第50話 とあるチャラ男の告白 その1
このふざけた世界に来てから、全くもって貧乏くじばかり引いちまう。
一回目はあのツインテールのアバズレ野郎だ。少しばかり可愛いからって調子に乗りやがって、好みだったから声かけてしっぽりとしけこもうと思ったが俺を騙して装備を奪うつもりでいやがった。
そして二回目はあの生産職のガキだ。一回目は油断してただけだっつーのに、調子に乗って「レベルの低い生産職の僕に2度も倒される事になったら、貴方は笑いものになりますよ」とか舐めた事ぬかしやがって。
あいつらのせいで、装備もお金もすっからかんになっちまった。
最初の岩場で全滅喰らって、んであの狩場「沈んだ繁栄」でレイドボスに全滅を喰らったのがトドメだ。
残ってんのは初期装備のハンドガン、グロック17だけ。
……あぁ、あと残ってんのは役に立たねえクランメンバーのシャークとネモか。
「……なぁ、レオン」
狩場「沈んだ繁栄」からマイハウスに強制送還を喰らった後苛立ちを沈める為に入った食事処だったが、その苛立ちを抑えきれずかたかたと貧乏揺りをしてしまっている俺にシャークの野郎が怪訝な顔でポツリと零した。
シャークの野郎が次に口にする言葉は分かってる。
「これからどーすんだよ」
予想通り、シャークの糞野郎はその顔に開いたケツの穴から糞みてぇな言葉を垂れ流した。
何回同じこと言うんだこいつは。
──ンな事決まってんだろ。
「あのガキをぶっ殺す」
「……ガキってあの生産職の事か?」
「他に誰がいンだ」
馬鹿かお前は。
いつも弾薬費を浮かせる事に関しては悪知恵が働く癖に、それ以外じゃノミ以下の発想しかできねぇ馬鹿な魔術師が。
ケチ臭ぇ魔術師のシャークに、最後まで生き残って小隊をサポートすんのが仕事なのに、いつも真っ先にくたばるnoob聖職者のネモ。
こいつら2人とも正にnoob。マジで役に立たねぇ奴らだ。
「つか、もう良くねぇか? あの生産職に執着すんの」
今度はシャークの隣に座っているネモがそうほざく。
「良くねぇかって……お前らあいつに舐められたままで良いのかよ?」
「あの生産職に執着して、なんか良いことあンのかよ?」
良いこと? あるに決まってんだろ。
このクランの代表である俺の溜飲が下がるンだよ。それ以外あるか。クランマスターの俺の為にお前らは居るんだろうが。
だが、そう言いだそうとした俺の言葉をシャークが遮った。
「あのよう、レオン。すっげぇ言いにくいんだけどさ」
そう言ってシャークはネモと顔を合わせ、言葉通り何やら言いにくそうに次の言葉をひねり出した。
「俺らクランに誘われててよ?」
「……あ? なんだって?」
思わず俺は聞き返してしまった。
青天の霹靂とはこの事か。
クランに誘われてるって……どういう事だ?
「何言ってんだお前。もうクランには所属してんだろ」
俺のクランに。
だが、バツが悪そうに頭をぽりぽりと掻きながらシャークは続ける。
「お前とは腐れ縁だけどよ、もう現実世界に戻れねぇならこの世界で地盤を固めとかねぇと、と思ってよ」
「どういう意味だ?」
「そのまんま。この国に所属している以上死ぬことは無さそうだけどよ、貧乏底辺のまま居るのは勘弁なんだよ」
だから、俺はこのクランを抜けて、誘われているクランに入る。
この貧乏で弱小クラン、と言わなかった事だけは褒めてやるが、そういうシャークに俺は……苛立ち、というよりも落胆してしまった。
腐れ縁。
俺達3人はこの世界に転生する前からつるんでたプレイヤーだ。
狩場に潜って適当に探索して、フィールドで会った生意気なプレイヤーに絡んで装備略奪して。
このクランは俺ら3人だけのクラン。将来はオーディンみてぇにビックでリッチなクランにするつもりだ。
そうさ、俺もこのまま地べた這いずりまわるつもりはねぇ。
それなのに、てめぇはそんな輝かしい未来を捨てるっつーのか?
「中堅のクランなんだけどよ、ネモと一緒に行くつもりだ」
「なっ……!」
ちょっと待て。
シャークの言葉に俺は思わず席を立ってしまった。
お前だけじゃなく……ネモまで行くだと?
「悪いなレオン。このままこの世界でも『負け組』になりたくねぇんだ」
ぽつりとネモが言う。
負け組……この世界「でも」だと?
