表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/159

第35話 廃坑再び その1

 何度体験してもその度に心の芯から震え上がってしまう。

 爆発の衝撃で麻痺してしまった耳と、舞い上がった砂塵の影響で遮られてしまった目がまるで深海に閉じ込められてしまった錯覚を与える──

 岩場の影で身がすくみあがっていたルーシーは「彼ら」の攻撃が終わるのをただ息を潜め、ひたすらに待っていた。

 と──


『終わったぞ』


 待ち遠しかった、冷たい女性の声がルーシーの麻痺した鼓膜を揺らした。

 一体どういう仕組なのか判らないが、小隊会話パーティチャットは本当に有り難い。いくら耳がイカれても問題なく意思の疎通ができる。

 そして、またこの声に助けられた。

 ルーシーはそう思った。


『……ルーシー、来てくれ。手痛いダメージを受けてしまった』


 続けてルーシーの耳に届いたのはアジーの声だ。

 ここからが俺の出番だぞ。

 そう自答したルーシーは、己を奮い立たせながら岩場から飛び出した。


 辺りに散らばっているのは、緑のフレック系迷彩服を纏ったユニオンのプレイヤーらしき死体と、彼らが所持していたであろう装備やアイテム。

 キラキラと死体が光る塵に変わっていく間をすり抜け、ルーシーはアジーの元へと走り抜けた。


「アジー、大丈夫か」

「なんとか」


 ロディの傍ら、地面にへたり込んでいるアジーはどうやら至近距離で手榴弾の爆風を食らってしまったようで、戦闘服の腕部が黒くこげ落ち、そこから見える腕が赤く腫れ上がっている。

 ルーシーは滑りこむように、アジーの側へと近寄ると、赤く腫れ上がったアジーの負傷箇所に触れ、回復スキル「応急処置」を発動させた。


「戦闘服は修理する必要があるな」

「確かに。迷彩効果が落ちてる」


 ルーシーに促されるようにトレースギアのステータス画面を見ながらアジーはそう言った。

 ルーシーのクラス、聖職者プリーストは全クラスで唯一、アイテムを使わずスキルによって失った体力を回復できるクラスだが、欠損してしまった戦闘服の修復は不可能だった。ダメージを受けることによって耐久力が落ち、欠損や故障してまった戦闘服などの防具や武器は能力が減衰してしまう為、プレイヤーは定期的にブティックで装備の修理を行う必要があった。


「アジー、これで4回目だ」


 アジーの傷がシュウシュウと音を立てながら、回復していく姿を見ていたロディが小さくそう零す。

 4回目──

 アジー達が受けた、グレイスのクラン「ワルキューレ」からの組織的な攻撃はこれで4回目だった。


「次第に数も多くなってきている。今回は機械兵器ビークルも混じっていた」


 最初の攻撃はラムザを出て直ぐだった。

 受けたのは、散発的な2、3名の戦士ファイターからの攻撃。何の問題もなく撃退したアジー達だったが、まるでそれが敵の反撃能力を測る「威力偵察」だったと言わんばかりに、2回目からの攻撃は組織的、かつ打撃力のある小隊パーティでの追撃だった。

 そして回を増す事に、魔術師ワーロックが増え、そしてついに軽装甲の機械兵器ビークルが加わった。次は重装甲の機械兵器ビークルが来ても不思議じゃない。

 辺りの惨状を見て、ロディはそう思っていた。


「……悠吾君からの返信は?」


 だが、ロディの言葉を無視するかのようにアジーがそう呟く。


 グレイスというユニオンプレイヤーが君達を狙っている。サポート出来る事があったら連絡してくれ──


 ラムザを出る際に、そうメッセージを悠吾君に送るように頼んだけど、まだ彼からの返事は何も無い。僕達の手を借りる事を躊躇しているのか、それとも別の要因か。

 アジーはそう危惧していた。

 が──


「……」

「……? ルーシー?」


 アジーの問いに、ルーシーとロディは何も返事を返さなかった。

 ただ、不快な沈黙が3人を支配していた。


「どうしたんだ? どうして黙ってる?」


 ロディ、君まで。

 何か嫌な予感を察知したアジーが2人に問いかける。

 と──


「まだ彼に送っていない」


 そう切り出したのは……ルーシーだった。


「……どういう事だ? どうして送っていない?」


 僕は頼んだはず。

 アジーにそう詰め寄られたルーシーは、自分から口にした、というよりもやむなくその言葉を出すしか無かったと言いたげな表情を浮かべた。

 

「悩んでいるからだ。ロディも言っていた、GMゲームマスターに逆らって良いのかと」

「……ッ! 馬鹿な! 何を悩む必要が!」


 アジーが思わず声を荒らげ、ルーシーに掴みかかった。


 GMゲームマスターの意思。

 それは、亡国者の称号を持つプレイヤーを殺す事──


 あれから、正式に通達がユニオンプレイヤーに出された。グレイスの言っていた事は戯言じゃなく、本当だった。

 そして、そのGMゲームマスターの意思に逆らう事は、「罰則対象」になりかねない。

 だが──


「今僕たちが倒したワルキューレの連中と違って、悠吾君達は『死ねば終わり』なんだ。GMゲームマスターの意思だろうとなんだろうと、殺戮の手助けは出来ない。僕達のクラン『暁』はその理念の元に集まったんじゃないか!」


