第40話 脱出口へ向かって その1
「……お前達の小隊に入れてくれないか」
光る塵の泡になり、空中へ消えていくルーシーの姿を最後まで見届けた後、動かなくなったアジーの身体を抱いたまま、ロディが静かに言った。
「え、でもロディさんはユニオンのプレイヤーだから……」
ロディさんはノスタルジアと敵対するユニオン連邦の所属のはず。敵対する国家のプレイヤーと小隊って組めるのかな?
そう考えた悠吾は、トラジオと小梅に視線を送るも、返ってきたのは「判らない」と言いたげに肩をすくめる2人の返答だった。
試してみれば判るか。
そう思いトレースギアを開く悠吾だったが──そこに表示されたロディのステータスをみて目を疑ってしまった。
「ロ、ロディさん! 貴女……!」
「どうした悠吾」
思わずトラジオも悠吾のトレースギアを覗きこむ。
そこに表示されていたのは、所属国家ノスタルジア王国という文字。
彼女もまた、アジーさんと同じく所属国家を変えていたのか──
「私もアジーと同じ覚悟だ。退路を断ち、アジーの意思を継ぐ」
そう言いながら、ロディはアジーの身体を抱きかかえると、彼の亡骸を岩陰へ優しく座らせた。
これから悠吾達と行く。ここで待っていてくれ。
そう心で囁きかけながら。
「……行こう悠吾。残党狩りの連中が来るわ」
そう言ったのは、リーコンスキルを発動させた小梅だ。MAPに赤い幾つもの点が写っているのが悠吾の目にも見えた。
「悠吾、お前達の目的地は何処だ」
「地下4階です」
「地下4階……あのレイドボスが居たフロアか」
多脚戦車の姿を思い出したロディの表情が硬直したのが悠吾にも判った。
でも、あのバケモノの居る場所を通らないと、安全なラウル市へは行けない。
悠吾はきつく口元を結んだまま、深く頷いた。
「ラウル市へ通じる道があるのだ。そこで小梅の兄が待っている」
トラジオが悠吾の言葉にそう付け加えるた。
目的はラウル市への脱出──
その目的が理解できたロディはこくりとひとつ頷くと、トレースギアのメニューを開いた。
そして、アイテムポーチの中に入れていたのか、キラキラと光りの粒が集まり、ロディの両手に形成されたのはあの対物ライフルPGMヘカートII──
「了解した。お前達を全力でサポートする」
元オーディンメンバーだった彼女のサポートはこれ以上無いほどの強力なサポートだ。
PGMヘカートIIを持ったロディが放つ力強い空気に悠吾はそう思った。
***
やっぱり、地下4階への道は1つしか無い。それってつまり、あの残党狩りの連中がいるあそこを切り抜けなければ駄目、と言う事。
情報屋から貰った地図を見ながら小梅はそう思った。
『リスクが大きすぎる、か』
トラジオがトレースギアを見ながら小隊会話で呟く。
トラジオもまた小梅と同じ意見を持っているようだった。
ロディがサポートに入ったとは言え、あの男から受けた今だダメージは全快していない。来るべき多脚戦車戦に向けて体力と弾薬は温存しておきたい所だが。
『……僕に心当たりがあります』
地下4階へ行く道に。
そう言ったのは悠吾だった。
『あの残党狩り達が待つあの道ではない別の道を知っていると言うことか?』
『「道」ではありませんが、地下4階に確実に行けると思います』
『てか、なんであんたそんな事知ってンのよ?』
1人で抜け駆けして探索でもしてたワケ?
