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第52話 お互いの正義 その1

 正式名称「ラウル市公国」──

 ユニオン連邦と違い、PC版戦場のフロンティアから存在していたこの国家は、わずか3つのプロヴィンスからなる小国家だった。

 その内の2つが旧ノスタルジア王国と国境を接していると言う事もあり、さらにこの国を統治するGMゲームマスターがノスタルジア王国のGMゲームマスタールシアナの温厚な政策に共感した為に、いの一番にノスタルジアと同盟関係を結んだ国家でもあった。


 そんなラウル市だったが、ここもまたノスタルジアと同じく他所と比べると生産職のプレイヤー、特に薬師ディスペンサーの人口が多い国だった。

 それはこのプロヴィンス特有の「特産品」に由来している。


 現実世界の地中海地方を彷彿とさせる、栄養分の少ない赤い土「テラロッサ」により構成されたラウル地方の大地では、ノスタルジアと違い樹木が少ないものの、地人じびとによる果樹栽培が盛んでミカンなどの柑橘類の栽培が広く行われていた。

 そして生まれたのが、特産品である「ラウルオレンジ」だ。

 ラウルオレンジはそのまま食する事で僅かながら体力回復効果とステータスアップ効果があるが、その真の利用価値は生産にある。

 高レベルプレイヤーにとって必需品の1つとも言える、ハイキュアレーションよりも更に高い体力回復能力を有する「エクスキュアレーション」──ラウルオレンジはそのエクスキュアレーションのいくつかある生産レシピの中の1つにその名を連ねていた為、ラウル市は小国でありながらも薬師ディスペンサーにとって所属する事を一考する価値がある国家だった。


「この街に探索者シークが来るなんて珍しいね」

 

 しとしとと雨が降りしきる午後、重たい空に覆われたとある街のアイテムブティックに1人のプレイヤーの姿があった。

 中肉中背のその男はこのラウル地方の赤い土に対応させた迷彩柄なのか、赤い斑点型の戦闘服に身を包んでいる事からラウル所属のプレイヤーだということがうかがい知れる。


 つい世間話に花を咲かせたくなる人懐っこい笑みを浮かべる店主。

 だが、店主のその言葉に何も返さず、どこか敵意すら感じてしまう沈黙と共に男は無言のまま購入したアイテムの代金を差し出した。

 あんたと話す気はない。男の目はそう語っている。


「……丁度だね。どうも」


 男からお金を受け取った中年女性店主の柔らかく人当たりが良さそうな声がアイテムブティックに響く。だが、同じように男はその言葉を無視するようにくるりと背を向けると、無言のまま足早に店の出口へと足を向けた。


「……おや、この店に探索者シークとはめずらしいね」

「……!」

 

 店主と同じような言葉を吐いたのは、いつの間にか店内に居た1人の老人だった。

 プレイヤーではない。この老人も店主と同じ地人じびとか。

 白髪で立派な髭を蓄えている老人を見て男はそう思った。


「……失礼」


 自分の素性を確かめるが如く、まじまじと見つめる老人に何処か気まずさを感じた男は、小さく謝罪の言葉を口にするとそのままするりと扉を抜け、急ぎ足で姿を消した。 


「なんだかここ最近探索者シークが増えてきてるねぇ」

 

 まるで逃げるように立ち去った男の後ろ姿を見つめながら、店主がため息混じりでそう言った。


「まぁ、この店も開店休業みたいなもんじゃからな。お前さんにとっては有り難い話じゃないか」

「はっ、爺さんに心配されたんじゃあ世話ないね」


 老人の言葉を聞き、店主がくすりと笑顔を浮かべながらそう答える。

 有り難いといえば有り難いが、なんだか気味が悪い。こんな辺鄙な街に探索者シークが来るなんて。


「街のあちこちで探索者シークの姿を見るねぇ。まるでこの街が彼らに占領されたみたいじゃ」


 ラウル市のプロヴィンスの1つ、その東方に位置するこの街「トットラ」はプレイヤーが訪れる事があまりない街だった。 

 周囲に生産で活用できる素材が採取できる場所があるわけでもなく、付近に有用なアイテムがドロップする狩場シークポイントがあるわけでもない。訪れるプレイヤーも居ないため、トットラに住む地人じびとも少なく、ここは文字通り寂れた街だった。


