第33話 脱出の為に その3
「んじゃ、あたしからね」
そういって小梅がトレースギアメニューからスキル一覧を開く。そして、手慣れた動きでのアクティブスキルからとあるスキルをタップした
「何のスキルなのだ?」
「まぁ、見てなさいよ」
もったいぶるように小梅がトラジオに返す。
と、次の瞬間、小梅のトレースギアからそのスキルの発現を知らせるアナウンスが発せられた。
『リーコン起動。15秒間周囲の敵を索敵します』
「……おお、覚えたスキルと言うのはリーコンだったのか」
小梅のトレースギアから発せられた声にトラジオが唸った。
リーコンは確か周囲敵対プレイヤーの位置を探る事が出来るスキルだったはず。あの廃坑で小梅さんが言っていた。
すごい。敵が使ったらとてつもなく恐ろしいスキルだと思っていたけど、味方が使えばこれほど頼もしいスキルは無いですよ。
「へっへーん、どうよ? 覚えたてでまだレベルは1だけど、それでも周囲10メートルの敵の位置を15秒間MAPに表示させることが出来るわ」
「す、すごいですね」
鼻の穴をぷくりと膨らませ、どうだと威張り散らす小梅に悠吾も思わず感嘆の声を上げてしまった。
プレイヤー、地人問わず、敵対する者の位置を15秒間MAPに表示させる。レベルが上がる事に表示距離と時間が長くなるらしい。
「それで今、周囲に敵は?」
「うーん、居ないわね。プレイヤー、地人どっちも」
「ふむ」
やはり、廃工場の中に行かんと判らんか。
もう一度、廃工場内に視線を送りながら、トラジオはそう思った。
「……という事は僕の出番ですね」
選手交代と言わんばかりに悠吾がトレースギアのメニューを開きながら言った。
「てか、あんたの新兵器って何よ?」
「運がいいことに、お互い補完関係にあるようです」
「え?」
悠吾の言葉に小梅は困惑したような表情を浮かべた。
補完関係ってなによそれ。あたしのリーコンと関係がある兵器って事?
「とりあえず見て下さい」
そう言って悠吾はアイテムポーチから1つのアイテムをタップした。
小さな飛行機のマークが付いたアイテム。
例の少し身体が圧迫されるような違和感が悠吾達を襲い、そしてキラキラと光の粒がかたまり、形成されたのは──
「ほう、これは?」
「……なにこれ?」
悠吾の前に現れたのは、小さな扇風機のような回転翼が4つ付いた小型のラジコンのようなヘリコプターだった。
「えーと、『アウル』っていう、クアッドローター型のMAVです。戦場のフロンティアでは偵察型ドローンという種類の兵器らしいですけど」
「……よくわかんない」
もっと簡単に説明しなさいよ。
冷ややかな視線を投げつける小梅に悠吾は一瞬身をすくめるものの、気を取り直して説明を続けた。
「え、ええと……上空に約15分程待機して、周囲の状況を小隊のMAPに表示させる偵察型の……ラジコンのようなものです。はい」
「偵察用のラジコン、か」
それなら判るわ、と腕を組み頷く小梅に安心した悠吾は安堵のため息をひとつつくと、トレースギアに小さく言葉を放った。
「ドローン起動」
『偵察型ドローンを起動させます』
すると、まるでトレースギアから放たれた言葉が起動の合図になったかのように、アウルの四つの回転翼が起動し、音もなくふわりと宙に浮かび上がった。
ラジコンやヘリコプターの動きではない、軽やかで機敏、そして安定感のある動きに、思わず呼び出した悠吾も驚いてしまった。
「あれ、悠吾が操作してるの?」
「いえ、完全に自動です。僕の近くにとどまり、周囲をスキャンしてくれます。説明によると、小梅さんのリーコンスキル効果を中継できるようで、リーコン距離がプラスされるみたいです」
