第41話 脱出口へ向かって その2
悠吾が投擲したスモークグレネードは綺麗な放物線を描き、地人達の足元へと飛んでいく。
そして、静まり返った坑道に、カンと軽い金属音が響いた次の瞬間、スタートの合図の様に小さく曇った爆発音が響き渡った。
『良し、走りましょう!』
破裂した音と共に広がる見慣れた白い煙。
そしてその煙の向こうに戦士と魔術師が怯んだ姿が見えた悠吾はそう叫んだ。
あの穴は数メートル先。
その場所を覚えていた悠吾を先頭に4人は走りだす。
が──
『悠吾! 3時の方向! 地人が!』
『……ッ! クソッ!』
MAPに表示されていた敵影を見落としていたのか、それとも新しく現れた地人なのか……
岩の上に登り、ロシア製のアサルトライフル、AK74Mを構える地人の姿が悠吾の目にも映った。銃の銃身下部、アンダーバレル部分にグレネードランチャー「GP-25コスチョール」を装着している瞬間火力に特化しているタイプだ。
『悠吾、撃つ!?』
背後を走る小梅がそう問うた。
スモークグレネードの煙はあの地人まで届いていない。僕達の小隊の中心にあのグレネードランチャーを撃ち込まれたら終わりだ。ワルキューレの連中にバレたとしても、撃つしか無い──
『制圧射撃ッ!』
当てる必要は無い。威嚇して頭を岩陰にひっこませればそれでいい。
そう思った悠吾は、走りながら照準を地人に合わせること無く、腰だめの状態でMagpul PDRの引き金を引いた。
『足を止めないで下さい! このまま押し通ります!』
『了解っ!』
そう答えて走るスピードを上げたのは小梅だった。
盗賊のスキル、一時的に走る速度が飛躍的に上がる「スプリント」を使った小梅は前方を走る悠吾を追い抜くと、穴の手前でスライディングし低い体勢のまま、クリスヴェクターを地人へと向けた。
新しく装備した光学照準器のホロサイトで照準速度が上がったクリスヴェクターの銃口がピタリと地人の身体を捉える。
『そのまま走って! あたしが止める!』
小梅の声と共にぱぱぱ、とクリスヴェクターの発射炎が坑道を照らした。
地人の頭上に表示された体力ゲージが2、3割削られたのが悠吾の目に映る。
仕留めていないけど、効果は十分だわ。
先ほどの悠吾の威嚇射撃と、小梅のピンポイントの射撃で怯み、岩下へと身を滑らせた地人の姿を確認して、小梅はそう思った。
『いい腕だ』
『どーも』
小梅の脇をトラジオとともにすり抜けていくロディはそう小さく囁くと、そのまま穴へとダイブした。
『小梅さん! 先に!』
穴の傍で片膝を付き、Magpul PDRを構えて周囲警戒する悠吾が叫んだ。
スライディングして射撃体勢に移った小梅さんが立ち上がるには少し時間がかかる。全員が無事に脱出する為には、今まで以上に相互補完が重要だ。
「なによあんた、まだレディーファーストとか言うんじゃないでしょうね?」
悠吾が警戒しているのを確かめた小梅は、即座に立ち上がるとそう言いながら走りだす。
小隊会話ではない、肉声の声が悠吾の耳に届いた。
「小梅さんはレディじゃないでしょう?」
「なっ……!」
そう言いながら、悠吾が小梅が通過した後を追う。
悠吾のその言葉に足を止めて掴みかかりたい衝動に襲われてしまった小梅だったが、悠吾が背後から小梅を抱きかかえるとそのまま穴へとダイブした。
「あんた……あたしがレディじゃないってどういう意味よぉぉぁぁぁあああッ!?」
怒りが加味された小梅の叫び声が、次第に悲鳴へと変わりながら真っ暗な穴の中へと消えていく。
悠吾に抱きかかえられて穴へと飛び出してから、小梅は自分が高所恐怖症だということを思い出した。
***
運が良かった。
地下4階に落下した後、警告を吐くトレースギアとジンジンと痛む両足を無視し、悠吾は偵察型ドローンから送られてくる情報をMAPで確認して安堵した。
周囲に危険な赤い点は表示されていない。先ほど居なかったはずなのに現れたあの地人の件が少し気になるけど、今は全員の安否を確認する方を優先しよう。
『皆さん無事ですか?』
『……あたしはなんとか』
『ロディさんとトラジオさんは?』
心配なのはトラジオさんだ。
