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第32話 脱出の為に その2

 まるで滝の下を歩いているかのように、ばたばたと降り注ぐ大粒の雨の中、悠吾達は小梅の兄に指定された場所「廃工場」へと向かっていた。


 ベルファストを出て直ぐに空がぐずり出し、若夜が来たのかと思ってしまうほど辺りが暗くなったかと思った瞬間、この有り様。

 全くもって最悪だ──

 痛いほどの土砂降りの雨を全身で受けながら悠吾はため息混じりにそう思っていた。


「……目的地まであとどのくらいだ」

「ン……後20分て所だね」


 2人を先導する小梅がそう答えた。

 

 小梅のように、盗賊シーフは周囲警戒や索敵能力に優れ、取得できるスキルも索敵系が豊富にあるために先導役ポイントマンを担うことが多い。

 先導役ポイントマンは言わば、小隊パーティの「目」と「耳」に当たる重要なポジションだ。探索を行う際に盗賊シーフを募集している野良小隊パーティも多く、盗賊シーフは戦闘職の中でもプレイヤー数が多い人気クラスの1つになっている。


「20分か。まだ時間はあるな。そこの林で少し休憩するか」

「ですね。こうも雨脚が強いと、周りの状況が掴みにくいですし」


 休憩している間に少しでも雨が弱くなってほしいなと願いを込めて、悠吾がそう答えた。

 途中、悠吾達は数回ユニオンプレイヤーを見かけたが、そのどれもが接敵するギリギリのラインだった。

 土砂降りの雨で視界が悪くなり、また周りの音も聞き取りにくくなっているこの状況では仕方がないことなのかもしれないけど、ユニオンプレイヤーと遭遇してしまったら、手痛い時間のロスを受け、さらには──最悪やられてしまう可能性だってある。状況が改善する可能性があるなら、少し休憩するのは得策だ。


 トラジオが言った林は、丁度雨宿りにピッタリな葉が広い広葉樹林だった。

 その1つ、一際大きいブナの木らしき樹木の下に3人は駆け込んだ。

 

「というかさ、この世界にも雨とかあったんだね」


 小梅が「意外」とでも言いたげに、びっしょりに濡れてしまった身体をぶるぶると震わす。トレードマークのツインテールも力なさげに垂れ下がってしまっている。

 

「まぁ、この世界がゲームの中の世界だと思っているのは俺達プレイヤーだけだからな。現実世界と変わらず、朝昼夜があり、天候が変わり、四季があって当然といえば当然だろう」


 だが、この雨は勘弁してほしい。

 小梅と同じように雨水を払いながら、トラジオが眉を潜めながらそういった。


「そーね。だけど失敗した。ポンチョとかレインコートとか、雨具買っとくべきだった」

「確かに。時間指定があるから急いでましたが、一旦村に戻って買っても良かったですね」


 雨脚が強まり、一度村に戻るかとトラジオが提案したが、全員での協議の結果、先を急ぐと言う事になっていた。

 この世界に「風邪」まであるのかどうかは判らないけど、身体が濡れてしまっているから凄く寒い。かじかんだ指では射撃に影響が出てしまいそうだ。

 出来るだけ指に血がめぐるように手を開いては閉じ、と動かしながら悠吾がそう思った。


「ちなみにPC版でも雨という状況はあったんですか?」

「うむ。有ったし、雨はプレイヤーにとってデメリットが大きい物だった。今の状況と同じく、視界距離が通常より短くなり、周囲音にノイズのような雨音が入るようになるのだ」

「いや、デメリットだけじゃないよ。確か迷彩効果がプラスされたはず」


 記憶が正しければ。

 トラジオの説明に小梅がそう付け加える。


「ほう、それは知らない情報だな。しかし、迷彩効果が高くなっても不思議ではない、か」

「うん。地人じびとやプレイヤーとの不意の遭遇が多くなるのは、相手や自分の迷彩効果が高くなるかららしいわよ」


 成る程。

 トラジオと小梅の言葉を聞き、悠吾は納得したように頷いた。

 FPSにとって「視界」より重要になる「音」が聞こえづらくなり、さらに、迷彩効果が高くなることでより相手が見えづらくなる。ここまで何度かユニオンプレヤーに不意に遭遇しかけたけど、その理由はそれだったんだ。

 

「強化フェーズが近く、街に戻るプレイヤーも多くなっているだろうからな。遭遇率も高くなっているのかもしれん」

「あ、そういえばトラジオさん、強化フェーズって生産職にとっては重要なフェーズだということは判ったんですが、その間、戦闘職って何をするんですか?」


 前々から感じていた疑問を悠吾は投げかけた。

 取得経験値にボーナスが付き、徴用制度があるために生産職は生産に没頭するというのは判るんだけど、一方、狩場シークポイントでの取得経験値やドロップするアイテムに制限がかかってしまう戦闘職は何をするのか。

