第45話 足掻き その3
恐怖に引きつった表情のまま、グレイスは光る塵になり、消えていった。
きっとあの男は何事も無かったかのようにマイハウスにリスポンしているはず。だけど、最後のあの表情からして恐怖は十分に植えつける事が出来たと思う。
グレイスの身体が完全に消え失せ、戦いが終わったことを感じた悠吾は深く息を吐き、そう思った。
終わった。
なんとか切り抜けることができた。あの数のユニオンプレイヤーを退ける事ができたのは本当に運が良かったというしか無い。
『……悠吾、無事か』
と、ぽつりと聞こえた声に悠吾は、はっと我に返った。
『……! トラジオさん!?』
この声は確かにトラジオさんだ。
そう言えばトラジオさん達は無事なのだろうか。多脚戦車の残骸に向かう時、確かエレベーターで足止めをすると言って──
『トラジオさん達は大丈夫ですか!?』
きょろきょろと辺りを見渡しながら悠吾が問いかける。
無い──
あのエレベーターが何処にも見当たらない。それらしき残骸があるだけだ。
あの小型VTOL機のロケットに破壊されてしまったんだろうか。あのエレベータが破壊されてしまったということは……トラジオさんとロディさんも相当のダメージを負っている可能性は高い。
『安心しろ、なんとか無事だ。ロケットを食らった時はひやりとしたが、どうやらエレベーターの基礎に救われたようだ』
『ロディさんは!?』
『……大丈夫だ悠吾。ダメージは負ったが、なんとか生きている』
トラジオの声に続き、悠吾の耳に届いたロディの声に悠吾はやっと安堵の表情を浮かべた。
よかった。2人共無事だった。あの怒涛の攻撃で、2人が無事だったのは本当に良かった。
あ、というか、一番重要な小梅さんは──
「悠吾!!」
「……ッ!」
背後から己の名を呼ぶ聞き覚えのある声に悠吾は思わず条件反射のように身を竦ませてしまった。
振り返った悠吾の眼に映ったのは、駆け寄ってくる小梅の姿。
良かった、小梅さんは無事だった。
エンチャントガンの後遺症なのか、悠吾は己の身体を襲う倦怠感を何とか振り払い、駆け寄って来る小梅に弱々しい笑顔を見せた。
「小梅さん!」
「悠吾!」
変わらず小梅は悠吾の名を叫び、彼の元へ駆け寄ってくる。
これは、ひょっとしてあれだろうか。
「ありがとう悠吾」っていう感動のシーンでハグをした僕達は──
「……こんの馬鹿野郎ッ!」
「ほがっ!?」
きらきらとした想像の中で感動の再開を果たす悠吾だったが、現実の小梅は悠吾の期待を華麗に裏切り、助走をつけたまま豪快な平手打ちを放った。
「助けに来るのが遅いっっっ!!」
「……ええええ!?」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべる小梅に、悠吾はつい怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
何をおっしゃいますか貴女は。
僕は貴女を助けたんですけどピンチだった君を!
「遅いって……ジャストタイミングだったじゃないですかっ!」
「何言ってんのよ!! あとちょっと遅かったら大変な目にあってたじゃないの!! それに……」
ぐっと下唇を噛んで小梅が続ける。
「あんた死んじゃったかと思ったじゃないのよっ!! 生きてるならちゃんと返事しなさいよ!! あたしがどんだけ心配したとおもってんのよっ!!」
「……へっ?」
ううう、と必死に涙がこぼれ落ちるのをこらえながらぎゅっと拳を握ったまま、小梅がまくし立てる。
その小梅の姿に、じんじんとうずく頬をさすりながらも、悠吾はあっけにとられてしまった。
「小梅さん、僕のことを心配してくれてたんですか……?」
「するに決まってんでしょ! 馬鹿っ!」
大粒の涙を抱えたまま睨みつける小梅の目を見ながら、悠吾はいきなり平手打ちを放たれてしまった怒りも忘れ、嬉しくなってしまった。
小梅さんの顔を見る限り、多分本当に心配していたに違いない、と思う。
叩かれたのはびっくりしたけど。次からはハグでお願いします。
「ごめんなさい。でも、僕も小梅さんを助けたくて……えーっと、その、ぼ、僕が守らなきゃって思ってですね……」
ああ、僕は一体何を言ってるんだろう。
小梅の気持ちについ嬉しくなって、またもや壊れた蛇口のように出てくる言葉に、悠吾は己ながら呆れてしまう。
「えっ……?」
「あ、いや、そう言う意味じゃなくてですね……」
睨んでいた小梅の目が、まるく見開かれたのをみて、悠吾はさらにパニックに陥ってしまった。
「ぼぼぼ、僕が言いたいのはですね」
悠吾は目を白黒させながら、必死にジェスチャーを交えながらそう続ける。
これは、「意味わかなんない事、言ってんじゃないわよッ!」って小梅さんに馬鹿にされるに違いない。
そう思った悠吾だったが、小梅の反応は──違った。
拳を握りしめたまま、正に熟れたトマトのように、ぼうと顔が真っ赤に染まり上がっていた。
「……ななななになななに」
「へ?」
「なななになになに、何言ってんのよあんたっ!」
「ほげっ!」
別の意味で泣きそうになっった小梅が、悠吾の今度は逆の頬を張り上げる。
腰の入った張り手が悠吾の頬を捉え、廃坑内にばちんと、思わず顔を顰めてしまうような痛々しい音が響いた。
小梅さん、あの小型VTOL機のロケット弾よりもダメージが高い攻撃ですよ、これ。
「ばっ、ばっ、馬鹿なこと言ってないで、クマジオ達を助けにいくわよっ!」
悠吾を思わず張り飛ばしてしまった小梅はそのままくるりと踵を返した。
なんであたしこんなに動揺してんのよ。
守らなきゃって……偉そうにっ!
