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第42話 脱出口へ向かって その3

「全員逃げろッ!」


 急降下してくる小型VTOL機の集団を見上げ、トラジオがそう叫んだ。

 開けた空間から10機、悠吾達が立っていた坑道の奥から5機程が退路を遮断せんと旋回しながら迫ってきている。挟撃されたまま、あの12.7mm機銃と、S-5ロケット弾を斉射されれば一巻の終わりだ。

 トラジオの声に反応した悠吾達は一斉に坑道から多脚戦車パウークの残骸が横たわる開けた場所へと跳躍した。


「皆、走れっ!」


 着地したと同時にロディの声が響く。

 悠吾達が居た坑道はそれほど高い場所にあるわけではなかったが、勢い良く飛び出したせいか、両足から伝わる衝撃はかなりの物だった。

 ──ひょっとするとダメージを受けているかもしれない。

 そう思い、残りの体力を確認したかった悠吾だったが、ロディの声に背中を押されるように体勢を崩しながらも足を踏ん張ると、一心不乱に走りだした。


「何処か隠れる場所を!」


 まるで手負いの獲物を嬲りながら狩るハイエナの群れのように、一撃で即死もありえるロケットではなく、12.7mm機銃をパラパラと発射しながら小型VTOL機達は悠吾達を追い立てていく。


 多脚戦車パウークの攻撃は強力だけど単純な攻撃のために回避方法はいくらでもある。だけど、いま上空を待っているあの群れは死角が無い四方八方から銃撃を加えてくる。

 攻撃を全て防ぐ事は不可能だ。出来ることは1つ。

 奴らの弾丸が当たらない事を祈りながら、狭い坑道へ逃げるしか無い。

 身を隠せる遮蔽物を探しながらも、ぞわぞわと這い上がってくる恐怖に押し潰されそうになってしまった悠吾はそう思った。

 

「遮蔽物ではなく、細い坑道へ走って下さい!」

 

 悠吾の言葉に先頭を走る小梅が即座にMAPを開く。

 

「10時の方向、少し狭い坑道が!」

「そこだッ! 行くぞ!!」


 かくんと方向転換した小梅の後を追い、3人が続く。

 だが、見たところかなりの距離がある。途中多脚戦車パウークの残骸があるのが見えるけど、あの残骸で空からの攻撃を防ぐ事は難しい。

 とすれば──


「グレネードを使います! EMPグレネードとフラッシュバン!」


 多脚戦車パウークに使ったECMグレネードは多分効果が薄い。電子系等に直接被害を与えるEMPグレネードであれば、あの小型VTOL機の動きを止めることができるはず。EMPグレネードで機体を操作不能にして、フラッシュバンで操縦士の視覚を奪えば、上空で衝突し自滅する──

 そう考えた悠吾は、トラジオ達の返答を待つことなく、上空に向け、EMPグレネードとフラッシュバンの両方を投擲した。


「うっ……!」


 廃坑の天井に小さな太陽が出来たのかと思うほど激しい閃光とともに、EMPグレネードが甲高い放電したかのような音を響かせた。

 これで少なくとも数機の小型VTOL機を仕留めたはず。

 そう思った悠吾だったが──


「……嘘でしょ!?」 


 チラリと上空を見上げる小梅が信じられないと驚嘆の声を上げた。

 上空を舞っていた羽虫達は、EMPグレネードとフラッシュバンをまともに食らいながら、全く動じる素振りも無く悠吾達との距離を縮めてきた。

 効いてない。全くもって効果が無い。

 ──そんなバカな。

 その姿を見た悠吾もまた小梅と同じく刺されたような衝撃を受け、息をすることも忘れてしまった。


「『レジスト』スキルを持った操縦士か」

「……クソッ!」


 ロディが口にした名前、「レジストスキル」──

 魔術師ワーロックのスキルの一つで、EMPや閃光に対して耐性を得るスキルだ。あの操縦士達がそのスキルを持っているとは。

 まさか、グレイスという男は事前に悠吾の攻撃を想定して追跡するプレイヤーを選出していたとでも言うのか。

 好転しない状況に言葉を吐き捨てながらトラジオは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「とにかく前方の多脚戦車パウークの残骸の中に!」


 攻撃を防ぐことはできないけど、多脚戦車パウークが落としたアイテムが散らばってるあのスクラップの中に逃げ込めば何か反撃できるアイテムがあるかもしれない。

 そう考えた悠吾があのエレベーターの脇を通り抜けた時だった。


「……援護する」

「……!?」


 小さくそうつぶやく声が聞こえた瞬間、くるりと身を翻しエレベーターの影に身を滑り込ませた人影が悠吾の目に映った。

 ロディだ。


「ロ、ロディさん!? 何を!?

