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第39話 アジーの想い その2

 ルーシーが悠吾達と接触する少し前──

 アジーは手錠で両手の動きを封じられ、体力がゼロにならないようにされるがままグレイスに殴り続けられ、廃坑の奥に監禁されていた。


「アジー、大丈夫か」

「ロディ……君にお願いがある」


 力なく地面にへたり込んだアジーが顔をあげるのも億劫だと言いたげに目の前に立つロディに小さく囁いた。

 

「ここから出してくれ」

「……アジー、それは出来ない」


 眉をひそめながらロディが答える。

 ロディもまた、結果的にルーシーと同じくアジーを裏切る事になった。


 アジーをグレイスに引き渡し、悠吾達の情報を渡すべきだ。それが他の亡国者のプレイヤー達を救うことにつながる──


 そう言うルーシーの考えに心から賛同しているわけではなかった。ここまで苦難を共にしたアジーを裏切る事はできない。だが、GMゲームマスターからの通達、そしてワルキューレからの執拗な追撃……幾つもの要素から、今回だけは目を瞑るべきじゃないかと思っていた事も事実だった。


 お前には協力は出来ない。だが、目を瞑ろう──


 それが彼女の出した答えだった。


「君も、僕の考えが間違いだと思っているのか?」

「……そうは思っていない。今でもお前の立ち上げた『暁』の理念には賛同している。……だが、今GMゲームマスターに睨まれるわけにはいかない」


 処罰を受ければ、亡国者の称号を持つプレイヤーを助けるどころか、ユニオン連邦が持つ街への立ち入りの禁止、それに──最悪、国家反逆罪でユニオン連邦の国籍を剥奪されてしまう恐れもある。

 元々、敵対するプレイヤーをプロヴィンス外に逃亡させる援助を行っていた為に、グレイスを始め一部のユニオンプレイヤー達に睨まれていた「暁」だ。ここに来てGMゲームマスターから睨まれるのは絶対に避けるべきなのではないか。

 ロディはそう思っていた。


「君の考えている事も、ルーシーの考えている事も間違いじゃない。身の保全を考えるのは当然の事だ」

「……それは違うぞアジー。私は自分の身の安全など」


 考えてはいない──

 しかし、弱々しく見上げるアジーの姿にロディはその言葉を口に出来なかった。


「君は昔から自分に嘘がつけない女性ひとだった。君の強さは類まれなその射撃技術や状況判断力から来る物じゃないと僕は思うよ。自分の心を俯瞰で見れる人なんてそういない」

「……私を買いかぶりすぎだ、アジー」


 私は弱い人間なのだ。

 ロディはそう心の中で自答した。

 オーディン内部で起きた問題にも、そして目の前で死んでいったノスタルジアのプレイヤー達にも結局何も出来ず、傍観していただけ。

 お前の件もそうだ。

 私はいつも──後悔してばかりだ。

 

「僕も同じだ。ロディやルーシーと同じように、こんなに身を危険に晒してまで助ける必要はないんじゃないかって思う事がある」

 

 アジーのその言葉にロディは、はっと息を呑んだ。

 そんな素振りは一度も見たことが無い。暁のクランマスターになった後も、確固とした理念に対する自信を持って皆を引っ張っていた。


「僕も1人の人間だよ。だけど、その度に僕は自分に問いかけるんです。それで君は本当にいいのか、って」


 他人は騙せても、自分を偽ることは出来ない。出来ないからこそ、自分に嘘をつき続ければ心が歪んでいく。

 そう言ってアジーは、先ほどのワルキューレの兵士に破壊されてしまったのか、半壊してしまったトレースギアのメニューを開いた。

 半壊してしまった事で浮かび上がっているメニューにノイズが入り歪んでしまっているが、そこからアジーは1つのメニューを開きボタンをタップした。


「……僕にまだ覚悟が足りなかったんだ。ルーシーと君を突き動かすための『覚悟』が」

「それはどういう意味だ、アジー」


 だらりと垂れたアジーの左手を見て、アジーは眉をひそめる。

 ──何か嫌な予感がする。

 ロディはアジーの傍へ駆け寄り、左腕を掴むと、トレースギアに表示されていたそのメニューに目を落とした。

 そして、そこに表示されていた文字を見て、どくんとロディの心臓が悲鳴を上げた。

 

