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第47話 祖国からの脱出 その2

「僕達と一緒にラウル市には行かない……って事ですか? ロディさん」

「そうだ」


 悠吾の言葉に、いつものようにさらりとロディが答える。

 確かにロディさんは、「脱出の協力をする」と言っていた。小梅さんのお兄さんが指定するポイントに到着したわけだからここで終わり、というのはわかるけど──

  

「もうロディさんはユニオン連邦のプレイヤーじゃなくて、僕達と同じ亡国者の称号を持つノスタルジア王国所属じゃないですか!?」


 ロディさんはもう以前のように死んでも復活リスポンは出来ない。僕達と同じ、「死んだら終わり」の称号「亡国者」を持っている。

 悠吾は眉をひそめ、考え直して下さいと懇願するように問いかけた。

 だが──


「すまんが私は戻る。やり残した仕事があるのだ」


 いつもと違い押しの強い悠吾に、まるで愛の告白でもされているような感覚がしてしまったロディは、少し照れくさそうな表情でそう返す。


「仕事って……どんな大事な仕事かわからないですが、ロディさん1人を残していくわけにはいきません」  

 

 そもそも、1人でこの廃坑を出る事すら難しいじゃありませんか。

 無理やりにでも連れて行きます、と言いたげな悠吾だったが、不意に「落ち着け」と言わんばかりにトラジオの手が悠吾を制した。


「トラジオさん……?」

「俺も悠吾と同じく出来るならばお前に一緒に来てほしいと思っているのだが……どうしても戻るというのならば理由を教えてくれないか」


 トラジオはじっとロディの目を見つめ、問いかけた。

 嘘は見抜けるぞ。

 そう語っているトラジオの目に見据えられたロディは観念した、とでも言いたげに肩をすくめ、続けた。


「理由は簡単だ。私はアジーの意思を継ぐ」

「……アジーさんの?」

「このプロヴィンスには暁のメンバーも残っている。アジーの後を継ぎ、私が暁をまとめなければならない」

「で、でも、ロディさん……!」


 それは危険過ぎます。出来るだけ目立たないように姿を隠していた僕達でさえ簡単に残党狩りに見つかってしまった。大々的に活動しているロディさんの危険は僕達の比じゃないはず。


 だが、そう言う悠吾にロディはただ小さく頷くだけだった。

 もう決めた事だ。

 ロディの表情からはそんな言葉がうかがい知れた。


 アジーさんの意思──

 亡国者の称号を持つプレイヤー達を国外に脱出させる。例え自分がどんな状況であっても志は変えない。


 ロディの中にそのアジーの信念を感じた悠吾は言葉を失ってしまった。


「ありがとう、悠吾、お前の気持ちは嬉しい。だがここでお別れだ」

「……フン、あんたも相当頑固ね。折角あたし達が引き止めてンのに」


 腕を組んだまま小梅が吐き捨てる様にそう言った。

 湿っぽい事が苦手な小梅の精一杯の悪態。

 短い付き合いだが、小梅の心境が判ったロディはただ笑顔を見せて無言の返事を返す。


「残念だが小梅、私とお前達はここで別々の道を進むわけだが……その道はいつか繋がる事になる」

「……どういう事?」

「お前達にはラウル市で私達が脱出させたプレイヤー達を保護してほしい」


 借りは返してもらうとでも言いたげにロディが小梅にウインクしてそう言った。


 脱出させたプレイヤー達の保護。

 僕のようにトラジオさんや小梅さん、ロディさんのように熟練プレイヤーと出会い、こうやって脱出出来るプレイヤーはほとんど居ないはず。

 右も左もわからないまま残党狩りに襲われ運良く暁のようなクランに保護されたとしても、脱出した先で生活の基板となる物が無い以上、否応なしにスラムの住人が犯罪に手を染めていくように事態は悪化の方向に向かってしまうだろう。

 それは彼らを助けたと言う事にはならない。だから脱出させた先でも援助するグループが必要になるというわけか。


「ロディさん、是非協力させて下さい」


 小梅さんのお兄さんのような存在は必要ですよね。むしろ協力させていただきたいです。はい。

 だが、悠吾のその言葉に逆にうろたえたのはロディの方だった。


「む、小梅を茶化すつもりで冗談半分だったのだが……」

「残念だけど、悠吾には冗談には聞こえなかったみたいね。ま、ついでだからあたしも協力してあげるわ」 

 

