第46話 祖国からの脱出 その1
激しい戦闘が終わり、廃坑の地下4階は静けさを取り戻していた。
これが強化フェーズを迎えた狩場の通常の姿だ。
先ほどの戦闘が終わってまだ幾許も経っていない為に、静かな廃坑の空気にどうしても「また何かが現れる前の予兆じゃないのか」と嫌な推測をしてしまう悠吾にトラジオがそう説明した。
「楽観主義者のあんたがネガティブな発想をするなんて珍しいわね」
「う、うるさいですねっ!」
トラジオの説明に小梅が余計な一言を付け加えた。
あれから再出現した多脚戦車と地人達の追撃を躱し、悠吾達は小梅の兄が指定するポイントへ近づいていた。
しばらく経つけれどユニオンプレイヤー、地人どちらとも接触は無いし、MAPにもそれらしき影は映らない。
安心していいんだと思うけど、どうにも気になってしまう。
「所で悠吾、あの兵器の事だが……」
「兵器? あ、ジャガーノートの事ですか?」
話題を変えようとそう切り出したのはロディだった。
あの絶体絶命の状況を切り抜けることができたのはあの兵器のお陰だと言っても過言ではない。
「ジャガーノート? ……聞いたことが無い名前だな」
しばらく考えを巡らせた後「記憶に無い」とロディがそう言った。
あの小型VTOL機で武装したワルキューレのメンバーとグレイスを退けた謎の兵器「ジャガーノート」──
その正体が何なのかちょっと気になるけど、元オーディンメンバーのロディさんも知らないとなると、一体あれは何なのだろう。
自分ではどんな格好だったのか判らなかったから小梅さんに聞いた所、「ロボットみたいだった」ととてつもなく曖昧な表現でご説明を頂戴したので、多分機械的な格好だったんだと思う。
でも、ロボット兵器と言うより、どちらかと言うと自分の能力を倍増させる「パワードスーツ」という表現が近かったんじゃないかな。推測の域は出ないけど。
「あの変なマークも良くわからないしね」
「そういえばそうですね」
小梅の言葉に悠吾はアイテムボックスのジャガーノートの横に種類を示しているのであろう、あの拳を突き上げているようなマークを思い出した。
「どれだ?」
「これなんですけどね」
そう問いかけるロディに悠吾はトレースギアのアイテムポーチ内に表示されていたジャガーノートを見せた。
ジャガーノートは知らないとしても、このマークは知っているかもしれない。
トレースギアを見つめるロディの横顔を見ながらそう考える悠吾だったが、その推測は的中した。
「これは……」
「知ってるんですか?」
悠吾の言葉に、こくりと小さくロディが頷いた。
「このマークは……『アーティファクト』だ、悠吾」
「ア、アーティファクト!?」
ロディの言葉に度肝を抜かれたのは小梅だった。
「アーティファクト……ってナンデスカ?」
「アーティファクトっていうのは……特定の狩場から入手出来るアイテムで、出現率が0.1%以下のレア中のレア装備の名称よ」
戦場のフロンティアをプレイするプレイヤー達が一度は手に入れたいと思う激レアアイテム。それがアーティファクト──
「あんた、その凄さがわかってないでしょ?」
「……え〜っと、そうですね」
小梅の説明に首をかしげる悠吾に苛立ちを覚えた小梅が口をとがらせた。
まさに猫に小判だわ。
「0.1%以下って、それ、狙って出るものじゃないですよね?」
「そうよ! アーティファクトがでる狩場は1ヶ月周期で変わるから、並大抵のやりこみじゃお目にかかることは出来ないアイテムなのよっ!」
ああ、いわゆる廃プレイヤーが手に入れることができるアイテムってわけですね。
一時期僕もFPSゲームを廃プレイしていたからよく判ります。
「アーティファクトを狙う為に作られたクランも数多くある。戦場のフロンティアのプレイヤーであれば一度は夢見るアイテムだ。だが、このマークがアーティファクトのマークだったとは。どうりで誰も知らないわけだな」
物珍しそうにトラジオが悠吾のトレースギアを覗き込みながらため息をつく。
トラジオさんですら見たことも無いアイテム。
ひょっとして僕、めちゃくちゃ運がいいのですか。
「私もそう見た事は無いのだが、オーディンメンバーの1人が持っていたアーティファクトを見せてもらった記憶がある。『天を突く拳』……間違いない」
次第に何処か興奮気味に語るロディに悠吾はじゅくじゅくと少しづつジャガーノートの凄さが身にしみてくるのが自分でも判った。
「というかさ〜、あんたどんだけクジ運良いワケ?」
「たた、確かに!」