 だが、そんなトットラに数日前から起きている異変。

 何の前触れもなく、ちらほらとプレイヤーの姿が見えはじめたのを皮切りに次第にその数は増え、今やそのプレイヤーの数はこの街に住む地人じびとの数を大きく上回ってしまっていた。


「ラウルの探索者シークかねぇ?」

「みたいだね。見たことがある名前だよ」

「名前?」


 記憶が正しければ、ね。

 先ほど男に渡されたお金を数えながら、店主が言った。


「爺さんも知ってるでしょ? クラン【ベヒモス】の連中さ」


 クラン【ベヒモス】──

 ラウルに所属しているプレイヤーやこの地に住む地人じびとであれば誰もが知っている名前だった。


「ほっほう、ベヒモスって言ったら……ラウルのクランランキングトップの奴らじゃないか。初めて見たわい」

「何の用事があってこの街に居るのかわからないけどね。交戦フェーズも近いし何かあるのかねぇ」


 噂じゃラウル市はユニオン連邦に攻め込まれるんじゃないかという話だ。そうなれば、ラウル市が負けてしまうのは目に見えている。このプロヴィンスがどの国に所属するかは知ったこっちゃないけど、戦いに巻き込まれるのは御免だよ。

 数え終わったお金をレジに入れながら店主は、はぁと重い溜息をつきながらそう心の中で嘆いた。


「物騒になったもんじゃ」

「まったくだよ」


 プレイヤー達にすら忘れ去られた街、トットラ。

 この寂れた街で、この国の行方を左右する出来事が起きている事はトットラに住む地人じびとですら、まだ知り得なかった。


***


 今だ降りしきる雨の中、アイテムブティックで買い物を済ませた男が向かった先は、トットラの街の中心にある古い教会だった。

 街に住む地人じびと達の週一回の礼拝以外で使われる事も無い教会は格好の潜伏場所だ。

 古くはあったものの、手入れが行き届いている教会の扉を開けながら、男はそう思った。


 細かいレリーフが施された扉を開けた向こう、教会の中には幾人か人影が見えた。

 街の住人であろう地人じびと達の姿は無く、その全員が赤い迷彩柄の戦闘服を身につけているのが判る。教会に居る全員がその男と同じ、ラウルに所属するプレイヤーだった。


 ゆったりとリラックスしているようで、ぴりっと張り詰めたような緊張感を感じる異様な空間。

 そんな奇妙な空気を放っている会衆席に座るプレイヤー達の横を通りぬけ、男が向かったのはさらに奥の小さな一室だった。 


「街の掌握が完了しました」


 小さな椅子に腰かけ、この世界の教典らしき本を読みふけっていた長身の青年に、男がそう声をかけた。

 静かに佇んでいたのは、丸メガネをかけた優しそうな青年。


「……ラノフェルさん?」


 反応が無かった為に男が今度はその青年の名を呼んだ。


「ああ。申し訳無い」


 男の声に呼び覚まされるようにその青年ラノフェルはふと我に返った。

 つい読みふけってしまっていました。

 申し訳無さそうな表情を見せながら、声をかけたその男へ視線を送ると同時に雨雲の向こうから照らされる陽の光にきらめく彼のブロンドの髪がふわりと揺れた。


「掌握しましたか」

「はい」


 そう言ってラノフェルはぱたんと本をたたむと、そっと丁寧に本棚にそれを戻した。

 幾つか並んでいるそれらはすべて信者達を導く教義が書かれた教典なのだろう。それにつつ、と指を這わせ、本達が綺麗に並んでいるのを指で確認した後に、ラノフェルはくるりと身体を男の方へと身体を向けた。


