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第30話 小梅の失意 その2

 気まずい。滅茶苦茶気まずいではないか。

 日が落ちかけたベルファストの村を小梅と歩いていた悠吾は目を泳がせながらそう思っていた。

 トラジオさんと一緒だったのは村の入口まで。頼んだぞ、と言うトラジオさんを初めて少し恨んでしまった。

 

 これまでの小梅さんならば何の問題もなく居れたかもしれない。

 だけど、意気消沈してしまっている女の子を前にどう声をかけていいか判らない。

 トラジオさんに言われた「アドバイス」って、何をどうすればいいんですか。


「お、お兄さん無事でよかったですね」

「うん」

「……」


 終了。

 ……しまった、お兄さんの事に触れるべきではなかったか。

 混乱から「今の無し! もう一回!」と言いそうになってしまった悠吾はぐっと言葉を飲み込み、次の言葉を探した。


「ええと……多分、何か理由があるんですよ」


 重大な何か。そうに違いない。

 なぜか自分にそう言い聞かせながら悠吾はコクコクと頷く。


「妹のあたしより優先する理由って何よ?」

「……え〜……」


 悠吾の方を見ることなく、マテリアルブティックへと続く道の先を見つめたまま小梅が小さく呟いた。

 確かに、大事な家族の命より優先するものってなんだ。

 小梅さんとお兄さんがどの位仲が良かったかわからないけど、妹の身の安全は最優先してもおかしくないとは思う。


「ご、御免なさい」

「別にいいわよ。悠吾は悪くないし」


 誰も悪くなんて無いわ。

 そう続ける小梅に思わず悠吾は胸がズキンと疼いてしまった。


「……あたしと兄はね、すごく仲が良かったんだ」


 誰に聞かれるでもなく、沈黙を切り裂くように小梅が語りだした。


「このゲーム、『戦場のフロンティア』をやるきっかけになったのも兄なんだよね」

「へぇ、そうだったんですね」

「うん。なんか人にゲームを紹介することで手に入る限定アイテムが目当てだったらしいんだけどさ」


 でも、兄と一緒にゲームをする事が楽しかった。色々と教えてもらって、腕が上達していくのも楽しかった。

 小梅はそう続けた。

 小梅さんは大学生だと言っていたけど、どうやら実家暮らしらしい。両親とお兄さん、そして小梅さんの4人暮らし。


「小さいころからずっと兄と一緒だった。いろんな事を教えてもらった。危ないこともやったし。あたしこんな性格でしょ? だからいじめられることもあったんだけど、その度に兄が助けてくれたんだよね」


 するすると出てくる小梅さんのこれまでの思い出を悠吾はただ頷きながら聞いていた。

 小梅さんは我儘で生意気だ。だけど多分お兄さんの前では大人しくなるんじゃないか。

 小梅の話を聞きながら悠吾はそう思った。


「あたしね、自分でもわかんないんだよね」

「え……?」

「独りになるのは……すごく怖い。だけど、いろんな感情をどう表現すればいいかわかんない」


 その言葉を聞いて、悠吾ははっとしてしまった。

 悠吾には、今小梅から聞いた話の中でみつけたピースの1つ1つが合わさっていく気がした。

 全く逆行しているように思えるけど、彼女は独りになるのが怖かったんだ。

 お兄さんにべったりだった小梅さんは、人との付き合い方が未熟なまま育ってきた。大好きなお兄さんとずっと一緒だったからこそ、兄を失った時の孤独の怖さを知り、そしてその感情をどう表現すればいいか判らず生きてきた。


 孤独が怖くて、誰かと繋がっていたいけど、その感情をどう表現すればいいか判らない。お兄さんという大切な人の愛情が小梅さんの寂しさを癒やし、一方で孤独を与える事になってしまったんだ。