センチネルでダメージを軽減したとしても、体力が全快して居ないトラジオさんにとってダメージを受けることは死に直結してしまう。
『私は大丈夫だ。トラジオは……』
『……大丈夫だ。だが先ほどの悠吾が打ったアレの効果が無くなってしまった。再度願えるか』
『解りましたっ! 今向かいます!』
トラジオの呻くようなその声に、悠吾はアイテムポーチからSUREFIRE製のフラッシュライトを取り出すと、薄暗い周囲からトラジオの姿を探し始めた。
あまりライトは使いたくないけど、そうも言っていられない。
運良くトラジオの姿を悠吾は直ぐに見つけることができた。
先にロディと穴に落ちたトラジオは、彼女の肩を借り、壁際で身を潜ませていたようだった。
『トラジオさん、腕を』
『すまん』
トラジオの残り体力を確認して、悠吾はライトと交換するようにアイテムポーチからエンチャントガンを取り出した。
一応必要になるかもしれないと思って幾つか弾丸を用意していたけど、トラジオさんに効果がありそうなものはこれで最後だ。
『……弾はこれで最後です』
『持続ダメージは弱体化して来ている。これで多分大丈夫だとおもうが』
確かに。
トレースギアに表示されたトラジオの体力を見て、悠吾はそう思った。
最初はまるで時を刻むようにみるみる減っていた体力は、今は10秒に1程度減る位に落ち着いている。
『……悠吾、それは何だ?』
悠吾の持つ、エンチャントガンを不思議そうに見つめながらそう問いかけたのはロディだ。
『あ、これですか? ええと、僕が作った兵器で、対象にエンチャント効果を与えることができる物です』
トラジオの腕にあてがったエンチャントガンの引き金を引きながら悠吾がそう答える。
プシュンという空気が抜けるような音とともに、腕に激痛が走ったトラジオは苦悶の表情をうかべるものの、体力の減少は止まり、回復が始まった。
『エンチャント効果を与える……聞いたことが無いな』
『はい、多分ないと思います。これは……』
エンチャントガンを覗きこむロディの興味津々な表情を見て、続きを言いかけた悠吾はルルの言葉を思い出した。
そうだ、他言するなって言われてたんだった。
『どうした悠吾?』
『すいません、ロディさん、この事は他言しないでもらえますか?』
お願いします、と頭を下げる悠吾に首を傾げてしまうロディだったが、しばし考えた後、小さくコクリと頷いた。
『……了解した。理由は判らんが秘密にしておこう』
悠吾はそう答えたロディにほっと胸を撫で下ろした。
うっかり口を滑らせてしまったけど、ロディさんが淡白な女性で良かった。もっと注意しないと。
そんな安堵の表情を浮かべる悠吾から視線をトラジオに移しながらロディが続けた。
『しかしトラジオ、厄介な物を受けてしまったな』
その持続ダメージはただの毒ではない。
そう呟くロディに真っ先に食いついたのは小梅だった。
『ロディ、クマジオが受けたこのエンチャント効果を知ってるの?』
『ああ、それはユニオン連邦の「造兵廠」と呼ばれる生産職で構成された組織で作られた強力な持続ダメージがエンチャントされた弾丸だ』
造兵廠。また聞きなれない名前が出てきたな。
その造兵廠についての詳細を聞きたい欲求に駆られてしまった悠吾だったが、とりあえず今はその事に触れずに、トラジオのこの状態の対応策をロディに尋ねた。
『対応策はあるんでしょうか?』
『対応策は……同じ造兵廠で生産されたエンチャントを相殺するアイテムを使わねば無理だ。時間が経ち、効果が消えるのを待つしか無いが……通常、体力が尽きる方が早い』
よく持ちこたえれているな。
トラジオの状態を見ながら、どこか関心したようにロディが笑みを浮かべた。
危なかった。僕のエンチャントガンでなんとか食い止めることができたけど、今の僕達に対応する策は無かったのか。
というか、またあの弾丸を食らってしまったら終わりだ。
とてつもなく恐ろしい弾丸。
ロディの言葉に身を竦ませながら、悠吾はそう思った。
『助かったのは悠吾のお陰だ。……しかし、ぐずぐすしてはおれんな』
先を急ごうか。
ロディに再度肩を借りながら立ち上がるトラジオがそう言う。