つまり、小梅さんのリーコンの効果が倍増する兵器というわけです。
ひゅうと、無音のまま、しとしとと降りしきる雨の中に消えていくアウルを見上げ、悠吾はそう付け加えた。
「へぇ、便利じゃないの。あんたにしては良い兵器作ったわね」
「ど、どうも」
異様に素直な小梅の言葉にむず痒さを感じてしまった悠吾は、鼻の頭を掻きながらそう呟いた。
「素晴らしいぞ。小梅のリーコンと悠吾の偵察型ドローン。この2つがあれば、雨音で周囲の動きが掴みづらかったこの状況が改善できるな」
「大丈夫だとおもいますが、罠の可能性もゼロじゃないですからね。慎重に行きましょう」
トラジオに続けてそういった悠吾に2人は小さく頷いた。
MAPには悠吾の偵察型ドローンが中継した小梅のリーコン範囲が表示されている。反応はやはり無い。周囲にはプレイヤーも地人も居ないということだ。
そう判断した3人はゆっくり立ち上げると、弾倉にしっかり弾薬が入っている事を確認し、コッキングレバーを下げ、暴発を防ぐために設けられた安全装置を解除すると、廃工場が一望できる丘を駆け下りていった。
***
想定した通り、やはりこの狩場に配置されている地人のレベルは低かった。
小梅さんが言っていた通り、地人のレベルは3程。さらにクラスも戦士で特殊なスキルを使ってくるでもなさそうだった。
だが、無駄な戦闘はしない。戦闘音を聞きつけて、ユニオンプレイヤーが集まってくる可能性があるからだ。
『周囲の状況が手に取るように判るのは心強いぞ』
トレースギアのMAPを確認しながらトラジオが小隊会話で小さくそう言った。
『ま、いい事だらけじゃないけどさ』
トラジオの言葉にそう異を唱えたのは小梅だった。
小梅のリーコンや悠吾のアウルは強力なスキルや兵器ではあるものの、万能ではなかった。
悠吾の兵器は制限時間が過ぎれば消えてしまうし、小梅のリーコンも再度スキルを発現するには30秒のインターバルを必要だった。悠吾の偵察型ドローンの有効時間は15分と比較的長いものの、小梅のスキルは15秒と短いため、敵を避けては一旦停止し、再度スキルを発現するまで待つ、というじれったくもある行軍速度で指定された場所へ向かっていた。
『うむ、確かに時間はかかってしまうが……指定された場所は詳細に判るのか、小梅』
『もちろん。兄から指定されたのは、あと1ブロック先の廃屋の2階ね』
小梅の言葉を聞き、トラジオは再度トレースギアに視線を落とした。
周囲に光っている点は数個。あまり活発に動いていない事から、地人だと想定される。
『指定時間まで後10分だ。もうあまり時間は無い。多少強引に行く』
『ユニオンプレイヤーに見つからない?』
『その場合は……廃屋内に逃げ込むしか無いだろうな』
危険はある。だが、敵を迂回する、やり過ごすなどの時間をロスする方が今は避けるべきだ。
トラジオはそう続ける。
『そうですね。いざとなったらスモークグレネードで視界を遮断します。その隙に廃屋に逃げ込みましょう』
『判った。頼む』
『でも、無駄な争いは避けるべきじゃん。それ、使わないで良い事を祈ろうよ』
ユニオンプレイヤー相手にドンパチやっちゃったら、地人とやる以上に他のプレイヤーが集まってくるはず。そうなったら、兄が言っていた「とある男」から情報を貰った後に逃げ出す事が困難になってしまう。
戦わないでいいなら、それに越したことはないでしょ。
『……喧嘩っ早い小梅さんにしてはまともな意見ですね、なんちゃって』
『あんた喧嘩売ってんの?』
こんな状況だけど、やっちゃいたいワケ?