「足を止めるな悠吾。私はここで援護する」


 それは自殺行為に近い言葉。

 ロディのその言葉に悠吾は言葉を失ってしまった。

 このエレベーターが奴らの攻撃を多少は防ぐと思うけど、回り込まれたら終わりだ。


「……仕方がない」

 

 悠吾と同じ考えを持っていたらしく、観念したかのような表情を浮かべながらロディの傍らに続けて飛び込んだのは……トラジオだった。

 2人の行動に、悠吾はつい足を止め、一体何を言っているのかわからないと困惑した表情を浮かべる。


「ト、トラジオさんまで」

「悠吾、俺もここでロディと奴らの足止めをする」


 HK416のコッキングレバーを引き、チャンバーに弾薬を装填しながら、トラジオが言う。

 ロディはすでにPGMヘカートIIを壁際から構え、一発上空の小型VTOL機に向かい引き金を引いた。


「これが戦士ファイターとしての俺の役目だ。お前達は行け」

「どちらにしろ状況は同じだ。お前と小梅は多脚戦車パウークの残骸から使えるものを探し、あそこで私達の後退を援護してくれ」


 PGMヘカートIIの激しい射撃音と同時に、上空から操縦士の叫び声と共に、小型VTOL機が壁に激突しけたたましい爆発音が轟く。

 破壊された小型VTOL機の残骸が降り注ぐ下で悠吾はロディとトラジオを沈痛な面持ちで見つめると──踵を返し、走りだした。


「小梅さん、行きます!」

「ちょ……悠吾ッ!」


 振り返ること無く、悠吾は多脚戦車パウークの残骸に向かい、足が抜ける程全力で走った。

 背後から小型VTOL機の射撃音は聞こえない。多分、ロディさんとトラジオさんが奴らをひきつけているんだ。

 一秒でも早くあの残骸にたどり着いてロディさん達の後退を援護しないと。

 その数メートルが悠吾には数キロの長い道のりに感じた。


「……小梅さん! 散らばっているアイテムの確認を!」

「判った!」


 駆けこむように多脚戦車パウークの残骸に飛び込んだ悠吾は、破壊された脚の影に身を隠しながら叫ぶと、即座にMagpul PDRをエレベーターの方向へ向け、狙いを定めた。

 アイアンサイト越し、悠吾に見えたのは上空へ発砲しているロディとトラジオの姿。

 よかった、ロディさん達は無事だ。

 ひゅんひゅんと空を舞っている小型VTOL機はロディさん達をまるで弄んでいるかのようにただ周囲を周回しているだけだ。


「何よこれ! ダークマターばっかじゃん!!」


 爆ぜたように背後から聞こえたのは小梅の叫び声。

 その言葉を意味する物がなんなのか、悠吾には直ぐには判らなかった。


「そんな事は無いはずです! アイテムか武器がたしかに」

「んなことはあたしだってわかってるわよ!」


 あたしも見た。確かにあの坑道から見た時には幾つもアイテムが──

 と、絶対あるはず、と辺りを慌てながら見渡す小梅と悠吾を嘲笑するように、下品な笑い声が響き渡った。


「どうしたガキ共!? アイテムはあったかぁ!?」

「……ッ!?」


 耳障りなこの声は……グレイスだ。

 上空を見上げた悠吾の目に映ったのは、小型VTOL機のフロント部分に肘を置きあざ笑うように見下ろしている男の姿。

 まったくもって腹が立つ顔だ。

 ……だけど、今妙な事を言ってなかったですか?


