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第54話 誘い その1

「この世界はひとつの生命体だと私達は考えています」


 戦場のフロンティアはどのようなゲームなのですかというゲーム雑誌社の質問に対し、ゲームの開発者はそう答えた。

 世界を構成する全てはプレイヤー達の手に委ねられ、戦場のフロンティアのサービス運営会社はその「生命体」が円滑に成長する為だけに力を注ぐ──


 それは、ゲームの運用や不正プレイヤーに対する対処、プレイヤーの要望への対応などの業務を行う「GMゲームマスター」という職業においても例外ではなかった。

 各国家に1名、自国内のルールを自由に設定でき、さらにルールを違反した各プレイヤーに対して罰則を設定できる権限を与えられた管理者たるGMゲームマスターを設定し、そのGMゲームマスターによる自治とも言える統治を行える── 

 戦場のフロンティアは単なるPRGやFPSゲームと違い、ストラテジー要素も楽しめるゲームとしてこれまでネットゲームに触れていなかった顧客層までも取り込む事に成功したゲームだった。


 だが、GMゲームマスターは戦場のフロンティアをプレイしているプレイヤーであれば誰でもなれるチャンスはあるものの、逆に誰にでもなれるというものではなかった。GMゲームマスターになるためにはいくつかの条件をクリアする必要がある為だ。


 まず、「一定数以上のプレイヤーが所属するクランを管理者マスターとして運営しているプレイヤー」であることが最低条件として必要になる。

 国家という、数千人規模のコミュニティをまとめる立場に立つ為には「小さな国家」とも言えるクランをまとめ、円滑に運営している事が条件に入るのは当然といえば当然の事だろう。

 このひとつめの条件が、GMゲームマスターに「立候補」する最低条件になる。 


 そして、ふたつめは「国家内での代表者選挙により過半数以上の票を取得したプレイヤー」であること。

 これは現実世界での国政選挙と同じ意味を持つものだ。

 通常であれば交戦フェーズが終わり、探索フェーズが始まって直ぐに次期GMゲームマスターの選挙が始まる。

 最低条件をクリアしたクランマスターがGMゲームマスターとして立候補し、GMゲームマスターとしてどのような方向性と施策で国をまとめるかを所属プレイヤー達に告知し、そしてプレイヤーは立候補者が国を代表するGMゲームマスターとして素質を兼ね備えているかを吟味し、投票する。

 

 公平といえば公平なGMゲームマスターの選出システムだったが、この2つの条件が開発会社によって設定されているために各国のGMゲームマスターに選出されている面々には1つの共通点があった。

 GMゲームマスターに選出されているプレイヤーは、国のクランランキング上位に立つクランのマスターだという共通点だ。

 

「……え? ルシアナさんって、オーディンのクランマスターだったんですか!?」


 砂埃を巻き上げ赤褐色の道を走るM151……アメリカ陸軍の小型汎用車両「ケネディジープ」の後部座席に乗る悠吾が思わず身を乗り出してそう言った。


「今でもルシアナはオーディンメンバーで、クランマスターだ」

「でも、女性なんですよね?」

「性別は関係ない。ゲームの世界であれば、尚更だ」


 だろう? 

 そう言いながらルームミラーで悠吾の顔を覗きこんだハンドルを握るノイエに悠吾は妙に納得し、どすんと後部座席の背もたれに背を預けた。


「あたしが知ってる限り、結構女性のプレイヤーは居るわよ?」

「そうなんですか?」


 悠吾の言葉に、同じく後部座席に座る小梅がこくりと頷く。

 でも、オーディンは戦場のフロンティアの世界において伝説的なプレイヤーの集団なんでしょう? SPMが800を超えるような化け物が居る。

 そこのマスターって事は、オーディンに居たというロディさんより凄いってことですよね?