 一人っ子に良く聞く話と似ている、と悠吾は思った。

 全員に該当する話ではないが、一人っ子は甘やかして育てる事が多い為、幼少の頃に例えば子供同士の「おもちゃの奪い合い」をすることなく育ってしまう。人の物を奪えばどう反応が返ってくるか、その事を知らず育った子供は──人を傷つける痛みを知らない大人になる。


 だけど、その話と違うのは、小梅さんはその事を自分で知り、悩んでいたと言う事。

 だから、あのメッセージを見て、余計に落ち込んでいたんだ。


 小梅と悠吾はいつの間にか足を止めていた。

 じっと前を見据えたままの小梅に、悠吾には何と声をかけていいか判らなかった。

 彼女は僕に助けを求めている。だけど、小梅さんの倍近く生きているのに、何もアドバイスが出来ない。

 こんな状況にも関わらず、悠吾は両手を合わせ天を仰いだ。

 

「……探しているんですよ」

「え?」


 うん、そうだ、と空元気を出し、悠吾が小梅に笑ってみせる。


「きっとお兄さんは、現実世界に戻る為の方法をさがしているんですよ! だってそれが見つかれば、小梅さんも助かるじゃないですか! お兄さんが小梅さんを見捨てるなんてそんな事あり得ませんよ!」


 だからそっちを優先させているんです。目的は変わらず、小梅さんを助ける為にです。

 そう必死にまくし立てる悠吾に小梅は思わず吹き出してしまった。


「プッ……てかさ」

「……?」


 次第にクツクツと身を捩り、小梅が笑い出す。


「あんたなんでそんなに優しいわけ?」

「……へ?」


 予想だにしなかった小梅の言葉に、悠吾は両手でガッツポーズを取ったまま固まってしまった。

 僕の聞き間違いだろうか。


「あたしはあんたをいっつも蹴ったり殴ったりさ。最初に会った時だって、あたしを助けてくれたのに怒鳴っちゃったし。ひっどい女なのにさ」

「あ〜……そういえばそうでしたね」


 確かチャラ男から小梅さんを助けて、「なんてことしてくれたのよっ」って怒鳴られた記憶がある。

 怒涛の1週間だったからすっかり忘れていた。小梅さんとトラジオさんとはもう何年も一緒にいる気がするな。


「うーん、僕にも判りません。ただ……」

「ただ、何よ?」


 続きの言葉が聞きたそうな、何かを期待しているような表情で小梅が悠吾の顔を覗きこむ。

 

「ただ……同じ事故に巻き込まれてしまった者同士、助け合わないと、と思ったんです」


 自然的な事故なのか、誰かの作為的な物なのかはわからないけれど、僕達は……僕達だけじゃなく、ユニオンのプレイヤー達もこの事故の「被害者」だ。ゲームのルールに従う事なく、助けあうことも出来るはず。

 そう考えた悠吾だったが、その答えに小梅はふと肩の力が抜けたように安堵のような──どこか落胆とも取れる表情を浮かべた。


「……巻き込まれた者同士、ね……うん、そうだね」

「そうですよ、小梅さん。げ、元気だして下さい」


 恐る恐るその言葉を悠吾が口に出した。

 生意気と言われるかもしれない、だけど、元気をだしてほしいのは事実だ。


「フン、生意気。それにやっぱり変な奴!」

「え!? へ、変人って事じゃないですよね?」


 確かに変わっているとはよく言われるけど、この真面目な状況で言われたら……さすがに少しへこむ。


「プッ……変人、うん、あんた変人だわ」

「え、ええっ!?」

「変態で、変人。あはは、良いじゃん」

「よ、よくないですよ! そんなの!」


 アドバイスをしたのに、変人呼ばわりなんて。

 ケラケラと笑う小梅に思わずどんよりとした空気を放つ悠吾だったが、笑う小梅に、ふと同じく笑みを浮かべた。

 やっぱり小梅さんは変わらない。うん、でもそれが良いかも。

 