「残念だが、それはデコイだ! お前達をそこにおびき寄せる為の……餌だ!」


 そして疑似餌に食いつき、釣り上げられた獲物が待っているのは──

 嫌な笑みを浮かべ、グレイスは数機の小型VTOL機を引き連れ、悠吾に向けがくんと急降下を始める。


「ど、どうすんのよ、悠吾!?」


 手に入ったのは結構な数はあるけれど、生産にしか使えないダークマターだけ。どんなカラクリを使ったのか知らないけど、ダークマターをアイテムに偽装しあたし達をこの場所に引きつける為の罠だったんだ。

 

「小梅さん! ここから離れてください!」


 出来るのはそれしか無い──

 だが、そう叫ぶ悠吾の目に飛び込んできたのは、いつの間にか頭上に集まっていた小型VTOL機が放った数本のロケット弾──

 小さな点だったロケットが、瞬間的に巨大な矛に変る。


「悠吾ッ!!」


 その瞬間、悲鳴に近い小梅さんの声が聞こえたきがした。そして天地がひっくり返り、何かすさまじい力が身体を押し倒す。

 瞬きをする暇もなく、小梅の身を案じる暇もなく、すさまじい衝撃と爆音で悠吾の意識はブラックアウトした。


***


 小梅はその瞬間を見ていた。

 あの忌々しい空飛ぶ円盤がはなったロケットが悠吾の直ぐ近くの多脚戦車パウークのスクラップに直撃し、吹き飛んだ残骸と炎の中に悠吾の姿が消えていく瞬間を。


 悠吾に言われ、周囲に散らばっていたアイテムを調べていたお陰で小梅はロケットの爆風で吹き飛ばされる程度の被害にとどまった。

 だけど、悠吾のあれは──


 吹き飛ばされた衝撃で地面にうつ伏せで倒れたまま、ただ言葉なく悠吾の居た方向に視線を送り、小梅はお腹の辺りから広がってくる恐怖と訳の分からない「痛み」と戦っていた。


『悠吾……』


 小隊パーティチャットで小さく小梅が問いかける。

 だが、返事はない。


『……小梅、大丈夫か!? 悠吾は!?』


 状況をエレベーターの影で見ていたトラジオが即座に返答を返す。

 だが、その声は小梅の耳には届いていなかった。


 待って。ちょっと待ちなさいよ。

 まさかあんた……死んだなんて言わないでしょうね。


 己の心の中で囁いた「死」という言葉に、訳の分からない痛みはより強さを増し、どくんと心臓を跳ね上げた。

 小梅の身体を襲っていた、その「痛み」に彼女は覚えがあった。

 あの時、メッセージで「兄に見捨てられた」と感じた時と同じ、まるで背中を絶望が這い上がってくるような感覚。

 胸が苦しい。

 その恐怖に呼吸すらもとぎれとぎれになってしまった小梅は、胸を抑え必死に「落ち着け」と暗示のように囁く。

 

「うぅうぅぅ……っ」


 見たくない。知りたくない。だけど、運良く悠吾は生きているかもしれない。

 僅かな望みがあるなら、助けにいかないと。

 恐怖で力が抜けてしまった両足を必死の思いで踏ん張らせ、小梅は立ち上がった。


 舞い上がった砂塵と、耳栓をしたようにくぐもって聞こえる小型VTOL機の羽音を払いながら、おぼつかない足取りで小梅は悠吾が立っていた場所へ倒れ込むようにやっとの思いでたどり着いた。


 そこにあったのは、幾層にも倒れた多脚戦車パウークの残骸。

 それを必死の思いで押しのけながら、小梅は彼の無事を祈る。


 あんたはあたしの知っている人達とは違った。

 馬鹿でどこか抜けてて、ノーテンキで……でもあたしの事を理解してくれようとした。

 

「やめてよ」


 涙を浮かべ、小梅が小さく囁く。

 その言葉が、自分に向けてのものなのか悠吾に向けてのものなのか小梅自身にも判らなかった。


 初めてだった。

 兄意外で、一緒に居て安心できたのはあんたが初めてなのよ。

 生まれて初めて、兄意外で信頼できそうな人が見つかったのよ。

 だから──


「あたしを独りにしないでよ……っ!」


 そう言って小梅はぽろぽろと大粒の涙を零す。

 この世界に来て2度目の涙。

 誰かの為に涙を流すなんて事は現実世界では経験の無い事だった。だが、その事に小梅自身気がつく事無く、彼女はただ瓦礫を除き、ただ悠吾の身を案じ、ただ、無事な彼の姿を探す。


 あたしを置いて独りで死んでたらぶん殴ってやるんだから。


 そう思いながら必死に悠吾の身体を探す小梅の指に、ふわりと悠吾の手が触れた。

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