その意見には僕も同意します。0.1%の出現率アイテムを、さらにあの「チャレンジ」で引いてしまうなんて、宝くじレベルの当選率じゃあありませんか。
多分、今後とてつもなく最悪な出来事が起こる気がします。
生意気! って小梅さんに殴られちゃうとか。
「悠吾のくせに生意気!」
「ちょっ……! 小梅さんっ!」
ほらみたことか。
想定した通りに動く小梅に、思わず悠吾は身を竦めてしまった。
殴られはしなかったけど。
「しかし、あの数のプレイヤーを退けるとは、凄まじい能力だな」
「時間制限があるみたいだったんですけど、運良く倒せて良かったです」
ダークマターの残量が云々って言ってた気がする。
ジャガーノートの起動には一定数以上のダークマターが必要で、燃料のように消費していくという事なんだろう。多分。
「アーティファクトは使い方次第で戦場の行方を左右するほどの凄まじい能力がある物なのだが、色々と制限があると聞いた。私が以前見たアーティファクトはアサルトライフルタイプのアーティファクトだったのだが、弾丸が専用の特殊弾を使う必要があったらしい。弾薬一発を生成する為に相当なお金がかかるとその男は嘆いていた」
「成る程ですね。多分、このアーティファクトは1秒につき1個のダークマターを消費するようです。ずっと使えなかったから存在自体すっかり忘れていたのですが、使えなかったのはダークマターの数が足りなかったからだと思います」
トレースギアに表示されている、黒く選択できないようになっているジャガーノートを見て悠吾はそう思った。
さっき、ジャガーノートに全部使ってダークマターはゼロになっている為に今は起動できないんだろう。にしても、ダークマターは直ぐに手に入れることができる素材だ。これって、アーティファクトの中でも比較的制限が緩いんじゃないだろうか。
「ふむ、今後何かの時の為に、ダークマターは使わずに保存しておくべきか」
「ですが、アイテム生成にはダークマターは絶対いるっぽいですからね。全部とっておくと言う訳にもいかないでしょうけど……」
生成できる兵器は今後もっと戦闘が楽になるものが増えてくるはず。それに、ラウルに脱出できた後は購入できるようになるかもしれないけど、弾薬の生成にもダークマターは必要だ。しっかりと計画して使用する必要がある。
ダークマターのご利用は計画的に。
「あ、見てよこれ」
と、兄が指定する脱出口へのルートを確認するためにトレースギアでMAPを見ていた小梅が声を上げた。
嬉しそうな声から、悪いことでは無さそうだ。
「どうした小梅」
「さっきのワルキューレメンバーを倒して手に入った経験値で、あたし結構レベル上がってる」
「おお」
レベルが14に上がってる小梅のステータス画面を覗きこんで、思わず悠吾は唸った。
単純にレベルが上がった事は嬉しいけど、それよりも「小梅さんの」レベルが上がったという事が喜ばしい。
よかったよかった、これで「悠吾があたしよりレベル高いだなんて生意気!」と小言を言われずにすむ。
やっと平和が訪れました。
そう思った悠吾だったが──
「お前のレベルも結構上がっているぞ、悠吾」
「……へ?」
良かったな、と笑顔で肩を叩くロディに悠吾は己の耳を疑ってしまった。
「……てかさー悠吾、あんた15になってんじゃん」
「えええっ!?」
悠吾のトレースギアに表示されているのは「レベル15」という文字。
まぁ……小隊を組んでいるので小梅さんが上がれば僕のレベルもそうなりますよねー。
ジト目で睨む小梅に悠吾は苦笑いを浮かべるしか無かった。
「あ〜、変な奴らに襲われちゃうし、悠吾とのレベル差も変わんないし、悠吾が止めたせいでレアアイテムも拾えなかったし。最悪」
「ちょ、ちょっと小梅さん!」
襲われちゃったのと僕とのレベル差が縮まらなかったのはまあ良いとしても、ですよ。
小梅の言葉に、慌てて悠吾が口を挟む。
「地人と多脚戦車が迫ってきたのに、呑気にアイテム拾いなんか出来なかったでしょう!?」
取りに戻ろうと言い放つのではないかと危惧した悠吾がそう口を尖らせた。
本当に君は。あの状況でアイテムを拾おうと考えるのがおかし過ぎます。
「む〜、まぁそうなんだだけどさ〜」
「アイテムなんて、命に比べたら他愛もない物でしょ……って、あああっ!?」
「な、何よっ!?」
突然トレースギアを見ながら叫び声をあげる悠吾に、小梅はどきりと心臓が刺されたような衝撃を受けてしまった。
まだあたし何も言ってないわよ?
