするほうが手っ取り早いかもしれないね」
協力を装ったスパイ活動と破壊活動。相手がラウルのGMからの打診だからこそ、その打診は簡単には拒否出来ない。これまで強硬姿勢だったからこそ更に。
と、ノイエの言葉に悠吾は口の前で両手を合わせいつものように天を仰いだ。
思考の世界に入る準備とも言える悠吾のそのポーズ。
「……あんたまたなんか考えてるでしょ?」
でも、悠吾の時折見せる判断力は信頼できるものでもあるけどさ。
呆れ顔を見せながらも、小梅はそう思った。
「……ノイエさん、何か考えは有りますか?」
「え? パームが送り込むスパイを欺く為の?」
「ええ」
パームさんが貸し与えてくれる2つのクランが本当にスパイなのかは判らない。
だけど、その可能性が少しでも有るなら……今回の救出作戦の情報を与え、作戦の一端を担わせる訳にはいかない。
「そうだね、まだはっきりとは解らないけど……彼らが解放同盟軍に到着するまでに作戦を実施し、ルシアナを救出するか……彼らを囮にして別働隊が救出に向かうかのどちらかだろうな」
「……成る程」
どちらの策も悪くない。だけど、リスクがある。
2つのクランが解放同盟軍に到着する前に作戦を実行するという策は、言い換えれば「情報が曖昧なまま救出作戦を実行する」という事だ。
風太さん達が先に解放同盟軍の拠点に戻って各所から集まってきた情報を分析しているとはいえ、ルシアナさんが捕まっている場所を特定できていない可能性が高い。本当であれば後4日のうち、半分近くを情報収集にあてて、残り半分で救出作戦を実施する……という流れがベストなんだろうけど、それができなくなる。
そして2つめの彼らを囮として動かしその背後で別働隊が救出を行うという策、これは人手不足の人材をさらに幾つかに割ると言う事だ。
さらに、パームさんから貸し与えられた2つのクランに見つからないようにするためには、ごくごく少数……2、3人単位での作戦行動になってしまうだろう。
ルシアナさんを守っている敵はラウルのクランランキング1位の強豪クラン。そんな彼らを数人で相手するのは自殺行為に等しい。
「……君に何か作戦があるのかい?」
訝しげな表情を浮かべる悠吾にぽつりとノイエが呟いた。
「……ええ。僕にひとつ考えがあります」
「……ッ!」
天を仰ぐいつものポーズを解き、小さいながらも力強く囁く悠吾にノイエは驚きながらも不思議と信憑性を感じてしまった。
一見、おとなしく頼りない感じに見えてしまうが、あのプロヴィンスから脱出することができたのは彼の作戦が大きかったと小梅は言っていた。会って判ったが、彼には何かそういった才能があるのかもしれないな。
「今度はどんな突拍子もないアイデアが浮かんだんですかね、軍師どの」
茶化すように、肩をすくめながらも小梅が信頼の眼差しを悠吾に送る。
「そ、そんなものじゃないですよ。これまで僕達が培ってきた情報から浮かんだだけの案です」
「……それで、その案というのは?」
「えーと……」
どう説明すべきか考える悠吾だったが、ふと何かを思い出し続ける。
「説明はトラジオさんと合流した後にします。その方がわかりやすいと思いますので」
うん、そのほうが良い。
ひとりでそう納得する悠吾に、小梅は肩透かしを喰らったように眉をひそめてしまった。
「なによそれ。お預けって事?」
「はい、そういう事です」
だから我慢して下さいね。
小さく笑みを浮かべたままそう言う悠吾だったが、その表情が小梅の神経を逆撫でしてしまった。
「……えっらそうに!」
「ええぇッ!?」
優吾のくせに、と小梅はふてくされたような表情を浮かべ頬をぷくりと膨らましたが……いつもの拳は飛んでこなかった。
「……何よ」
「い、いえ、何も」
流石にお兄さんの前ではいつものパンチは来ないんですね。
腕を組み、膨れたままぷいとそっぽを向く小梅。
そんな小梅に悠吾は苦笑いを浮かべ、ノイエはくつくつと押し殺したような笑い声を上げた。
***
解放同盟軍はクランでは無い。
ノイエはそう言った。
ルシアナがノスタルジアプレイヤーの生存者達と解放同盟軍の結成を計画した時に、「クランにすべきではないか」という意見もあったが彼女はそれを拒否したらしい。
解放同盟軍をクランとして作り、プレイヤー達に所属してもらうと言う事は、ルシアナをはじめ各プレイヤー達がこれまで所属していたクランを解散・離脱することになるからだった。
「解放同盟軍は、祖国とそして私達の『家』とも呼べるクラン、『家族』とも呼べるクランメンバーの平安を取り戻す為に戦う」
