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第31話 脱出の為に その1

「……メッセージ開くわよ?」


 小梅が小さく囁いた。

 まるで、覚悟しなさいよ、と自分に言い聞かせるように。

 

 辺りは薄暗い若夜から、闇が支配する熟夜になり、ぼんやりと光る篝火が鬼火のようにゆらゆらと揺らめいている。

 こんなタイミングでメッセージを送ってくるなんて、何か意図があるんだろうか。

 悠吾はついそんな勘ぐりをしてしまった。


「ええと……」


 そんな悠吾の推測を知る由もなく、小梅が神妙な面持ちでトレースギアのメニューを開き、メッセージボタンをタップした。

 未読一件と書かれたウインドウをタップし、表示されたメッセージ。

 小梅の目がトレースギアの光りでキラキラと瞬いているのが悠吾の目に映った。


「で、どんなメッセージですか?」

 

 一体なんて書いてあるんですか。

 恐る恐る問いかける悠吾だったが、読んでみてよ、と言わんばかりに小梅は無言で右腕を差し出す。


「……見せてみろ」


 トラジオもまた、高鳴る鼓動を抑えつつ小梅のトレースギアに視線を落とす。

 そして、悠吾とトラジオが見たメッセージは──


『明日の17:00に狩場シークポイント廃工場に向かい「とある男」に会え。合言葉は俺の名前だ。強化フェーズが始まった時また連絡する』


 そう長く無い文章だった。

 脱出経路に関する何かがあるのだろうか、お兄さんからのメッセージから読み取れる内容は、「指定する場所に言って、情報屋に会え」という内容だった。

 でも、それはわかったけど──

 その文章を読んで、悠吾は焦ってしまった。


「ま、待って下さい。小梅さんに対する言葉は何も無いんですか」

「……ん」


 思わずそう聞いてしまった悠吾に小梅は文章をスライドさせ、隠れていた最後の一文を表示させた。


 ──頑張れ、小梅。


 その文章を見て、悠吾は安堵の表情をこぼした。

 よかった、やっぱり、ちゃんと小梅さんの事を気にしているじゃないですか。


「小梅さん、ほら。お兄さんは小梅さんを見捨てた訳じゃないですよ」


 言った通りでしょう。

 笑顔でそう言う悠吾だったが、小梅の表情は──何故か浮かない表情だった。


「……うん、そうね」

「小梅さん……?」


 その表情に気がついた悠吾は小首を傾げた。

 一体どうしたんですか。お兄さんは小梅さんのことを心配していたのに。


「な、なんでもないわよ」

「小梅、大丈夫なのか」


 明らかに様子がおかしい小梅に思わずトラジオも声をかけた。

 さっきのメッセージは明らかに小梅の身を案じたものだった。喜んでもいいはずなのだが。

 ──が、トラジオの心配を肩透かしを食わせるように、小梅は即座に切り返した。


「……何が?」

「う、むぅ。大丈夫であれば良いのだが」


 小梅にキリ、と鋭い視線を放たれたトラジオは咄嗟に尻込みし、身をすくめてしまう。


 あ、これ、いつもの小梅さんの空気だ。

 睨みつける小梅の姿を見て、悠吾はそう思った。


 ……だけど、一瞬垣間見えたさっきの感じは何だったんだろうか。

 ちらりとトラジオを見た悠吾だったが、「わからん」とトラジオも肩をすくめるだけだった。

 