 ……マイハウスの掃除とか? たまの休日に部屋の掃除するサラリーマン。それは僕です。


「生産職と違って何かボーナスがあるわけではない。だが、戦闘職にとっても重要なフェーズであることには変わりない」

「……といいますと?」

「主になるのは、来るべき交戦フェーズを見越した装備の強化や、スキルの調整だ。具体的には、オークションに数多く出品される生産職が作ったアイテムを購入したり、探索フェーズで取得したスキルの組み合わせや調整を行う感じだな」


 オークション──

 また初めて聞く名前に悠吾は小首を傾げる。


「オークションって、現実世界にあるようなやつですか?」

「そうだな。特定のレアアイテムは出品できないなどの制限はあるが、生産品などの大抵のものは出品できる。ただ、オークションサービスを受けるには、マイハウスから手続きをする必要が有るために、今の俺達には利用できん」


 ああ、またマイハウス問題か。

 アイテムを預けたり、お金を預けたり、マイハウスが使えないのは本当に不便だ。

 トラジオの言葉に悠吾はつい重い溜息をひとつついてしまった。


「それよりも、悠吾……」

「え?」


 ちょっと良いか、とトラジオは傍らに悠吾を呼んだ


「小梅の事なのだが……大丈夫だったのか?」


 ベルファストで依頼した「小梅を元気づけるミッション」──あれは完遂したのか。

 気になっては居たものの、聞くタイミングをずっと逃していたトラジオが悠吾の耳元でそっと囁いた。


「え、えーと、多分大丈夫だと思います」


 2通目のメッセージを読んだ時に見せたあの反応はまだ少し気になるけど、あれ以来、小梅さんはいつもの感じに戻っていた。

 それに──


「色々と小梅さんの事が理解出来ましたし」


 あの時、僕に話してくれたお陰で、小梅さんの事が凄く理解出来た。

 どうしてあの時僕にそんな事を話してくれたんだろうという疑問は残りましたが、ばっちしです。

 そう言いたげに悠吾はオーケーサインを作った。


「ふむ、そうか。……だが、あまり兄の件には触れない方が良いか」

「……かもしれませんね」


 お兄さんの件は地雷になりかねない。

 どうしても、の時は「地雷除去」した上で最新の注意を払い、それ以外では地雷原を迂回する必要がありますね。

 トラジオの言葉に頷きながら悠吾はそう思った。

 だが──


「……何あたしに気を使ってんのよ、あんた達」

「……ッ!」 

 

 小梅に背を向けるように話していた2人の背中から、低くドスの聞いた小梅の声が響いた。

 慌てて振り向いた2人の前に立っていたのは、呆れた表情で両手を腰に当て、仁王立ちした小梅の姿。

 怒ってる。明らかに。


「……いや、その」


 別になんでもありませんよ。気のせいです、気のせい。お兄さんの話しなんかしてませんから。

 目を泳がせながら、言い訳の言葉を必死に頭の中で紡いだ悠吾だったが、そんな心配をよそに、小梅から意外な言葉が発せられた。


「ほら、馬鹿な事言ってないで、少し雨脚弱くなったし、行くよ」


 雷が落ちるのを予想した悠吾とトラジオだったが、以外な小梅の反応で何処か肩透かしを食らったように目をぱちくりとさせてしまう。

 何が起こった。

 2人は同じことを自問した。

 

「うーむ、どうしたと言うのだ小梅は」

「……大丈夫、なんですよね?」

 

 自分で大丈夫と言っておきながら、アレですが。

 悠吾は思わず自分に突っ込んでしまった。


「とりあえず、雨脚は弱まった事だ。先を急ぐか」

 