ルシアナのその言葉によって、解放同盟軍はクランという形ではなくクランの集合体という戦場のフロンティアのシステム上に形を残さない、「ヘッドクオーター」と同じプレイヤーによるコミュニティとして作られる事になった。
「……というわけで、解放同盟軍はクランではないが君達を歓迎するよ」
「ま、参加するのは仕方なくだけどね」
大きめのテーブルが設置されたティピー型テントの中、笑顔でそう言うノイエに小梅は渋い顔で答えた。
あの湖の畔から車でしばらく走った先、山をひとつ越えた森で木々の中に解放同盟軍の拠点である小さなテントが数張ひっそりと佇んでいた。
拠点、とは表現していいものなのか悩んでしまうほど簡易的で質素ないわば、避難民キャンプとも取れるその佇まい──
元々はラウルの首都とも言える、プレイヤー達が集まりラウルの物流の中心となっている街「ジュノ」に拠点を置いていた解放同盟軍だったが、ラウルとの確執が深まり噂でベヒモスの動きを察知した幹部達がリスク分散の為に各地に拠点を分散していた。万が一の際に拠点の一つが攻撃されたとしても、他の解放同盟軍メンバーが難を逃れ、ノスタルジア再興を成し遂げる為だ。
そして、各地の拠点の情報を集約させる本部としてノイエを中心とした幹部達がこの拠点に身を潜めていた。
「まぁ、強制的にとは言わない。しかし、解放同盟軍に参加しないにしても僕達の活動は君達にとって助けになるはずだ」
「そうだな。俺たちも最大限協力しよう」
そう答えるトラジオに悠吾もこくりと頷く。
解放同盟軍に参加するしない関わらずノイエさん達には出来るだけ協力したい。僕達が生き残る手段はもう交戦フェーズでユニオンに勝利し、ノスタルジア復興しか残されていないからだ。
でも、解放同盟軍はクランじゃない以上、僕達も交戦フェーズを前にクランに所属した方がいいんだろうか。
交戦フェーズでクランに所属しているということは国家からの色々な特典を受けることができるらしいし。でも、ノスタルジアが滅んだ今、その特典を受けることができるかどうかは判らないけど。
「悠吾さん、ノイエから聞いたんですが……」
悠吾さんに何か作戦があるという話を。
ノイエの隣に立っていた風太がその作戦を早く聞きたいとうずうずしながら視線を悠吾へと送っていた。
今か今かと待ち望んでいるような表情が悠吾の目に映る。
風太が悠吾のその作戦に縋るには理由があった。悠吾が想定していた通り、各所から集められた情報からルシアナの居場所が特定出来なかったからだ。
そして解放同盟軍の動きを把握し、その活動を邪魔するためにパームは2つのクランを送り込もうとしている。
状況は想像以上に切迫している事が判り、解放同盟軍の幹部達もどう作戦を立てれば良いか考えあぐねいているようだった。
「ええと、その前に風太さん、ルシアナさんが捕まっている可能性が高い場所は何箇所ほどあるのでしょうか?」
それによって考えが変わるかもしれない。
そう思いながら悠吾が口にした質問だったが、風太は「言っていいのでしょうか」とノイエの顔に視線を移した。
時間がなく、周りが敵だらけのこの状況であまり口外したくありません。
そう考えている風太の心境を察したノイエだったが、かまわないとひとつ頷いた。
「……ルシアナ様が幽閉されている可能性が高い街は4つあります。その4つの街にベヒモスのクランメンバーの姿がありました」
ここです、と風太は悠吾達との間に置かれた大きめのテーブルの上に設置された円形の機械のスイッチを押した。
一見、大きめのトレースギアとも取れるそれ。
そう思った悠吾だったが──
「おお」
「これは凄いな」
風太が押したスイッチが電源だったのか、まるでトレースギアのようにその円形の機械の上に半透明の巨大な地図がぶうんと表示された。トレースギアのMAPよりも大きくわかりやすい地図だ。こうやって数人で作戦を練るにうってつけの機械だ。
──というかこんなものあったんだなぁ。
「これは解放同盟軍の機工士が作ったものだ。生産レシピには無いオリジナル品らしいが」
「へぇ! オリジナル品」
悠吾の心の声に返事を返すようにノイエが答える。
オリジナル品……多分、僕が作ったエンチャントガンと同じようなものなのだろうか。
「……説明を続けてよろしいですか?」
「あ、すいません、お願いします」
思わず巨大なトレースギアをしげしげと見つめていた悠吾が慌てて視線を風太に戻す。
この巨大なトレースギアについては後でいろいろ聞こうっと。
「目星を立てている街は、この4つです」