「ほら、行くよ悠吾、マテリアルブティック。クマジオんトコに早くもどんないと」

「……はい、そうですね。行きましょう」


 そう言って、くるりと踵を返し、再度歩き出す小梅と悠吾。

 だが、悠吾は気が付かなかった。小梅が小さく「ありがとね」と口ずさんだ事を。


***


『トラジオさん今何処に居ますか?』

『おお、悠吾。村の入り口に居る。来れるか?』

『はい、今素材の売却が終わったところなので向かいます』


 マテリアルブティックから出てきた悠吾達はまず、小隊会話パーティチャットでトラジオと待ち合わせ場所の確認をした。

 日はすっかり落ち、村のあちこちに篝火が炊かれているが、まだ若夜と言う事もあり、薄暗いもののまだ辺りははっきりと見えている。


「……あ~、マジで時間かかりすぎ。ヒマ死にするかと思った」


 ん~、と大きく伸びながら小梅がそう吐き捨てた。

 確かに待ち時間が半端無く長かった。

 森で入手した素材の量が多かった事と、ドロップ率が低いレアアイテムがぽろぽろとあったからだ。レアアイテムの買い取り経験があまりなかったらしく、店主がカタログに載っていた売却金額リストを確認しながら1つ1つ計算していた。

 レアアイテムが沢山手に入ったのも、ルルさんのパッチのおかげなのだろうか。

 

「小梅さん」

「……ン。村の入口ね。いこ」


 そう言って駆け出した小梅と悠吾が村の入口に出来た人だかりを発見したのは直ぐだった。地人じびとにユニオンプレイヤー達の姿もちらほらとあるのが見える。

 一体何だろう。あの人だかりの中にトラジオさんは居るんだろうか?

 

「あら、悠吾君」

「あ、ルルさんこんばんは」


 人だかりの一番後ろから前方を覗きこんでいたルルを見つけた悠吾が挨拶を交わした。

 しかし、相変わらずけしからん格好ですね。


「何かあったんですか?」

「ん〜わかんないけど、多分『お達し』だとおもうわ」

「お達し?」


 何のことだろう。

 首をかしげる悠吾だったが、背後でジロリとルルを睨む小梅に気が付くと、慌てて小梅の手を引き人だかりの中に身をねじ込んでいく。


「ちょ、悠吾!」

「じ、じゃあ、ルルさん!」

「はい、またね」

 

 人だかりの中に消える悠吾にルルはひらひらと手を振る。

 危ない。あのままあそこにいたら小梅さんがルルさんに噛み付きかねない。なぜ小梅さんはルルさんにそこまで闘争心をむき出しにしているのかわからないけど。 

 ルルさんの胸が小梅さんの倍以上あるからだな。


「おい、悠吾」

「あ、トラジオさん」


 少し開けた場所でトラジオがこっちだ、と手招きしているのが悠吾の目に入った。


「これは何ですか?」

「……見ろ」


 くい、とトラジオが顎で指した先、そこに立てられていたのは小さな木製の立て札だった。いかにもレトロな立て札。

 急に現れた和テイストなそれに思わず悠吾は懐かしさを感じてしまったが、気にせずそこに書かれている文章に目を送った。


「ええと……?」

「ユニオン連邦のGMゲームマスタから通達が出たようだ」

「通達……」


 そのような事をルルさんも言っていた。ユニオンのGMゲームマスタからの通達と言うことは……国のトップからのお知らせってことだろうか。


「うむ、どうやら奴ら、本気で残党狩りを始めたみたいだな」

「……ッ!? どういう事!?」


 思わず声を荒らげたのは小梅だった。

 多分あたし達以外にもこのプロヴィンスにノスタルジアプレイヤーが居てもおかしくない。だけど、なぜここに来て急に?