悠吾の言葉に動揺し、周りが見えていなかった小梅はどすどすと多脚戦車の残骸の中を通り抜けていく。
──と、その時だった。
『小梅ッ!!』
「……え?」
突如小梅の耳に届いたのはトラジオの慌てた声。
その声に、はっと我に帰った小梅は彼女の直ぐ傍で起きていた「それ」に初めて気がついた。
「……ッ!! 小梅さんッ! 退がって下さい!」
続けて背後から悠吾の声が響く。
小梅の直ぐ傍で起きていたそれ──
残骸と化していた多脚戦車にきらきらと光の粒が集まり、次第に新しいボディが形成されていた。
続けて小梅と悠吾の身体を襲ったのは、初めて多脚戦車と遭遇した時と同じ、心臓をぎゅうと押さえつけるような嫌な圧迫感。
『新しい多脚戦車が現れたッ! 走れ小梅、悠吾!』
と、トラジオが小隊会話で叫んだと同時に廃坑に轟音が轟いた。
それがロディが放ったPGMヘカートIIの射撃音だと判ったのは、ぱしゅんと空気を切り裂く一筋の音が悠吾を掠め、背後でぐしゃりという破裂したような音に変わった後だった。
『悠吾、地人だ。地人の群れも現れた』
くるりと背後を見やった悠吾の目に映ったのは、空中に消えていく地人の姿。
ロディさんの狙撃が背後に忍び寄っていた地人を仕留めてくれたのか。
そして、続けて悠吾の目に飛び込んできたのは、その向こうからぞろぞろと現れる高レベルの地人達──
「い、行きましょう、小梅さん!」
「えっ、ちょっ……」
ぐずぐずしては居られない。
多脚戦車はまだ転送している途中だから大丈夫だけど、地人達はもうすぐそこまで来ている。
小梅の手を握った悠吾は、有無をいわさず、前方に見える坑道へと駆け出した。
『悠吾、1時の方向、細長い坑道に走れッ!』
『もう向かってます!』
そう返す悠吾の耳に、ぱんと背後から射撃音が届いた。
まだ離れてはいるけど、地人がこちらに撃ってきている音だ。
ひゅんと直ぐ近くを地人の弾丸が掠め、前方にぱっと砂塵を舞い上げる。
「待って悠吾! ワルキューレの奴らが落としたアイテムは!?」
焦る悠吾の耳に届いたのはのんきにそう言い放つ小梅の声。
絶対良いもん持ってたよあいつら。
悠吾に引っ張られるように走りながら叫ぶ小梅に悠吾は改めて呆れ返ってしまった。
「な、何を言ってるんですか、小梅さん! アイテムより命が大事でしょう!?」
倒したワルキューレのメンバーが落とした散らばっているアイテムを素通りしながら、悠吾が即答した。
多分、あの小型VTOL機もアイテムとして落ちているかもしれない。多分、あの小型VTOL機はすごくレアな兵器だろうけど、今はそれどころじゃない。
4本の足が全て現れ、巨大な砲塔が姿を見せつつある多脚戦車を一瞥し、悠吾はそう思った。
『見えたぞ悠吾』
その声に悠吾はちらりと左舷に視線を移す。同じように坑道を目指し走っているトラジオとロディの姿が見えた。
『あと少しです!』
必死に走りながらも、トラジオ達のその姿に、危険な状況にも関わらず悠吾はつい笑みを浮かべてしまった。
多脚戦車と地人に追われる危険な状況だけど、さっきのワルキューレの連中に比べたら。
『僕達、助かりましたね』
背後で多脚戦車が僕達を仕留めようと動き始めたけど、この距離ではあの125mm砲でさえも当たりっこない。
早合点と言われそうな気がしたが、我慢できず悠吾は小隊会話でそう呟いた。
「……そうだな。俺たちは助かった」
そう言ってトラジオも小さく笑みを浮かべる。
僕達は「生」を勝ち取った──
トラジオのその笑顔に、悠吾はあの絶望的な危機を切り抜け助かった事を実感した。
名前:悠吾
メインクラス:機工士
サブクラス:なし
称号:亡国者
LV:15(up)
武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート、革の財布
防具:UCP迷彩服(スロット1:ルルのパッチ、スロット2:空き)、インターセプターボディアーマー
パッシブスキル:
生成能力Lv2 / 兵器生成時に能力が+10%(エンジニアがメインクラス時のみ発動)
交渉Lv1 / 店舗での購入金額が-10%
アクティブスキル:
兵器生成Lv2 / 見習いクラスの兵器が生成可能
兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能
弾薬生成Lv1 / 素人クラスの弾薬の生成が可能