 ……なんか、うそ臭い。


「ルシアナは誰もが一目を置く存在だ。そのプレイ技術もさることながら的確な判断力と温厚な性格でオーディンとノスタルジアをを引っ張ってきた」

「うん、やっぱ女性は強いわ」


 小梅があたし女でよかった~と漏らしながら、ノイエの言葉にうんうんと頷く。

 確かに女性は粘り強いと思いますけどね。うちの会社でも夜遅くまで頑張っている女性の姿を見かけますもん。頑張りすぎて身体を壊さないかヒヤヒヤしているんだけど、「悠吾さんこっちばっかり見ていてキモい」ってよく言われてます。


GMゲームマスターになる条件は判ったんですが、ラウルのGMゲームマスターはランキング1位のクラン、【ベヒモス】のマスターじゃ無いんですか?」

「違う。メッセージを貰ったラウルGMゲームマスター、パームはクランランキング2位のマスターだ」


 ランキング1位のクランであるベヒモスは前回の代表選挙に立候補しなかった。

 悠吾の質問にノイエはそう答えた。


「あ、そうか。1位だからってGMゲームマスターに誰もがなるわけじゃないですもんね」


 別に興味が無いと思うプレイヤーが居てもおかしくないですよね。


「そういう事だ」

「それで、そのパームさんが、僕達に会いたいと言っているわけですか……」


 ルームミラーを覗きこむ悠吾に、ノイエは無言で頷いた。


 ケネディジープに乗っているのは、悠吾と小梅、そして運転するノイエの3人だ。

 悠吾達が風太とトラジオと一旦別れ、解放同盟軍の機工士エンジニアが用意したケネディジープに乗っているのは解放同盟軍と合流するためではなかった。

 ノイエにメッセージを送ってきた、ラウルGMゲームマスター、パームに会うためだ。


 ルシアナ救出作戦実行の為に他の解放同盟軍メンバーと合流しようとしていた悠吾達に届いたラウルGMゲームマスター、パームから送られて来たメッセージ。その内容は彼らにとって、色々な意味で予想していなかった物だった。

 

 ルシアナの件で君達と会いたい──


 どんな理由で会いたいと思っているのかが全くわからないメッセージにノイエ達は困惑してしまった。

 何か有用な情報を提供してくれるのか、それとも──

 それだけが記載されたメッセージにノイエはメンバーを二手に分け、風太とトラジオはメンバーとの集合地点へ向かわせ、自分と悠吾、小梅は指定された場所へ向かう事にした。

 念のため、解放同盟軍メンバーを数名別ルートでパームが指定する場所へ向かわせながら。


「よくわからないのですが、ラウルのGMゲームマスターとルシアナさんを誘拐したクラン【ベヒモス】は思想が異なるということなんでしょうか」

 

 ラウルのGMゲームマスターであるパームがベヒモスと同じ考えを持っているのなら、わざわざ会いたいなんて言わないだろう。

 何か企みが有るのであれば別だけど。


「表向きはな」

「……表向き?」

管理するほう(ゲームマスター)される方(プレイヤー)も、どちらも人間だということだ。特に人をまとめる立場であれば必然的に表の顔と裏の顔が作られる」


 ノイエの口から発せられたなにやらきな臭い言葉に思わず悠吾と小梅は顔を見合わせた。

 

「……まぁ、現実世界と同じで大変なんですね。上に立つ人って」


 僕には到底ムリです。クランマスターでさえも努めきれる自信はありませんです。

 ため息混じりで悠吾はそう吐き捨てるように言葉を漏らした。


「だが正直な所、彼が僕達にとって信頼すべき相手かどうか計り知れていないのも事実だ。だから、今回の面会が結果的にどちらに転んだとしても得るものは大きい」

 

 僕らの元に届いたパームからのメッセージには「会いたい」という旨が書かれていただけで内容までは書かれていなかった。

 そこから察するに、公式にメッセージでは送信出来ないような内容なのか、内容を記載することで警戒されるのを防ぎたかったかのどちらかだろう。

 だからこそ今回の面会は彼が「味方」なのか「敵」なのかをしっかりと見定めるチャンスになる。

 