「それで、この街に居る地人じびとの数は?」

「15人です」


 男の答えに、ラノフェルは成る程と満足気な表情を浮かべた。笑うと目が細くなり、より優しい空気が青年の周りに溢れる。

 ──だが、続けて放たれた一言はそんな彼の空気とは異質の物だった。


「全員排除してください」

「……排除、ですか?」

 

 思わず男が言葉を返す。


「そうです。我々がこの街に居る事をノスタルジアのプレイヤー達に知られる訳にはいきません。心が痛いですが、彼らにはラウルの存続の為の犠牲になって頂きます」


 躊躇せず優しい口調で言い放つラノフェルの冷酷な言葉に男はごくりと息を呑んでしまった。


「……ええと、私が言った事判りました?」

「りょ、了解しました」

「よろしい。……ああそうだ、行く前にお願いしていたアイテムを渡して下さいね」


 大事な事を忘れる所でした。

 変わらない口調でラノフェルがそう言う。

 その優しい瞳の奥に隠れる彼の冷徹な心を男は知っていた。


 ラウルに所属しているプレイヤーであれば知らない者は居ないプレイヤー、ラノフェル。彼の名と共に語られるのは、とある「二つ名」だった。

 

 氷の貴紳シャレスティ──

 ラウルのプレイヤーは畏怖の念を込めて彼をそう呼んでいた。


 ラノフェルは回復薬を生成できる生産職、薬師ディスペンサーでありながら、最前線で戦闘職顔負けの立ち回りを見せ、その温厚な顔立ちからは想像出来ない冷酷で冷静な判断力から「氷の貴紳シャレスティ」の二つ名を持つ、クラン【ベヒモス】のマスターだった。


「……最低な人ですね貴方は」


 男から渡されたアイテムを鼻歌交じりで確認していたラノフェルの背後から、冷めた女性の声が放たれた。


 ラノフェルの背後、そこに居たのは美しく何処か神々しさを放つ女性だった。

 腰まで伸びた黄金に輝く長髪から覗く美しいブルーの目。どこかふんわりとした雰囲気を放ちつつも、その両目からは凛とした気品を携えているまさに麗人という言葉がぴったりと当てはまる思わず見とれてしまうような女性──


 ラノフェルによって誘拐され、拘束されていたノスタルジア王国のGMゲームマスタールシアナは両手を手錠で拘束されたまま、ただ怒りに満ちた視線をラノフェルに放つ事しか出来なかった。


「なんとでもおっしゃって下さい。正義は私達にあるのです。……ルシアナ様」


 背後を振り返る事なく、静かにラノフェルがそう言葉を放つ。

 それについてはもう貴女と議論を交わすつもりはありません。

 ラノフェルの言葉の端々には冷たく彼女を突き放す拒絶の色が見え隠れしていた。

 

「正義が貴方に? 私をこうやって拘束し、ユニオンに私と……ラウル市を売ろうとしている貴方に正義があるとでも?」

「ラウルを売る……? それは聞き捨てならない言葉ですね。私は貴女方ノスタルジア王国と同盟関係にあるという前にラウル市公国に所属するプレイヤーです。現実世界に戻れる方法が無い以上、第一に考えるのは安定と平安です」


 そう言いながらラノフェルは、アイテムポーチに頼んだアイテムが全て入っている事を確認した後、男に「行け」と顎で指示を出すと、トレースギアのスキルメニューを開き、続けた。


「ラウル市公国に所属する全てのプレイヤー達の為に、ユニオン連邦との戦いはどうしても避けなければならないのです。その義務が、ラウル市公国のトップクランマスターである私にはある」


 判りますか?

