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第5話 盗賊の女の子 その1

 死んだら本当に死んでしまう。そんな状況の中で誰かを助けに行くなんて馬鹿げている。

 トラジオさんがそんな事を言う人じゃなくて良かったと丘を下りながら悠吾は思った。


 だけど、実際辺りをうろついているあの巡回兵や、ユニオン連邦のプレイヤーに見つかってしまえば殺されてしまう可能性は高い。それに、先ほどの声も罠の可能性も否定出来ない。

 人を殺めたプレイヤーを裁く機関システムもなく、敵国のプレイヤーであればむしろそれが推奨されている無秩序と言って良い世界。何が起きても不思議じゃない。


「悠吾、幾つか確認するぞ」

「え……あ、はい」


 突如話しかけられた悠吾がどもりながら返答を返す。


「まず一番重要な体力についてだ。先ほどあの林道で致命傷を負ったようだが……」

「あ、そういえば」


 忘れてた。

 身体に特に外傷も無いため忘れていたがそういえば僕は今瀕死の重傷を負っているんだった。弾丸がかすりでもすれば、あの世までノンストップな身体でした。


「安心しろ。戦場のフロンティアの体力システムは、自然回復型のシステムをとっている。離脱して1分も経てば体力は全快する」

「え、そうなんですか?」


 最近FPSでよくあるダメージを受けていても、時間が立つと自然回復するというシステムだ。痛みが消え、外傷も無いのはそのためだったのか。

 悠吾が腕時計型ガジェットから体力を確認した所、確かに全快していた。


「だが、戦闘中に自然回復は無理だ。もし被弾したら」


 一瞬足を止め、トラジオが腕時計型ガジェットを操作する。


「お前のアイテムポーチ内に『キュアレーション』を送っておいた。そいつを飲めばある程度体力は回復する」

「え、あ、ありがとうございます」


 キュアレーションは確か、街で購入するか医薬品の生産職である「薬師ディスペンサー」が生成出来る回復アイテムだ。

 