『そうね、今周囲に地人やプレイヤーは居ないわ。あの多脚戦車に見つからずに行けるんだったら、それに越したことはないし』
確かに、遭遇した時の為にいろいろと策をねっていたけど、あわなくていいのであればこれほど嬉しい事はない。
小梅の意見に悠吾が頷く。
兎に角前に進むしか無い──
そう考えた4人は落下によって受けてしまったダメージの回復を待つこと無く、廃坑の奥へと足を進めていった。
***
落下した場所から目的地となるラウル市への脱出口を目指す悠吾達だったが、地下4階は不気味なほど静かだった。
強化フェーズに入り、プレイヤー達が居なくなったと言う事が大きいのだろうが、それにしても地人達の気配すら無いのはおかしい。
周囲の警戒を任されていた小梅がその事に最初に気がついていたが、その後に続く悠吾やトラジオ、ロディも同じ事を考えていた。
静かすぎる。
まるで地人達もプレイヤーと共にこの廃坑を去ったかのように──
『例の場所よ』
先頭を歩く小梅が小さく小隊会話で囁いた。
あの日、多脚戦車と遭遇し、トラジオさんやアジーさん達のお陰で生き延びることができたあの開けた場所だ。
あの時崩れ落ちた足場はそのままになっている。中央にもエレベーターが置かれたままだ。
そう言えば、あの時待ちぶせしていたチャラ男はどうなったんだろう? 多分多脚戦車にやられてマイハウスに強制送還されちゃったんだと思うけど、ワルキューレよろしく、またしつこく狙ってくるような気がしてならないな。
『敵影無し。静かなもんだわ』
『不気味だな。地人も居ないとは』
小梅とトラジオがそう小さく口ずさんだ。
あの多脚戦車が出現したのはこの広間だ。
この場所に立ち入った時にエンカウントする仕組みなんだろうか? だとしたら立ち入る前にいろいろと準備する必要があるな。
悠吾がそう思ったその時だった。
『……悠吾、皆、あれを見てみろ』
PGMヘカートIIのスコープで周囲を確認していたロディが静かにあるものを指さした。
その先、そこに見えていたのは──
『あれって……!』
『ま、まさか』
悠吾達の目にも映ったそれ。
そこにあったのは破壊された灰色の残骸──
四つの足が根本から折られ、砲塔部分が完全に吹き飛んでしまっている死に絶えた多脚戦車の姿だった。
『まさか……倒されている?』
『嘘でしょ!? あの時魔術師が束になってもびくともしなかったのに』
『ま、待ってください!』
離れたこの場所からでも判る、鉄くずと化した多脚戦車の元へ駆け出そうとした小梅の手を悠吾が掴んだ。
危険すぎる──
悠吾の直感がそう囁いていた。
『な、なにすんのよ!』
『慌てないで下さい! まずは状況の把握が大事です。動くのはそれからです!』
この位置からでも判ることは沢山ある。
小梅にそう言いながら、悠吾はその一つ一つを確認していった。
『あの多脚戦車の周囲に散らばっている物を見て下さい』
その言葉に小梅だけではなく、トラジオ達も多脚戦車の周囲を注視した。
辺りに散らばっているのは……残骸だけではなかった。
あれは──
『……アイテム素材?』
『そうです。多分レイドボスを倒した際に手に入ると想定されるレアなアイテムや素材だと思います』
放置されたレア素材。
普通であれば、何が何でも拾っていこうとするはず。
『素材に手を出さずに放置している、という事は……多脚戦車を倒した奴は、あのバケモノを「倒すことが目的じゃなかった」って事です』
多脚戦車を倒すことが目的じゃない。
自分にそう言い聞かせるように心の中で呟いた悠吾の脳裏に、少しづつ多脚戦車を処理した「奴ら」の正体が鮮明に浮かび上がってきた。
『じゃあ、あのバケモノを倒した奴っていうのは──!?』
その答えが見えてきた小梅がその名前を口ずさもうとしたその時だった。
坑道内に響き渡ったのは、ジェットエンジンのような耳を劈くすさまじい音──
その音に思わず悠吾達は耳を押さえてしまう。
『なんだこの音はッ!?』
『……ッ!! 周囲に敵影ッ!!』
HK416を構え、周囲警戒をするトラジオの声を遮り、小梅が慌てふためくように叫んだ。
悠吾のトレースギアにも表示されている赤い点。
それは1つではなく、まるで癌細胞のように周囲に次々に現れ、侵食していく。