 そう言いながらくるりと身をひねり、ルシアナの方へと身体を向けたラノフェルはアイテムポーチからアイテムを取り出した。

 キラキラと煌めく粒がラノフェルの右手に集まり、やがて1つのアイテムを構成する。


「おひとつどうです? 私が今生成した『ラウルオレンジティー』です。心が落ち着きますよ」

「結構です」


 そういってラノフェルはタンブラーのような小さなティーカップを差し出しだしたが、ルシアナは彼を見つめたまま冷たくそう答えた。


「残念ですね……」


 私が作ったオレンジティーは格別なんですが。

 そう言って肩をすくめたラノフェルはカップに口を着けると、オレンジティーをひとくち喉に運んだ。

 爽やかで甘酸っぱい風味と、オレンジの優雅な香りがじんわりと身体の芯に染みわたると同時に、自然と笑みが溢れてしまう。


「貴方がラウルとラウルに所属するプレイヤー達を思っているのならば、私達と共にユニオンに立ち向かうべきです」

「それは誰の為です? ラウル市公国の為では無く、亡国者の称号を与えられてしまった貴女とノスタルジアのプレイヤー達の為ではないのですか?」

「そ、それは……」


 確かに、亡国者の称号を得た私達がこの世界で生き残るにはユニオンと戦い、祖国を取り戻すしか無い。

 でも──

 

「私達がユニオンと戦い祖国を取り戻す事は貴方達ラウルプレイヤーにとってもメリットは大きいはずです!」


 ノスタルジア王国が復興すれば、私達が壁となりラウル市を守る事になる。さらにバラバラになってしまったオーディンのメンバーを集めることができれば、ユニオンと対等に戦うことができるはず。

 そう考えるルシアナだったが、その言葉にラノフェルは肩を落とした。


「それは交戦フェーズでユニオンの猛攻を凌ぎ、さらに反撃に転じて貴女方の祖国を取り戻すことができた場合の話です。もし貴女方に加担して、交戦フェーズで負けてしまったらラウルはどうなりますか? 私達は探索フェーズを迎える事なく滅亡してしまいます」

「……でも……」

「故に、貴女達ノスタルジアの生き残りの方々が組織した『解放同盟軍』が掲げる徹底抗戦に私達は賛同するわけには行きません。勝負は見えているからです。彼らに勝てるのは、北方の『ヴェルド共和国』か東方の『東方諸侯連合国』くらいでしょう」

  

 ラノフェルの言葉にルシアナは言葉を呑んだ。

 彼の言っている事はある意味最もな意見だ。ユニオン連邦の力を考えると、残党の集まりである解放同盟軍に勝ち目は少ない。だけど、ユニオンの傘下に下る事は──滅亡の第一歩だ。


「ユニオンの傘下に入れば、ラウルは存続すると?」

「そう思われます」

「……同じ過ちを犯した南方の国家『リーフノット』の話を貴方は知らないわけではないでしょう?」


 ルシアナの言葉に今度はラノフェルの頬がぴくりと引きつった。

 同じくユニオンの威嚇の前に国を明け渡し、彼らの傘下に下った国家「リーフノット」。その国の行く末は誰もが知っている事実。

 交戦フェーズ前にユニオンの傘下に下った小国リーフノットは、ユニオンによる巧妙な企てにより武力を行使すること無くその姿を消すことになったのだ。


 それは、狡猾なユニオンの策だった。

 まず、ユニオンは同盟条件として、リーフノットにアイテム上納を言い渡した。その規模は彼ら想像を越え、通常の徴用では到底まかなえ無い量だった。

 その為、リーフノットのGMゲームマスターは直ぐさま所属プレイヤーに徴用以外でのアイテム納品の義務化通達を出した。だが、徴用以外でのアイテム納品義務はかなりの重荷になってしまう。それが判っていたGMゲームマスターにとって、義務化通達は苦渋の決断だった。

 そしてその決断が結果的に、逆にリーフノットの首を締める事になる。

 ユニオンと敵対状態ではなくなった為に、ユニオンへの移籍を希望するプレイヤーが増えていた事と合わせ、その通達が離脱の動きに拍車をかけることになってしまったのだ。

 それがまず1つ目の要因。

 

 そして、そのプレイヤーの離脱により同盟時に通達されたユニオンへのアイテム上納が履行不可能になる可能性が出てきたために、次回交戦フェーズにてユニオンの侵攻が再開されるのではないかという噂がリーフノット内に流れた。


