第36話 廃坑再び その2
悠吾のトレースギアに届いたメッセージは、アジーからの単純かつ明解なメッセージだった。
「残党狩りの連中が君達を狙っています。今、例の廃坑近辺で待機しているので、もし脱出する手段を探しているのであれば連絡を下さい」
脱出の協力をしたい。
アジーからのメッセージにはそう記載されていた。
「残党狩り、ってベルファストで見たアレ?」
「多分そう……だと思います」
悠吾のトレースギアを覗きこんでいた小梅がそう言う。
ベルファストで見たユニオン連邦のGMが出した通達は、「ノスタルジアプレイヤーとノスタルジアのGMを排除せよ」と言う狂気じみた物だった。
そして、そのGMの指示で動く、ノスタルジアプレイヤーを狙った残党狩りの集団が僕達を追っている。
なぜ僕達の事を追っているのかは判らないけど、冷静に考えれば考えるほど、恐ろしいではないですか。
「……トラジオさんと情報共有しておきましょう。今後、突発的な戦闘になるかもしれません」
「そうね。兄からのメッセージも来るかもしれないし……あれっ?」
小梅がそう言った正にその時、小梅のトレースギアからも悠吾と同じメッセージの受信告知アナウンスが発せられた。
狙っていたかのような絶好のタイミングだ。
「お兄さんから、ですか?」
「……多分ね。とりあえずクマジオを呼ぼう」
アジーさんと、お兄さんから届いたメッセージ。その両方を吟味した上で次の手を考える必要がある。
小梅と同じ意見を持った悠吾は小さく頷くと、小隊会話でトラジオをこの場所へと呼び寄せた。
***
「……ふむ、小梅の兄からのメッセージは想定通りと言ったところだな」
悠吾達の小隊会話を受け、すぐさま駆けつけたトラジオは2人のトレースギアに届いたメッセージを読むとそう唸った。
小梅のトレースギアに届いた兄からのメッセージは短く、そして彼らにその時が来た事を知らせる物だった。
今日脱出口のラウル側で待つ。近くまで来たらコールしてくれ──
長い時間は待てない。
伝説的クランで、類まれな能力を持っているであろう小梅の兄であっても、長時間居る事は危険。
メッセージには書かれていなかったが小梅の兄はそう言っているようでもあった。
「アジーさんの件はどうしましょう。僕としてはぜひ協力を願いたい所ではあるのですが」
廃坑で対峙することになるであろう多脚戦車と、背後から迫るユニオンの残党狩り。
挟撃される可能性もあるため、仲間は多いに越したことはない。
また彼らに大きな借りを作る事になるけれども。
「そうだな。今回も前回と同じく失敗は許されん。俺も悠吾と同じく彼らに助力を願うべきだとは思う」
「そうすると、前回と今回で返せない位のでっかい貸しができちゃうわね」
ま、あたしも賛成だけど。
悠吾達に聞かれるまでもなく、小梅が賛成と右手を上げた。
「それでは僕が返信しておきます。廃坑の地下2階辺りで合流して、4階を目指す。そんな感じでどうでしょう」
地下1階であればより確実に地下4階を目指せるとおもうけど、あの入り口近辺にたむろっていた行商プレイヤーに見つかる可能性が高くなってしまう。地下3階から情報になかった魔術師が出てきた事を考えると、地下2階がベストだと思う。
「そうだな。リスクを考えるとそれがいいかもしれん」
悠吾の提案に即答でトラジオが頷くとよくわからないという表情を見せつつも、小梅も同じくこくりと頷いた。
「では、アジーさん達と合流するのは、廃坑の地下2階。現地の状況がわからないので、とりあえずは地下3階への通路付近に設定して、詳細は到着してからやりとりで決める、と言う事にします」
この状況、必ず何か予期せぬ事が起こるにきまっている。だったら、臨機応変に変動できる様にしておいた方が色々と良い。
そう説明する悠吾に、異論は無いとトラジオと小梅は静かに頷いた。
***
前回と同じく、廃坑へ潜るタイミングはプレイヤーが比較的少なくなる熟夜。アジーさん達が廃坑近辺で待機しているのであれば、潜るのは正に今だ。