 トラジオがHK416を両手に持ちそう言って、小梅の後を追う。

 見上げた空は小梅が言うように、分厚くどんよりとしていた雨雲がいつの間にか白みがかった薄い雲へと変わっていた。

 遠方では、すでに雲の隙間から、陽の光が差し込んでいる場所もある。

 ──雨は上がる。

 空と、葉によって守られた木陰から歩き出した小梅の後ろ姿を見て、悠吾はそう思った。


***


 周囲を崖に囲まれた一角。そこに小梅の兄がしていた狩場シークポイント「廃工場」はあった。

 PC版の情報ではあるが、この狩場シークポイントはあの廃坑よりも推奨レベルが低い狩場シークポイントだと小梅は言う。


「兄とまだレベルが一桁の頃、よく来てた」


 廃工場が一望できる場所から、周囲を警戒しながら、小梅はそう言った。

 2人でよく来た場所。だから、お兄さんはこの場所を指定したのだろうか。

 小梅の言葉に悠吾はそんな事を思ってしまった。


「この狩場シークポイントに配置されている地人じびとはレベル3〜4って所かしら。だけど、あの廃坑での事があるから、その情報を鵜呑み出来ないけどね」

「確かに、な。より強力な地人じびとが配置されている可能性はゼロではない」


 小梅に頷き返しながらトラジオが小さく呟いた。

 だが、トラジオのその言葉を聞いて、悠吾は少し疑問に思ってしまった。


 ──そういえばなぜあの廃坑は、PC版よりも難易度が上がったのだろうか。


 小梅さんはあの廃坑は特に特別なアイテムがドロップするわけでもないと言っていた。確かに生産に必要な鉱石は取れるとおもうけど、にしてもあの凶悪なレイドボスや魔術師ワーロックを配置されるほどのものなのだろうか。

 そして、そう考えていた悠吾の脳裏に1つ、ある答えが浮かんだ。


「トラジオさん、小梅さん、これは僕の推測なのですが、この狩場シークポイントはPC版のままのような気がします」

「……?」


 突如発せられた悠吾の言葉に、小梅とトラジオは頭上にクエスチョンマークが浮かんでしまった。

 

「あくまで推測ですよ?」

「……推測でも良いが、どういう事だ?」

「まず、あの廃坑、あそこにどうしてあのような強力なレイドボスや地人じびとが配置されたかと考えたんです。それは多分、あそこにラウル市に抜ける道があるからです」

「……!」


 それ以外に考えられません。

 驚きを隠せない2人を前に、悠吾はそう付け加えた。


「だが、抜け道はPC版からあったのではないのか?」

「いや、判らないけど、無かったんじゃないかと思うわ。あたしはあのチャラ男に『ラウル市へ脱出出来る道がある』って聞いただけだけど」

「……きっと重要な場所になったからこそ、新しい敵が配置されたんです」

「でもさ」


 悠吾の推測に疑問点を感じた小梅が続ける。


「普通、逆じゃない? だって、奪われて敵だらけになっちゃったプロヴィンスを脱出するためにあの場所を使うわけでしょ? だったら、もっと弱い敵を配置するんじゃない?」

「……そうですね。でも、それ以外に考えられる事は無いんです。意味が無いんです。あそこにレイドボスを配置する意味が」

「うーん……」


 悠吾の言葉に小梅は頭を抱えてしまった。

 確かに、あそこの敵が強化された意味が判らない。深部でドロップされるレアアイテムが変わったとしても、地上にほど近い地下4階でレイドボスが出現するワケがない。悠吾の考えに一理はある。


「この狩場シークポイントは、その推測を裏付ける情報がある気がします」

「……? どういうことだ」

「もし、ここが小梅さんの知っている通りの低レベルな場所であるなら、僕の推測は現実味があるということになります」


 でも、ここも強化されているようであれば……例えば全ての狩場シークポイントの敵が強化されているという恐ろしい推測が立ってしまいますけど。

 その言葉は口にせず、心の中でだけで悠吾は自答した。


「成る程、な。この狩場シークポイントを探索することは、小梅の兄から情報を得る以外にもメリットがあるというわけだな」

「です」


 「根拠のない推測」が「確証に近い推測」になる。そしてその情報は生き延びる為の糧になる。例え僕の想定が外れ、「全ての狩場シークポイントが強化されている」という結論に至ったとしても、それは価値ある情報だ。

 悠吾はそう思っていた。


「ふ〜ん。なら、より警戒を強めて周囲探索しながら、指定の場所に行く必要があるわね」


 これは、あたしの出番ってわけか。

 トレースギアから、スキルメニューを開きながら何か含みのある笑みを浮かべながら小梅が言う。


「そうだな。何か策があるのか小梅?」

「まぁね。ずっとトレースギアが使えなくて、あたし結構スキルポイントが貯まってたんだ。レベルも上がったし覚えたての『新スキル』をお披露目するわ」

「ほう、新スキルか」


 小梅の言葉にトラジオは嬉しそうに笑みを零す。

 盗賊シーフの新スキル。周囲警戒や索敵に効果があるスキルに違いない。

 だが、そんな小梅に呼応するように、悠吾が続けた。


「では、僕も新しい『兵器』をお披露目しますよ」

「……ええ? 何よ、あんたも?」


 真似しないでよね、と軽く悠吾を睨みつける小梅だったが──直ぐに笑顔に戻った。

 悠吾の新しい兵器もあるんだったら、より探索が楽になるわ。

 いつもの突っかかる事も忘れ、小梅はそう思っていた。


「フッ、2人共頼もしいぞ。俺に教えてくれ。お前たちの新しいスキルと兵器を」


 嬉しそうに言うトラジオに、小梅と悠吾は「仕方ないな」と言いたげに、トレースギアのボタンをタップした。

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