「気にするな。俺はサブクラスに薬師ディスペンサーを設定している。『素人クラス』の回復アイテムであればいつでも生成できる」

「成る程」

「それと弾薬。ハンドガン用に9x19mmパラベラム弾を幾つか一緒に送っておいた」


 弾薬。その言葉を聞いて、悠吾はふと疑問に思った。

 今僕達は敵国のまっただ中に居る。ということは、弾薬や物資の調達を行える街も敵だらけということじゃないのだろうか。

 街に入れないということは、物資の調達が出来ない。

 ……それってすごく困る。


「弾薬は大事に使え。今のところ補給できる手段が無い」


 トラジオが悠吾の心を読み取ったようにそう言った。


「今のところ、と言うのは……」

「お前が生産職で良かった。生産職のみ、レベルが上がれば『トレースギア』で弾薬が生成できるようになる」

「トレースギア?」

「腕時計の事だ」


 トラジオは左腕を掲げ、そこに巻かれた腕時計型ガジェット、トレースギアを悠吾に見せた。

 成る程、この腕時計は情報管理から、弾薬等の生成まで可能な万能アイテムだったのか。

 いきなり喋られたのにはびっくりしたけど。


「……悠吾、身を屈めろ」


 そうこうしているうちに、丘を下り、いつの間にか鬱蒼と茂った湿地地帯へ足を踏み込んでいた。

 先ほどは足首か膝程度のまばらな草が生えていた程度だったが、今は胸や肩程まである草が覆い茂っている。

 悠吾達が身をかがめた場所から丁度数メートル先、大きな岩の影に人影らしきものが見えた。


「このまま接近して様子を伺い、奴らが敵か味方かまずはそれを確認する」

「どうやって確認するんです?」

「一定の距離まで近づけば、トレースギアで確認出来る」


 な、何でも出来るんですねこの腕時計は。

 トラジオはそう言って、トレースギアのメニューを開いた。


「今のうちに小隊パーティを組んでおく。パーティのメリットは、小隊パーティメンバーの現在地がMAPに表示されることと……」


 そう言ってトラジオが小隊パーティのボタンをタップした。


『貴方はプレイヤーから小隊パーティの招待を受けています。承諾しますか?』

「うおっ」


 トレースギアからあの冷ややかな女性の声が発せられた。

 この状況だと声を聞かれてしまうんじゃないか。

 そう心配しながら、悠吾はトレースギアを右手で隠し、口をあてがって「許可します」と小声で囁いた。


『……トレースギアとの会話は1メートル以上離れている他のプレイヤーには聞こえんからそうビビらなくて良いぞ』

「え、あ、そうなんですか?」


 先に行ってくださいよ。めちゃマヌケじゃないですか。

 と、声をかけたトラジオを見て悠吾は違和感に気がついた。

 しゃべっているけど、口は動いていない。その声も、聞こえているが、耳を通して聞こえてくるというか、表現しにくいけど、脳内に直接語りかけられているような感じだ。


「トラジオさん、それは?」

小隊会話パーティチャットというものだ。小隊パーティメンバー同士は声を出すこと無く、どんなに離れていても会話することが出来る。現実世界で言えば、無線のようなものか』


 コツが居るが。

 そう言いながら、トラジオは小隊会話パーティチャットのやり方を悠吾に教える。

 口を閉じ、その中でしゃべるような感覚。変な感じだけど、慣れればそうでもなさそうだ。

 

『本日は晴天なり~』

『聞こえている』

『あ、すいません』


 テストをしながら小隊会話パーティチャットの方法を確認し、悠吾は改めて腰のベレッタを手に取った。

 小隊会話パーティチャットを行いながら、連携を取る。

 FPSゲームでチームとボイスチャットを使って連携した事がある悠吾には特に違和感なく小隊会話パーティチャットが活用できそうな気がした。


「奴らの人数は少なくとも2人。その一人は叫んでいた女だろう」


 トラジオはそう言いながら、トレースギアのメニューを開くと、MAPに表示されている2つの赤い点をタップし、プレイヤー達の情報を表示させた。

 先ほど言っていた様に、まだ距離が離れているからだろうか、表示されたプレイヤーのステータス画面が「NotApplicable」のエラーを吐いている。


「少なくとも、と言うのは?」

「周囲に別のプレイヤーが潜伏している可能性もある。動きがあるまでMAPに表示されん」

「成る程。だとしたら……」


 一人が囮となって奴らの前に現れ、潜伏しているプレイヤーが居るかどうか確かめる必要がある。すごく危険だけど、二人で突っ込むのはもっと危険だ。


「僕が行きます」

「……?」


 一番確実なのは、僕が奴らの前に出ることだ。

 悠吾はそう思った。


「どこからどう見ても手練の兵士に見えるトラジオさんより、デフォルト装備でハンドガンだけの僕が出たほうが向こうも油断するはずです。右も左も判らず、通りすがりの初心者を装って接近します」

「……お前は何故そこまでして自ら危ない橋を渡ろうとする?」


 初心者であるなら熟練者の後ろでサポートに徹するのが普通に考えて一番安全な道だ。それに、そもそも見知らぬプレイヤーを助けようなど、自殺行為に近い。

 トラジオの問いにしばらく考えた悠吾は小さく肩を竦める。


「僕にも判っています。あの声の主を無視して先を急ぐのが一番安全だということは」

「だったら」

「でも、もしあの声の主も僕と同じ、初心者でこの世界に転生させられたばっかりのプレイヤーだったら、と思うと放っておけないんです」


 運良く僕はトラジオさんと出会う事ができたけれど、全てのプレイヤーがそうだとは言えない。いや、最悪の状況に陥っている方が多いかもしれない。

 見知らぬ土地に放り出され、仲間も、頼るべき物も何も無く、恐怖と不安で押しつぶされそうになる感覚はさっき僕も体験した。だから、放っておけない。


「それに、僕はトラジオさんの腕を信用しているんです。危ない状況になったらきっと助けてくれるだろうって」

「……お前、プレッシャーをかけるのが上手いな」


 はにかむ悠吾に、トラジオは不敵な笑みを浮かべる。

 

