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第44話 足掻き その2

 悠吾の視界が暗く落ちた次の瞬間、まるでモニターに電源が入るように目の前の風景が広がった。

 先ほどまでと全く変わらない廃坑の風景──

 ただ、1つ違ったのは視界の端にトレースギアのメニューらしき物が表示されていることだった。


『ダークマター残量30。起動可能時間は30秒です。──操作をプレイヤーに移譲します』


 いつものトレースギアのあの声が悠吾の耳に届いた。

 ダークマター? 30秒? 

 一体何のことだろう、と思った瞬間、ずしりと身体が重くなり思わず悠吾は前につんのめりそうになってしまった。


 起動可能時間と確かに言った。多分、このジャガーノートが使えるのは30秒という事なんだろう。3分しか動けない某巨大ヒーローのようなものか。


 というか、あのジャガーノートってこんなハイテク兵器だったのか。

 これはロボット……と言うより、強化骨格と言ったほうが適切な兵器だ。でも、現実世界でアメリカ軍とロッキード・マーチン社が開発している防弾、耐衝撃に優れる強化外骨格機構「HULC」やリキッドアーマーで防護されたパワードスーツ「TALOS」とも違う、全く別のスーツ。


『装備を選択して下さい』

「え?」


 再度発せられたトレースギアの声と共に、悠吾は困惑しつつも目前に浮かび上がった文字に視線を移した。

 

「XM214と……EXACTO?」


 表示されているのは使える装備、と言う事なのだろうか。

 文字が幾つかまだ黒く落ちているものの、「XM214」と「EXACTO」と書かれた2つの装備は選択出来るようだった。


 聞いたことがある名前だ。

 XM214は、複数の銃身を回転させ連続的に射撃を行うM134ミニガンを小型化した、一秒間に100発の5.56mmNATO弾を射出するガトリングガンだ。試作段階でお蔵入りした武器だったはず。

 EXACTOは、アメリカ軍で開発されている弾丸が標的を自動追尾する50口径の超小型ミサイルシステムだ。


 すごい。

 このジャガーノートとう兵器、そんなものが標準装備されているのか。


 色々と試したい、という欲求に駆られそうになった悠吾だったが、視界の左端に表示されているカウントダウンを見て我に返る。


 あ、そうだ、そんな事をやっている暇は無かった。


「XM214を」


 ガトリングガンだったら、あの小型VTOL機に対抗できるはず。

 そう思った悠吾が小さく囁いた次の瞬間、右腕にキラキラと光が集まり、6つの銃身が合わさったガトリングガンが現れた。普通であれば両手でも持てない程の重さのはずだが、アーマーのお陰なのか悠吾にはそれの重さは全く感じなかった。


『XM214オンライン』


 トレースギアの声にXM214が完全に現れた事を確認した悠吾は、ぐんと右腕に装着されたXM214を目前のワルキューレの男たちに向ける。


「ひっ……!」


 6つの銃口が放つ恐怖……それだけで効果は十分だった。

 規格外の凶悪な銃を向けられた男達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 が──


「……お前らッ! 逃げンじゃねぇ!!」


 威勢の良い声が悠吾の耳に届いた。

 男たちと同じく慌てふためいているグレイスだ。

 先ほどまでの下品な笑みは失せ、表情はひきつっている。その気力だけでこの場所に留まっていると直ぐにわかる。


「あなたは逃げないんですか?」

「……ッ!」


 どすん、と一歩踏み出した悠吾がそう言った。

 得体のしれない灰色の化け物に突如話しかけられたグレイスはびくりと身を竦ませるものの、彼のプライドがその恐怖を押し返す。


「……俺が逃げるだと!?」

「仲間と同じように、逃げれば良いじゃないですか」


 怒りに身を震わせるグレイス。

 そして、ばしゅうと背中のロケットスラスターを起動させ、身が軽くなった事を感じながら悠吾が続ける。


「でも逃がしませんよ? ……30秒。30秒で終わらせます」


 そう言って悠吾は、3本の指を、ぴっと立たせる。

 30秒で終わらせないと、こっちが危ないんですけどね。

 そんな弱々しい心の声とは裏腹に、ロケットスラスターが付近の空気を弾き飛ばし、ごうと激しい空気のうねりを作る悠吾の姿は、想像以上にグレイスの心を憔悴させていった。


「こ、こんの野郎ッ!! ぶっ殺せッ! ロケットの雨を浴びさせろッ!!」

 