狩場シークポイント『廃工場』はここから北西に15キロ位の位置よ。このメッセージから察するに、兄は誰か案内人を寄こすか、脱出に必要な何かを渡すつもりかしら」

「……ふむ。とすると、案内人ではなく後者の可能性が高いな」


 何事も無かったかのように続ける小梅に戸惑いながらもトラジオが返した。

 とある男と言うのはその何かを小梅に渡す為の仲介役といった所か。

 だが、そう推測するトラジオに、今度は悠吾が困惑してしまった。


「え? どうしてです?」

「考えられるものとしては『とある男』というのは、小梅が言うように脱出経路を案内する『案内人』か、もしくは脱出に必要な何かを渡す為の『仲介人』のどちらかだろう」


 単純に考えて。

 トラジオはそう言う。

 確かにそのどちらかだろうとは思う。だけど、指定されたのは場所と時間だけ。その他の情報は何も無い。

 その説明ではまだ理解できないという表情を見せる悠吾にトラジオが続ける。


「……だが、このタイミングで案内人は無い。今はまだ探索フェーズだからだ」


 強化フェーズに移行したタイミングであれば、その可能性もあったが。

 トラジオはそう言う。 

 確かに、まだ狩場シークポイントからユニオンプレイヤー達が居なくなる強化フェーズまでは数日ある。リスクや手間を考慮すると、案内人を手配するなら、強化フェーズが始まってからと考えるのが普通だろう。


「成る程、そうですね。……であれば、小梅さんに渡したいと思っているのは『情報』でしょうか」

「多分ね。脱出経路に関する情報の可能性は高いわ」

「その狩場シークポイントまで15キロと言っていたな、小梅」


 トラジオの言葉に小梅は「ええ」と小さく頷いた。


「15キロであれば、大体3時間ほどか」

「17時であれば、出発は14……いや、13時頃ですかね」


 ないとは思うけど、何かトラブルが起きてしまった時の事を考えると、その方がいいかもしれない。

 時間設定があると言うことは、少しでも遅れるとその情報を得る事ができなくなってしまう可能性が高い。

 待つ分には良いけど、遅れるのは絶対ダメだ。


「そうだな、バッファを見て13時出発にする。それと、ユニオンの残党狩りの事を考えると、その狩場シークポイントに向かった後、もうこの村には戻らん方がいいかもしれん」

「そうですね。強化フェーズまで残り2日ですから、人気ひとけの無い場所に身を潜めていたほうがいいかもしれませんね」


 念には念を。

 悠吾の言葉にトラジオと小梅は無言で頷いた。


「出発まで、可能な限り準備をしておきましょう。アイテム購入に武器、防具の購入……今日まで貯めたお金で必要な物は全て買った方がいいかもしれませんね」


 今が0時30分だから、タイムリミットは残り12時間と少し。

 そして、指定された廃工場に行った後は、いよいよもう一度あの廃坑に潜ることになる。

 僕のその言葉を聞いて、同じことを考えたのか、トラジオさんと小梅さんの表情が硬くなったのがわかった。

 

***


 準備を開始して、すでに数時間が経っていた。

 熟夜は終わり、日が高くなるにつれ、ベルファストにある様々なブティックが次々とオープンしていく──

 そんな中、防具を取り扱っているアーマーブティックに悠吾達の姿はあった。


「ほう、いい感じではないか悠吾」

「……ま、及第点ってトコかしら」


 アーマーブティックのフィッティングルームから出て来た悠吾を見て、微笑みながらトラジオと小梅は満足そうに頷く。

 悠吾の初の衣替え。

 悠吾は、今までずっと着ていた初期装備であるタンカラーの戦闘服から、背景に溶け込むというよりも「目に残らない」事を目的とした迷彩柄である全地形において隠蔽効果が高いUCPの戦闘服に衣替えし、ベストもセラミックプレートを施され、防御効果が高い、同じUCP柄のインターセプターボディアーマーに変わっていた。

 どこからどう見ても熟練のプレイヤーという出で立ちだ。

   

「そ、そうですかね」

「うむ。似合っているぞ。あのデフォルトの戦闘服では着けられるパッチも少ないし、追加効果も無いからな」


 ぽりぽりと頭を書きながら照れくさそうに言う悠吾に、腕を組んだトラジオが再度ひとつ頷いた。


「その戦闘服は隠蔽率が加算される特殊効果に、パッチを貼る「スロット」が2つ有るタイプだ。さらにもし見つかり撃たれた時でも、インターセプターボディアーマーがある程度のダメージは吸収してくれる」