 貸したままだと気分悪いし。

 含みのある笑みを浮かべてそう言う小梅にロディは「良いのか」とトラジオへ視線を送ったが「そういう事だ」とただ肩をすくめるだけだった。


「すまない、押し付けるような形になってしまった。だが、お前達に暁の活動を助けて欲しいと思っているのは本心だ。改めて、出来るなら協力してほしい」


 律儀な性格のロディが、もう一度今度は頭を下げそう言った。

 その姿に悠吾は一度小梅とトラジオの顔に視線を送るが、答えるまでもないと2人とも笑顔で頷いた。


「僕達の答えは変わりません。是非協力させて下さい」

「……ありがとう悠吾、小梅、トラジオ。きっとアジーも喜んでくれるはずだ」


 そう言ってロディが悠吾に手を差し出した。

 これがアジーさんへの弔いになるのであれば、本望です。

 

「絶対死なないでくださいよ、ロディさん」


 これは僕からのお願いです。

 そう言って悠吾はロディの手を握った。ひんやりとしたロディの手の感触が、ぴりと悠吾の心を刺激する。

 あの凶悪な対物ライフルを正確に標的に命中させるロディの指は、普通の女性の指と同じく華奢で儚く感じた。


「大丈夫だ。簡単には死なん。……色々とあったが、お前達に出会えてよかったと思っている」


 アジーとルーシーを失うことになってしまったが、得た物も大きい。それは暁にとっても大事なものだ。

 悠吾達に出会えて本当に良かった。

 ロディは心からそう思った。

 

「僕達もロディさんやアジーさん達が居なかったら、ここまで来れませんでした。こちらこそありがとうございました」

「見つける保証はできんが、悠吾の言う『エンチャントガン』も探しておこう」


 余裕があったらで大丈夫です。 

 ロディの言葉に悠吾は笑顔でそう返した。

 