 車内に充満した重い空気を振りほどくようにノイエがぎゅうとアクセルを踏み込んだ。

 がくんとスピードを上げたケネディジープは、障害物の無いまっすぐに伸びた道を赤褐色の砂煙を巻き上げながらパームが指定する場所へと向かった。


***


 パームが指定した場所は、このプロヴィンスの中では特に珍しい森林地帯の中心に位置する湖の畔だった。

 

 森林地帯は細い道が迷路のように張り巡らされている為、森林地帯の入り口でケネディジープを降りた悠吾達は徒歩で目的の場所へと向かっていた。


『到着まで後10分程です』

『判った』


 周囲警戒しながら足を進める悠吾達の耳に入ってきたのは、事前にノイエが手配した解放同盟軍のメンバーからの小隊会話パーティチャットだった。

 ラウルとノスタルジアの間に軋轢が生じている以上、バックアップの要員は用意しておいた方が良い。

 ノイエはそう思っていた。


「にしても、面会場所に湖の畔を選ぶなんて、ナルシーだわ」

「……まぁ、パームにその気が有るのは否定しない」


 ラウルGMゲームマスターのパームさんはナルシスト、と。

 ノイエと小梅の会話を聞いて、悠吾は心の中にそうメモを残した。

 情報は武器になりますからね。どんな些細な事でも記憶しておかないと。


「……見えてきたぞ。あれが指定されたコテージだ」


 ケネディジープを降りて森林地帯に足を踏み入れてから数分、いつの間にか乾燥した空気が次第に湿気を帯び、しっとりとした重さを持ち始めている中、パームが面会場所に指定した湖の畔に建てられたコテージが悠吾達の目前に現れた。

 木々の間にひっそりと佇む小さな木組みのコテージ。

 こんな素敵な場所にあるコテージなら何度も来たいです。


「……早かったな」


 ノイエを先頭にコテージに近づいていた悠吾達にそう声をかけたのは、赤い迷彩柄の戦闘服を来た屈強な男だった。

 この森林地帯では逆に目立ってしまっている迷彩服。

 多分、テラロッサの赤い大地向けに作られた迷彩服なんだろう。


「パームさんは中ですか?」

「ああ。お待ちだ」


 ノイエの言葉に、硬い表情のまま男が頷く。

 

「後ろの連中は?」

「仲間です。解放同盟軍の」

「……聞いていないぞ」


 男の空気がぴり、と尖る。

 放たれ始めたのは明らかな警戒色だ。


「パームさんからは『1人で来い』とは言われていない。それに、僕もそっちにパームさん以外にプレイヤーが居るなんて聞いてない」

「う……っ」


 空気を尖らせる男に、ノイエがぎろりと睨みを効かした。

 さすがは現職のオーディンメンバーとでも言うべきなのだろうか、ノイエに睨まれた男はびくりと身を竦めるとしぶしぶ「行け」と顎でコテージの入り口を指した。


「な、何か緊張します」

「う〜、あたしも。何かニガテ。こういうの」


 ノイエと男のやりとりを傍観していた悠吾と小梅がぽつりと呟いた。

 今の状況を知る為に同行してくれとノイエさんは言っていたから僕達に何かを求めているわけじゃなさそうだけど、それでもやっぱり緊張してしまう。


「まぁ、そう固くなるな。取って食われるわけじゃない」


 ぽんと悠吾の肩を叩き、コテージの入り口に向かいながらノイエがそう言った。

 確かに、今から会うパームという人はユニオンのように明らかな敵という訳じゃないけど、彼がどんな人で何を考えているのかが全くわからないからそれが余計に怖い。

 これは全く知らない会社さんに自社製品「サプ郎」を売り込みに行った時のあれと似てるな。うん。


「さて。黒か白か」


 緊張した表情を崩さない悠吾と小梅を半分茶化すようにノイエは小さく呟きながらちらりと彼らを見やり、コテージのドアに手をかけた。

 いやいや、白であって欲しいです。ここに来て周りが敵だらけなんて勘弁して下さいよ。


「白であることを祈ろう」


 悠吾の表情から読み取ったのか、にやりと笑みを浮かべてノイエが扉を開いた。


「……おぉ」


 きしみ音ひとつ立てずに開かれたコテージの扉。

 その扉の向こうの世界に思わず悠吾と小梅はため息を漏らした。

 その外観と同じようにこぢんまりとしながらも、高い天井に設けられた天窓からはさんさんと暖かい日差しが降り注ぎ、まだ建てられて間もないのかついすんすんと鼻を動かしてしまいたくなる木のいい香りが漂っている。