そういって風太がMAPから4つの街を指でタッチすると触った箇所が丸くマーキングされ、各街の距離とこの本部からの距離が数値として表示された。
実にわかりやすい。だけど思った通り、表示されている情報はあまりよろしくない。
「……4つの街は結構離れていますね」
「はい。それがベヒモスの狙いのような気もします」
風太の言葉に隣に立つノイエは思い出したかのようにうなだれてしまいそうになった。
ベヒモスは予め、離れた4つの拠点にクランメンバーを配置し情報を拡散し救出部隊を分散させるように仕組んでいた──
とすれば、ベヒモスの作戦通り僕達は戦力を分けせざるを得ない。
パーム……いや、ベヒモスの息がかかったクランを内部に入れつつ、だ。
「今、私達の戦力を4つに分散すれば、ひとつの救出部隊は8名程になってしまうでしょう」
「2小隊程……ってことですね」
風太の言葉に悠吾は冷静に状況を分析した。
相手はラウルのトップの実力と数を持つクラン。その猛者達が守る街に8人で攻め込む──
通常、戦いにおいて有利なのは防御側だ。攻めこまれるであろう箇所に重点的に人員を導入し罠を張る。
準備された防御陣地を落とすには3倍以上の兵力が必要という話も聞いたことがある。
──実力も数も向こうが上。全くもってお話にならない
「……それってかなり厳しくない?」
みんな亡国者を持っているわけでしょ? やられちゃったら終わりなのに。
悠吾と同じ感想を囁いた小梅に、風太とノイエは口を噤んでしまった。
「しかし小梅さん……」
ルシアナ様を見捨てる訳にはいかない。
そう言いかけた風太だったが、優しく悠吾が手で制した。
そこまで自信があるわけじゃないけど……僕の案で行くしか無さそうだ。
「これから話す僕の作戦は、あくまでそのリスクを低減させる策と考えて下さい」
ルシアナさん救出作戦を実施することが必須ならば、僅かでも成功する可能性を増やす為に時間を使うべきだ。
そう付け加え、悠吾が続ける。
「パームさんとベヒモスのクランマスターとの騙し合いにおいて、最重要になるのは『情報』です。情報を得た者がこの世界に置いて大きなアドバンテージを掴む事になります」
「……ですが、それが今の状況で一番手に入れづらい物なのでは?」
悠吾の言葉に風太はまゆを潜めながらそう答える。
その情報が重要だということは百も承知だ。
そして、その情報を入手するために4つの街に潜入させ、ルシアナ様の安否を確認させるためには人材が足りない。
それに、見つかって倒されれば待っているのは死だ。そんな状況で自分から敵だらけの街に潜入するなんて言うプレイヤーは何処を探しても居ない。
思わず怪訝な表情を浮かべる風太に悠吾はわかっていますと言いたげに小さく頷き、続けた。
「ひとつ、方法があります。……情報を買うんです」
「情報を買う?」
誰が売ってくれると言うんですか。ベヒモスのメンバーを買収するとでも?
言葉を発せずともそう表情で語っている風太をよそに、悠吾の言葉に反応したのは小梅だった。
「情報を……買う……あっ!」
「君にも心当たりがあるのか、小梅?」
ぴんと来たらしく目をぱちくりと見開く小梅にノイエが問いかけた。
「あるある! お金があれば情報を提供していくれる組織があったわ!」
「……ああ、彼らか」
遅れてトラジオも腕を組み、頷いた。
彼らなら、確実な情報を提供してくれるかもしれん。
「一体何なんです、彼らと言うのは?」
「この世界になって作られた『情報屋』という組織です。この世界に関する情報であれば何でもお金次第で提供してくれる組織です」
「……成る程、情報屋にルシアナの居場所を調べて貰うと言うわけか」
その情報屋を使いつい先日小梅へ情報を提供したノイエは合点がいったと言わんばかりに唸った。
彼らにこの4つの街のうち、どこにルシアナさんが拘束されているか情報を提供してもらう。そしてそれは、元ノスタルジア王国のGMが作ったこの解放同盟軍だからこそできる事だ。
「ノイエさん、ひとつお願いしても良いですか?」
「……金か?」
そう言うノイエに悠吾は小さく頷いた。
この依頼は僕達の行方を左右する重要な依頼だ。向こうもその事をわかった上で……法外な費用の提示をするかもしれない。
それに答えられる資金を準備する必要がある。
「はい、お金を用意して下さい。そのお金が準備出来次第、僕達が情報屋にコンタクトします」
ノイエさんではなく、僕達から。
そういう悠吾に、それも何か裏があるのだなとほくそ笑みながら無言でこくりと頷いた。