「無い!」
「……何が無いのだ悠吾」
そんなに焦って。
そう呟くトラジオだったが、その言葉が耳に届いていないといった雰囲気で、悠吾はとてつもなく焦りながらトレースギアのメニューをスワイプする。
無い。絶対になくしてはいけないあのアイテムが、無い──
「エンチャントガンが無いんです!!」
そう言って悠吾は、入っているはずがないのに胸のポケットやお尻のポケットを弄り、お尻に両手をあてがったポーズのまま固まった。
いつから無いんだろう。
2回目にトラジオさんにエンチャントした時はあった。あの後ちゃんとアイテムボックスの中に閉まった記憶はある。とするとその後だ。
そう言えば、グレイスに止めを刺した時に──
「……あ。思い出した」
グレイスに止めを刺した前に、自分でエンチャントしたんだ。
ぽんと掌を叩いた悠吾は何事も無かったかのように、くるりとターンすると来た道を戻ろうと歩き出す。
が──
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 悠吾!」
「な、何をするんですか小梅さん! 離して下さい!」
思わず小梅は悠吾のインターセプターボディーアーマーを掴み、悠吾を制止させた。
「あんたまさかあの場所に戻ろうなんて思ってるんじゃないでしょうね!?」
「当然でしょう! あのアイテムはそれは重要なもので……」
「あんたの頭は穴の空いたバケツかっ!! さっき偉そうに『命に比べたらアイテムなんた他愛もない』って生意気な事言ってたでしょ!」
悠吾の襟を両手で掴み小梅がぐりぐりとこねくり回す。
そ、そんな事言ってましたっけ、僕。
「あ、あのアイテムはなくすとヤバイんですよ!」
無くしたなんて言ったら、ルルさんにお仕置きされてしまいます。
……いや、それはそれで非常に興味があるシチュエーションですけど。
「悠吾、あのアイテムがどれだけ大事なのかは判らんが諦めろ。あの広場には地人が集まっているし、多脚戦車も復活している。戻るのは無理だ」
「トラジオさん、でも……」
小隊の事を考えるなら諦めろ。そう目で訴えるトラジオに悠吾は言葉を飲み込んだ。
確かに今あそこに戻るのは自殺行為だ。小隊が全滅してしまう可能性もある。
エンチャントガンは諦めるべきか。
悠吾がそう考えた時だった。
「私が探しておこう、悠吾」
「……ロディさん?」
トレースギアのMAPを確認しながら、そう言ったのはロディだった。
探しておこう、ってどういう意味だろう。小梅さんのお兄さんが待つ脱出口はもう目と鼻の先なのに。ロディさんが所属しているクランメンバーに探して貰うのかな?
「小梅の兄が指定したポイントはここのはずだが、小梅?」
「ここって……何もない場所ですけど……」
ロディの言葉に悠吾が辺りを見渡す。
何の変哲のない坑道の途中。何か扉があるわけでも無いし、エレベーター的な物があるわけでもない。
本当にあっているんだろうか。
「確かに、兄が指定したポイントはここよ。兄にメッセージを送れば、完了のはず」
「了解した。そういうことだ。悠吾」
まだロディの言っている事が判らない悠吾は首をかしげる。
到着した事と、エンチャントガンを探す事に何の関係があるんですか?
到着……エンチャントガンを探しに……「戻る」……まさか──
「ロ、ロディさん、まさか!?」
「……私が同行するのはここまで、と言う事だ悠吾」
こくりと頷き、ロディが笑顔を浮かべ、そう言う。
静かな坑道にロディの声だけが、ただひゅうひゅうと広がっていった。