 グレイスの声に、上空に舞っていた数機の小型VTOL機が動く。くるりと円を描きながら体勢を立てなおし一斉に悠吾に向かい急降下してくるのが悠吾の目にも確認できた。


 S-5ロケット弾の斉射が来る──


「悠吾! 危ないッ!!」

 

 響く小梅の声と豪雨のようなS-5ロケット弾の束が悠吾を襲ったのは同時だった。

 雨雲が放った落雷かと思うほどの轟音が辺りを包み、小梅は思わずその衝撃で身を竦めてしまう。


「悠吾ッ!」


 多脚戦車パウークですらスクラップになったあのS-5ロケット。装甲を身にまとったとは言え、悠吾は──

 そう悠吾の身を案じた小梅だったが、それを吹き飛ばすほどの轟音が彼女の耳を襲った。


「……ッ!!」


 何が起きたのか分からなかった小梅は、その目に映った光景に思わず息を呑んでしまった。

 ごうごうと立ち昇る黒煙の中、まるでレーザーの様に放たれているのは、真紅の弾丸。

 それが悠吾が放つXM214のすさまじい射撃だと気がついたのはしばらくたってからだった。


 上空に向け放たれているXM214の射撃は、狙っている、というよりも弾幕を張っているという表現に近い。

 だが、その猛烈な弾幕に引っかかってしまった幾つもの小型VTOL機が爆散し、次々と地面に落下していく。


「く、くそッ!」


 冗談じゃねぇ。あんな化け物──聞いてねぇぞ。

 その光景を見てグレイスはくるりと身をひねると、悠吾が言っていた通りに、背後の坑道に向け遁走した。

 

「……逃がさないッ!!」


 上空に舞ううっとしい羽虫達を全て落とした悠吾は、ぐるんとグレイスに身体を向け跳躍した。

 背中のロケットスラスターを使った跳躍。

 空高く舞い上がった悠吾の身体は目下の小さなグレイスの身体に向かい即座に落下を始めた。


「うぉぉぉおッ!!」

 

 木霊すグレイスの叫び声。

 そして悠吾の両足に衝撃を感じた瞬間、廃坑がずどんと大きく揺れた。

 衝撃で周りのワルキューレメンバーが吹き飛び、光の塵になると空中に消えていくのが視界の端に見える。

 だが、グレイスは運良くその衝撃波を逃れたようだった。ふらつきながら、グレイスは坑道をめがけて再度走りだす。

 

『外骨格耐久度98%。電磁装甲チャージ中。システム再起動まであと2秒』


 ばりばりと、装甲の表皮に帯電しながら悠吾の耳にトレースギアの声が届く。


 電磁装甲──

 たしか、これも開発中の兵器の1つだったはず。装甲表面に大電流を流し、発生した電磁場によって衝撃を逸し、また、同時に起きるジュール熱によって弾丸を気化させようと考えられた装甲の一種。

 ロケットが直撃したにも関わらず、無傷だったのはこの電磁装甲のおかげか。


『ジャガーノートオフラインまで15秒』

「……ッ!」


 再度放たれたトレースギアの声に悠吾は息を呑んだ。そして、視界の端に見えるのは、赤く光るカウントダウンの数字。

 あと15秒。時間が無い。だけど、このままガトリングガンを奴の背中に撃てば終わる。

 そう考え、背を向けて逃げるグレイスに向け銃口を向ける悠吾だったが──


「……あれっ!?」

 

 XM214の銃身は回転するものの沈黙したままだった。何度試しても、ただ砲身がくるくると回転するだけ……

 さっきのロケット攻撃で壊れてしまったのか?