「……また会おう、悠吾、トラジオ、小梅」

「はい、必ず」


 悠吾の言葉に促されるように、トラジオと小梅も笑顔でひとつ頷く。

 ここで終わりじゃない。

 ここからが始まりなんだ。

 ロディも悠吾達も、お互いがそう思っていた。


 廃坑の闇に消えていくロディの後ろ姿は、決意に満ち溢れ、きらきらとして凄く綺麗だと悠吾は思った。


***


『プレイヤーが小隊パーティから離脱しました』


 トレースギアから発せられたロディが離脱した告知を聞き、悠吾はふう、と溜息を1つつく。

 ロディさんが無事に脱出出来ることを祈りたいけれど、僕達は僕達で最後まで気を抜かずに完遂する必要がある。

 それは悠吾だけではなく、3人全員がそう思っていた。


「やっとこの状況から脱出できるわね」

「そうだな。実に長かった」


 トラジオの言葉に今日までの事がふつふつと悠吾の脳裏に浮かんでくる。

 あの林でトラジオさんに銃を突きつけられて、岩場で小梅さんを助けて、そしてこの廃坑でアジーさん達に助けられて。

 色々あった。だけどやっとここまで来た。


「ま、余裕だったわね」


 腕を組み、いつもの仁王立ちポーズで小梅が言う。

 ここに来てそれですか、小梅さん。

 その小梅の姿に、悠吾は思わず肩を落としてしまった。


「あ〜、そーですねー」

「何よその顔」

「小梅さんが感じた通りの顔です」


 すでにお約束になりつつある小梅と悠吾のやりとり。

 そのやりとりを見て、トラジオはふと表情が和らぐ。


「さて小梅、お前の兄だが、連絡は取れそうなのか?」

「ん〜と……あ、オンラインになってる!!」


 これまで幾度と無く待ち望んでいた、兄のオンラインマーク。

 その時が来たのだ、と嬉しくなってしまった小梅は思わずトレースギアを見ながらぴょんと飛び跳ねてしまった。

 が──


「でも、この辺りには脱出口になりそうなものは何もありませんけど……」


 悠吾達が立っているのは何の変哲もない坑道。

 何処かに繋がっていそうな扉もなければ、怪しい箇所は何処にもない。

 どうやって小梅の兄が救助に現れるのか悠吾は心配になってしまった。


「わかんないけど、とりあえず兄に連絡してみるわ」

「頼む」


 そう言って小梅はトレースギアのフレンドリストから兄、ノイエの名前をタップした。

 そうしてポップアップ表示されたメッセージウインドウに小梅は「到着した」と一言メッセージを入力し送信した。


 一体どんな方法で脱出口に行くんだろう。

 メッセージを送信した事を悠吾とトラジオに伝えた小梅は、ラブレターの返事を待つ少女の様にそわそわと落ち着かない空気でその時を待った。

 つん、と痛い程の静寂が小梅を中心に辺りを支配する。

 はっきりと聞こえるのはどくんどくんと脈打つ高鳴った自分の鼓動の音。


『メッセージを1件受信しました』


 そうして、小梅のトレースギアがそう言葉を放ったのは、小梅がメッセージを送信して幾許も経たない内だった。

 小梅は即座にトレースギアを開くとメッセージを確認する。


「壁から離れろ。1分後に扉を開く……って扉ってなにかしら?」

「判らん。が、離れろと言うことは何か起きると言うことだ。小梅、下がれ」


 トラジオの言葉に、小梅と悠吾は坑道の中央に背を向け合い立ちすくんだ。

 どっちの壁にその扉が現れるのか判らない。

 必要ないとおもいますけど、一応見逃さないようにね。


「……でもさ、壁から離れろって事は……」


 ひょっとして、普通じゃ無い方法で強引に開くってことじゃないわよね。

 ふと嫌な予感が過った小梅だったが、そんな彼女をよそにそれは突如として小梅達を襲った。


 ちょうど小梅の正面、坑道の壁が大きく爆ぜ、ずどんと廃坑が大きく揺れた。


 ──やっぱり強引な手法だったのね。

 爆風で砂煙が舞い上がったものの、火薬の分量を調整していたのか、飛び散る事無くがらがらとその場に崩れ落ちる崩れた壁の瓦礫を見つめながら小梅はそう思った。


「なんと」

「凄く強引ですね」


 げほげほと咳き込みながらトラジオと悠吾も小梅と同じ感想を抱く。

 扉とは、廃坑に爆薬で開ける穴の事だったのか。

 

 そしてもうもうと立ち上る砂塵の向こう、1人の人影が現れたのが小梅の目に映った。


「小梅!」


 穴から現れた1人の男性。

 思わず女性かと思うほどの中性的な優男だった。

 ロングヘアーを後ろでまとめた端整な顔立ちの男性。少し釣り上がった目は小梅さんにそっくりだ。

 この人が小梅さんの兄、ノイエさんだ。


「……ッ! ノイエ!!」

「小梅! 無事だったか!!」


 ぱたぱたと駆け出した小梅は、ぼふ、とノイエの胸にダイブした。

 気丈、というか傍若無人ぷりは鳴りを潜め、ノイエの妹、小梅がそこには居た。

 やっぱりお兄さんの前では1人の女の子になるんだな。

 小梅のその姿を見て、悠吾は安心しつつも、どこか寂しい感じがして胸がちくりとうずいてしまった。


「小梅、すまなかった。直ぐ助けに行けなくて」

「大丈夫、頼れる仲間がいたから」


 頼れる仲間?

 その言葉に悠吾はトラジオと目を見合わせ、くすりと笑みを零した。


「ありがとう。君達が妹を助けてくれたのか」


 礼を言うとノイエは深々と頭を垂れた。

 なんというか、立ち方とか佇まいで直ぐにわかる。この人が戦場のフロンティア現役のトップランカーだということが。

 身なりは小梅さんと同じ、民間軍事会社(PMC)スタイルのタンカラー迷彩パンツに同じタンカラーのジャングルブーツ、ダークのTシャツに胴体を防護する鉄板が入ったプレートキャリア。シャツから覗く程よく引き締まった上腕二頭筋と腕撓骨筋はアバターでありながらも明らかに僕のそれとは大違いだ。

 というか、筋肉ってレベルの上昇と共についていくんだろうか。それとも、現実世界の物が反映されるのですか?