自分が知り得ない情報を知っていそうな雰囲気の悠吾に、どこか不服そうな表情を小梅が浮かべる。
『小梅さんも知っているでしょう? ほら、前回ここに来た時に』
『ここに来た時? ……あっ』
そうだと、何かを思い出したかのように小梅がぱん、と両手を叩いた。
前回、弾薬をハイエナしに来た時、確かこのフロアで──
『……お前達が落ちた、あの「穴」か、悠吾』
『そうです。幾つか危険は有りますが、それでもあの残党狩りが待つあの道を進むよりはいくらか安全に行けるはずです』
前回、遭遇した地人が放ったRPG-7が破壊して、落下してしまった穴。その穴を使えば、あの残党狩り達に遭遇すること無く、地下4階に行くことができるはず。
だけど、問題は幾つかある。
まず、落下によりかなりのダメージを受けてしまう事だ。特にいまステータス異常が起きていて体力が全快していないトラジオさんが危険な状況に陥る可能性が高い。地下4階の状況が判らない為に、落下して直ぐに地人やユニオンプレイヤーに遭遇してしまう可能性もある。
そして2つめ。前回と同じくあの強力な地人がその穴付近に居る可能性が高いということだ。
地人は決められた区画を巡回するように回っていることが多いとトラジオさんが言っていた。と言うことは、またあの魔術師が含まれた地人小隊と遭遇する可能性も高い。
あの穴を使うにしても、何か解決方法を考えないと。
『……ユニオンプレイヤーが近づいてきているわ』
そう小さく囁く小梅の声に、トラジオはトレースギアに視線を落とした。
確かにそこには幾つもの赤い点が浮かび上がっている。
奴らはじりじりと背後から迫りつつある。このまま正直にあの地下4階への道に行けば確実に前後から挟撃されてしまう。
そうなれば全滅は必至だろう。
『仕方がない。悠吾、お前の言うその場所から地下4階へ降りる』
『分かりました。場所は解っています。急いで行きましょう』
そう言って悠吾は先導します、とMagpul PDRを構え、小梅とポイントマンを交代した。
***
急ぎながらも周囲警戒は怠るなよ、僕。
上空に偵察型ドローンを飛ばし、直ぐ背後で小梅がリーコンで偵察のサポートをしてはいるものの、安心はできないと悠吾は動くものを見逃さないと集中を途切らせる事なく当たりを見渡していた。
『そう気張ンないでいいわよ悠吾。あたしがいるから』
『そ、そうですね』
僕のミスによって小隊は全滅する可能性だってある。
そう思い、気張っていた悠吾だったが、小梅の一言に肩の荷が少し降りた気がした。
『というか、小梅さんこんな事をずっとやってたんですね。僕には無理です』
『え? ま、まぁ、そーね。あたし天才だからさ』
『……あー、そーですね』
え〜……さっきミスして残党狩りの連中に先制攻撃を受る事になってしまったのは、何処のどなたのせいでしたっけ?
とーぜんよね? と鼻の穴を広げる小梅に、悠吾は呆れるように棒読みでそう返しながらも、いつまでもうじうじと悩んで居るよりは良いか、とも思った。
『しかし、ロディ、お前には助けられてばかりだな』
ロディに肩を貸してもらっているトラジオがそう呟いた。
前回、あの多脚戦車の攻撃から悠吾達を救ったのもロディの最後の狙撃のお陰だ。そして今回も脱出のサポートしてもらうことになるとは。
『気にするな。やりたいことをやっているだけだ』
表情を崩すことなく、ロディが言う。
一見冷たく見えるロディさんだけど、きっと仲間を大切に思う優しくていい人に違いない。
『ロディさんの仲間……』
その言葉で、先ほどのアジーの最後が脳裏に浮かび、苦くて痛い味が喉の奥から上がって来るような感覚がしてしまった悠吾は、それをぐっと喉奥へ押し込むように別の話題を切り出した。
『ロディさん達は……僕達と別れてからどうしていたんですか?』
『私達はアジーの主導の元、クランを立ち上げた』
『クラン、ですか?』
意外だ。ロディさん達はPC版の戦場のフロンティアから一緒だったと言ってたから、てっきりもうクランを作っていたとばっかり思っていた。
『お前達にような「亡国者」の称号を持つプレイヤーを助け、国外へ脱出させる活動をおこなうクランだ。名は「暁」という』
『暁……』
『プレイヤーがプレイヤーを殺す無秩序な世界だが、かならずその夜は明ける。我々の活動が、その夜明け前のきっかけになるようにという願いを込めてアジーが名づけた』