 会社に入社して、すぐビックプロジェクトを成功させた時だっただろうか、悠吾は「大人しげに見えて、結構とんでもないことをやってのけるんだな」と会社の上司に冗談半分で言われたことがあった。

 悠吾は特に意識したことはなかったが、そういった見た目とのギャップに驚かれる事が何度か彼の記憶にある。


 悠吾は普段はのんびりとしたマイペースの楽天家で、何を考えているのか判らないと言われがちだったが、いざという時、特に仲間や友人が危機的状況に陥った時に爆発的な力を発揮するタイプの人間。

 鈍感でふわふわ系でも実は男気がある奴。

 それが悠吾の長所でもあり、短所でもあった。


「いいか悠吾、やばくなったら、迷わず撃て。狙いはここだ」


 そう言ってトラジオが人差し指でトンと悠吾の眉間を小突く。

 ヘッドショット。ゲームの世界では簡単に引き金を引けるだろうが、生々しいこの世界では躊躇せず撃てるだろうか。

 いや、撃たなくてはだめだ。一瞬でも躊躇すれば、殺される。

 ぎゅっと唇を噛み、悠吾が深く頷いた。


「硬くなるな。見たところお前のシューティング技術は相当なものだ。経験があるのか?」

「そこそこには」


 経験というのは、FPSゲームの事なのか、それとも実銃の経験なのか判らなかったが悠吾はそう答える。


「自分の腕と……俺を信じろ悠吾」

「はい」


 静かに差し出されたトラジオの拳に自然と悠吾も自分の拳をコツンと当てる。

 トラジオの拳の感触に、破裂するんじゃないかと思う位に高鳴っていた鼓動が少し和らいだ気がした。


*** 

 

 できるだけ何も判らない転生したばかりのプレイヤーを装うんだ。

 身をかがめたまま、人影が見えた岩の近くまで来た悠吾は深呼吸をしながらそう思った。


『悠吾、シューティングポイントに入った。こっちはいつでも行ける』

『了解しました』

『念のため、2人のステータス確認をしろ』


 トラジオの小隊会話パーティチャットを聞き、悠吾はMAPから赤く光る2つの点をタップした。

 先ほどまで表示されなかった2人のステータス画面が表示される。


『……1人は僕達と同じノスタルジア王国所属で、もう1人は……ユニオン連邦ですね』

『レベルは?』

『ノスタルジア王国所属の方がレベル10の盗賊シーフ、ユニオン連邦の方がレベル12の戦士ファイターですね。これ、高いんですか?』

『俺が35だから、そこそこといった所だな』


 いや、だいぶ離れているとおもいますけど。

 というかトラジオさんレベル35もあったんですね。

 あっけらかんに言うトラジオに悠吾は訝しげな表情を浮かべてしまった。


 気を撮り直して悠吾はもう一度トレースギアに注意を置いた。

 確か戦士ファイターはトラジオさんと同じ、近~中距離を得意とするクラスで、盗賊シーフはサポートに特化したクラスだったはず。今注意すべきは戦士ファイターではなく、周囲の状況把握能力に秀でた盗賊シーフだろうか。

 いや、そういえばレベルはこのゲームにとって非常に重要な要素にあたる、と説明書に記載されていた。レベルアップによって、装備できる武器や防具が増え、スキルや能力がアップする、と。

 つまり、レベルが低いということは装備できる武器にも制限があり、注意すべき特殊なスキルを使ってくる可能性も低いということだ。

 ……まぁ、相手に過信はできないけど。


『お前のタイミングで行け。合わせる』

『はい』


 そう言って悠吾はゆっくりと立ち上がるとベレッタをホルスターに収め、静かに歩き始めた。

 音を立てないように、踵からゆっくりと踏みしめ、一歩、また一歩と。

 

 ……僕は何も知らない初心者ですよ~。敵意は無くて、偶然通りかかっただけですよ~。


「話が違う!」


 丁度岩の逆側に周り込みかけたその時、殺気立った女の声が悠吾の耳に届いた。

 その声に悠吾は慌てて岩陰に背を付けると、声の方向に視線を送る。

 岩陰に見えるのは、男と女だ。

 