と──
「俺はしつこい男なんだ」
「……ッ!!」
突如、背後から聞こえた男の声に、4人は一斉にその声の方向へ銃を構えた。
いつの間にそこに立っていたのか。
悠吾達の背後に居たのは、頬が痩けた鋭い目の男──
「グレイス……ッ」
絞りだすようにそう口にしたのはロディだった。
残党狩りクランのリーダーにして、執拗に僕達を追い立てるユニオンプレイヤー。僕達しか知らないと思っていたあの穴から4階におりたことで、一時的に巻いたと思っていたけど……バレていたのか。
「あの弾丸を受けて生き延びているとは、お前一体どんなマジックを使った?」
腕を組み、余裕の笑みを浮かべながらグレイスがそう呟く。
「知らないですね。……知っていても貴方には教えたくありません」
「クッ、生意気なガキが。……ああ、そう言えばアジーは死んじまったみたいだな、女?」
クツクツと肩を震わせながら、グレイスがさらに卑下するような嫌な笑みを浮かべ、ロディを一瞥した。
まさかアジーの遺体を辱めたのではないだろうな。
グレイスの言葉にロディは憤り、グレイスに襲いかからんとしたが、悠吾が彼女を抑える。
「駄目ですロディさん。状況が判らない。この音の正体が判るまで動いては駄目です」
耳を劈く音は次第に大きくなり、近づいてきているような気がする。
それも一方向からじゃない。至る所から無数に聞こえてくる。
「自分が死んじまうとは本当に馬鹿な男だ。……良いか、この世界では生き残るために必要なのは『力』だ」
そういうグレイスの背後の坑道の壁が明るく光った。まるでバイクのヘッドライトで照らされているような光──
「慈愛? 友情? 愛? そんなクソの役にもたたん甘っちょろい考えはこの世界では寿命を縮める『毒』にすぎない」
「……ッ! トラジオさん、あれはッ!?」
ぶわり、と生暖かい突風が悠吾達が立つ坑道を走り抜けた。
そして、グレイスの背後に現れたのは──
「フ、フライングプラットフォーム……!」
信じられん、といった表情を浮かべながらトラジオが息を呑んだ。
「フライングプラットフォーム?」
思わず悠吾はトラジオに聞き返してしまった。
聞いたことも無い名前だ。
勝ち誇った表情のグレイスの背後に現れた何体もの円筒型の飛行物体を見上げながら悠吾はそう思った。
回転翼がついていない小さなヘリコプターのようなそれは、前面からの攻撃を防ぐために設けられた装甲がまるで盾のように操縦者を守っている。縦に長い円筒形のフォルムは何処か細長いUFOをイメージさせるSFチックなビジュアルだ。
だがその風貌に似合っていない近代的な兵器。
両側面に設けられているのは、12.7mm機銃と、ロシア製S-5ロケット弾を射出できる8連装ポッド──
「フライングプラットフォーム……小型のVTOL機だ」
VTOL機……垂直離着陸機の事だ。
小型の1人乗りVTOL機。
その言葉を自答した悠吾は、昔見た記事を思い出した。
そうだ。フライングプラットフォーム。
1980年にアメリカウィリアムズ・インターナショナル社が開発していた、ウィリアムズ X-ジェットを代表する、一人乗りの小型VTOLジェット機。
時速100キロ近い速度と45分程の航続時間を記録してはいるものの、様々な理由でお蔵入りになってしまった兵器だ。
「悠吾! 後ろにも!」
「……ッ!」
背後の多脚戦車の残骸が横たわっている開けた場所にも、まるで獲物を狙う羽虫のように、幾つもの小型VTOL機の群れが飛び回っている。
あの多脚戦車を仕留めたのはこいつらか──
「さて、色々と策を練ったようだが、ここで終わりにしようか」
笑顔を崩さず、グレイスがトレースギアからアイテムポーチを開いたのが悠吾の目に映った。
そして、グレイスの前に収縮していく光の粒が構成するのは、もう一台の小型VTOL機。
「そこに転がっている蜘蛛野郎の様にバラバラにしてやる」
グレイスが飛び乗った小型VTOL機に設けられた小型のジェットエンジンの排気口からすさまじい爆音と共に熱風が吐出された瞬間、まるで巣に近づく外敵を排除する為に浮遊するスズメバチの群れのように、小型VTOL機の群れが悠吾達を仕留めんと一斉に襲いかかった。