そう考え、直ぐに行動を開始した悠吾達の元にアジーからの返答が返ってきたのはは廃坑に入って直ぐだった。
了解しました。廃坑の地下2階で合流しましょう──
短く書かれたその文章。
今このメッセージが来たと言う事は、これからアジーさん達はこの廃坑に潜ると言うことだ。僕達が先に地下2階に到着し、彼らを待つ事になる。
『地下2階に到着したら小梅さんのリーコンと、僕の偵察型ドローンで周囲警戒をしながら待ちましょう』
小梅さんのスキルはインターバルはあるものの、制限は無い。だけど、僕の兵器には使用できる回数が決まっている。
多脚戦車戦を想定して、温存しておきたい所ではあるけど、出し惜しみは出来ない。最優先に考えるのは身の安全だ。
『わかったわ。だけど……ほんとにもぬけの殻ね』
壁際を慎重に進む小隊の先頭に居る小梅が辺りを警戒しながらそう囁いた。
確かにこの前と同じ狩場とは思えない程静かで人がいない。
逆に不気味なくらいだ。
『そう言えば、あの廃工場で悠吾が言っていた予想だが、正解だったようだな』
『……そうですね』
何故、廃坑に配置されていた地人に変更が加わり、レイドボスが配置されたのか──
廃工場での探索で、その場所がPC版と差異が無いと言う事が判った事で悠吾は1つの答えを導き出していた。
思っていた通り、何か重要な物が追加された狩場においては、配置されている地人の能力に上方修正が加えられている。
この廃坑は、ラウル市への脱出口が設けられた為に、地人達が強化されたと考えて間違いない。
『と言うことはつまり、変更点が加わった狩場には「何かがある」と思っていいということだな』
『その可能性は高いです』
悠吾の結論から新たな推測を出すトラジオに悠吾は自信あり気に深く頷いた。
多分この事に気がついているプレイヤーはそう居ないと思う。
と言うのは、この狩場の変更以外にもPC版との相違点が沢山あるからだ。
最初に経験した、野生動物の経験値の件、そして、小隊会話の距離の件。
多分、僕達が経験していないだけでその他も相違点は数多くあるはず。
その中で、この廃坑の様に配置に変更が加わった狩場があったとしても、単純にそれも相違点の1つとして記憶されるだけだ。
それに気がつくようで気がつかない。僕もふと疑問に思わなければ、同じように相違点の1つとして認識するだけにとどまっていたと思う。
『……ふむ、これはかなり重大な情報だな』
『多分、情報屋に売れば、かなりのお金で買ってくれると思いますよ?』
『あんた馬鹿でしょ。そんな重要なモノ売るわけ無いじゃない』
あたし達の中だけにとどめておくべきだわ。
小梅はそう言った。
確かに、情報屋に売れると言っては見たものの、売るはもとより、口外しない方がいいかもしれない。この無秩序の世界では情報は武力と同等の力があるといっても過言じゃないからだ。
いつかこの情報が僕達の身を守ってくれるかもしれない。
悠吾がそう思ったその時だった。
『……止まって』
突如先頭を歩いていた小梅が「ストップ」のハンドサインと共にその足を止めた。
『どうしました、小梅さん』
MAPには何も表示されていないけど、何か見えたのだろうか。
小梅さんにはリーコンの他に、暗視スキルも持っている。僕の偵察型ドローンで強化したリーコンの範囲外まで目が届いているのかもしれない。
『敵か?』
『前方2時の方向に地人。まだ結構距離はあるわ。戦う?』
小梅にそう言われ、じっと見つめた先、うっすらと人影のような物が悠吾にも見えた。
あのうっすらとした地人が見えるなんて、なんちゅう視力だ。
『いや、無駄な戦闘は避けよう。ユニオンプレイヤーが居ないと言っても、いつ遭遇するかわからん。それに残党狩りの連中も来ているはずだ。時間を無駄に浪費したくない』
トラジオの言葉に悠吾はこくりと小さく頷いた。
トラジオさんの言うとおりだ。一分一秒でも足を止めていれば、それだけ追ってきている残党狩りの奴らに捕捉されてしまう可能性は高くなる。