「どうも、ノスタルジアのGMゲームマスタが生きているらしい」

「え、ノスタルジアの……GMゲームマスタですか?」


 滅んでしまった僕達の所属国家であるノスタルジア王国のトップが生きている。

 その言葉に悠吾はピンと来ていないような表情を浮かべた。


 GMゲームマスタはプレイヤーの1人だとトラジオさんは言っていたから、多分その人にも同じ「亡国者」の称号がついているはず。それに、GMゲームマスタともなれば顔も知れているから、僕達よりずっと生き残れる確率は低くなるはず。


「うむ。行方は解っていないようだが、死亡は確認されていないらしい」

「でもGMゲームマスタってプレイヤーの1人ですよね? 死亡って確認出来るんですか?」


 フレンド登録をしていれば、そのプレイヤーの状況は一定距離まで近づけば判るはず。だけど、特定のプレイヤーの情報を調べることは出来ない……と思う。僕が知っている知識の中では。

 だが、その悠吾の問いかけに対して、トラジオはゆっくりと頷いた。


GMゲームマスタにおいては可能だ。トレースギアから見れる国家情報欄で、現在のGMゲームマスタが誰なのか確認することができるからだ」

「……えーと」


 さらに話が見えなくなった悠吾は首を傾げ唸ってしまった。

 国家情報からGMゲームマスタが誰かを見れる事は知らなかったけど、それが生死とどう関係があるのだろうか?


「……PC版の戦場のフロンティアにおけるGMゲームマスタはプレイヤーからの不信任により解任される以外にその任を説かれることは無かった。だが、相違点があるこの世界からすると、推測するに、『死ぬ』ことは不信任と同等の効果があると考えて良いと思う」

「あ、成る程……」

 

 PC版になかった「死」という概念がある以上、現実世界と同じく死は解任につながる、という訳か。


「滅んでしまったノスタルジアで不信任投票が行われるはずもなく、今だ同じGMゲームマスタがノスタルジアのトップに存在している事から、『彼女』は生き延びていると判断されたのだろう」

「彼女? ノスタルジアのGMゲームマスタって女性だったんですか?」


 それも知らなかった。てっきりハゲで無精髭を生やした厳ついオッサンがGMゲームマスタだとばかり思ってました。

 勝手なイメージですけど。


「ああ、GMゲームマスタの名は『ルシアナ』と言う。PC時代にそのシステム上、不可能とまで言われた争い事から一線を画したノスタルジアの平穏な環境は、オーディンだけが要因ではない。彼女の温厚な性格とその政治手腕が一因を担っていた」


 確かに、飴と鞭じゃないけど、絶対的な武力であるオーディンだけじゃ反発が起きてもおかしくない。恐怖政治ではなく、武力を控えた上での対等な会話によって以前のノスタルジアは作られていたんだ。


「でも、さ。残党狩りが活発化するって事は、ここも安全じゃなくなるって事かも」

「確かにな。残党狩りがここに来るのが先か、強化フェーズに移行するのが先か、だな」


 全くもってギリギリのタイミング。明日以降の予定をキャンセルして、また身を潜めた方がいいかもしれない。せめてあと数日、残党狩りの開始が遅れていればしっかり準備した上であの廃坑に行けたのに。

 小梅とトラジオの言葉を聞き、悠吾はため息を1つついた。


「しかし、今直ぐどうという事はないだろう。とりあえず小梅の兄が指定した『1週間後』というのは今日だ。連絡を待って行動しても遅くはあるまい」

「そう、ですね。確かに」


 兄、という言葉を聞いて、ぴくりと小梅の頬が引きつったのが悠吾の目に写った。

 あのメッセージにかかれていた、「1週間後」は今日だ。

 次に来る情報は、援助や脱出する情報なのか、あるいは──小梅さんにとってもっと残酷な言葉なのか。

 でも、後者であれば、僕達にとってもそれは非情に厳しい言葉になる。小梅さんは脱出経路からラウル市に抜ける為には兄の援助が不可欠だと言っていたからだ。

 

 良い話であってほしい。小梅さんにとっても、僕達にとっても。

 小梅の不安げな表情を見ながら悠吾はそう祈った。


 そして若夜から熟夜に移行したその時、小梅のトレースギアがメッセージの受信を告げた。

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