「……馬鹿な」


 そこに表示されていた文字。


 ユニオン連邦からノスタルジア王国への国籍変更──


 敵対状態に有る国家への移籍は出来ないはずではなかったのか。いや、そんな事よりも──


「アジー、ノスタルジアへ移籍が出来たと言うことは……」

「そうさ、僕は彼らと同じ、『亡国者』の称号を得た」

「……お前は……なんという事を……ッ!」

 

 アジーの凛とした目を見つめ、ロディは怒りにも似た焦燥感感情を抑えきれなかった。

 退路を断つ。それがアジーの覚悟。

 悠吾達と同じ「亡国者」の称号を持っていても、彼らを助けたい。

 なんと愚かな男だ。愚かで──なんと心の強い男か。


「グレイスが戻れば僕は殺される。だけどその前に、ルーシーを説得したい。僕の覚悟が判れば、彼もきっと」


 判ってくれる。

 そう力強く言葉を紡ぐアジーに、ロディは直ぐに言葉を返せなかった。

 そして、退路を断ち、覚悟を決めたアジーの目を見て、ロディは自分の中で湧き上がっていく何かを感じた。

 

「……判った」


 小さくロディが言う。

 やはり、間違っていたのは私の方だ。

 覚悟をしていたつもりでいた。安全な場所から、身を危険に晒すこと無く、亡国者の称号を持つ彼らを助けるということに酔いしれていただけだ。


「……すまなかったアジー。私も、お前の覚悟に賛同する。私もお前と共に、ユニオンを去ろう──」

「ロディ……!? それは駄目だ。君がそこまでする必要は無い」


 トレースギアのメニューを開くロディを止めようとしたアジーだったが、すでに遅かった。

 彼女のトレースギアには、アジーと同じく、亡国者の称号を得た事がアラートと共に表示されてしまっている。

 止められなかったな、と小首を傾げ、小さく笑みを浮かべるロディ。


「……行こうアジー。ルーシーの居場所は判っている」


 そう言ってロディはアジーの腕を引き、立ち上がらせた。

 迷いは無い。

 死という代償と引き換えに手に入れた決意は、ロディの眼の色も変えさせていた。


***


 反響する発砲音。

 鼻を突く、硝煙の匂い。

 ロディの目には全てがスローモーションに見えていた。


「……アジーッ!」

「アジーさんっ!」


 茫然自失になったルーシーが放つ短機関銃サブマシンガンの弾丸と、その弾丸に撃たれ、崩れ落ちるアジーの姿。

 ロディの叫び声と、悠吾の声が廃坑に響き渡ったのは同時だった。


「あんた、なんて事をッ!!」


 崩れ落ちるアジーの身体を背後から駆けつけたロディが受け止めると同時に小梅のクリスヴェクターが放つ弾丸が、ルーシーの腕を捉え、その腕から短機関銃サブマシンガンを弾く。

 仲間を撃つなんて……ッ!

 怒りに震えた小梅は、彼女に撃たれた事にも気がついていないと言った表情で立ちすくむルーシーの脳天に向け、引き金を引こうとするが──


「やめろ、小梅」


 そう言って小梅を制止したのはトラジオだった。

 ここでルーシーを倒すのは「慈悲」だ。心神喪失状態にあったとしても、奴は自分のやった行いの報いを受ける必要がある。

 アジーの姿を見て、トラジオは瞬時にそう判断していた。


 至近距離から数発の弾丸を受けたアジーの体力ゲージは瞬時にゼロになり、トレースギアは警告を発すること無く、沈黙していた。

 それはつまり、プレイヤーが死んだ事を意味する。死んだプレイヤーは即座にマイハウスに復活リスポンするが、彼は──


「アジー! 大丈夫だ、しっかりしろっ!」

 

 アジーを抱きかかえながら、ロディは必死にそう叫んだ。

 致命傷になっただけだ。時間が経てば体力は回復する。

 しかし、己のトレースギアの小隊パーティメンバー一覧に表示されていたアジーの体力はゼロが表記されたままだ。


「何か、何か体力を回復する方法を……ッ!」


 慌てて悠吾がアイテムポーチから回復アイテムを探し出す。

 だが、手がもつれて上手くスワイプ出来ない。

 アジーさんが……このままだとアジーさんが死んでしまう。


「ロディ……」

「アジー、しゃべるな! 大丈夫だ。私がなんとかする」

「君が、悠吾君達を」


 助けてやってくれ。

 その時が近づいて来ている事を察知しながらも、アジーが口にした言葉は、悠吾達の身を案じた言葉だった。

 その言葉に、ロディはぞわぞわと体中の毛が逆立つような感覚に襲われてしまった。


「判った。アジー、安心しろ。私が必ず彼らを脱出させる」

「……良かった。これで生徒達に胸を張って再開できる」

「……生徒?」

 