「ああん? そうだったかぁ?」


 ヘラヘラと笑いながら、男が返す。

 いかにも険悪なムードだ。現実世界であれば、迷わずスルーしたい状況であるが、今はそうも行かない。

 女の子の声が少し震えている。


「弾薬を提供してくれるって言ったからこうやって付いて来たのにッ!」

「そーだったっけ。忘れたなぁ」


 男がニヤけながら頭を掻く。だが、そのヘラヘラとした表情とは裏腹に、まるで女の子を威嚇するように左手にはマグプル社のカービンライフル、Magpul PDRがしっかりと握られている。排莢口が左右両方に設けられているプルバック方式の護身用火器だ。


「騙したわね!」


 女の子が怒鳴る。

 トレースギアで確認するに、ヘラヘラしたチャラ男がユニオン連邦所属のプレイヤーで、女の子がノスタルジア王国所属のプレイヤーだ。どういう馴れ初めかはわからないけれど、チャラ男が女の子を騙してここまで連れてきた、ということらしい。

 そう分析し、悠吾は同じ国に所属する女の子に視線を移した。


 全ての地形で迷彩効果が高いグレーのUCPの迷彩パンツにダークのブーツ、そしてタンカラーのTシャツに、アフガンストールという名前でファッションアイテムとしても普及したグレーのシュマーグを着て、黒髪をツインテールにまとめた可愛らしい少女だ。少し釣り上がった大きな目と小さな鼻、そしてへの字口に閉じられた口はどれも端整な作りで、現実世界だったら相当可愛い部類に入るだろう。

 鼻っ柱にしわを寄せ、恐ろしい顔になってるけど、それもまた可愛い。


「騙すなんてとんでもないよ小梅チャン。君とこうして二人っきりになりたかっただけだよ」

「……ッ!」


 チャラ男が、おもむろにツインテールの女の子の肩を馴れ馴れしく抱きながらのたまう。

 慣れた手つき。現実世界でもチャラ男だったに違いない。

 僕とは真逆に位置するいわゆるリア充という輩だ。

 もげて欲しい。

 

「触るな!」


 汚らわしい、とでも言いたげに、女の子がチャラ男の手を勢い良くはじき飛ばした。

 なんというか、気の強い女の子なんだろう。だけど、相手は敵対国のプレイヤーだ。いつ撃たれてもおかしくない状況だということは判っているんだろうか。


「痛ってぇ……」

 

 ほらみたことか。女の子に手を叩かれたチャラ男の目に明らかな怒りがにじみ出る。

 危険だ。

 そう感じた悠吾はチャラ男が動く前に岩陰から飛び出した。


「あッ……」


 作戦通り、偶然を装い、白々しく悠吾が驚いた表情を見せる。

 

「……ッ! 何だテメェは」


 はい、僕は只の通りすがりの初心者です。

 そう自分に言い聞かせながら、悠吾はバクバクと脈打つ鼓動を感じながら、精一杯の演技を始める。


「や、ややや、やっと人に会えた!」

「テメェ、近づくんじゃねぇッ!」


 心の中に浮かんだ言葉をほぼ棒読み状態で言い放った悠吾にチャラ男がMagpul PDRの銃口を向ける。

 悠吾の背中にゾクリと寒気が走った。

 思わずホルスターの中のベレッタに手が伸びそうになったが、それを必死に抑える。

 まだだ。まだ撃てない。周囲の状況が全く判らない。


『トト、トラジオさん、判りましたか?』

『まだ動きは無い』


 悠吾が小隊会話パーティチャットでトラジオと言葉を交わす。

 周囲に動きは無い。ひょっとしてこのチャラ男は1人でここに来たのだろうか。さっき、この女の子にも「ふたりきりで」と言っていた。トラジオさんに依頼を出せば、間髪いれずこのチャラ男の眉間に風穴が開くだろう。

 だが、もし周囲に仲間が潜伏していた場合、僕達は蜂の巣になってしまう。

 