 そう考える悠吾だったが、故障では無いことは直ぐにわかった。


 カウントダウンとは逆側の視界に浮かぶ、ゼロの数字。

 ──弾薬が切れてしまった。


「や、奴を足止めしろっ!!」


 グレイスの声に前方から一台の小型VTOL機が現れる。

 ワルキューレメンバーが呼び出したばかりのか、きらきらと光る粒を引き連れながら小型VTOL機が悠吾に向かい迫ってくる。

 

「どけっ!」


 邪魔だ、と言わんばかりに悠吾は右手のXM214を外すと、迫る小型VTOL機の前面装甲に軽くなった右腕を振り下ろした。

 強烈な力で叩きつけられた拳が小型VTOL機の装甲にめり込み、そのボディを地面に叩きつけると大きくバウンドした車体が空高く舞い上がる。


 逃がさない。


 次々と現れる、ワルキューレメンバーが呼び出した小型VTOL機の向こうに逃げるグレイスをにらみ、悠吾は心の中で叫んだ。


 グレイスはユニオン連邦に所属するプレイヤーだ。リスポンする為に、死を与えられないとしても徹底的に痛めつけて恐怖を植え付ける必要がある。

 もう僕達に手出しさせない為に──


「EXACTO起動」

『EXACTOを起動しました。ターゲットをロックオンします』

  

 悠吾の声に超小型ミサイルシステムEXACTOが反応すると、目前に迫る幾つもの小型VTOL機に赤いマーキングがされた。

 後は弾丸を放てば、終わる。

 そう考えた悠吾は、迫る一台目の小型VTOL機を左手ではじくと、たん、と地面を蹴りあげその機体を飛び越えた。


「くそっ!!回ったぞ!!」


 そう吐き捨てながら悠吾の姿を追い、小型VTOL機に乗ったワルキューレメンバー達が空を見上げる。


 そして、しゅうと空を舞う悠吾が地面に着地した瞬間、背中の装甲がぱくんと口を開け、白い尾を引いた50口径の超小型ミサイルがまるで天使の羽根を作るように辺りに広がった。


『ジャガーノートオフラインまで10秒』 

 

 アラームと共に警告が放たれる。

 そう警告するトレースギアの声と同時に、しゅるしゅるとうねりながらミサイルが小型VTOL機に着弾した。

 悠吾の周囲で巻き起こる幾つもの爆発。普通であれば巻き添えを食らい、ただでは済まない状況。


 だが、その衝撃と飛び散った残骸は電磁装甲に跳ね返され、何事も無かったように悠吾はグレイスの背中を追う。


『EXACTOオフライン』


 小型ミサイルを全弾撃ち尽くした事をトレースギアが知らせた。

 もう装備は無い。だけど問題は無い。

 そう考えた悠吾は、グレイスの背中をめがけ、今度は空中を滑るように真横に跳躍した。

 開いていたグレイスとの距離が一気に縮まる──


「……があッ!」


 背中から受けた凄まじい衝撃に地面に叩きつけられたグレイスはそのまま首の根を背後から掴まれ地面に押さえつけられた。

 首筋に感じる冷たい鉄の感触。恐怖がじわりとグレイスを蝕む。


「やめろっ! 俺は死んでもマイハウスに戻るだけだ! 痛くも痒くもねえぞ!」 

「……じゃあ、どうしてそんなにビビってるんですか?」

「……ッ!?」


 ひっ、とグレイスが息を呑んだのが悠吾に判った。

 死に意味は無い。だけど、死ぬに至るまでの行為には意味がある。

 ぎり、とグレイスの首を掴む手に力を込める。そのほんの少しの力は、ジャガーノートの力で何倍にも増し、グレイスの首を締め上げる。

 みしみしと首が悲鳴をあげ、もがきながらグレイスの顔が次第うっ血していくのがはっきりと判った。


 とどめだっ……!