だから暁という名前なのか。
ロディの言葉を聞いて、悠吾は改めてアジーの決意が本物だったのだと思い知らされる。
そして改めて思う。惜しい人を亡くした、と。
『そうだったんですね』
『私達意外に10名メンバーが居るクランだ。だが、連絡によれば、他のメンバーもワルキューレの連中に襲われているようだ』
『ワルキューレ?』
『あの残党狩りクランの連中の名前だ』
残党狩りクラン。
あのグレイスという男をリーダーとした残党狩りはクランだったのか。
『クランマスターはグレイス。頬がこけた男だ』
『一度遭遇しました。この廃坑で』
そして思い起こされるのは、あの嫌な笑いを浮かべる男の顔。
ムカつく顔の男だった。
きっと現実世界でも嫌な奴に違いない。
『やつらはユニオン連邦のGM、クラウストが出した命令に従い、ノスタルジアの残党兵達を狩りまわっている猟犬だ。狙った獲物はどこまでも追いかけていく』
『クラウスト……それがユニオンのGMの名前ですか』
GMもプレイヤーの1人のはず。だけど、そのGMの指示でユニオンプレイヤーはノスタルジアプレイヤーの生き残りを全て排除する暴挙に出ている。
一体どんな人なのだろうか、そのクラウストという人は。
『だが、安心しろ。このプロヴィンスを越え、ユニオンと敵対関係にあるラウルに逃げ込めば奴らも追ってはこれない』
『目的はかわらず、と言う事ですね』
『そうだ』
悠吾の言葉にロディの返答が直ぐに返ってきた。
目指すは前回落下してしまった穴。その穴はもう目の前だ。
***
悠吾が危惧していた通りだった。
やはりあの穴付近には地人達が幾人か警戒するようにそこに立っていた。
構成は戦士が1名、魔術師が1名。
前回よりも人数は少ないのは不幸中の幸いか。
『レベルは20……って高っ!』
『ふむ、勝てん相手ではないが……馬鹿正直に射ち合っていては時間がかかってしまう。それに、射ち合って居ればワルキューレの連中も音を嗅ぎつけてこちらに来るだろう』
ワルキューレの追手は罠に悠吾達をおびき寄せるように背後から迫っていたが、突然この場所へ目標を変更したために一時的に悠吾達を見失ってしまっているようだった。
『出来るだけ発砲は控えるとすれば……あの穴に飛び込むしか無いですね』
そう言う悠吾に小梅が不安げに眉を顰めた。
『でも悠吾、あの時あたし達は確か致命傷を負っちゃったじゃん。トラジオはどーすんのよ?』
まずひとつめの問題点。
それはここまでの道中で解決策を思いつきましたよ、小梅さん。
小梅の問いにこくりと頷いた悠吾が続ける。
『スキルを使ってもらいます。戦士のスキル「センチネル」です』
確かトラジオさんがすでに習得しているスキルにあった。
センチネルは一時的に防御力をあげるスキルで、トラジオさんは確かLVは2だと言っていたから結構防御力をあげることができるはず。
そのスキルを使えば、致命傷を避けることができる。
『成る程、センチネルを使って落下ダメージを軽減させるというわけだな』
『そうですロディさん。いつものように僕がスモークグレネードで視界を奪います。そのままあの穴へ飛び込んで……』
そう言って悠吾は言葉を飲み込む。
あとはその先、地下4階へ落ちた後の事だ。
落下した4階の状況をここから掴むのは不可能。それだけは──運を天に任せるしか無い。
『落下した先、4階の状況は──祈りましょう。ですが、念のため下に地人かユニオンプレイヤーが居た時の事は想定して、作戦を練っておきます』
下に地人かユニオンプレイヤーが居たとしても、まさか上から僕達が落ちてくるなんて絶対想定していない。
とすれば、まず目が良い小梅さんが周囲状況を即座に確認して、各個撃破する。
単純だけど、それしか無い。
『頼みは小梅さんのリーコンとその優れた目です。地人かプレイヤーが居た場合、優先的に狙うのは瞬間火力が高い魔術師、弓師です』
『判ったわ。任せて』
凛とした表情で頷く小梅に、悠吾は笑みを浮かべ頷き返した。
こんな時、小梅さんは頼りになる。僕だったら、絶対無理です! って言いそうですもん。
『では行きましょうか。発砲は地下4階に降りるまで出来るだけ控えましょう』
そう言って悠吾はアイテムポーチからスモークグレネードを取り出す。
汗ばんだ掌に円筒形のそれの感触が現れた事を確認し、ピンを抜き取ると地人達の方へそれを勢い良く投げた。