 ハンドガン程度であれば、ダメージは一桁台になるだろう。

 そう説明するトラジオに、悠吾はインターセプターボディアーマーの中に入っているプレートを拳で叩きながら、おお、と驚きの声を上げながらまじまじとそれを見つめた。

 

「でも、まぁ、今貼れるパッチは、ルルさんのパッチだけですけどね」

「……やっぱそれ、変だわ」


 悠吾の右肩に貼り付けられたハート型のパッチを見て、小梅がしかめっ面でそう吐き捨てた。

 いいんです。

 これは機能性を重視したパッチですし、僕の視界に入らないから問題ありません。


「さて、俺と小梅の銃の拡張装備アタッチメントも購入したし、悠吾の防具も新調した。早いがそろそろ向かうか?」


 トレースギアの時間を確認して、トラジオがそう言う。


 当然だが、装備を購入したのは悠吾だけではい。小隊パーティ全体の戦力アップの為、全員の装備を拡充する事になり、そして、装備の購入にあたり、小隊パーティ内で協議した結果、各人1つだけ装備を購入するという事になった。

 所持金が増えたとは言え、無計画で使ってしまえば直ぐに底がついてしまうからだ。

 悠吾は当然のごとく、防具の購入を希望し、トラジオと小梅は、今装備している銃のカスタマイズを希望した。


 戦場のフロンティアの世界の銃も現実世界と同じく、様々なカスタマイズが可能なように設計されている。

 命中率が上がる「光学照準器」やズームが可能になる「ブースター」、レーザーによって着弾場所が判る「レーザーサイト」に消音効果がある「サプレッサー」や、発砲した際のリコイルを抑える「フォアグリップ」──

 無数にある拡張装備アタッチメントの中から、トラジオと小梅が購入したのは、命中率が上がる「光学照準器」だった。


「行く前にちょっといいですかね?」

 

 寄りたい所があるんですが。

 トラジオの提案に、トレースギアの現在時間を確認しながら悠吾がそう言った。


「構わんが、何処に行くつもりだ?」

「えーと、色々とお世話になった『匠』に挨拶を」


 匠──

 生産クエストを受けた、ルルという機工士エンジニアの匠か。


「……なによ、あんた未練たらたらなワケ?」

「そ、そういうんじゃないですよ!」


 綺麗でセクシーだったしねぇ。

 呆れ顔でそう言う小梅に悠吾はやましい事は無いものの、何故か慌てふためいてしまった。


「ふむ、そのパッチのお陰でこうやって準備を整えることが出たと言っても過言ではないからな。礼は言うべきかもしれんな」

「そ、そうですよ」


 さすがトラジオさんは判る人だ。小梅さんと違って大人でよかった。

 そう思った悠吾だったが──ルルのアトリエで待っていたものは予想だにしない事だった。

  

***


「……あら、悠吾君。小隊パーティの皆さんもお揃いで」

「ゆ、悠吾! ルルというのは女性だったのか……ッ!」


 それもこのような妖艶な。

 日は高く上り、ぽかぽかとした陽気に包まれた工房でまどろんでいたルルの姿をみて、トラジオが青白い顔を見せた。


「いや、トラジオさん。何を今更……」

「何いってンのよ。あの食事処で『悠吾が女とイチャついてた』って言ったじゃないの」


 聞いてなかったのね。慌てふためくトラジオに小梅と悠吾は呆れつつ、肩を落とした。

 まるで子供のように慌てふためくトラジオさんの姿は凄く新鮮だけど、ちょっと驚きすぎじゃないですかね。

 まぁ、僕も初めてルルさんに会った時は同じような感じだったから、あんまり偉そうにはいえませんけど!