アジーさん達が来るまで少しでも早く、地下2階の集合地点まで行く必要がある。
『そうですね、迂回して早く下の階に行きましょう』
『解ったわ』
そうと決まれば、さっさと行くわよ。
前方の地人に警戒を強めながらも、出来るだけ暗闇に身を潜めながら、悠吾達は進路を変え、アジーとの集合地点である地下2階を目指した。
***
悠吾の偵察型ドローンで強化した小梅のリーコンスキルのお陰で、地人やユニオンプレイヤーと遭遇することなく、第一の目的地である地下2階に悠吾達は到達した。
異様なまでにしんと静まり返った坑道。
先日は遠くで銃声や爆発音が聞こえていたが、今回は天井から滴る水滴の音だけが優しく耳を撫でるだけだった。
音を立てぬよう、踵から地面を踏み込み進む悠吾たちだったが、砂利をふむ音ですら聞こえてしまうほど静かだ。
『MAPに反応は無し、と』
『リーコンのインターバルタイムに入ったわ。どうする? インターバルが開けるまで休憩する?』
トレースギアの索敵範囲が狭まった事を確認して、小梅がそう言った。
確かに小梅さんのリーコンを待ってから進むべきかもしれないけど、目的の場所はもう直ぐそこだ。僕の頭の上には偵察型ドローンがまだ飛んでいる。このドローンが消えるまで、まだ5分位ある。十分到着出来る距離だ。
『いえ、このまま行きましょう。目的地はすぐそこです。場所を確保して、身を潜ませる方が安全です』
『確かに。まだ悠吾のドローンが有効なのであれば、行こう』
時間が惜しい。
そう言うトラジオの言葉に、小梅は納得したかのように頷くと、クリスヴェクターを前方に構え、再度ゆっくりと歩き出した。
前方には何も見えない。
僅かな動きと空気の流れ、それを見て敵の位置を把握する術は兄から叩きこまれた。
スキルに依存するのではなく、スキルを使って、カンを働かせる。
それが生き延びる術だと小梅の兄、ノウエは盗賊である小梅に小言のように言っていた。
兄、ノウエ──
彼が教えた技術を思い返すと同時に、小梅の脳裏に過ったその名前に、張り詰めていた緊張の糸が一瞬途切れてしまった。
切らせてはいけない緊張の糸。
その一瞬は、彼らの生死を分けるに十分な時間だった。
「……ッ! 小梅ッ!」
突如放たれる小隊会話ではないトラジオの肉声。
ふと我に返った小梅の目に飛び込んできたのは、あの時、地人に受けた物と同じ、RPG-7の弾道だった。
坑道の奥から放たれたそれは長い白い尾を引き連れながら、悠吾の頭上を飛んでいた偵察型ドローンに命中すると、すさまじい火花を上げ、炎を舞い上がらせた。
「うわッ!」
頭上からハンマーで叩きつけられたような衝撃が悠吾達を襲う。
思わず地面に倒れこむ悠吾達に当てられたのは、幾つものライト──アサルトライフルに付けられたフラッシュライトだった。
薄暗い暗闇で突如当てられたライトに目が眩み、先ほどの爆風と合わさり、何が起こっているのか悠吾達には判らなかった。
「……あ〜、これはなんと言ったか」
悠吾達を照らすライトの向こう、1人の男がゆっくりと前に出てくるのが朦朧とする悠吾に、かすかに判った。
緑の迷彩服を着た、屈強な男──
「カモがネギ背負ってくる? 飛んで火に入る夏の虫?」
「……」
嫌な笑いを浮かべている男に、悠吾は何処か嫌悪感を感じてしまった。
そして悠吾の直感が囁く。
この男は危険だ、と。
「あ〜なんだ、まぁ言いたいこと分かンだろ? つまり、俺達はここに罠を張ってお前らを待ってたってワケなんだが」
キュウとその男──グレイスが広角を上げ、卑下するように悠吾達を一瞥した。
罠。その言葉に悠吾の背中に冷たい物が走った。
これは、僕達ノスタルジアプレイヤーの残党を狩る為に仕組んだ、奴らの罠。
まずい。身体を動かせ。この場から離れろ。
このままだと、殺されてしまう──
だが脳が発するその命令を無視するかのように、悠吾の身体はギシギシと悲鳴を上げ、勝ち誇ったグレイスの顔を只見上げるだけだった。