「な、な、何ですかいきなり! ぼ、ぼぼ、僕はただ……」


 悠吾は両手を上げ、白々しく敵じゃないとアピールする。

 ほんとはめちゃくちゃ敵なんだけど。


「お前……初心者か?」


 釣れた。

 悠吾はそう思った。やはりこの装備を見てチャラ男は油断した。


「は、はい。というかここは何処なんですか!?」

「チッ、レベルも1かよ。ぶっ殺しても経験値は入ンねぇか。……面倒くせぇな」


 チャラ男がトレースギアを見てそう吐き捨てる。

 そうです、僕は殺しても美味しくもない、ミジンコですよ。

 

「……」


 と、チャラ男が急に黙りこんだ。言葉を口の中で響かせているような仕草。

 悠吾はピンと来た。この仕草はあれだ。チャラ男は小隊会話パーティチャットをやっている。

 ということはやはり付近に仲間が居るという事だ。


『トラジオさん、付近にやはり仲間がいます。この人、小隊会話パーティチャットをやってます』

『……1人確認した。お前の背後、5時の方向に居る』


 こいつどうする、とでも仲間に相談して、僕の姿を確認するために潜んでいたその仲間が動いた、ということだろう。

 うぅ、トラジオさんにそう言われると、妙に背後に刺さるような視線を感じる気がする。


「……あれ?」


 と、悠吾の眼にチャラ男の背後に立つ女の子の姿が映った。両手を組み、仁王のごとく、怒りが篭った鋭い視線をビシバシ悠吾に向けて放っている。


 ええと、確か小梅と呼ばれていた女の子。そんなに怖い顔で睨まなくてもいいじゃない。ぼ、僕何かしましたか。

 己に向けられるMagpul PDRの銃口よりも、悠吾はなぜか小梅の視線に恐怖を感じ思わず頬が引きつってしまった。


「……結論が出た」


 悠吾にふりそそぐ恐怖をよそに、チャラ男が小さく呟いた。


「満場一致で、殺す」

「……ッ!」


 チャラ男がMagpul PDRのトリガーに指をあてがう。

 マズイ。撃たれる。

 やばくなったら迷わず撃てというトラジオの言葉が脳裏に浮かんだその瞬間、悠吾はホルスターに収められたベレッタを即座に構えた。「構える」と「照準エイミング」を同時に短時間で行う為に銃をホルスターから抜き取り、一度胸元に銃を当て、突き出す。

 実銃など撃ったことが無い悠吾だったが、何故か咄嗟にその動きを行っていた。


「なにッ!?」


 悠吾を右も左も分からない初心者だと思い込んでいたチャラ男が一瞬怯む。

 今だ。

 その隙を逃さず、悠吾はトリガーを2回短く引くと、乾いた発砲音が湿地帯に響き渡った。

 ベレッタの銃口から放たれた2発の弾丸は寸分違わずチャラ男の頭に吸い込まれるように向かうと、そのままチャラ男の眉間を捉える。


「ぐっ……!」


 チャラ男が呻いた。だが、まだだ。

 先ほどの巡回兵と同じようにチャラ男の頭の上に表示されたゲージを見た所、まだ3分の1程残っている。

 仕留めてない。

 やはり、ベレッタでは簡単に倒すことは出来なかった。

 

『続けて撃てっ!』


 小隊会話パーティチャットで聞こえたのはトラジオの声。

 その声に背中を押されるように、悠吾は続けて引き金を引いた。

 さらに発砲音が2回轟き硝煙の匂いが悠吾の鼻腔をくすぐった。


「……っ!」


 今度は仕留めた。

 悠吾の感覚を裏付けるかのように、チャラ男の頭の上に表示されたゲージが一瞬で無くなると、チャラ男はその場に崩れ落ちる。


『悠吾、しゃがめッ!』


 間髪いれずトラジオからの小隊会話パーティチャットが入る。背後から草をかき分ける音が聞こえた。

 チャラ男の仲間だ。 

 撃たれると判断した悠吾はそちらを確認すること無く、小梅の身体を守ろうと彼女の身体目掛けて、勢い良くジャンプした。


「うッわッ……!」

「御免なさい!」


 小梅に覆いかぶさる形になった悠吾の背後から、発砲音が聞こえた。と同時に、空気を切り裂く嫌な音が悠吾の左耳を掠める。

 撃たれたが、弾丸は外れた。

 僕は大丈夫だったけど、この子は──

 