「今日は何かしら?」

「ルルさん、僕達この村を出る事にしました」

「あら、そうなの」


 残念ね。

 いつもの様に工房の小さいカウンターに気だるそうに肘をついたルルがあっけらかんとそう囁いた。


「はい。予定より少し早いんですが。それで、最後にルルさんにご挨拶に」

「あら、嬉しい」


 そういって笑顔を零すルルだったが、ふと悠吾のある事に気が付いた。


「あら、悠吾君ずいぶんレベルが上がったんじゃない?」

「ええ、ルルさんのパッチのお陰です」


 ルルの言葉に悠吾は笑顔でそう返した。

 悠吾が得たのは資金だけではなかった。この数日間、この工房で生産を行ったことにより、悠吾のレベルは飛躍的に上がっていた。

 戦場のフロンティアにおいて、レベルアップに必要な経験値は「10」を刻む事に倍に倍にと上がっていく。だが、10を越え、必要経験値が倍増してしまったにも関わらず、悠吾のレベルはあっさりと12になっていた。

 

「ほんっとずるい。あの廃坑と野生動物モブ狩りであたしはやっと1上がったくらいなのに」


 レベルを追い越されてしまった小梅がふくれっ面でそうぼやいた。

 ちなみに、追い越してから小言を言われるのはこれで10回目です。11で止めておけば良かったと後悔しております。わたくし。


「だ、大丈夫ですよ。これからまたあの廃坑に行きますから、小梅さんのレベルも上がりますよ」

「う、うるさい! なんであんたにフォローされなくちゃいけないのよっ!」

「ふふ」


 良い小隊パーティね。

 ぎゃあぎゃあと喧嘩を始める2人を見て、ルルは笑顔をこぼし、そう思った。

 

「戦闘服も新しくなったのね悠吾君」

「あ、ええ。新調しました」

「……うん、似合ってる。もう一端の探索者シークね」


 ここに来た時は初心者ビギナーだったけど。

 変わらない笑顔でそういったルルだったが──


「でも、良い? 悠吾君、それに皆さん」

「えっ?」


 突如表情を強ばらせながらルルが低い声で続けた。

 おもわずドキリとしてしまう、芯に響くような声だった。


「……絶対に死んじゃ駄目。どんなにかっこ悪くても、絶対生き延びて」


 絶対に。

 真剣な眼差しでそう言うルルの気迫に悠吾と小梅、そしてトラジオまでもが思わず気圧されてしまった。


 ──死んだら終わり。

 「亡国者」の称号を持っている僕達へのルルさんの最後のアドバイス。

 生産職を極めた匠が放つ言葉には重みがあると、3人は思った。


「はい、判っています。……そして絶対もう1回この村に戻ってきます」


 力強い言葉と、決意が篭った瞳。この子は、時にひ弱な子供の目になり、時に力強い男の目になる。

 強いだけじゃなく、弱さを知っている──魅力的な人。

 その悠吾の姿を見てそう思ったルルは、硬い表情がふいに崩れ、笑みを浮かべてしまう。


「うん、いい顔。……次あった時は大人のアソビ、してあげてもいいわよ」

「……へっ!?」

 

 わざとらしく、くいと顎を上げ、流し目で挑発するようにそう言い放つルルに、悠吾……だけではなく全員が驚嘆の声を上げてしまった。

 

「なななな……!」

「ル、ルルさんッ……!」

「……」


 小梅と悠吾は顔を真っ赤に火照らせながら目を白黒させ、トラジオは──鈍器で殴られたような衝撃を受け、白目をむいたままその場に硬直した。


「ぷっ……あははっ、皆、可愛いっ」


 完全にルルにノックアウトされた小隊パーティ

 3人それぞれの反応に身を捩らせ笑い転げるルルの声が、温かい陽の光に照らされ、優しい風が通る工房に木霊した。

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

称号:亡国者

LV:12(up)

武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート(用途不明)、革の財布、エンチャントガン

防具:UCP迷彩服(スロット1:ルルのパッチ、スロット2:空き)、インターセプターボディアーマー

パッシブスキル:

生成能力Lv2 / 兵器生成時に能力が+10%(エンジニアがメインクラス時のみ発動)

交渉Lv1 / 店舗での購入金額が-10%

アクティブスキル:

兵器生成Lv2 / 見習いクラスの兵器が生成可能

兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能

弾薬生成Lv1 / 素人クラスの弾薬の生成が可能

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