拳を作り、そう言う小梅に悠吾は両手をぶんぶんと振り「冗談ですよ」と慌てふためきながら返した。
……失敗した。リラックスさせるために冗談のつもりで言ったんだけど、ヤブヘビでした。
『悠吾、あんた後で覚えときなさいよ』
『は、はひ……』
小梅はそう恐ろしい事を呟きながら、トレースギアのスキルメニューからインターバルが終わったリーコンスキルをタップした。
波紋が広がるように、再度MAPに偵察型ドローンに中継されたリーコンの索敵範囲が表示される。
有効範囲が広がった索敵範囲には変わらず数個の点が表示されているだけ。プレイヤーらしき動きの点は無い。
『リーコン起動。15秒間周囲の敵を索敵します』
『……良し、行くぞ 』
ここからは俺が先頭を行く。
小梅のトレースギアから発せられた声を聞いて、トラジオがHK416をシューティングポジションに置き、いつでも射撃出来る格好のまま、動き出した。
その後に悠吾が続き、小梅は最後尾で周囲警戒を行いながら後を追う。
リーコンと偵察型ドローンから送られてくる情報は確実だけど、信じきるのは危ない。万が一何かの原因で表示されていない何かが居るかもしれない。
そう考えた悠吾は前方を歩くトラジオとは逆側をカバーしながら足を進めていく。
──そして、最初の地人を発見したのは直ぐだった。
『前方2時の方向。レベル3の戦士1名』
『確認しました』
『だが、あいつはやらなくて良い。素通りする』
注視してこちらに気がついたら撃て。
そう補足しながら、トラジオはその地人から視線を外し、前方に向き直した。
『指定した廃屋は』
『前方11時の方向。屋根が崩れているやつ』
『あれか』
多分、工場で働く職員の為に容易された寮なのだろうか。入り口が広く、一際大きい建物が左前方に見える。
だが、その入口付近には、思わず顔を顰めてしまう物が、まるでそこを守るように立っていた。
『くそ……地人が居ますね』
入り口に経っているのは2名の地人──
レベルは3と4。クラスは戦士。あれはどうやってもやり過ごすのは無理だ。
そう思った悠吾と同じ意見だったらしくトラジオもまた、厳しい表情を浮かべた。
『あいつらを処理する必要があるな』
『でも、ここからあの建物まで遮蔽物はありませんね』
目標の廃屋まで続いている大通りの途中に乗り捨てられた車らしき障害物は幾つかあるものの、そこまで数十メートルほどは全くの平地だ。地人は動かず、辺りを見回している事から、多分大通りに出れば直ぐ見つかってしまう。
『ここから撃ち合うしか無い、か』
『うーん……』
仕方ないが、言うトラジオに悠吾はうなだれてしまった。
だけど、それはかなりリスクが高い。まず距離が離れている事から、弾丸が地人に命中する確率がぐっと下がってしまう。そして、そのことから、長い銃撃戦になる可能性が高い。そうなると時間はロスし、ユニオンプレイヤーが寄ってくる可能性も高くなる。
『……んじゃここもあたしの出番ってわけね』
沈黙が支配していた小隊内で、ぽつりとそう囁いたのは小梅だった。
『……何か策が?』
『あたしが接近戦であいつらを片付ける』
そういう小梅に悠吾は思わず目を丸くしてしまった。
『き、危険ですよ、小梅さん!』
ナイフやハンドガンでの接近戦は最も危険な距離での戦いだ。どんなに熟練者でも1つ間違えば、返り討ちに合う可能性は高い。
『大丈夫よ。こんな時の為にCQC(近接格闘術)は兄から叩きこまれているわ。それに、あたしには覚えたもう1つのスキル、「アサシン」スキルがある』
『アサシンスキル?』
覚えたのはリーコンスキルだけじゃなかったのか。
どこかわくわくした感情を抑えきれず、浮ついた表情で悠吾が問うた。
『「アサシンLV1」は接近戦用のパッシブスキルよ。ナイフ系の近接武器でバックスタブ攻撃を行った際、ダメージが1.5倍になる』
『1.5倍!』
それは凄い。
パッシブスキルがレベル1で確かプラス10%だったから、もともとダメージが比較的高いナイフ攻撃が正に一撃必殺の攻撃になるというわけですね。
あわせて、盗賊の足音を消す、「サイレンス」スキルがあれば容易に背後を取ることが出来るかもしれない。
『……よし、お前に任せよう小梅』
『トラジオさん!』
腕とスキルがあると言っても、小梅さんを1人で行かせるなんて。
そう言う悠吾をトラジオは手で制した。