 ルーシーも、ロディと同じく、目の前で殺されたノスタルジアプレイヤーを見て、軍人でもなんでもない、ただのゲームのプレイヤーでしかない人間同士が殺しあうのはおかしいと言っていたじゃないか。

 そう思うアジーだったが、ルーシーが変わらない硬い表情のまま、続けた。


「アジー、俺達がグレイスに楯突いたせいで、ワルキューレの連中に狙われているのは事実だ。それに、攻撃を受けているのは俺たちだけじゃない。他の暁メンバーにもワルキューレの連中の矛先は向いている。だから……」

「……だから、何だ」


 今までに無い、斬りつけるような空気をまとうアジーの気迫にルーシーは思わず身を竦めてしまった。


 アジーの信念には逆らう事になるが、言わなければならない。

 このまま行けば、待っているのは地獄だ。死なないからこそ待っている、地獄。

 

「……今回は目を瞑るべきなんじゃないか」


 ぴくりとアジーの頬が引きつるのが見えた。

 そして間をおかず、冷たいアジーの声が続く。

 

「ルーシー、それ以上言うな」

「しかし、アジー……」

「良いか、二度と、だ」


 掴んでいたルーシーの襟口を突き放し、念を押すようにアジーが吐き捨てる。

 彼らを見捨てることはしない。絶対だ。

 これまで一度も見たこともなかったアジーの怒りがひしひしとルーシーに伝わる。


「悠吾君にメッセージを送る。そして僕達は彼らをサポートする。……いいね?」


 状況が悪くなったからと、彼らだけを見捨てる訳にはいかない。

 例外を作ってしまえば、信念が揺らぐからだ。それは同時に僕の想いに賛同して集まってくれた他のプレイヤー達を侮辱する事になる。


 だが、ルーシーとロディから返されるのは無言の沈黙──

 アジーの想いは、ルーシー達に届くことなく、ただぐるぐると彼らの周りを渦巻いているようだった。


***


 今日も綺麗な星空だなぁ。

 現実世界では見たこともない、広い空一面に広がるまばゆい星達を見上げながら、のんきに悠吾はそんなことを思っていた。

 もし、これがゲームの世界で、いつでも現実世界にもどれるんだったら多分僕、毎日この世界に来ると思います。


 そう悠吾がひとりでウンウンと頷きながらそう思いふけっていたその時だった。

 

『……悠吾、交代』

『わっ』


 突如聞こえた声に、思考の世界に入っていた悠吾はびくりと身を竦ませてしまう。

 背後から草を分ける音が聞こえると同時に、悠吾の耳に届いたのは、小梅の声だった。


 その声で現実に戻される悠吾。

 そして、改めて気がつく。

 これは今のところ紛れも無い現実で、もはや現実世界の方が異世界と言っても過言じゃないんだ、と。


『あ、はい。ありがとうございます』


 ぱしぱしと頬を叩き、しっかりしろと己に言い聞かせながら悠吾が小さく返した。

 くだらない事を考えてないで、もっとしっかりしないと駄目だ。

 これからしばらく、緊張の糸を途切らせるわけにはいかない。

 ──1時間後、熟夜を迎えるタイミグでついに「探索フェーズ」が終わり「強化フェーズ」が始まるからだ。


 あの廃工場で小梅の兄からの情報を得た後、悠吾達は予定通り、ベルファストに戻ることなく、ここ狩場シークポイント「沈んだ繁栄」近辺の森でその時を待つことにした。


 簡単にいえば、野宿。

 だが、現実世界のそれと違い、生理的欲求が無い彼らにとって野宿はそこまで苦になることではなかった。


『てか、あんた今またぼーっとしてたでしょ?』


 悠吾の反応ひとつでその事を見透かした小梅が、そう苦言を放つ。

 

『しっかりしなさいよね。ユニオンプレイヤーが来たらどーすんのよ』

『す、すいません』


 そう言って小梅は草木の隙間から悠吾の横に滑りこみながら、彼の肩に平手打ちを放つ。ぱしんと小さな乾いた音が木々のざわめきの中に消えていった。

  

『……んで、あと1時間ってトコ?』

『へ?』

 

 平手打ちの追撃でゲンコツが飛んでくると身構えていた悠吾だったが、隣にチョコンと座ったまま、そう囁くだけの小梅につい表情がこわばってしまった。

 いつものグーは来ないんですか。

 