 アジーが小さく呟いた言葉。

 その言葉が現実世界での彼の「本当の姿」を言っているのだと、ロディは直ぐに気がついた。

 アジーは教師だったのか。

 子らに正しい事を教授する教師。

 だからアジーは己を偽れず、信じる正しい道を進もうと──


「子ども達が待っているんだ。早く戻らないと」


 笑顔を浮かべながらアジーが虚空を見つめ、そう続けた。


「……ああ、皆が待ってるぞ、アジー。お前は素晴らしい教師だ」

「……ありがとう、ロディ」


 そう感謝の言葉を囁きながら、静かにアジーはロディの腕の中でその時を迎えた。

 悠吾達にとって初めて見る、プレイヤーの死。

 これまで見てきた光の粒に変異する事無く、現実世界と同じように虚空を見つめたまま、アジーは死んだ。

 あまりにもあっけなく、あまりにも重い。これはゲームではなく現実の出来事。

 その衝撃が、悠吾の心を貫く。


「……お、俺は……」


 鎮痛な静寂が支配していたこの場所に、小さく、か細く聞こえたのはルーシーの声だった。

 アジーの命を奪った、かつての仲間の憔悴しきった声。時が過ぎていく中でじわじわとあふれだす恐怖が、彼をさらに責め立てていく。

 俺が殺してしまった。アジーを。仲間を。


「ルーシー……」

「ち、違う、俺のせいじゃない! 判るだろうロディ!」


 悪いのは俺じゃない。近づくなと言っているのに無視したアジーが悪いんだ。

 アジーを殺してしまった事実にガタガタと震えながらルーシーがそう言った。


「ルーシー、私はアジーの意思を継ぐ。悠吾達をこのプロヴィンスから脱出させる為に、私達は行く」


 それがアジーへの弔いだ。

 そうロディが続けた。

 だが──


「だ、駄目だっ! お前達を行かせる訳にはいかない! 俺は……」

「ルーシー、無理に賛同する必要は無い。だが、私と……アジーの邪魔はするな」


 今だ保身の為に行く手を阻もうとするルーシーに、何処か哀れみを感じながらも、ロディは冷たく彼を睨みつける。

 元オーディンのトッププレイヤーが放つ殺気と威圧感に思わずルーシーは言葉を失ってしまう。

 

 もう俺は戻れない所まで来てしまった。仲間を裏切り、そして手にかけてしまった。

 俺にできることは──前に進む事だけだ。


「ロディ、俺は後戻りは出来ない! 俺は、もう戻れないんだッ!」


 そう叫び、ルーシーは腰に取り付けていたホルスターに手をかけた。

 僕達を殺すつもりだ。

 ルーシーのその動きに思わず悠吾達は身を竦め身構えてしまう。

 が──


「ルーシー!」


 ロディはルーシーのその動きを予想していたかのように素早い動きでSIG P220を構えると、即座に引き金を引いた。

 冷徹なロディの素顔が顔を覗かせる──


 この最悪の状況にも関わらず、僅かな動揺もなく引き金を引いたロディのSIG P220から放たれた弾丸はルーシーの眉間に吸い込まれ、パシンと弾けた。

 ロディさんのSIG P220に装填されていた弾丸もあのグレイスという男と同じ特殊弾丸だったのだろうか。

 普通とは違う、着弾と同時に破裂したSIG P220の弾丸はルーシーの頭を吹き飛ばし、断末魔の叫びをあげさせることなく、即座に彼の身体を光りの塵に変えさせる。

 瞬きする暇もなく、一瞬でルーシーを仕留めたロディに悠吾達は息をする事も忘れ、その光景をただ見つめていた。


「……すまない、ルーシー」

 

 ロディが静かにその言葉を口にする。

 一言では言い表せない、多くの感情が入り混じったロディの言葉。

 

 それはロディにとってこれまで時間を共に過ごした仲間達への別れの言葉であり──悠吾達にとって新たな仲間の合流を告げる言葉だった。

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