「大丈夫ですかッ?」


 怪我は無いかと悠吾は小梅を確認するが、無傷のようだ。

 ……何故か未だ僕に向けられている、怒りに満ちた視線が気になるけど。


「何……ッ」

「え?」


 小梅の瞳の奥に見えたのは、燃え盛る怒りの炎。


「……すんのよ!」

「ほげッ!?」


 小梅の怒号と共に、悠吾の頬に感じたのは強烈な衝撃だった。

 いつの間にか小梅の手に持たれた米国ピカティニー造兵廠製の短機関銃、クリスヴェクターのストックで殴られたようだ。大口径だが反動が小さく、使い回しが良い小型の短機関銃だ。

 小型だけど、当然のごとくストックで殴られるのはすごく痛い。


「どきなさいよ!」

「は、はいッ」


 小梅は悠吾の身体を蹴りあげると、そのまま身を捻り、伏せたままクリスヴェクターを左舷に向け.45ACP弾を躊躇せず発砲する。ぱぱっと砂塵が舞い上がると、その銃口の先に喉元を押さえた男が現れた。

 仲間はもう一人居た。

 この少女の熟練した動きにあっけに取られながら悠吾は、小梅が構えるクリスヴェクターの先を注視すると、見たこともない光景が始まった。

 その男は喉元を抑えたまま、チャラ男と同じくゲージが0になった瞬間、あの林道で巡回兵が呼び寄せたKa-52ホーカムが現れた時のようにキラキラと光る塵に足元から変化し消え始めた。


「あ、あれは……ッ!?」


 トラジオが言った「死ぬとマイハウスに転送される」という言葉が悠吾の脳裏に浮かぶ。


「ボケっとしてないで! もう1人!」

「あっ!」


 消えていく男に思わず気を取られていた悠吾は、身を捻り、小梅と同じくうつ伏せになるとベレッタを背後から発砲してきた敵に銃口を向けた。

 が──


『悠吾、クリアだ』


 すでに背後にいた敵もまた消え行く最中だった。

 トラジオさんが仕留めてくれた。

 思わず悠吾はほっと胸を撫で下ろす。

  

『大丈夫か悠吾』

『……はい、なんとか』

『そちらへ向かう。念のため警戒を怠るな』


 まだ敵は潜んでいるかもしれない。緊張の面持ちで悠吾はベレッタを構えたまま、周囲を警戒する。

 大丈夫、反応は無い。

 風でこすれる草以外に動くものが無いと判断した悠吾は念のためトレースギアで周囲をチェックしたが、やはり敵の反応は無かった。チャラ男の小隊パーティは3人だったらしい。

 だが、安心した悠吾の背後に「最後の敵」の薄い影が落ちたのはその時だった。


「アンタね!!」

「わぁッ!」


 爆発音のような怒鳴り声を背後から浴びせられた悠吾が潰されたような悲鳴を上げた。

 

「なんてことしてくれたのよ!」

「ななな、何ですか!?」


 思わず身を起こした悠吾の前に立っていたのは、怒りで肩を小さく震わせる小梅だった。

 そして、暗く影が落ちた小梅の顔に浮かび上がるのは鬼の形相。

 見つめられただけで命を落としてしまいそうな殺意の篭った視線で悠吾を睨む小梅はまさに鬼のような表情だった。


「もう少しで……」


 そして鬼が囁く。

 予想だにしなかった言葉を。


「……もう少しであのチャラ男達から弾薬と装備を強奪できたのに!!」

「…………はい?」


 今なんとおっしゃられましたか?

 身をすくめたままのポーズで悠吾は目を丸くした。

 弾薬と装備を……ゴーダツ? 


 騙してたのはチャラ男じゃなくてこの子の方だったのか。

 目の前に立つ、小柄で可愛いこの少女が突然黒い尻尾が生えた悪魔に見えると、悠吾は小梅を助けた事をほんの少し後悔した。

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

称号:亡国者

LV:3(up!)

武器:ベレッタM9

パッシブスキル:生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)

アクティブスキル:兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能

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