『時間が無い。ここで無駄に時間をロスするのは避けたいのだ。他に策があれば聞くぞ、悠吾』
『……』
策は無い。
時間という制限がある以上、正面突破で蹴散らしながら廃屋に飛び込むかどちらかだろう。
反撃に合い、泥沼化する可能性もある正面突破と比べると、小梅さんに頼む方が幾許か良いのは確かだ。
『……判りました。もしヤバくなったら躊躇せず援護射撃しますからね。突っ込まず下がってくださいよ!?』
『ぷっ、あたしがそんなヘマしないっつの』
その自身が心配なんです。
任せなさい、と続ける小梅に訝しげな表情を悠吾は浮かべてしまう。
だが、悠吾の心配をよそに、小梅は小さく笑みを浮かべると、クリスヴェクターをアイテムポーチにしまい、コンバットナイフを逆手に構える。
『んじゃ、行ってくるわ』
『気をつけろよ、小梅』
そういうトラジオにあいよ、と返す小梅。
ナイフを片手に持つ小梅さんに、何故か異様に似合うとおもったのは僕だけだろうか。いつものクリスヴェクターよりもずっといい感じに見える。
小梅の姿を見て悠吾はそう思った
***
さっき小梅さんに感じた事はこれだったのか。
悠吾達の元を離れた後、廃屋の正面に立つ地人の一瞬の隙をついて、するすると距離を縮めていく小梅を見て悠吾はそう思った。
小梅さんは小柄でかつ、隠密効果が加算される効果がある戦闘服を着ている為に、背後から忍び寄り、敵を葬り去る「暗殺者」のプレイスタイルがピッタリだ。
「流石は盗賊だな」
「ですね」
小梅が集中している事を鑑みて、邪魔しないようにとトラジオは肉声で悠吾にそう語りかけた。
攻守の要になるプレイスタイルが特徴的な戦士や、瞬間火力に主眼を置く魔術師と違い、盗賊のプレイスタイルは多種多様で独特なクラスだとトラジオは言う。
「小梅のように、攻撃に特化した盗賊も居れば、周囲状況把握や警戒などサポートに特化した盗賊も居る。さらには単独で狩場に潜り、宝箱や放置された武器防具を発掘するまさに『盗賊』というプレイスタイルの盗賊も居る」
「成る程、幅が広いクラスなんですね」
盗賊も面白そうだな。
トラジオの言葉に今の状況も忘れ、悠吾はのんきにもそう思った。
『次のリーコンインターバルが開けると同時にアタックをかけるわ』
『了解した』
トラジオと悠吾がそんな事を話している間に、小梅はすでに地人の傍らまで距離を詰めていた。
上空には僕の偵察型ドローン、アウルがまだ飛行している。
悠吾がトレースギアから周囲状況を念のため確認したが、変わりはなかった。
『周囲状況に変わりはありません』
『わかった』
でも、2人居る地人をどうやって接近戦で倒すつもりなんだろうか。1人を背後からナイフでやったとしてももう1人が気づいてしまう。
Magpul PDRの照準をゆっくりと見つからないように地人の方へ向けながら悠吾は固唾を呑んだ。
『カウントダウン、5……4……3……』
リーコンインターバルのカウントダウンを小梅が始めた。
雨音の隙間から、高鳴る自分の鼓動音が悠吾の耳に届く
『2……』
「1」の声を待たず、小梅が動き出したのが判った。丁度地人が逆に視線を送ったからだろう。
するすると身を低くしたまま小梅は瞬時に詰め寄り、くるりと地人の背後へ前転し、左脚で地人の膝を後ろから蹴ると、海老反りした地人の首元にナイフの切っ先を滑らせた。
「……ッ! 探索……」
もう1人の地人が小梅の姿に気がつき叫ぼうとした瞬間、小梅の手のひらでくるりと回ったナイフが、雨の隙間を縫い、地人へと放たれた。
ブレードグリップの見事な技術だ。
小梅の指を離れたナイフは地人の喉元に突き刺さり、一撃でゲージをゼロにすると彼を光の粒へと還した。
『クリア』
小梅の小さな越えが小隊会話で悠吾達の耳に届く。
流れるような一連の攻撃に、思わず息を止めていた事に気がついた悠吾はふうと大きくため息を漏らしてしまった。
『す、すごいですね小梅さん』
『フン、当たり前よ』
身を低くしたまま、仕留めた二人目の地人が居た場所へ近づき、地面に落ちたナイフを拾いながら小梅が言った。
彼女ドヤ顔になっています。絶対。
『よし、周囲に敵影は無い。このまま廃屋の中に入るぞ』
そういってトラジオを先頭に悠吾は大通りへと身を滑りだす。
周囲を警戒しつつ、足早に向かうは指定された廃屋の扉。
地人を排除した小梅のお陰もあり、悠吾達は問題なく、そして時間通りに指定された廃屋へと到着した。