 ──その噂がリーフノットのプレイヤー離脱増加問題にとどめを刺す事になった。


 そうして国力が低下し、国家を維持できなくなってしまったリーフノットがユニオンの一部として吸収されたのは直ぐだった。

 交戦フェーズでのプロヴィンスの明け渡しと占領。


 それは往々にして弱小国家であればどの国にでも起きうる恐ろしい出来事だった。


「ユニオンの傘下に下れば、ラウルの未来は見えています」


 その道を知っていながら歩むと言うのですか。

 ルシアナは凛とした表情でそう言う。

 だが──


「……正直な所を申し上げてもよろしいですか?」


 ルシアナの言葉に小さくため息を1つ突いたラノフェルは、カップを小さなテーブルの上に置き変わらない柔らかな表情のまま続けた。


「もし、貴女が仰るとおりラウル市公国がリーフノットと同じ道を歩み、平安と安定とは逆の方向へ進むのであれば……私達はユニオン連邦に移籍したいと思っています」

「……!? な、何を!?」


 思わずルシアナが声を荒らげた。

 ユニオンはプレイヤーを人として見ていない。亡国者の称号を持っていようといまいと、彼らは敵対する国家に所属するプレイヤーであれば即排除するように通達を出している。

 そして、その通達に逆らう者はユニオン連邦への所属権を剥奪するとも。

 まるで独裁者による恐怖政治が支配する国家。

 そんな独裁国家に移籍したいなんて、馬鹿げている。


「先ほども申し上げました通り、彼らに対抗できる国は北方の『ヴェルド共和国』か東方の『東方諸侯連合国』くらいです。国力的に言えば、この世界がユニオンに統一されるのは時間の問題でしょう。そんな状況でどうしてユニオンに逆らう必要が有るんですか?」

「彼らはプレイヤー達を人間とは思っていません。あるかも判らない『現実世界に戻る方法』を見つけるために敵対するプレイヤーであれば何者であろうと排除しています。そんな国がこの世界を統一したら、どうなるかは目に見えているでしょう?」


 例えば、仮にその方法がもし「他国に所属するプレイヤーの絶滅」だったとしてもユニオンは躊躇なくそれをやってのける。

 そう続けるルシアナに、ラノフェルは小さく鼻で笑った。


「それが戻れる方法ならば、仕方の無い事です」

「……貴方は自分達が助かればそれで構わないとそう仰るのですね」

「当然です。死んでしまったら終わりなんです。私にも、そして貴女にも現実世界での生活があるはず。それを取り戻すためには周りの何を犠牲にしても然るべきでしょう」


 ラノフェルの冷徹で残酷なその言葉を聞いて、ルシアナは肩を落とした。

 彼の言っている事は間違っては居ない。

 間違っては居ないけれど──

 

「……人は自分だけの事を考えていては駄目なんです」


 目を伏せたまま、ぽつりとルシアナがそう口ずさんだ。

 彼女の心に深く刻まれたその言葉──

 しかし、その言葉がルシアナ自身を苦しめているのも事実だった。


 ユニオンの傘下に入る事は解決策にはならない。

 だけど、本当にユニオンと戦う事が亡国者の称号を持つプレイヤーと……ラウルのプレイヤー達の為になるのだろうか。

 彼らの事を思うのならば、ラノフェルが言うように──自分が犠牲になるべきなのではないか、と。


「……価値観の不一致ですね。これ以上貴女と議論を続けても結論は出ません。交戦フェーズが始まる前にユニオンへ貴女の身柄を引き渡し彼らと同盟を結びます。それが『私達』の意思です」

「ま、待ってください!」


 ルシアナとの対話の扉をそっと閉じ、部屋を後にするラノフェルをルシアナは必死に引きとめようとするが、無情な沈黙の壁に遮られた彼女の言葉は虚しく部屋に響き渡るだけだった。

 部屋に残ったのは、無力感だけ。


 交戦フェーズまであと5日。タイムリミットは5日間。

 どうにか解決方法はないかと考えるルシアナだったが──さめざめと泣くように降りしきる雨の音だけが聞こえるだけだった。


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