 現実世界では華奢で残念な体格だったもので、前者であることを祈ります。切実に。


「気にするな。俺たちも小梅にいろいろと助けられた」

「小梅が? 貴方達を? ……我儘な小梅が?」


 信じられないと、目を丸くしてノイエが小梅の顔を覗き込む。

 ああ、やっぱりお兄さんも小梅さんの我儘っぷりはご存知でしたか。

 ノイエの言葉に悠吾達は苦笑を返すしか無かった。


「お前も成長したな、小梅」

「え? う、うん」


 兄さんは嬉しいよ、と小梅の頭をごりごりと撫でるノイエをよそに、小梅はジト目で悠吾を睨みつける。

 これ以上何も言うんじゃないわよ。

 小梅の目はそう言っている。

 まぁ、今の段階では言わないでおきますよ、小梅さん。


「自己紹介がまだだったね。僕はノイエ。メインクラスは魔術師ワーロックだ。よろしく」

「悠吾です。お話は小梅さんから色々とお聞きしています」

「トラジオだ。本当に助かった」


 よろしく、と握手を交わす悠吾達だったが、不意にノイエのトレースギアが何か警告を吐いた。

 あまり良くない何かだったのか、ノイエの表情が硬くなったのが悠吾にも判る。

 

「……ここで立ち話していても良いんだが、そろそろ行こうか。仲間が待っている」

「仲間?」


 その言葉に小梅が小首を傾げた。

 仲間、というのはオーディンのメンバーの事なんだろうか?


「小梅、お前の救助を再優先に出来なかった理由がそこにある」


 ノイエの言葉に小梅の表情に一瞬、影が落ちた。

 兄であるノイエでさえも気がつかない一瞬。だが、その変化を悠吾だけは気がついていた。


「この世界から抜け出す為に重要な事だったんだ。すまん」

「……この世界から抜け出す為?」


 ぽつりと呟く小梅にノイエはこくりと頷く。

 この世界から抜け出す方法。ノイエさんはそれを見つけたのか──


「君達にもできるならば、協力してほしい」

「も、もちろんです。現実世界に戻れるならなんでもしますよ!」


 亡国者の称号が付与されてしまった僕達で出来ることならなんでも。

 その言葉は口にしなかったが、判っていると言いたげにノイエは笑顔を見せる。

 なんとも安心する笑顔か。

 男の僕でもどきりとしてしまうほど破壊力がある微笑み。僕が女の子だったらコロリといっちゃいましたよ。


「それで、何をすればいいのだ?」


 トラジオが静かに言う。


「事態は緊急を要している。まずは彼女を取り戻す」

「彼女……って……まさか?」


 ノイエの言葉に、何か思い当たる節があった悠吾はそう返しながらも1人の女性が頭に浮かんでいた。

 行方不明になった、ノスタルジアのGMゲームマスター、ルシアナの事を。


「争いを避け、ユニオン連邦の傘下に下らんとするラウルのいくつかのクランがルシアナを拘束した。奴らが彼女をユニオンとの交渉材料に使う前に救出する必要がある」

「まさか……」


 なんということか。

 ノイエの言葉に悠吾は言葉を失ってしまった。

 ラウル市はノスタルジア王国と友好関係にあるとトラジオさんは言っていた。それはつまり、ユニオン連邦と敵対関係にあると言う事。

 国を滅ぼされ、亡国者の称号を得る位ならば、友好関係にあった隣国の長を差し出し、領土を明け渡すというわけか。


「だがルシアナの救出は通過点に過ぎない。僕達の目的はその先にある」

「その先……って?」


 一体何をするつもりなのか。

 妹である小梅ですら知らない兄の目的。

 不安げな視線を送る妹に、ノイエはちらりと視線を送ると、すうと息を1つ吸い込みその目的を語った。


「交戦フェーズでユニオン連邦に戦いを挑む。ノスタルジア王国を奴らから取り戻すんだ」


 後が無い状況での決死の戦い。

 死ねばそこで終わりの状況で「生」をつかみとる為に避けては通れない戦い──


 その言葉とともに、ひゅうとノイエによって開けられた脱出口から流れこむ風が悠吾の頬を撫でた。

 夢にまで見た、ラウル市から流れ込む安息の風。

 だが、その風は冷たく、まるで鋭い刃の切っ先のように悠吾達の心を斬りつける。


 ノイエのその言葉は悠吾達にとって新たな戦いの始まりを告げる無情で残酷なな一言だった。

これにて祖国脱出編は終了でございます。

平安が訪れると思っていた悠吾達に放たれた新しい戦いを告げる言葉……

一体どうなってしまうのか!?

謀略渦巻く国家同士の思惑に悠吾達が巻き込まれていく、次章からの新しい戦いにご期待くださいませ!


※次章スタートまでいくつかの番外編をはさみ、少し間を置いて再開したいと考えています。今後とも戦フロをよろしくお願いします!!

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