 最後の一撃を後頭部に叩きこむ為に、悠吾が拳を振り上げた。

 が──


『ダークマター残量ゼロ。ジャガーノートオフライン』

「……ッ!!」


 タイムオーバー。

 警告音と目前に広がる「OFFLINE」の文字と同時に、悠吾の身体を覆っていた装甲が光の塵に帰し空中へ霧散していく──

 ヘッドギアから首、そして胴体とグレイスの前に無防備な悠吾の姿がさらされていった。


「……ッ! ……ハ、ハハッ! どうしたガキ! タイムオーバーか!? ああン!?」

 

 背後を取られながらも、化け物じみたジャガーノートが消え去りつつある悠吾の姿にグレイスが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 もうこのガキを守る装甲は無い。今度はこっちの番だ──


「お前らッ! こいつを撃ち殺せッ!!」


 俺ごと撃ち抜いても構わねぇ。

 そう叫ぶグレイスだったが──


「……!? どうしたお前らッ!? 何故撃たない!」


 グレイスの言葉に周りにひしめいていたはずの小型VTOL機からの射撃が無い。どころか返事すら何も無かった。


「……最後の1人になった事も気が付かなかったんですか」

「な、何だとっ!?」


 悠吾の言葉に、開けたこの場所にごうごうと響いていたジェットエンジンの音がぴたりと止まってしまっていることにグレイスは気がついた。

 ま、まさかあの数のフライングプラットフォームを全部仕留めたのか……ッ!


 と、グレイスが小さくおののいてしまったその瞬間を突き、悠吾は背後から掴んでいた手を離すとホルスターからベレッタM9を取り出し、それをそのまま後頭部に押さえつける。


「クソッ……てめぇッ!!」


 かちゃりと引き金を指にかけた音がグレイスの耳に届いたと同時に、鳴り響く乾いた発砲音。

 だが──


「……ッ!」


 背後からのヘッドショットでグレイスの体力のほとんどが無くなると想定していた悠吾の目に映ったのは、微動だにしていないグレイスの体力ゲージだった。


「ゲハハハッ! 甘いぞガキッ!!」


 勝ち誇った笑い声を上げ、グレイスがくるりと身を翻す。

 勝った── 

 驚いたような悠吾の表情を見て、グレイスはそう直感した。


 グレイスが撃たれる瞬間に発動したのは戦士ファイターのスキル、防御力を増大させるセンチネルだった。

 センチネルで防御力を上げて、わざと一発食らった後に……脳天に鉛球をぶち込む。

 このガキのクラスは機工士エンジニアだ。肉弾戦で生産職が戦闘職の俺に叶う訳ねぇだろ。

 にやりと不敵な笑みを浮かべたグレイスは、マカロフを悠吾の眉間に向けた。


「……俺の勝ちだ! ガキッ!!」


 このまま引き金を引けば終わり。

 今だ奴のベレッタM9は俺の頭に向けたままだが、もう一発食らった所でセンチネルが発動している俺にダメージは無ぇ。

 そう思ったグレイスだったが──


「なんだそりゃ……」


 ぷしゅん、と空気が抜けるような音を発したのは悠吾の腕にあてがわれていたリベットガンのようなそれ。

 グレイスにベレッタM9を突きつけている逆の手で悠吾は自分にエンチャントガンを使っていた。

 そして、エンチャントされたのは──


「今僕の身体に打ったのは、貫通力が向上するエンチャントだ」

「……ッ!! なッ!!!! 何だと!!」


 エンチャントガンを手放し、しっかりと両手でベレッタM9を構えた悠吾は、引き金を引いた。

 ずどんと先ほどとは違い、低く鋭い音がグレイスの眉間を貫いた。


 グレイスが最後に見た物は、嫌に澄んだ悠吾の瞳。


 危険な獣ほど、恐ろしい表情で威嚇せずに、静かな表情のまま澄んだ瞳を向け、獲物を狩り殺す── 

 そんな言葉が恐怖とともにグレイスの脳裏に浮かんだ。

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