 まったくもって素敵すぎるコテージだ。

 

「……やあ、来たね」


 と、そのコテージの窓際、小さい小洒落た椅子に腰掛け足を組んでいる男がそう言葉を放った。

 遠目から見ても判る。

 ──ナルシストGMゲームマスターパームさんだ。


「おまたせして申し訳ありません、パームさん」

「いやいや、こっちこそこんな所に呼び出して申し訳ないね」


 そう言いながらも体勢を変えず、足を組んだままの状態で男──ラウルのGMゲームマスターパームが微笑みを浮かべながら答えた。


「それで、会いたいというのは……」

「はっ、いきなり本題か。久しぶりに会えたんだからゆっくり近況を聞かせてくれよ」


 世間話に花を咲かせるつもりは無いと言いたげに本題を切り出したノイエにパームが苦笑した。だが、一方でノイエは硬い表情のままだ。


「生憎ですが、パームさん。僕達には時間が無くて」 


 あなたも知っているでしょう?

 そう返すノイエをパームが手で制した。


「時間が無い中でも焦りを見せず余裕の表情を見せる。良い男とはそう言うモノじゃないか?」

「そうですね、僕もそうありたいと思っているのですが……貴方のようには出来ません」


 このコテージで初めて見せるノイエの微笑み。

 ──貴方も焦っているのではありませんか? 

 ノイエはそう皮肉っている。


「……ははっ、これは一本取られたか」

 

 ノイエの言葉に答えるように、軽いパームの笑い声がコテージに広がった。

 だが、ノイエは先ほど浮かべた微笑みをすでに消し去っていた。彼の狙いが少しづつ見えてきたからだ。


 パームは否定しなかった。

 彼は──僕達と同じく焦っている。

 

「さすがはオーディンのメンバーというわけか」

「恐縮です」

「そうだな、単刀直入に言おうか」

 

 そう言ってパームは表情を変えること無く組んだ足を解くと、今度は椅子の肘掛けに頬杖を突きながら続ける。


「……君達のルシアナ救出作戦に我々も協力しよう」

「……ッ!!」


 パームの口から放たれた意外な提案。

 そのパームの言葉に反応したのはノイエの後ろに立つ悠吾と小梅だった。

 協力しよう、って言いましたよね? 今。

 ナルシストでいけ好かない感じだけど、やっぱり彼は味方だったということですか。


「協力、ですか」

「……何だ、嬉しく無いのか?」

 

 訝しくパームの中の真意を探るノイエにパームが怪訝な表情を浮かべた。


「いえ、協力いただけるのは非常に有難いです」

「……そうだろう。いや待て、協力内容を聞けば更に嬉しくなるぞ」


 そういうパームの表情が、何処か含みのある笑みに変わった事に悠吾はふと気がついた。そして同時に感じる違和感──


「是非お聞かせ下さい」

「こちらから君達解放同盟軍に2つのクランを貸し与えよう。ラウルでも指折りの強豪クランだ。自由に使ってくれて構わない」


 その言葉に、ノイエの頬がぴくりと引きつった。

 クランを貸し与える。人手が足りない解放同盟軍の現状を考えるなら、飛んで喜ぶ程の提案だ。

 しかし、これは──

 これまでのパームとの会話で彼の真意が判ったノイエは固い表情のまま彼を見つめる。


 焦っているパームと、意外とも取れるクランの提供。


 完全に判った。

 この男は────黒だ。

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