『強化フェーズよ。やっと、って感じじゃない』

『そ、そうですね』


 慌てて悠吾がそう返す。

 確かにこの1週間は異様に長かった。ベルファストでレベル上げして、装備を整えて、廃工場に行って。

 だけど、僕が長いと感じた理由は、そんな事じゃない。


『大丈夫なんですか? 小梅さん』

『……? 何が?』


 悠吾の言葉に小梅はきょとんとした表情を見せる。

 悠吾が長いと感じたのは他でもない、小梅のせいでもあった。

 あの廃工場で小梅が見せた反応。心待ちにしていたはずのお兄さんからの言葉に、浮かない顔をしていた理由が判らない。

 ほっといてと言われた手前もう一度聞くに聞けず、トラジオに相談してみたが「放っておいてと言うからにはそうするべきではないか」という当たり障りの無い言葉を頂き、悠吾は消化不良のまま、ずっと頭の片隅に小梅の事がちらちらと漂っていた。


『その、えーと……お兄さんの事』

『……』


 悠吾の言葉に、気まずい沈黙が2人の間を埋めてしまった。

 やっぱり聞くべきじゃなかった。というか、本当に女の子はよく判りません。もう僕の頭はスポンジ状態です。

 嫌な沈黙に目を白黒させてしまう悠吾に思いもよらない言葉が追撃をかけた。


『ごめんね、悠吾』

『……はい?』


 今なんとおっしゃいましたか、小梅さん。

 逆に恐ろしい言葉を口にしませんでしたか。貴女。

 体育座りをしたまま膝に顔を埋め、虚空を見つめながらそう呟いた小梅に、悠吾はただ唖然と頬をひきつらせるばかりだった。


『あたし本当に最低な女だとつくづく思った。あんたの好意を無下にする事ばっかして』

『えー……お、お……おう』


 小梅の言葉に、悠吾は呻き声に近い、言葉にならない声を上げてしまった。

 何なのだ一体。小梅さんに何があった。

 何時からこんなおしとやかな女の子になったのか。面を向かえば殴り、罵倒し、蹴り飛ばしていた同じ女の子とは思えないではないか。


『う〜。上手く言えないし……あたしにもよく判んないけどさ』

『そ、そうですよね』


 混乱しているような素振りで頭を抱える小梅に、悠吾は感情の篭っていない、棒読みの言葉を返すのが精一杯だった。


 感情を表現するのが下手だと小梅さんは言っていた。

 多分、女性経験豊富な男性諸君であれば、一体何を言っているのかは雰囲気で判るのかもしれないけど、僕には全くわからんです。


 と、その時、悠吾の脳裏にふとある事が過った。


 ──いやまて、この雰囲気はひょっとして僕に…………好意を持っているのではなかろうか?


「いやいやいやいや」

「……ッ!?」


 無い無い無い無い。

 ふとそう考えてしまった己の頭に、即座に悠吾は肉声でツッコミを入れてしまった。

 事ある毎に殴って、罵声を浴びせていた小梅さんが僕に好意を抱くなんてあり得ない。それに、そんなふうに思われるタイミングなんてひとつもなかった。

 いや、確かに小梅さんは喧嘩っ早くて、傲慢で、ガサツだけど、可愛いのは確かだし、最近は何か刺が取れた感じでいいなぁなんて少し……ほんの少し思ってましたよ? でも、無い無いあり得ない。

 そう自答しながら、突然手をぱたぱたと振りながらそう言い出した悠吾に、思わず小梅はぎょっとして身を竦めてしまった。


「な、何よ?」

「あ、いや、すいません、なんでもないです」


 変な勘違いをしただけです。口が裂けても言えない勘違いです。

 だけど、変な勘違いをしたせいで、なにか小梅さんの顔を見れなくなってしまった。

 僕バカー。


「で、でも、お兄さんからのメッセージ、そろそろ来る頃ですよね」

「ああ、うん。そうだね」

「お兄さんの事です。絶対小梅さんを助けてくれます」


 自爆して動転してしまった悠吾は、頭に浮かんだ事をそのまま口にしてしまう。

 ああ、壊れた蛇口のように頭に浮かんだ言葉が出っぱなし。

 止まりたまえ、僕の口。

 そう思いながら目を白黒させていたその時だった。


「……ぷっ」


 悠吾の言葉に、吹き出してしまった小梅の声が木々の間を縫った。 

 その小梅の声に、笑われているのが自分では無いような錯覚が悠吾を襲う。

 あは、あの人笑われてますよ。


「な、何でしょう?」

「あはは、もうダメ。つかあんたあたしの兄、知らないじゃんか。なんでそう言い切れんのさ」


 それにあんたのその慌てた顔。まじウケる。

 そう言って笑う小梅に、悠吾はふと我に返った。

 

「……あは、変ですかね?」

「変。やっぱあんたは変人だよ」

「ああ、変人で、変態でした」


 忘れてました。

 クスクスと笑う小梅を見て悠吾は、そう思いながら、浮ついた心が落ち着いていく感覚があった。


 何だろうこの感覚。今まで感じた事のない高揚感というかなんというか。

 何を話していいかも判らないし、何を考えているかも判らなかったから女性と話すのは苦手だった。

 だけど、まるでキャッチボールをするようにするすると口から出る言葉。

 小梅さんの変な感じが伝染ったのかもしれない。

 悠吾がそんな事をふと思ったその時、トレースギアの冷ややかな声が一通のメッセージの受信を告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