「念のため言っておくけどよ、誘われてんのは俺とネモだけなんだ」
「……ッ!!」
その言葉に俺は絶句してしまった。
攻撃の要になる魔術師と、小隊維持の要になる聖職者しか要らねぇってわけか。
「……」
こちとら、お前らとそんな糞クランに入りたくなんか無ぇ。
俺その言葉を必死に口に出そうとしたが、ついには出てこなかった。
憐れむように俺を見るシャークとネモの野郎を睨みつけながら、何も言葉が出なかった。
滑稽じゃねぇか。
役に立ってねぇのは俺の方だったってワケだ。
「じゃぁ、俺達は行くぜ」
「……勝手にしろ」
何やらざわついていた食事処の喧騒などまるで耳に入らないほど、俺は単純にショックを受けていた。
弱々しく返すのが精一杯だ。なっさけねぇ。
つーか、俺が何したって言うんだ。
なんでこんな事になっちまった。
くだらねぇレジ打ちのバイトが終わって、今日もゲームで憂さ晴らしするかとログインしたらこんな有り様だ。
そりゃ最初は驚きと歓びで震えたさ。PFSゲームは少なからず自信があったら、これからは楽して生きて行ける。これで人生逆転ホームランだっつって。
だがどうだ、今目の前にあんのは支給されたハンドガン一丁だけ。
金も名誉も……仲間も居なくなっちまった。
「……野郎ッ!」
と、情けなく失意に塞ぎこむ俺の耳に入ってきたのは男の声だった。
怒りに満ちた怒鳴り声。
うるせぇな。そんな怒りにエネルギーつかってんじゃねぇよ。
そう思った俺だったが、続けて耳を劈いた甲高い音に、思わず身をすくめてしまった。
食事処に木霊したのは、銃の発砲音。
その音に、辺りの時間が一瞬止まり──そして時が動き出すように、混乱が始まった。
「あいつ撃ちやがった!」
「逃げろッ!」
逃げ惑うプレイヤーだけじゃなく、己の身を守るためにテーブルをひっくり返して銃を構えるプレイヤーまで居る。
「な、何だっつーんだ」
一体何が起きた。
状況が掴めない俺は、ただ呆然とその場に立ちすくんでしまった。
と──
「どけっ!!」
「……ッ!!」
食事処の入り口に近い場所に席を設けていた俺を押しのけるように、2人の男が店の中に飛び込んできた。
お揃いの緑のフレック系迷彩服を着た男。武器まで同じ物を使っている事から、多分どこぞのクランメンバーだろう。
つか、どけっててめぇら舐めた口聞いてんじゃねぇぞ。
俺を誰だと思ってんだ。
生意気な男達に掴みかかろうとした俺だったが──
「……がッ!」
「おわっ!!」
突然俺の視界を遮った黒い塊に思わず俺は慄いてしまった。
そしてそれがラムザの象徴でもある「鷹」の剥製だというのに気がついたのは目の前を2人の男と──1人の可憐な女が通りぬけていった時だ。
あー、なんつーか、俺は動けなかったわけなんだが、別に落ちてきた剥製に潰された男達にブルったわけじゃねぇ。
文字通り衝撃が走った。衝撃が俺の脳天を貫通して、目からぱちぱちと火花が散った。
サイドにまとめた銀の緩い三つ編みをなびかせて駆け抜けていったその女。一瞬目があったが、マジで俺好みの女だった。
言いたく無ぇけど、一目惚れっつーやつだ。ンなもんがマジであるとは。この状況でよ。
ウブな高校生のガキかよ、俺は。
「ま、まってっ……」
硬直してしまっていた俺の両足がやっと自由を取り戻したのは、女達が店を飛び出して行った後だった。
これはきっと神様がこれまで苦汁をなめてきた俺にチャンスを与えてくれたんだ。
一目惚れなんて人生で初めてだ。持っていたモノは全部無くなっちまったけど、あの女を追っていけば絶対良いことがある。
そんな事を思いながら、俺はプレイヤーでごった返しになった食事処から抜けだしてあの女の姿を探した。
絶望の後こそ、一発逆転のホームランが起きやすい。そんな事を誰かが言ってた。
ぜってぇ見つかるはず。
根拠の無い自身が俺を突き動かした。
だが──
「……居ねぇ」
いくら探せど、あの銀髪の女を見つけることはできなかった。
行き交うプレイヤーと地人共の騒然とした空気が虚しく俺の脇をするりと通りぬけていく。
美人な女と目があって、一瞬でも気持ちが高なっちまった自分が恥ずかしい。
あ、そう言えばさっきの「絶望の後こそ、一発逆転のホームランが起きやすい」って言ってた奴思い出したわ。
──ギャンブルで全財産すっちまった哀れな奴が言ってた言葉だった。




